ハイメタルレーン
無骨な鉄色のコースが、空中を縦横無尽に走る。鋼鉄の道は夜の闇に煌びやかに浮かび上がり、ひとつの芸術品のようだ。
スクラップレースでも指折りの高難度コースであるハイメタルレーンは、ジェットコースターに例えられる。あらゆる方向に曲がる多種多様なカーブが容赦なくドライバーを襲い、ガードレールなんて気の利いたものはないため落下死のリスクが常に付き纏う。無論、その程度で臆するものはここには誰もいない。スタート地点に並んだ8台の車両とそれに乗る16人のプレイヤーは、いずれもダイヤ帯で鎬を削る猛者なのだから。
「相変わらず四輪ばっかね。ここバイクが有利なコースなのに」
「いつものことじゃん」
後部座席のパールの言葉に、ロックはもう変わらないだろうと返す。
バイクの方が劣っているとはロックも思っていないのだが、上方修正でどうにかできるものではない根本的な仕様の問題で、バイクは四輪車よりも難しく使い手が少ない。使用率でだいたい1%程度。特に上位では、自分たち以外のバイク使いは1組しか知らないくらい希少だ。割と諦めている。
「まあいつも通り行こう」
「ええ」
まもなくレースが始まる。ロックがハンドルを握ってシグナルを睨むと、加速に備えパールが腰にがっしりとしがみついた。
「ところで今日ちょっと薄着なんだけど、感触って違うの?」
「っ!?」
「ほらほら前見て」
赤面しながら振り返るロックをパールが前を向かせる。不意打ちに汗をかきながら、それでも染み付いた感覚が確実にシグナルを捉える。
グリーンシグナルと同時に、アクセルを全開。慎重に速度を上げる周りを追い越し、一気に先頭へと突き出した。そのまま速度を落とすことなく、最初のヘアピンカーブに入る。
合図すらなく体を内側に傾け、顔を地面スレスレにしながらカーブを曲がり切る。この旋回力こそ、バイクの強みだ。もともと四輪よりも小回りが効き、後部座席と息を合わせることでさらに急激な機動を行える。スタート直後から四輪では全力で入ると曲がり切れないカーブを持つハイメタルレーンでは、スタートダッシュで楽なトップを取ることができる。
無論これで逃げ切れるとは思っていない。スクラップレースでは仕様上、遅れている車両ほど速度が出るし、そもそもゴールで決着がつくレースは10回に1回くらいしかない。
「チャージライフル!」
パールの指示を受け、最初のアイテムボックスで目当てのものを回収。受け取ったパールは僅かな直線で振り返り、後ろについた車両にエレルギー弾を撃ち込んだ。単発ながら強力な一撃を貰った後続の耐久がガリッと削れるのを確認し、即座にロックを掴んで体重移動。
「後ろミサイル所持」
「了解」
相手を追跡するミサイルは厄介だ。とはいえ対処できないわけではないし、欠点もある。誘導性能はそこまで高くないので、急なカーブなら道沿いに進むだけで振り切れる。誘導を当てられるタイミングは限られるのだ。
「来るならこれ曲がったあとの直線だな」
「ええ」
次のアイテムボックス。チャージライフルの弾はまだ残っているので、地雷を貰っておく。これは回避の難しい急カーブの半ばに設置することにする。
直線に入ったところで、背後を向いたパールがチャージライフルを構える。数秒遅れでカーブを抜けてきた二番手が、エネルギー弾をしっかりかわした。
「マシンガン来るよっ!」
「そっちかい!」
蛇行運転で狙いを逸らし、極力ダメージを抑える。頭の中ではチャージライフルの溜まる時間をカウント。
スクラップレースはレースというより車両同士での撃ち合いだ。そのためFPSゲームに近いが、立ち止まって撃ち合う通常のシューティングとは勝手が違う。特に大きいのが、ガンナーの照準も運転によって振り回されることになることだ。
特にバイクは曲がるときに車体そのものも傾くので、ドライバーとガンナーがうまく息を合わせないとまともに狙うことができない。これがバイクが不人気な理由である。
しかし正しく連携を取ることができれば、大型車両との撃ち合いでも負けないだけのスペックがある。
ライフルのチャージが終わったのち、パールが撃ちたいであろうタイミングで一瞬だけ車体を安定させる。パールは僅かな猶予を逃さず、射撃のため単純な動きをしていた四輪車の中央にエレルギー弾を直撃させた。
「ヒット」
「ナイス!」
ダメージを与えたことで、その半分の耐久値が回復する。もともとたいした被害は受けていないし、一撃の大きいチャージライフルを当てたことで耐久はマックスに戻った。
「二番手は後ろからも撃たれて瀕死ね。この分なら落ちそう」
「その後ろは?」
「割と混戦。コースがコースだから団子にはなってないけど」
急カーブを危なげなく曲がりつつ、パールが地雷を設置。するとキルカウントが1になった。すぐ後ろの車両が引っかかったようだ。
狙ってきていた敵が消えて少し余裕が出たところで視覚情報を確認する。コースの消費量は3割ほど。すでに3台が脱落し、残るライバルは4台となっている。
「速度上げるぞ」
コーナー終わりにグレネードを回収し、アクセルを回す。トップを走るロックたちにとっては、ゴールが近づくほど優位になる。もちろん後ろの車両の方が速くなる仕様上このまま逃げ切ることはできないが、稼げるときに距離を稼ぎたい。
「来た! 2台!」
バックミラー越しに見えた。2台並んだ車両は、距離が近すぎて巻き込まれるからか、互いに撃ち合ってはいない。その代わりコースから落とそうと、激しくぶつかり合っている。
「ぶち込む?」
「当然」
安定走行を意識すると、後部座席で体ごと振り返ったパールが大型の火器を構える。先ほど拾ったグレネードランチャーだ。
弾速が遅く弧を描く軌道のため扱いにくいが、慣れれば強力なパールの得意武器。容赦なく放たれた榴弾が2台纏めて爆破し、ダメージと共に爆炎の視界不良を与える。
前方からの攻撃に1台は狼狽え、もう1台は好機と捉えた。爆撃を回避しようと横に逸れた車両に、全力でぶつかりに行く。外に逃れようとしていた車は踏ん張りが効かず、コースアウト。奈落へと吸い込まれていった。
これもある意味チームプレイか。もちろん理由がなくなったので敵対する。
「ミサイル!」
ロックオンアラートが鳴り響く。
「ならこっちは撃たせてもらうから!」
グレネードが撃ち込まれて爆発に巻き込む。だが相手もさるもの。回避行動をとりながらも、ロックを外さない。そのままロックオンが完了し、ミサイルが発射された。
「こんりゃろ」
下手に動くと落下しかねないハイメタルレーンで、飛んできたミサイルをかわすのは難しい。だが機動力に優れたバイクなら、やってやれないことはない。
道の端に寄せてミサイルの飛んでくるのを待ち、ぎりぎりで逆側に大きく動いてミサイルをやり過ごす。だが、その動きも折り込み済みだったらしい。
ロックが回避行動のために速力を落としたタイミングで、逆に加速して距離を詰めてくる。
「逃げるぞ掴まれ!」
体当たりを仕掛けられた場合、質量差で簡単に押し出される。そうなる前に急加速。が、回避で速度が落ちたのが災いし、距離をどんどんと詰められる。
「行ける?」
「次のカーブで振り切る!」
できなければ負けだ。Uターンほどの急激なカーブに差し掛かり、同時にすぐ横に敵車両がつく。ぶつかってこようとする敵を避けるべく、ぎりぎりまで内側を攻める。傾けた体は空中。二輪が奈落へと続くなだらかなコースの縁をたどる。わずか数センチのずれで落ちてしまいそうなぎりぎり。呼吸を忘れそうになる緊張感の中、経験を総動員したハンドルさばきと体重操作で渡っていく。
押し出そうとしていた敵車両が離れていく。旋回力で劣る四輪車ではここまでぎりぎりを攻めることはできず、急カーブで軌道が膨らんだのだ。
カーブが終わったところで次のアイテムを取得。選別する余裕がなかったが、当たりを引いたらしい。補助ブースターを焚き、一気に限界を超えた速度に至る。
「あと半分!」
「逃げ切り?」
「視野に入るな」
敵の引いたガトリングにいくらか被弾しつつも引き離し、トップ独走態勢を維持。残る敵は2台。このまま行けば1位でゴールだが、このランク帯のプレイヤーはそこまで甘くはないだろう。
「こっからの連続急カーブは最速で抜けるぞ」
「わかった。落ちないでよ」
「あたりめーだ」
前に見えてくるのは、ハイメタルレーン最大の難所とされる八連カーブだ。きついカーブが続く上になだらかな下り坂となっており、下手な走行ではあっさりと奈落の底に沈む、運営の悪意が詰まった区画である。しかしそこに一切の減速なく最速で突っ込んでいく。
高速で流れる視界。左右に激しく揺れるさまはまさしくジェットコースターだろう。バイクの旋回力に加えてコースを記憶し最適なルートを選択することでようやく超えられる、ワンミスで即奈落の高速走行。タイムアタックに挑戦しているかのような危険な走りを敢行し、後続との距離を一気に稼ぐ。
大きな関門をクリアした2人は、ペースを落とすことなくコースを進む。同時にアイテムを厳選して迎撃の準備を整えていると、残っている敵車両が1台だけとなった。潰しあったか、無茶をして落ちたかはわからないが、なんにせよありがたい。しかし障害が消えた以上、最後の相手は確実に追いついてくる。ならばそれまでに少しでも進む。
「来た。さっき振り切ったやつだ」
牽制も兼ねてチャージライフルを1発撃ち込む。パールの装備はチャージライフルとグレネードだ。もっとも得意な装備の組み合わせである。
対して敵は、射程範囲に入った瞬間に大量の銃弾をばら撒いてきた。連射系武器として最強格とされるガトリングだ。
耐久性に難のあるバイクはなんだかんだでガトリングが一番つらい。油断すれば一瞬で溶かされるし、頑張っても回避しきれないので絶対に削られる。だが、相性の不利だけで負けているようではそもそもこのレートまで上がってこられない。展開はむしろ、ロックたちが大幅有利である。
カーブをこなしつつも回避行動をとり続けながら、気を見て反撃のチャージライフルを撃ち込む。一撃の重いチャージライフルは車両の耐久を大きく削り、それだけ1発での回復も多い。ダメージを与えたときにその半分回復するという仕様上、ダメージレースで優勢なら、長時間の撃ち合いでも十分に競り勝てるのだ。
そしてここにきて、トップを走り続けてきた効果が表れる。ゴールがすぐそこまで迫ってきているのだ。こうなればもう、敵はゴールされる前にロックたちを削り切るしかない。そのためには全力で追いかけながらも射撃を安定させる必要があり、車体を振り回して攻撃を避けることができなくなったのだ。
仮に撃ち合いでの有利を優先して回避行動をとるようなら、ロックは咎めて引きはがし、そのままゴールに突っ込めばいい。敵の行動を見てから有利に立ち回る後出しじゃんけんだ。
安定した、単純な走りをする敵車両にパールの放つチャージライフルが突き刺さる。勝ち筋はガトリングを連続で当ててバイクの低い耐久値を削り切ることだが、ロックが不規則なハンドルさばきで揺さぶり大ダメージを許さない。
「これでラスト!」
ロックがほんの一瞬安定させたバイクの後ろで、正確に狙い撃たれたパールの射撃が、煙を上げる車両に正面から直撃する。ついに耐久値を全損した最後の敵が爆発に飲まれ、ハイメタルレーンのレースは、2人の勝利で幕を下ろした。




