第十四話 暴かれる影、燃える瞳
ティナの胸の奥で、何かがゆっくりと蠢いていた。
「彼女は王宮内に戻ってきている」――あの手紙の一文が、思考を支配していた。
(“彼女”って、まさか――ローザ?)
かつてセレナの侍女だった、ローザ・エニス。
事件の夜、決定的な“すり替えの指示”を聞いた唯一の人物。
(でも、どうして今このタイミングで戻ってきたの……?)
思考の隙間から、不安がじわりと滲んでくる。
ローザが本当に“証人”なのか。それとも――敵なのか。
***
その日の午後。
第一王子付きの伝令から、ティナにひとつの報せが届く。
「殿下より命令です。“厨房奥の洗い場に新しい侍女が入った。確認しておけ”とのことです」
妙な伝言。だが、ティナはすぐに察した。
(そこに……彼女がいる)
***
厨房の裏。湿った空気の中、食器の音と水の音が響いていた。
そしてその奥、誰の目にも留まらぬように黙々と作業している女の姿が――
「ローザ……?」
その名を口にした瞬間、女の手が止まった。
ゆっくりと振り返ったその顔は、確かにティナの記憶にあるものだった。
「……ベローチェ様……」
「いまは、ティナ。平民です。あなたも、それくらいは知っているはずでしょう?」
ティナの声は冷たかった。
だが、その奥には怒りでも悲しみでもない、ただ“真実を知りたい”という必死な願いが込められていた。
「あなた、事件の夜……何を見たの?」
ローザは、震えた唇を噛んだ。
「セレナ様が、銀の器に“印”があると侍女に伝えていました。“あれが合図よ”って……でも、私は信じたくなかったんです。あの方がそんなことするなんて……」
ティナの指先が震えた。
「じゃあ、なぜ逃げたの?なぜ、黙っていたの?」
「私は……恐ろしかった。
セレナ様の怒りが――あの人の“微笑みの裏”が、一番怖かったんです」
***
その直後。
厨房の扉が激しく開く音が響いた。
「ローザ・エニス!」
怒鳴り声――
現れたのは、シリウスだった。表情は厳しく、目は燃えるように怒っていた。
「君が黙っていたことで、どれだけの命が狂ったか分かっているのか?」
「私は……」
「君の沈黙は、正義でも忠誠でもない。ただの自己保身だ」
ティナはシリウスの背中を見つめていた。
この男が、こんなにも感情をあらわにする姿は――初めてだった。
(彼は、怒ってくれている……私のためにじゃなくても、
“真実をねじ曲げた者”への怒りを、ちゃんと持ってる)
そのことが、ただただ、胸に響いた。
***
その夜。
ティナとシリウスは王宮の東の庭園にいた。
沈黙のまま、並んで歩いていたが――不意に、シリウスが立ち止まった。
「僕は……ずっと、感情なんて捨ててきたんだ。
でも今日だけは、どうしても黙っていられなかった」
「あなたの怒り、ちゃんと伝わってました」
「そうか。……それなら、よかった」
シリウスは月を見上げ、ほんの一瞬だけ、柔らかく笑った。
その笑みに、ティナは心のどこかが緩むのを感じていた。
***
その翌日。
セレナは、ティナの前に現れた。
まっすぐに、誰の視線も気にせず歩いてくる。
そして、目の前で立ち止まった。
「ティナ。……あなた、誰?」
その声は静かで、優しげで――けれど鋭く、冷たかった。
「香りも、仕草も、声の調子も……あの人に、似すぎてる。
ベローチェ様とあなたは、何の関係があるの?」
周囲の空気が、凍った。
ティナは、ゆっくりと視線を上げた。
その瞳には、もはや“逃げる気配”はなかった。
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