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第十三話 名が落ちる音

 ティナは、アデルのいる部屋の扉の前に立っていた。

 王宮の離れにある、その小さな部屋は警護の目がついているものの、今日だけは彼女にだけ許された面会の時間だった。


 アデルは椅子に座っていた。顔色は少しよくなっていたが、緊張が消えているわけではなかった。


「ベローチェ様……いえ、今はティナ様とお呼びすべきでしょうか」


「どちらでも構わないわ。アデル、今日は……ちゃんと、聞かせてほしいの」


 ティナは静かに腰を下ろした。

 机の上には、昨夜シリウスが預けてくれた記録文書――例の手紙の控えが置かれていた。


「あなたが持ってきたこの手紙。これを書いたのは、誰?」


 アデルの瞳が揺れた。


「……それは……ローザ・エニスです」


 その名前に、ティナの指先がぴくりと震えた。


「セレナの……侍女?」


「はい。セレナ様の側付きの使用人のひとりでした。あの日の夜、彼女が聞いてしまったのです。

 “セレナ様が、毒入りの器のすり替えを命じる”場面を」


***


 記憶がよみがえる。

 あの夜の晩餐。

 レオニスとセレナ、そして周囲の貴族たちの視線。

 突然倒れた使用人。――そして、ティナが“毒を盛った”と断罪された瞬間。


(セレナ……あなた、やっぱり……)


「でも、ローザさんは口を閉ざしました。

 “貴族に逆らってはいけない”と。……けれど私が説得して、証拠を残してくれたんです。あの手紙が、それです」


「今、ローザはどこに?」


「……わかりません。私が逃げた後、姿を消していて」


 ティナはゆっくりと目を閉じた。

 確信には届かない。だが、“輪郭”は見えてきた。


***


 その夜、ティナは中庭の東側――誰もいない静かな小道にいた。


 シリウスがそこに現れたのは、予想していたことだった。


「話は聞いたよ。セレナに繋がる名前、そして逃げた侍女……君は、これからどう動くつもり?」


「暴きます。すべてを。

 セレナを表立って非難するのではなく、証拠を握って、王宮の裁定を覆す形で」


 その声に、決意がこもっていた。

 もう、迷いはなかった。


 シリウスは小さく息を吐いた。


「……君がそうするなら、僕は協力するよ」


「どうして?」


 その問いに、彼はわずかに微笑んだ。


「理由なんて、最初はなかった。けれど今は――君が真実を追い続ける姿を、見ていたいと思ったから」


 ティナは目を伏せた。

 その言葉が、深く、優しく、胸の奥を震わせた。


「ありがとう。……たとえそれが、都合のいい利用だったとしても」


「違うよ。君を利用できるほど、僕は器用じゃない」


***


 同じ夜。

 セレナは、部屋の奥の鏡の前にいた。


 机の引き出しを開け、古い金のブローチを手に取る。

 それは、かつてベローチェと婚約していたレオニスが、贈ろうとしたものだった。


 (……見つけたの、ローザ)


 セレナの唇が、ほんのわずかに歪む。


「裏切ったのね、私を。……いいわ」


 窓の外で、風が冷たく吹いた。


***


 翌朝、ティナの机の上に一通の封書が置かれていた。


 差出人はない。けれど中には、小さなカードだけが入っていた。


【“彼女”は、すでに王宮内に戻ってきています】


 その“彼女”が、ローザを指しているのか――

 それとも、別の“誰か”なのか。


 ティナは息を詰める。

 真実は、すぐそばまで迫っていた。

1日2回更新で、12時・19時に更新を予定しています。

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