第十二話 微かな違和感、胸のざわめき
王宮のサロンには、やわらかな日差しが差し込んでいた。
春の風がカーテンを揺らし、花の香りが漂っている。
その中で、セレナ・ミルフォードはひとり紅茶を口にしていた。
視線は、手元のカップではなく――窓の外の回廊を歩く、ある人物へと注がれていた。
「ティナ、さん……」
この数日、よく目にする顔。
第一王子付きの侍女にして、どこか“普通ではない”平民の娘。
***
最初は、似ているだけだと思っていた。
顔立ち。仕草。声のトーン――
でも決定的だったのは、“香り”。
(あの香水は……ベローチェ様のものだった)
セレナの記憶に、あの華やかで鋭い伯爵令嬢の姿がよみがえる。
レオニスと婚約していた、けれど嫌われていた。
そして――毒を盛ろうとした罪で、断罪された少女。
(……まさか、ね)
けれど、心の中に浮かんだ疑念は、すぐに消し去ることができなかった。
***
その日の午後。
セレナはレオニスのもとを訪れた。
彼は机に向かっていたが、セレナの顔を見ると微かに笑った。
「セレナ、今日はどうしたんだ?」
「……なんでもありません。少し、気になったことがあって」
セレナはそっと問いかけた。
「ティナという侍女のこと、どこかで見たことがあるような気がしませんか?」
レオニスの表情が、わずかに硬くなった。
「……俺も、最初はそう思った。けれど、あれはベローチェじゃない。
あんな瞳は……彼女じゃなかった」
その言葉に、セレナは胸の奥がちくりとした。
(レオニス様、まだ……ベローチェ様のことを……)
それが、理由のない焦りへと変わっていく。
***
――同じころ。ティナは、書庫の片隅にいた。
アデルはシリウスの指示で、王宮内の別室に一時的に保護されていた。
けれど今も、ティナの心は落ち着かない。
アデルが差し出した手紙の信憑性。
セレナの周囲の人物。
そして、シリウスの“沈黙”。
そのすべてが、彼女の中でひとつの問いに結びつき始めていた。
(あのとき、私を陥れたのは……誰?)
***
夜。
王宮の広間で、小さな舞踏会が開かれていた。
公式ではない。王子たちや一部貴族だけが集められた、非公式な催し。
ティナは手伝いとしてその場にいた。
そのとき――
セレナが、何気なく、レオニスの腕にそっと触れた。
そして、微笑んだ。
「レオニス様、私と踊っていただけますか?」
ティナの視線が、無意識にその光景に引き寄せられた。
レオニスが、セレナの手を取る。その自然な仕草。
(……また、同じ場所に戻っただけ)
そう思ったはずだった。
なのに、胸の奥が――痛んだ。
***
舞踏会のあと。
裏口で風に当たっていたティナに、ひとりの男が声をかけた。
「君の心が揺れてるのが、ここからでも分かったよ」
――シリウスだった。
「……見ないでください」
「じゃあ、見るなと言えばよかったのに」
その言葉に、ティナは思わず苦笑する。
「……ずるい方ですね、本当に」
「知ってるよ。君ほどじゃないけどね」
月明かりの下、ふたりはしばらく黙っていた。
何も言葉にしなくても、なぜかその沈黙が心地よかった。
***
その夜。
セレナは鏡の前で、髪をほどきながら呟いた。
「ティナ……あなた、もし“あの人”なら……私、許せるかしら?」
優しく笑いながら、瞳だけが、わずかに陰を帯びていた。
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