第十一話 再会の気配、静かな追跡
その日、王宮の空は鈍色だった。
朝から厚い雲が垂れ込め、雨が降りそうで降らない、重たい空気が城を包んでいた。
ティナは、侍女服の上に薄いマントを羽織り、静かに裏門へと向かっていた。
届けられた一通の手紙――その中に記されていた、ある日時と場所。
【アデルは“城下の薬草店”にいる。今日、日没前だけ現れる】
誰がこの情報を渡してきたのかはわからない。
罠かもしれない。だが、それでも彼女は行くと決めた。
(このまま、何も掴めずにいるわけにはいかない)
雨が降る前に、と城門を抜けたその瞬間――
後ろから声がした。
「どこへ行くつもりだい、ティナ?」
振り返ると、そこにはシリウスが立っていた。
いつもと変わらぬ整った制服姿、けれど瞳は鋭く光っている。
***
「殿下……これは、私用です。ご報告すべきではないと判断しました」
「報告しない理由が、危険でないと限らないよね」
ティナは一瞬言葉を詰まらせた。
シリウスは一歩近づき、声のトーンを落とす。
「君を“疑って”いるわけじゃない。
でも……“守りたい”わけでもない。
僕は、ただ――君の動きが気になるんだ。理由もなくね」
その言葉に、ティナの胸が静かに震えた。
(この人は……やっぱり、掴めない)
***
城下の路地。
薄暗い石畳の小道に、薬草の匂いが漂っていた。
指定された店に入ると、そこには老婆の店主がいた。
だがティナの目がとらえたのは――奥の部屋に、わずかに開かれた扉。
「失礼します」
扉を開けたその奥。
そこにいたのは――痩せ細り、けれど確かにアデルだった。
「……ベロ……さま?」
声が震えていた。
顔を上げたその瞳に、懐かしさと恐怖と、涙が同時に浮かんでいた。
「私……あなたが処刑されたと聞いて……それから……」
ティナはそっとアデルの前に膝をついた。
言葉ではなく、ただ手を取る。それだけで、過去が一気に押し寄せてくる。
「アデル……あなた、なぜ……」
「私……毒を盛ったのは“あなたじゃない”って気づいて……証拠を探したけど……消されそうになって……逃げたの」
「証拠って……」
アデルは、震える手で懐から小さな包みを出した。
「この手紙……セレナ様が、あの夜、別の使用人に“指示”を出していたときの……会話を聞いた人が残した記録です」
ティナの心臓が跳ねた。
***
そのときだった。
外の扉が乱暴に開かれる音がした。
「早く!こっちだ!」
誰かが――来た。
追ってきたのは、王宮の監察官たち。
「……罠だったのね」
「でも、情報は手に入れた。無駄じゃない」
ティナはアデルの手を取って、裏口から走った。
すでに空は夕闇に沈みかけていて、雨がぽつりと落ち始めていた。
***
だが、その路地の出口には――一人の男が待っていた。
「……殿下……!」
シリウスだった。
マントに雨を受けながら、静かにそこに立っていた。
「……逃げる理由が、増えたようだね」
「これは……」
「言い訳は聞かないよ。君の持ってるものの重要性は、僕も理解してる」
ティナは黙っていた。
言い訳でも、説明でもない。ただ、どうして彼がここにいるのかを知りたかった。
「……なぜ来たのですか」
それは、震えた声だった。
聞きたくなかったはずの言葉が、口からこぼれた。
けれどシリウスは、まっすぐに答えた。
「僕は、君が“ひとりで戦う”のを、少しだけ見ていられなかった」
その声に、ティナの心が静かに溶けていくのを感じた。
***
三人は裏道を抜けて、王宮へと戻った。
濡れた服と冷えた指先は、まだ震えていたけれど――
ティナの心には、確かなぬくもりが残っていた。
(一人じゃなかった。そう思えることが……こんなにも、強さになるなんて)
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