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第十話 眠れる真実、揺れる記憶

 朝、王宮の中庭に春風が吹き抜けた。

 けれどティナの心は、それとは裏腹に沈んでいた。


 昨夜見た記録。

 自分のかつての侍女――アデルが、ティナの“処刑”の直後に行方不明になっていたこと。


 あの子は、何を見たのか。

 誰に何を知られ、そして――なぜ姿を消したのか。


 (もし……彼女が私の味方で、証拠を持っているとしたら)


 希望とも、危険ともつかない微かな糸。

 それを辿るには、もっと情報が必要だった。


***


 研究室での作業を終えた午後、ティナは資料室ではなく――王宮の“記録保管庫”へと足を運んでいた。


 一般の侍女には立ち入れない場所。

 けれど彼女は第一王子付きという立場を使い、堂々と通された。


 (この身分、最大限に利用させてもらう)


 保管庫の奥、古びた箱の中。

 そこに紛れていた一枚の紙に、彼女の目が止まる。


「アデル・ネメシア:王宮侍女見習い。職務終了。理由:退職(消息不明)」


 その退職届けには、“本人による署名”がなかった。


 (これは……誰かに“退かされた”)


 目の奥が熱くなるのを感じた。


 ティナにとって、アデルは“唯一の味方”だった。

 強がりも、わがままも、何も言わず受け止めてくれた少女。


 その彼女が、自分の処刑後に姿を消した。

 そして、退職記録には偽の手続き。


 (間違いない……彼女は、何か知ってる)


***


 その夜。

 ティナが部屋へ戻ろうと廊下を歩いていたとき、不意に誰かとぶつかった。


「あっ……失礼いたしました」


 顔を上げると、そこには淡いドレスの少女――セレナ・ミルフォードがいた。


「あなた……ティナ、だったかしら?」


「はい、ミルフォード様。お怪我は?」


「いえ、大丈夫。……でも、なんだか……変な気分なの」


 セレナの瞳が、ティナの顔をじっと見つめていた。


「あなた、誰かに似ているのよ。昔……よく見かけた、どこかの令嬢に」


 ティナは内心で冷や汗を流しながら、笑顔を作った。


「恐れ入りますが、私、貴族の出ではありませんので」


「……そう、なら気のせいかしら。香りが……少し、懐かしくて」


 そう言って、セレナはゆっくり去っていった。


 (香り……またか)


 ティナは拳を握りしめた。

 誰にも気づかれぬように潜り込んだはずの仮面が、ほんのわずかに軋む音がした。


***


 その晩。

 部屋で静かに文をまとめていたティナの元に、ひとつの小包が届けられた。


 差出人はなし。けれど、封を開けた瞬間――彼女は息を呑んだ。


 中には、小さな紙片と、短く記された一文。


「アデルの居場所を知っている。

だが、知りたいなら――第一王子には、真実を話すな」


 手が、震えた。

 誰かが見ている。彼女の動きを、誰かが読んでいる。


 (……これは、警告)


 ティナは唇を噛みしめ、封筒を握りしめた。


***


 深夜。

 王宮の塔の上。月を背にした黒髪の男が、一人佇んでいた。


「……君はやっぱり、消えていないんだな」


 シリウスは手元の書簡を見つめていた。

 それは数年前、ティナ――いや、“ベローチェ”の断罪の後に、自分の元へ匿名で届いた一通の手紙。


「彼女は真実を知っている。裁かれるべきは、別の者だ」


 それを今になって読み返す日が来るとは――思っていなかった。


 (僕は君を守ってやるつもりはない。けれど)


 (……君のような目を、王宮に残しておきたいとも思っていない)


 黒いマントを翻し、彼は夜の中へと消えていった。

1日2回更新で、12時・19時に更新を予定しています。

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