第一話 断罪の鐘は、少女の誇りを打ち砕く
重苦しい鐘の音が、石造りの広場に響き渡った。
かつて社交界で誰よりも華やかだった令嬢――ベローチェ・ディ・アルヴァレス伯爵令嬢は、今まさに処刑台の上に立たされている。
「ベローチェ・ディ・アルヴァレス。貴女は、第二王子の婚約者でありながら、そのお立場を利用して――男爵令嬢セレナ・ミルフォードに毒を盛ろうとした罪に問われています」
裁判官の声が冷たく響く。
観衆の目は氷のように冷たい。
かつて自分のドレスや髪型を真似し、媚びへつらってきた貴族たちが、今は遠巻きに唾を吐きかける視線を投げている。
(……誰が毒なんて盛るものですか)
心の中で、ベローチェは静かに吐き捨てる。
そんな下品な手段を、自分が取るはずがない。
だが、証拠は整っていた。彼女の私室からは毒薬が見つかり、使用人の証言も彼女に不利なものばかりだった。
そして何より――
「ベローチェ、どうしてなんだ……」
優しく、けれど悲しげな声。
彼女がかつて愛した第二王子、レオニスが、広場の奥から悲しげに彼女を見つめていた。
その傍らには、青いドレスに身を包んだ可憐な少女――セレナ・ミルフォード。
彼女は腕を吊った姿でレオニスの腕に寄り添っている。
「レオニス様……わたくし、怖くて……」
震える声で訴えるその姿は、観衆の憐れみと怒りを一気に引き寄せた。
「本当に、最低な令嬢ね」「王子に見捨てられて当然だわ」
「悪役令嬢ってやつか……」
そんな声が飛び交う中、ベローチェは唇を噛み締めた。
確かに、彼女はわがままだった。
社交界では傲慢で、思い通りにならないと平民の使用人を泣かせることもあった。
セレナに対しても、レオニスを取られたと感じてからは、冷たい態度を取ったことも一度や二度ではない。
(だけど、それとこれは別よ……私はやってない……!)
けれど、誰も信じてくれない。
王子ですら、彼女を疑っている。
「ベローチェ・ディ・アルヴァレス。貴女には――死罪を言い渡します」
その瞬間、観衆から歓声が上がった。
ベローチェは両手を縛られ、処刑台の中心へと連れていかれる。
これで、すべてが終わる――
そう思ったその時だった。
――世界が、止まった。
時間が凍りついたように、全てが静止する。
そして彼女の目の前に、光に包まれた人物が現れた。
白いローブを纏い、透き通るような金色の髪を持つ青年。その背には、薄く輝く羽のようなものが浮かんでいた。
「……あなたは……?」
「私は、この世界を創った者のひとり。そして今、あなたの魂の叫びを受け取った者だ」
その声は、どこまでも静かで優しかった。
しかし、その中に冷たい意志が潜んでいるのをベローチェは感じた。
「……助けてくれるの?」
「いいえ。罰は受けるべきです。あなたが無実かどうかに関わらず――傲慢だったあなた自身を、悔い改めなければならない」
ベローチェは目を見開いた。
この男は、自分を助けるために来たのではない。
悔い改めよ、と告げるために現れたのだ。
「……じゃあ、死ねというの?」
「いいえ。生きて、見つめなさい。あなたが失ったものを。あなたを貶めた者を。そして、本当に価値あるものを。」
彼の手が光を放ち、ベローチェの身体を包み込む。
「あなたの顔を変え、記録から名前を消します。
新たな名前は――ティナ。
平民としての戸籍と、生きる場所を与えましょう。だが、魔力はそのまま残しておきます。あなたが何を選ぶのか……見届けたいから」
ベローチェの意識が、ふっと遠のいていった。
***
――目を覚ましたとき、そこは見知らぬ木造の小屋だった。
「……っ!」
跳ね起きた身体は、これまでとは違う軽さを感じる。鏡を探し、ぼろぼろの木の板に映った自分の顔を見て、彼女は驚いた。
美しく整った顔立ちはそのままに、目元や輪郭にわずかな変化が施されていた。
――誰も、ベローチェだとは気づかないだろう。
けれど、魔力は確かにそこにあった。
手をかざせば、微かに光が集まる。彼女の魔力は、失われていない。
「……ふふ」
ティナ――いや、元ベローチェは、鏡に向かって笑った。
その笑みは、かつての高慢な貴族令嬢のそれではない。
獲物を見据える獣のように鋭く、静かで、そして強い。
「――いいわ。なら、生きてやる。冤罪を晴らすために。すべてを暴くために。そして、あの人たちに、罰を与えるために」
新しい人生は、復讐の炎とともに始まった。
第二話は本日の19時更新予定です!
以降は1日2回更新で、12時・19時に更新を予定しています。
皆さんに楽しんでもらえたら嬉しいです、気に入っていただけたら下の☆マークとブックマークもお願いします。