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何事もない日常


 私の名前は篠原美空(しのはらみそら)17歳高校三年生だ。今日も私は学校で大学受験に追われる青春という名の刑務所生活をしていた。


「おはようございます。みなさん、今日も元気に登校してくれてありがとうございます。体調の悪い人はいませんか?」


「………」


「よし!それじゃあホームルーム始めるよ!今日の授業はA校時でしたが、昼から大雨が降るらしいので今日はC校時に変わっています。休み時間中に掲示板を確認しておいてください」


 眼鏡をかけた青シャツの担任が教壇に立ちながら、今日も元気そうにホームルームをしている中、私は俯きながら寝ていた。いや、寝たふりをしていた。顔を上げていると疲れるんだから、別に構わないと思わない?それは私だけなんだろうか…


「やったぁ!」

「え!まじやばいんだけど…今日カラオケ行かない?」

「早く帰りたいよ〜」


「はあ…テストも近いんだし、勉強しなさい。あと、不要不急な外出も控えるようにしてくれ」 


 周りの私語が飛び交う中、担任が眼鏡を持ち上げながら呆れたような声をだしていた。そして、柔らかいスニーカーの音が教室の床を軽く擦るように近づいてきている。担任が来る。私が寝ているのを注意しに来るんだろうな……。


「篠原〜、今日はずいぶんと早い夜だな?」


「いやぁ…それにしても今日もいい天気ですね。まるで世界が始まった時のような高揚感を感じさせてくれます」


「何を言ってるんだ……取り敢えず今俺が言ったことを言ってみなさい」


「篠原ぁ、今日はずいぶんと早い夜だなぁグヒィヒィです」


「はあ…もういい、近くの友達から聞きなさい」


 担任が頭を押さえながら悲しそうに言った。この教室では私にとやかく言える人は少ない。勉強には自信があるし、やるべきことはやってきたのだから寝てしまっていたとしても、偶に口答えしたとしても、それはエンタメとしてみられる。


「テストも近いからちゃんとテスト勉強するんだぞ〜それじゃあ、ホームルームを終了する」


 特段気になることもなく、ホームルームが終わった。今日からまた何事もない平凡で、平穏な生活が始まる。それにしても………


「近くの友達から聞きなさい、かぁ…」


 私には友達はいない。いや、いるのだけど…この学校にはいない。なぜ、今いる学校で友達が出来ないのか。それはとても簡単だ。


「篠原って話しかけるなオーラ凄いよね…」

「わかる〜」

「それな〜」


 周りの女子達が話しているのが聞こえる。聞こえないように言ってほしい限りだけれど、それは私が積み重ねてきた結果なんだろうと思うと、この惨状は妥当だと納得できる。だからそこまで悲観するべき内容でもないのだ。


 それに、聞き忘れてしまった内容も特にはない。だからこのまま何事もなく一年が終わってほしい、ただただ、平和な生活で締めくくろうじゃないか。そんなことを考えていたのだが…突然、前の席にいたクラスメイト、もとい神崎蓮(かんざきれん)がこちらを見ながら静止していた。


「篠原、今日はC校時だって先生が言ってたよ」


「…………え?あ、あぁ、ありがとう」


 神崎はそんなことを言うと、すぐに前を向き、何事もなかったかのように授業の準備をしている。まあ…聞き損じたものは一つもないのだけれど、単純に時間割について教えてくれたのであればそれは嬉しい。なぜなら情報は多くて損することは一つもないのだから。ただ、話したこともない人だったので、つい、適当な返答になってしまった。


 まあ、そんなことよりも次の授業の準備をしなければ…………………あれ??


「言文の教科書忘れちゃった…」


 これは非常に不味い。昨日の夜…いや、今日の朝までゲームをしていたのが仇となってしまった。数ヶ月前に言文の教科書を忘れた人がかなりキツめな説教を受けているのを見たことがある私は、言文の先生だけは怒らせてはいけない。と、心に刻んでいたのだが…これは大きな失態かもしれない。


 大人しく、先生が教室に来る前に職員室まで足を運ぼうかと思っていたのだが、また神崎の視線を感じ、私は足を止めた。


「俺のやるよ」


「いや、いらないよ」


 教科書を差し出しながら言う彼の申し出を適当に断ると、私は教室のドアに向かって歩き出した。貸す、なら分かるけど、やるよ、はないだろ、それに、私が怒られずに神崎が国語の先生の餌食になるのは気まずすぎる。彼はドMなのだろうか?そんなことを思っていると、ふと肩に手が乗っていることに気づいた。振り向くと、神崎がいた。


「いいって、俺二つ持ってるし」


「……何で二つ持ってるの?」


「作った」


「????」


 彼は言語文化と書かれた教科書を私の手に乗せながら言った。何故二つも教科書を持っているのか分からないが、二つも持っているなら一つぐらい貸りても大丈夫か。


 私も怒られたいわけじゃないし、借りれるのであればそれはそれでいいと思う。もしかして、これが友情なのだろうか?男友達というやつなのだろうか??まあ、何にしてもこれはありがたい。これで評価も下がらず、平和な生活を送ることができる。


「ありがとう」


「あいよ」


「終わったら返すね」


 と、言い残して席に座ることにした。なんだか、彼の額に汗が浮かんでいるように見えたが気のせいだろうか?それに、足を振るわせながら席に着く姿は生まれたての子鹿のようだ。なぜ体を震わせているのだろうか??


 もしかしたら困ったことがあるかもしれない。授業が終わったら神崎の相談に乗るのも良さそうだ。友達らしいことは中学校以来やってなかった私にとって、彼は久しぶりの話し相手になるのだから。


「それじゃあ言文の授業を始めるぞ、教科書を忘れたやつはいないだろうな」


「……。」


「後から報告したやつは点数を2倍でマイナスにするからな」


 言文の、30代強面の先生は脅すように言った。


 本当に助かった。こんな先生に怒られればトラウマ確定だろう。大人になっても忘れられないぐらいに脳に残りそうだ。普通に手を出しそうな雰囲気すらある。大丈夫、私には教科書がある………ん??


 なんだか、落書きが……しょうもなすぎる低レベルな落書きがたくさんあるのだが、もしかして神崎はガキなのだろうか?っていうか三目並べの跡があって授業範囲の文字が読めないのだけれど…これじゃあ無いのと同じじゃないか。もしもこんな状況で朗読をしろ、なんて言われたら…


「昨日の続きから朗読頼む、え〜と…昨日は登坂(とさか)だったな。神崎から頼む」


「はい。咲き乱れる赤い花々、もしかしてここはツチノコの里なんだろうか、それともハムスターの里なのか…」


「どこ読んでんだ?ページを確認しろ」


 彼は何を言っているのだろうか?っていうか、文章として色々おかしいのだけれど、言文の教科書の一部にそう書いてあるのだとしたら私はもう言文という存在が何なのか分からなくなってしまう。しかし、実際に書かれている内容であればツチノコの里という単語をどのようにして言文に使うのか実に興味深い。授業が終われば相談ついでに、ページ数を聞いてみよう。と思っていたのだが…


「すんません。言文の教科書と道徳の教科書間違えました」


 と、彼は真剣な眼差しで言った。道徳にツチノコの里が出てくるのだろうか?それに、間違えることなんてあるのだろうか?共通点で言えば人間の葛藤を書かれていることだろうか?


 違いであれば言文は作者の気持ちを想像しろ。道徳はこんな時、あなたならどうする。といったところだろうか。一緒のように見えて全然違う。


 って言うか、表紙カラーも言文が赤に対し、道徳は緑だ。色覚異常でない限りそんな間違いを起こすことは困難だ。信号機も赤と緑を間違えれば命取りに繋がる。あとで、彼には免許を取らないことをオススメしよう。そんなことよりも…今にも激戦区になりそうな予感がするのだが…


「もしかして忘れたのか?」


「すんません。忘れました」


「おい、お前ふざけんなよ」


 言文の先生はそんなことを言いながら教卓を蹴り上げ、地面に強く転がした。今どき、パワハラやモラハラには厳しいご時世なのに、とても強い言葉だ。こんな人が担任になれば、昔の教育方針に慣れてない私達は精神的に死ぬだろう。


 それに、今の私は犯罪を犯しているかのような罪悪感に心臓が鼓動をあげている。なぜなら、神崎は教科書を忘れておらず、私の手元にあるのだから。


 ただ、彼は嘘をついていたのだ。私に二つ教科書があると言っておきながら自分は道徳の教科書で誤魔化していたのだ。責任は神崎にある。神崎が何も言わなければ私は平穏に過ごせる。私には神崎から借りた教科書があるから。でも…


「お前はいっつも赤点、何やってもダメ、本当に学校に来る意味あるのか?」


 なんて、言う先生を見ていたら庇わないわけにはいかない。


「あ、私のかと思ってた教科書、神崎さんの教科書でした。ごめんなさい、私のせいで…」


「ああ、そう。篠崎、お前の教科書は?」


「すみません、忘れました」


「篠崎、後で職員室に来なさい」


 そういうと、彼が振り返り、何やってんだよ。と言いたそうな顔をしていたので、腹が立った私は口元をキュッとあげ、見下ろすように舌を出してやった。神崎がいなければ私は職員室に呼ばれることなく、説教を短時間で終わらせられたかもしれないのに…


 私は恨めしい気持ちで残りの授業時間、彼の背中を見つづけていた。


 チャイムがなり、先生がこっちに来いと言いたそうなジェスチャーをしていたので立ち上がると、神崎が心配そうにこちらを見つめていた。


「お前、なんで先生に言ったんだよ。あの時、何も言わなければ怒られなかったのによ」


「あなたが可哀想だったからよ」


 私のことを何だと思っているのだろうか?もしも、神崎が計算でやっているのであれば、私はそんなことをされても嬉しくない。と言うだろう。


 後々バレるであろうことは、運命的にバレてしまうものなのだ。もしも、あのまま私が教科書を持ち続けたとする。そうなると、朗読の順番が神崎の次なので、落書きで読めなくなった教科書を片手に、私は立ち往生することになっていただろう。最悪、落書きがバレて、私がガキ扱いされるようになってしまうかもしれない。


 そんな未来に比べれば、職員室で怒られることは安い出費だ。だから


「もう関わらないで」


 と、彼に告げて職員室、もとい処刑場へ向かった。


「はあ…先生が来る前に言っておけば良かった」

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