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TSして昔の声を取り戻したボクは女性シンガーの歌を熱唱したい!  作者: 武藤かんぬき
第二章

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46――奏さんへの相談

いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。


「優ちゃん、お待たせー」


 翌日の放課後、以前と同じファーストフード店で奏さんを待っていたら、一緒に来たらしい真奈がにこやかな笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。


「優希ちゃん、久しぶりだね」


「奏さん、お久しぶりです。わざわざ時間を作ってもらっちゃってごめんなさい」


 ペコリと頭を下げながら言うと、『今日はヒマだったから大丈夫だよー』とにこやかに言ってもらえたのでちょっとホッとした。別に奏さんが怖い人だとは思っていないけど、相談に乗ってもらうために呼び出した側としてはちょっと緊張するよね。


「じゃあ、先に話をはじめておいて。私、飲み物買ってくるから」


 気を遣ってくれたのか、それとも本当に喉が乾いていたのかはわからないけど、真奈が席を立ってカウンターへと歩いていった。『奏さんは飲み物とかいらないのかな?』と思いながら彼女に視線を向けると、まるで考えが読まれたように答えが返ってきた。


「ここに着く前に、私の分は真奈に頼んでおいたの。だから優希ちゃんは、気にせず話してくれて大丈夫だよ」


「あ、そうなんですね」


 奏さんの言葉に頷きながら、それなら大丈夫かと少しホッとしたらなんだか肩に入っていた余計な力が抜けた気がする。あんまり真奈と達也以外に相談とかしないから、もしかしたら緊張していたのかもしれない。


「えっと、前に歌ってみた動画の撮影をしたところまでは、奏さんもご存知だと思うんですけど」


 スタジオから帰る途中にみんなで楽しく遊んだのは、まだ記憶に新しい。まだあれから少ししか時間が経っていないのに、状況がめまぐるしく変化したなぁと思わず遠い目をしてしまう。


 その歌ってみた動画がとある人気Vtuberさんの目に留まって、彼女の動画にゲスト出演したこと。それからスカウトされて、僕もVtuberとしてデビューすることになった経緯なんかをなんとかわかりやすいように説明する。


 ずっと話していたらのどがカラカラになったんだけど、僕が飲んでいたジュースのコップはすでに空っぽだった。急いで何か飲み物を買ってこようかなと思っていたら、いつの間にか戻ってきていた真奈がそっと僕にオレンジジュースが入った紙コップを差し出してくれた。

 真奈の分なのかな? なにはともあれ、すごくありがたい。ケホ、と思わず出た小さな咳を流し込むように、ひと口飲ませてもらった。乾いたのどに気持ちよくて、もう少し飲みたいなと思ってしまったけど、これは真奈の分だと我慢してテーブルの上にコップを戻す。


「ああ、全部飲んじゃっていいよ。さっき買いに行く前にコップの中が空だったから、優ちゃんの分も買ってきたの」


「……ありがとう、真奈ちゃん」


 ありがたくはあるんだけど、最近真奈の察しの良さが神がかっていてちょっと怖い。僕の心の中でも読んでいるんじゃないかと思うぐらい、正確に僕が何を考えているかとかを当ててくるんだよね。


「というかね、優ちゃん」


 いたずらっぽく笑いながら切り出した真奈に、ちょっとだけイヤな予感がしながら続きを促した。


「優ちゃんがVtuberとしてデビューした話、私がみんなに話してるから省いても大丈夫だったのに」


「えぇっ、なんで勝手に話してるの!?」


「私だけじゃないよ、伊織も3人に話したって言ってたし」


 そう言えば伊織さんにはソレイユさんの動画に出るときに、一緒にスタジオまで着いてきてもらったんだった。まぁみんな僕とは友達だし、僕のことについて話すこともあるかもしれないとは思うけど。でもデビューした今となっては身バレにも気をつけないといけないから、申し訳ないけど他の人がいるところで僕の話をしないようにお願いしておいた方がいいのかも。


 すとりーむらいぶの社員さんとか先輩Vのみなさんに迷惑が掛かるのはイヤだから、と僕の情報を漏らさないようにお願いすると、真奈からは『5人でしか話さないから大丈夫だよ』と自信満々に返された。

奏さんからは『絶対不用意に話したりしない、約束するね』と真摯な言葉をもらえてちょっと安心した。真奈には奏さんをちゃんと見習って、これくらい誠実な対応をしてほしいものだ。


 話が大幅に横道に逸れたので、本筋に戻す。


「それでVtuberも歌ったり踊ったりするお仕事なので、僕もダンスを習う必要が出てきたんです」


「自分の動きとまったく同じようにアバターが踊るの、すごい技術だよね」


 僕の説明の後に、真奈がポツリと自分の感想を繋げた。この間アメリ先輩たちに聞いたところ、黒くてセンサーがたくさんついたトラッキングスーツというものを着たまま踊らないといけないそうだ。センサーから送られた動きをコンピューター上で処理して瞬時にアバターに反映させるのだから、確かにすごい技術だと思う。


「つまり、ダンスの練習場所をどうにかしたいということ?」


「そうなんです。でも家でドタンバタンするとご近所迷惑だし、床が抜けたりしたらって考えると怖いじゃないですか」


 僕の言い方が面白かったのか、奏さんがクスクスと笑った。さすがに床が抜けたりしないとは思うけど、でもダンスってステップ踏んだり動きが激しいからありえないとは言えないよね。


「練習場所かぁ、これはダンスをやってるみんなの悩みなんだよね。ちなみに優希ちゃんは、ダンスってこれまであんまりやってこなかった感じ?」


「学校では習ってますけど、あんまりピンとこなかったし記憶にも残ってないみたいな……」


 僕が気まずそうに言うと、奏さんは『興味がないとそんなものかもね』と言いながらまた笑った。よかった、もしかしたら気分を悪くしちゃったかと思ったんだけど、特にそんなことはなかったみたいだ。

 だって自分が好きなものを他人にないがしろな感じに扱われたら、腹が立つし。僕だって歌のことをそんな風に言われたら、多分怒っちゃうと思うから。


「それならほとんど初心者だね、正直に言うとちゃんと踊ってる自分が映る鏡が正面にあるスクールに通うのが一番オススメ。でもそれくらいのことは多分、優希ちゃんもわかってるんだよね? それでもその選択肢を選ばないっていうことは……」


「ボイトレにも通っているので、これ以上はちょっと無理かなぁって思ってて」


「そうだね、お父さんとお母さんにお願いするのもちょっと難しいよね」


 いくらこのVtuber活動に掛かったお金は将来的に僕自身が返済すると約束しているとはいえ、一時的に払わないといけない両親には重い負担に違いないだろう。これだけ好き勝手させてもらってる身の上で、さらに追加でのお願いごとはかなり言いづらい。


「ダンス部に友達がいるから、お願いすれば週1ぐらいなら使わせてもらえるかもしれないけど」


「いや、ダメでしょ。優ちゃんはうちの学校の生徒じゃないんだから」


 奏さんがポツリと呟いた言葉に、真奈がすばやくツッコミを入れた。さすがにそれは僕もダメだと思う、なにより真奈の通っている学校って女子校なんだよね。そこに僕が足を踏み入れるのは良くないことだ、いろんな意味で明らかに不法侵入になるし。


「んー、じゃあ仕方がない。私のとっておきの場所を、特別に優希ちゃんに紹介してあげるよ。ただ管理人みたいなバアさんがいてね、その人に気に入られないと格安では使わせてもらえないという厳しい条件があるんだけど」


「優ちゃんなら大丈夫じゃない? 昔からお年寄りにはすごく可愛がられていたし」


 言い淀む奏さんに、なにやら自慢げに昔話をはじめる真奈。それって僕が男だった頃の話しでしょうに、しかも真奈のおばあちゃんとか達也のおじいちゃんとか近しい人に可愛がられただけなのに。

 普通の祖父母なら孫の幼なじみには優しくしてくれるだろうから、僕が特別お年寄りに可愛がられるわけではないと思う。


「判断基準が性格なら、私も優希ちゃんなら大丈夫だって自信を持って言えるんだけどね。でもあのバアさん、踊りの素質で人を選り好みするから……」


「ええっ!? か、奏さん……さっきも言いましたけど、ダンスは素人以下ですよ?」


「ちょっと奏に基本を教わって、練習してから行ったらいいんじゃない?」


 衝撃の事実に僕が悲鳴をあげると、フォローするように真奈がそう言ったのだけど、ふるふると奏さんは力なく首を横に振った。どうやらそのお婆さんはそういう付け焼き刃をもっとも嫌うみたいで、以前に門前払いされるところを偶然見かけたとのことだ。


「優希ちゃんには申し訳ないけど、ぶっつけ本番で挑むしかない。それでも行ってみる?」


 そう尋ねられても、僕としてはまだ判断材料が足りなくて即答できなかった。もうちょっと突っ込んで話を聞いてみると、板張りでちゃんとワックスが掛かったダンススタジオを月額500円で使わせてもらえるんだって。

 そんなので儲かるのかと思っていたら、どうやら彼女の老後の楽しみでやっているのでお金は二の次なのだそうだ。しかもなかなかお眼鏡にかなう子もいないらしく利用者も少数だから気兼ねせずに踊りに集中できるらしい。


 そんな好条件なら挑戦しない理由はないよね、僕は奏さんの問いかけにしっかりと頷いた。ダメなら次の手を考えよう。何をどうすればそのお婆さんに気に入られるのかわからないんだから、僕なりにやれることを懸命にやるしかないよね。


 ちょうど僕たちと別れたあとに行くつもりだったそうで、奏さんにこのまま案内してもらえることになった。行った瞬間に『帰れ!』とか言われたらどうしよう、そんなことを考え始めるとどんどん悪いことばかり想像してしまう。


 そんな僕の気持ちを察したのか、真奈がそっと僕の手を握って横に並んだ。どうやら一緒に行ってくれるらしい。その気遣いに感謝しつつ真奈の柔らかい手を握り返して、数歩先を行く奏さんの後をついていくために足を踏み出すのだった。


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