39――配信準備
いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。
「えっと、ツール類OK。連絡用にディアコードも起動したし、配信予約もちゃんとできてる……はず」
新しいPCをたどたどしく操作しながら、ひとつずつ確認していく。ディアコードとはチャットもできるし掲示板みたいな使い方もできて、さらにはテレビ電話までできるというすごく便利なコミュニケーションアプリだったりする。僕が入っているチャンネルはすとりーむらいぶの配信者専用チャンネルと、事務所との連絡用チャンネル。あとは操作の練習用に達也が作ってくれた、幼なじみ3人だけの連絡用チャンネルの3つだ。
前に使っていたチャットアプリは飾り気のない文字とスタンプだけの会話ツールだったので、ディアコードは多機能過ぎて目が回りそうになる。この間配信者専用チャネルで先輩たちにデビューに先がけて挨拶させてもらったんだけど、会話するのにモタモタしてしまって先輩たちに『レスポンス遅いね』とかからかわれてしまった。忙しい人たちだから、僕のせいでムダに時間を使わせてしまって本当に申し訳なく思った。最初は本気で叱られているのかと思って、ちょっとだけ目が潤んでしまったのはないしょだ。
でもソレイユさんが僕の味方をしてくれて、『ちゃんと冗談だとわかる言い方をしなさい』って先輩たちを叱ってくれたので、あの言葉は冗談で言ってくれたんだなとすごくホッとした。多分先輩たちも悪意があった訳じゃなくて、僕の緊張をほぐしてくれようとしたんじゃないかと思ったんだよね。ボイスチャットに切り替えてからは、何故だか末っ子扱いですごく子供扱いされた。自分の実年齢を考えるとものすごく小さい子に接するみたいな扱いにちょっと思うところがないわけではないんだけど、まぁ設定上の年齢は中学生だからね。僕ももし幼なじみの中に年下の子がいたら、こういう接し方をするだろうから仕方がないとあきらめた。無視されたり嫌われたりするよりは全然良い関係が築けたので、結果オーライだと思っておこう。
ちなみに機材のセッティングは達也とじろさんにやってもらった。僕も手伝おうかと周りをチョロチョロしていたら、達也から『邪魔だからあっちでおとなしくしていろ』とガチトーンで言われてしまったので、しょんぼりしつつベッドの上で作業をボーっと眺める置物状態になっていた。達也は元々だけどじろさんも凝り性なのか、ケーブルとか乱雑に見えないように束ねてバンドで止めてから箱の中に隠したりして、すごく片付いた机の環境を作ってくれた。
短い文章を投稿する人気SNS『チャットーク』にも初配信の告知を事務所のスタッフさんにしてもらったし、先輩たちが『リトーク』とか『好き』をしてくれたおかげですとりーむらいぶファンからたくさん反応をいただいている。ちなみにリトークは他の人の投稿を再投稿して広めることができる機能で、好きはハートマークを押すと『この内容が好きだ』ということが投稿主や見ている人たちに伝わる。投稿主には誰が好きを押してくれたのかがわかるけど、見ている人たちにはそれがわからずに人数だけが表示されるというプライバシーにも配慮した仕様になっているんだって。
歌音ゆうひ@yuuhi_utaoto
『はじめまして、ゆうひです』
8月11日の18時からデビュー初配信します。
お盆で忙しい最中ですが、是非見に来てくださいね。
告知の投稿はスタッフさんにしてもらったけど、本文はちゃんと僕が考えました。チャットークは画像も投稿できるので、動画のサムネイルが文章の下に表示されている。ちなみにこれも事務所スタッフさんが作ってくれて、僕が慣れるまではサムネイルの作成代行をしてくれるそうだ。サムネイルとかを作るための画像編集ソフトとライセンスはすとりーむらいぶから貸し出されているので、早く練習して自分で作れるようにならないとね。
前回ソレイユさんの動画に出たときは僕の分身であるウサギ娘はワンピースを着ていたんだけど、3日ぐらい前にササミさんがデビュー記念にと新衣装を贈ってくれた。なんとブレザータイプの制服で、黒のブレザーに大きめの金ボタンが3つついているけど前はとめていないからちょっとオーバーサイズに見える。右胸の上にあるポケットにはすとりーむらいぶのロゴマークのワッペンがついていて、首元には大きめで赤字に白のななめストライプが入ったネクタイが締められている。クリーム色をベースに白と薄茶色の線が入ったチェックのスカートもすごくかわいくてアバターによく似合っていた。
僕にとっては新衣装なんだけど、Vtuberの歌音ゆうひとしてはこの制服が基本の服装になるのかな? ササミさんが前のフリルワンピースも手直ししてバージョンアップしておくと言ってくれていたので、順調に活動が続けばそっちを新衣装として発表するのもいいのかもしれない。
ちなみにこの衣装代はちゃんと僕が支払うと言ったんだけど、ササミさんは『お祝いだから』と頑なで金額すら教えてくれなかった。それでも僕が食い下がると、『じゃあお礼として私のことはママって呼んで』とお願いされた。Vtuber界隈では、アバターのデザインをしたイラストレーターさんをママと呼ぶんだって。この世の中に新しいキャラクターを誕生させたのだから、ママと呼ばれるのはあながち間違いじゃないと思う。
元男子高校生としては恥ずかしかったけど、お礼だしササミさんの希望なんだからちゃんと呼ばないとね。ただ『ママ』と呼ぶのはやっぱりちょっと抵抗があったので、『ササミママ』と呼ばせてもらうことにした。これなら『ササミさん』みたいな感じで呼べそうだし。テレビ電話アプリで会話していた時に初めて呼んでみたら、すごく嬉しそうにしていたので頑張って呼んでみてよかったなと思った。
そういえばVtuberとしての名前が決まったのは3日ぐらい前で、僕の歌うことが好きという要素と歌い手YOUの名前を組み合わせた感じで結構気に入っている。Vtuberの前世については明かさないのが普通なんだけど、僕の場合はデビュー配信でそのあたりのことを説明するという方針になったのが大きかった。このウサギ娘のアバターを使ったのは僕だけだし、声もソレイユさんの配信でバレてるから隠したところで一瞬で見破られるのは目に見えているもんね。だから最初から『歌い手のYOUです』と名乗った方がいいイメージを持ってもらえるのではないかという結論に達した。
「最近はボイスチェンジャーの性能も上がって、男子の声でもかわいい女子の声に変換できるようになっているから、本当にVtuberの中身が女子なのか疑うファンもいるのよね。その点YOUさんの場合は動画で姿を見せてるし、顔もチラッと映ったりしてるからファンを増やすのにもプラスになりそうなのよね」
そう言ったのは鳳さん。あくまで以前に僕の動画を見た人たちに向けての裏プロモーションとのことで、すでに僕のにっこり動画のアカウントは削除されている。動画が転載されるかもしれないけど、それについては見つけ次第に事務所側が粛々と削除依頼を出して対応してくれるそうだ。色々な意見はあるだろうけど人気Vtuberを何人も輩出してきた事務所なのだし、専門家の意見には従った方がうまくいくような気はしているので信頼してお任せすることにした。
夕方ぐらいに達也と真奈がうちに来てくれて、早めに夕ごはんを一緒に食べた。ふたりの役割としてはモデレーターとしてそれぞれのノートパソコンから僕の配信を閲覧しつつ、悪口コメントや配信を台無しにしそうな荒らしコメントをするユーザーをブロックすること。後は勉強するために色々な先輩の配信やアーカイブ動画を観たんだけど、話の途中でもユーザーさんが挨拶してくれたりスパチャという投げ銭をしてもらったらすぐにお礼を言う慣習があるらしい。でもその後で何の話をしていたのかVtuberの人が忘れちゃったり、その話が聞きたかったのに別の話に移っちゃったのをコメントで嘆いている人を何人か見かけた。
すぐにお礼を言って欲しい、挨拶を返して欲しいと思うのはファンの人の本音だと思う。テレビとは違って、そういうレスポンスの速さも配信の強みだもんね。でも僕としては挨拶はまとめて配信の最初と最後に、もしも収益化されるぐらいチャンネル登録者数が増えたらスパチャへのお礼も最後にお名前を読み上げる形にしようと思う。もしうまくいかなかったら、またやり方を考えてやり直せばいいだろうし。
そんなわけで、達也と真奈には配信を見ながら挨拶してくれた人やスパチャしてくれた人のユーザーネームをメモってもらう役目もお願いすることにした。流れとしては僕が配信の最後にそのメモを受け取って、名前を読み上げてお礼を言う感じになると思う。配信を最初から最後まで観られる人って少ないかもしれないけど、お礼コーナーを作ってまとめて言った方がスムーズじゃないかな。
一応今日のデビュー配信でこのやり方を発表して、視聴者のみなさんの反応を確認する予定だ。あとは僕がYOUであるという説明と、挨拶や視聴者さんたちをなんて呼ぶかとかSNS上でのハッシュタグとかそういう細々としたことを決めなくちゃいけない。うぅ、全部できるのかな。ちょっと緊張してきた。
「優希、そろそろ待機画面流すぞ。今のうちにトイレ行ったり飲み物用意しておけよ」
「たっちゃん、いくら優ちゃん相手とはいえストレートにトイレとか言うのはデリカシーに欠けてるよ」
いつもの感じで僕にアドバイスしてくれた達也へ、真奈がからかい半分批判半分の声色で注意する。僕も真奈に対して『トイレに行きたいの?』とか普通に聞いちゃうから、気をつけないといけないね。それを伝えると何故か真奈は真面目な表情をしてから『優ちゃんはいいんだよ』と変な特別扱いをされた。うーん、解せぬ。




