35――両親との話し合い にかいめ
いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。
「いいんじゃないか?」
鳳さんから送られてきた資料を読んで、まだ最終的な答えは出せてないんだけど両親に報告を兼ねて相談することにした。
今回も達也に同席してもらったんだけど、やっぱりネックになるのは機材なんかに掛かる費用のことなんだよね。高性能なパソコンとかマイクとか、スイッチでアプリを切り替えたりする機械とか。挙げていけばキリがないくらい。僕の貯金はボイトレや僕自身の手入れをするための消耗品など使い道がもう決まっているから、これだけの費用をすぐに用意するなんて無理だし無茶もいいところだ。
それも一生懸命に話して、足りない部分を達也に補足してもらいながら説明してみたら父からこんな言葉が返ってきた。
「お父さん。僕の話、ちゃんと聞いてくれてた?」
「うん、ちゃんと聞いていたぞ。だからそんな風にジトッとした感じに睨むのはやめなさい。全然怖くないし、むしろかわいいだけだから」
適当に返事をしたのではないかと疑う僕に、父はそんなことを笑いながら言ったからちょっと面食らってしまう。僕がかわいいとか、この人は実の娘に何を言っているんだろうか。
「まぁ、真面目にやってみたらいいと思っているよ。前回優希の歌をインターネットで動画配信したいって言い出した時に、見せてくれた動画があっただろう? ああいう形式だと、隠せていると思っていても優希の顔が映ってしまったりして、どこの誰なのかがバレる可能性が高い」
「……確かにその可能性はありますね、顔が映らなくても背格好から探し当てる変態もいるみたいですし」
父が深刻そうに懸念を言うと、達也までその空気に引っ張られたのか同じような声色で呟いた。母は『大げさじゃないかしら?』と気楽な感じだったけど、どちらかというとこのことについては僕も同じ意見だ。
心配してくれるのは嬉しいけれど、心配しすぎじゃないかなと思う。僕も元男なんだけど、ふたりの気持ちに共感できないなぁ。でももしも僕じゃなくて真奈がネットに顔を晒すということなら全力で止めるので、それと同じ気持ちなのかもしれない。僕ぐらいじゃストーカーなんか現れないだろうけど、真奈だと達也が言う『変態』が何人も釣れそうだから危ないもんね。
母もおおげさだと言いつつも父の意見に反対ではなさそうなので、賛成してくれるのはありがたい。やると決意した時に反対されていたら、またそれを覆すために説得するにはすごいエネルギーが必要だからね。ただ費用については貸すだけなので、大人になって僕が安定してお金を稼げるようになったらちゃんと返しなさいと言われた。それはもちろん、元々そのつもりだったからしっかりと頷いた。
うちは両親共働きだし、子供は僕ひとりしかいないから比較的お金には余裕があるみたいだ。でも母のためのおでかけとか、ふたりの老後に備えての蓄えをしていく必要があるもんね。鳳さんの資料によるとVtuberとして人気が出れば、収益化といって報酬がもらえるようになるそうだ。さらにスパチャと呼ばれる投げ銭についても全額ではないけれどその内の何割かがもらえるみたいなので、そういうVtuberならではの収入で返済できるようになる可能性はそれなりにあるらしい。ただお金を払ってもいいと視聴者さんが思うぐらいの人気者に、僕がなるっていうハードルがかなり高い気はするんだけどね。人気が出るぐらい面白い配信とか、僕にできるんだろうかとちょっと不安。
僕がそんな風に別のことを考えている間も、父と達也の話し合いは続いていたみたいだ。その結果を簡単にまとめると、僕の姿が動画に映ったら変態が自宅を突き止めて押しかけたり付き纏ったりするかもしれない。その点Vtuberなら僕の動きに合わせてアニメイラスト調のアバターが動くので、リアルの僕のことは視聴している人にはバレにくい。父としてはそちらの方が親としては安心だから、全面的に賛成らしい。
あ、ちなみにアバターはこの間ソレイユさんとの動画で使ったウサ娘を使わせてくれるんだって。レンタル料を払わないといけないけれど、格安にしてくれるそうだ。ただ貸し出す前にアバターを描いたイラストレーターさんと会って、使用許可を得ないといけないんだとか。自分が描いたイラストから生まれたアバターを数年放置されていたせいで、その人のすとりーむらいぶへの信頼度は著しく下がっている状態なのだそうだ。イラストというのは見る人によってはすぐに誰が描いたイラストなのかがわかるらしく、自分のイラストをどこの誰とも知れない人間に使われてはたまらないと僕に貸し出す条件として実際に会って面談することを要求してきたとのこと。
本来ならばすとりーむらいぶ的にはイラストレーター側には契約で決めた報酬をきちんと払い、成果物も受け取っていて取引は終了しているのだからこのような要求に応じる必要はない。でも揉め事になったら事務所に所属するVtuberはもちろんのこと、業界全体に悪評が流れでもしたら大きな影響が出るのは避けられないと判断して許可を出したんだって。
あのウサ娘と他のふたりのアバターを描いたイラストレーターさんは、ササミさんという人気も実績も兼ね備えた実力者だと前の打ち合わせの時に聞いたのを思い出す。絵を描くことを生業にしてるのなら、自分が描いたアバターをどんな人が使うのかが心配になるのは当然だろう。自分に全然責任がないのに炎上に巻き込まれてしまったら、実際の生活へダイレクトに影響が出るのだから。
イラストレーターさんと会う場所はこの間お邪魔した事務所でいいらしいので、鳳さんの立ち会いを条件にOKしておいた。もうここまで段取りが済んでるんだし、僕としてはVtuberをやってみてもいいかなと前向きな方向に気持ちが傾き始めている。気持ちがやる方向に動いた一番の理由は歌を歌う時に、著作権を管理している団体に事務所側が交渉してくれて、さらに著作権料もすとりーむらいぶが半分持ってくれるという条件だった。僕にとっては得しかない好条件で事務所側としては大丈夫なのかなと鳳さんに尋ねてみたら、お金の関わってくる話だし僕に交渉を任せて何か問題が起こった時に事務所も被害を被ることになるからだそうだ。
さっきの悪評の話と同じで、問題になる可能性が少しでもあるなら最初から大人がしっかりとサポートした方が安心できるとも言われてなるほどって頷いてしまった。
あとは管理団体に登録していない曲というのも、パソコンゲームの主題歌には多いらしい。もしリクエストがあって僕がそういう曲を歌う必要がある時は、事務所が代わりに交渉して使用許可を取ってくれるというのもありがたい。僕はまだ年齢が足りていないんだけど、年齢制限のあるパソコンゲームの主題歌っていい曲がたくさんあるんだよね。なんで遊んだことがないのに曲を聞いたことがあるのかというと、達也のおじさんと達也と僕の3人で遠出するときは、必ずおじさんの好きなアニメソング・ゲームソングコレクションがカーナビから流れているからだ。本当に出かけるたびに聞いていたから、パソコンゲームの主題歌や挿入歌もたくさんレパートリーがあるんだよね。歌詞を見なくてもソラで歌える曲だっていくつもある。
そういう曲の使用許可については、まずはソフトメーカーに使用していいのかどうか問い合わせするそうだ。ソフトメーカーがすでに廃業している場合は、曲を作った作曲家さんや作詞家さんなど権利を持っている人を辿って許可を取るんだとか。何故僕がこんな事情に詳しいのかと言うと、僕から相談された達也が何か参考になればとおじさんにも話をしたところ、裏事情なのかなんなのかよくわからない話を教えてもらったらしい。本当に何者なんだろう、達也のおじさん。昔からアニメやゲームが好きな普通のサラリーマンを自称しているけど、勤め先が業界に関わりがあるところなのかもしれないね。
それはさておき、もしも初期費用を借りることになったらちゃんと返します、みたいな簡単な借用書を書いて署名と押印をした。家族なのだからこんな借用書は必要ないと思う人もいるだろうけど、父としては真似事であってもお金を借りることへの責任の重さみたいなものを僕に身を持って知って欲しいんだそうだ。『いつまでに返済します』とか詳しい内容は書いていないから、法的には効力はあんまりないって父は言ってたけどもちろん踏み倒すつもりはない。例えVtuberとしてうまく成功できなかったとしても、大人になったら頑張って働いて返すよ。
両親に勧められたし、鳳さんがここまで手を尽くしてくれたのだ。両親との話し合いが終わる頃には、僕なりにVtuberとして頑張ろうと前向きな気持ちになっていた。
翌日鳳さんに『Vtuber、やってみたいです』と伝えたら、すごく弾んだ声で『これからよろしくね』と言ってくれたのが何故だかすごく嬉しかった。
多分実際に出演してみて『やってみたい』と思ってたんでしょうね、優希くん(笑)
そうじゃないと調べたりしないでしょうし。




