33――第一章 エピローグ
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「伊織さん。今日は一緒に行ってくれて、ありがとうございました」
「……ううん、あんまり役に立てなくてごめんね。今度は一緒に遊んだり、買い物に行けたら嬉しい」
伊織さんの言葉に笑って頷いて彼女の乗った電車を見送った後、僕たち幼なじみ3人組はいつもの帰り道を並んで歩いていた。他愛のない会話をした後、誰も喋らなくなって沈黙だけの時間が続いても気まずくならない。僕が女子になるなんて大きな変化があったのに以前と変わらない空気感でいてくれるのが、僕にとってはすごくありがたかった。
「そう言えば優ちゃん、スカウトの話はどうするの?」
何度目かの沈黙の後、真奈が切り出したのはさきほど鳳さんに言われたスカウトのことだった。漠然とどうするのかって聞かれても、僕としても返答に困る。メリットとデメリットの両方を説明してはもらったけど、よくよく考えればそれ以前に僕がソレイユさんみたいに見ている人たちを喜ばせるような配信ができるのかどうかが一番の問題だと思うんだよね。鳳さんは大丈夫だって言ってくれたからちょっとやる気が湧いてきていたんだけど、時間が経つと少しずつ不安の方が強くなってきた。
僕が自分の気持ちを正直に話すと、真奈は呆れたようにため息をついた。
「優ちゃんはもうちょっと自分に自信を持った方がいいよ。それに最初はうまくできなくても、こういうのって少しずつ上手になっていくものでしょ」
「まぁ、真奈の言うことにも一理あるな」
したり顔でそう語る真奈に、達也も頷きながら同意を示した。真奈の言う通りで始めてみないと現状と何にも変わらないのは確かなんだけど、なかなか気持ちの踏ん切りがつかないんだよね。なんというかこう、心の中に言葉にならないモヤモヤがあるというか。僕の表情からそれを察してくれたのか、自身も動画を配信している達也が詳しい人目線で活動する上で引っかかりそうな点を説明しはじめた。
「例えばだが、前にも話した著作権の問題が一番最初に頭に浮かぶな。個人でやっているなら多少お目溢ししてくれたとしても、事務所に所属した後でやらかしたら大きな問題になるのは目に見えている」
「それは事務所の大人たちと相談しながらやればいいでしょ。私としては優ちゃんって天然なところがあるから、ちゃんとした大人が活動をバックアップしてくれるのはいいことだと思うよ」
ふたりの言うことはそれぞれ正論だと思う。鳳さんみたいなマネージャーさんが相談相手になってくれるなら、これまでの活動でノウハウもあるだろうし色々と対策を考えてくれそうな安心感はある。達也曰く個人での活動は気楽にやれるけど、ファンを増やすことを考えるとなかなかに茨の道なんだそうだ。事務所へ入らずに個人で大金をはたいてパソコンや自分の分身である動くイラストを作ってもらっても、登録者数が1000人にも届かなくて辞めちゃうケースもザラなんだって。
どうすればいいんだろうと頭を悩ましていると、達也がポンと僕の頭を軽く叩くように撫でた。
「まぁ、じっくり考えたらいいさ。断ったとしても、今の活動ができなくなるわけじゃないんだから」
「そうだよ、優ちゃんは色々とひとりで考えすぎるところがあるから。煮詰まったら相談してね、誰かに話すだけでリフレッシュできるものだし」
優しい言葉を掛けてくれるふたりに、なんだか目頭が熱くなる。男だったころは僕がちょっとふたりを避けちゃって微妙に疎遠気味になっていたのに、こんな風に姿が変わっても前と同じように優しく接してくれる。困ったときには一緒に悩んでくれる友達って、本当に貴重な存在だと思う。そんな彼らに僕はちゃんと感謝の気持ちを伝えられているだろうか。ふとそんなことが頭をよぎって、いい機会だからちゃんとお礼を言おうと思った。もしこれまでにも無意識に感謝を伝えていたとしても、ありがとうって言われて『イヤだな』と思う人もあんまりいないだろう。さすがに毎日みたいな頻度だとその感謝の言葉が軽くなってしまうだろうから、伝える間隔と回数には気をつけるべきだろうけど。
早速お礼を言おうとしたんだけど何故か緊張してしまって声が出なかったので、一度ゴクリとツバを飲み込んでノドを潤してから口を開いた。
「いつも僕の背中を押してくれて、本当にありがとう。ふたりがいなかったらきっと今もカラオケで歌うだけで、知らない誰かに僕の歌を聞いてもらうなんて考えもしなかった」
「……俺たちが好きでやってるんだから良いって、前にも言っただろ」
ふいっ、と顔を背けつつぶっきらぼうに言う達也に、やっぱり前にも同じことを言っていたみたいだとほんの少し忘れていた自分に呆れる。お礼を言ったことを忘れるなんて本当は感謝してないんじゃないかって思われるかもしれないけど、絶対にそんなことはない。いつもふたりには感謝してるんだよ、一緒にいてくれてありがとうって。僕みたいななんの面白みもない人間を、大事にしてくれてありがとうって。
なんかそんなことを考えていると、さっきこらえた涙がブワッと溢れてきた。『あー、たっちゃんが優ちゃんを泣かした!』と真奈の声が聞こえてきて、思わず自然とうつむき加減になっていた顔を元の位置に戻す。『違うんだよ、達也のせいじゃないんだよ』と真奈に説明しようとするけど、その前に僕の頭を抱え込むようにした真奈の胸へと顔が押し付けられた。
息ができなくてモゾモゾと顔を動かすと、力が弱ったので『ぷはっ』と真奈の胸から顔を出す。前は真奈に力で負けるなんてなかったのに、女子になってからは負けっぱなしなのがちょっと悔しい。僕より背が高い真奈の顔を下から覗き込むように見ると、僕を窒息させようとしたばかりだとは思えないぐらいに優しい表情を浮かべた真奈が僕の顔を見ていた。
「私も今までに何度も同じことを言ってるけど、優ちゃんと一緒にいたいから好きなようにやってるだけだよ。だから優ちゃんは何にも気にする必要はないの、お礼も謝罪も必要なし!」
「真奈……お前、本当にイケメンな性格してるよな」
真奈に向かって達也がボソリと言ったんだけど、多分ちょっと照れそうなセリフでも真摯にはっきり言えるところが達也にはそう思えるんじゃないかな。僕もどちらかというとまっすぐに言葉を届けることが苦手なので、こうしてストレートな言葉で誰かを励ますことができる真奈を尊敬するしちょっとうらやましい。
「自分にとって大事な相手を励ますのに、なんで照れる必要があるの? 男子って変なところでプライドの高さを発揮するよね」
プライドが邪魔して言葉が出ないのか、それとも単純に恥ずかしいからストレートに言葉が出なくなるのかは人それぞれだと思う。でも達也の場合は真奈の言うとおりだったのか、ぐぬぬと反論できずに悔しそうな表情を浮かべていた。ちなみに元男子の僕の場合はキャラじゃないし似合わないので恥ずかしいという理由だったように思う。
とにかくふたりがこれからも僕の味方でいると断言してくれたので、なんだかすごく元気をもらえた。鳳さんのお誘いにはすぐには返事できないけど、具体的にどれくらいお金が掛かるのかとか事務所側が求める配信頻度とか内容とか、そういう踏み込んだ質問をしてみて判断材料を増やすのもいいかもしれない。両親に許可を取ってボイトレにも通う予定もあるし、使えるお金は限られているもんね。安請け合いをして両親に迷惑をかけることになるよりは、ちゃんと計算してある程度見通しをつけてから決断するべきだと思う。
オレンジ色に染まったアスファルトを、さっきよりは格段に前向きな気持ちで踏みしめながら3人で並んで家路を急ぐのだった。
文字数的にも内容的にもキリがいいので、ここで章を区切らせてもらいます。




