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TSして昔の声を取り戻したボクは女性シンガーの歌を熱唱したい!  作者: 武藤かんぬき
第一章

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34/50

32――勧誘

いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。


「お疲れさま! YOUさん、すごくよかったわよ」


 歌パートとエンディングの収録が終わって『ふぅ』と肩の力を抜いた途端、後ろから近づいてきた鳳さんがそう声を掛けてくれた。


「ありがとうございます。うまくできていたなら、よかったです」


「実際にVtuberとしてデビューした子でも、本番で急に緊張しちゃって何にもできなくなる子も少なくないの。それに比べたらちゃんと会話ができて、ゲームコーナーでも楽しんでるリアクションができるYOUさんには十分に配信者としての素質があるわ」


 手放しでそう褒められて、さすがにちょっと照れくさい。僕がちゃんとできていたというならほぼ間違いなく時々冗談を交えながら緊張をほぐし、細かなところでフォローしてくれたソレイユさんのおかげに違いない。


 そのソレイユさんはと言えば、僕がモニターの方に視線を向けたのがわかったのかアバターがひらひらとこちらに向かって手を振っていた。


「楽しかったね、YOUちゃんがよかったらまた一緒に遊べたら嬉しい。できれば今度は配信がいいかな? 生配信ばっかりやっている身としてはやっぱり観てくれている人たちの反応がないと、ちょっと寂しいから」


「あの……前向きに検討します」


 ソレイユさんからのお誘いに、さすがに即答で『無理だ』とは言えなくて言葉を濁して返事をした。でも今日やってみて楽しかったのは確かだし、本当に前向きに考えてみるのもいいかもしれない。


「じゃあ、連絡先を交換……」


「はいはい、それは事務所側で把握しているので大丈夫。さすがに演者から逮捕者は出したくないからね」


 弾んだ声で言いかけたソレイユさんの言葉を途中で遮りつつ、鳳さんは僕が使っていたパソコンを操作してソレイユさんとの接続をブツンと切ってしまった。モニター上にはフリーズした状態のソレイユさんのアバターがあって、笑顔なのになんだか物悲しい雰囲気をまとっているように感じたのは僕の気のせいだろうか。


 多分あの女の子大好き的な言動はソレイユさんのキャラ付けで、最初に画面越しに顔を合わせたリアルのソレイユさんにはそんな雰囲気はなかったから大丈夫だと思うんだけどね。僕や真奈たちは部外者だから、演者のキャラクターに合わせたロールプレイみたいなものを社員さんも心がけているのかもしれない。


「ごめんなさいね、早くメイクを落として着替えたいでしょうけど。でも、その前にちょっとだけお話させてもらってもいい?」


「は、はい。なんでしょうか?」


 真面目な表情でそう切り出してきた鳳さんに、僕は背筋を伸ばしてそう答えた。メイド服を着た僕の前にスーツ姿の鳳さんが腰をかがめている光景って、客観的に見るとすごく変だよね。ほら、スタジオの隅っこに立ったままの達也と真奈が笑いをこらえているような表情をしているし。伊織さんはなんだか心配そうにこちらを見ていて、なんだか味方になってくれる人がいるのっていいなぁとなんとなく思った。


「YOUさん、うちの事務所に所属してVtuberをやってみない?」


 現実逃避気味にそんなことを考えていた僕に、鳳さんがズバッとそう切り出してきた。突然の提案にびっくりしていると、鳳さんは苦笑しながら言葉を続けた。


「突然こんな話をしてごめんなさいね。でも今日ソレイユと楽しそうに話しているYOUさんを見て、リスナーの人たちを楽しい気持ちにできる配信者になれるんじゃないかと思ったのよ」


「僕が、ですか? 今日こんな風にスラスラ喋れたのは、間違いなくソレイユさんが上手にリードしてくれたからです。僕ひとりだとえっと……そうだ、コム配信になりますよ!」


「……こむ?」


 僕がそう言うと、うまく伝わらなかったのか鳳さんが同じ言葉をつぶやきながら小首を傾げた。Vtuberのことを調べたときに、面白くない配信をコム配信って呼ぶんだって書いてあったんだよね。ただ悪口っぽい言葉だから、事務所の人はあんまり知らなかったり知っていても使わないのかもしれない。


 僕も鳳さんに通じてないのかなと思いつつ彼女をじっと見て、にらめっこ状態になってしまう。すると口を抑えながら肩を震わせた達也が、『ちょっとすみません』と言いながら空いている方の手を挙げた。


「YOU、それって虚無配信のことじゃないか?」


「きょむ?」


 達也に指摘されて、最初はその意味がわからなかった。でも段々と言葉が頭の中に染みてきて、段々と顔がカァッと熱くなってくる。読み方が間違っていたのに、あんな風にドヤ顔で言うなんて僕のバカバカ。きっと僕の顔はトマトみたいに真っ赤になっているんだろうけど、そんな僕の様子を見ていた真奈や伊織さんが吹き出してそれが伝染ったように室内が笑い声で満たされる。


「だ、大丈夫だよ、YOUちゃん。あの漢字は『きょ』とも『こ』とも読むんだから。間違いじゃないよ」


 遠慮なく大笑いしている真奈がそうフォローしたけど、その態度を見ているとバカにされているようにしか思えない。僕の意思とは関係なく目尻に涙を浮かべながらジトッとした視線を送ると、伊織さんが早足で近づいてきて僕の頭をそっと抱き寄せた。


「……YOUちゃん、かわいい」


 伊織さんのお腹部分に顔が押し付けられて反論できないけど、この状況でそんなことを言われても全然嬉しくない。モゴモゴ言いながら暴れる僕を見て、またみんなが笑った。


「まぁ、YOUさんのかわいい読み違いはさておいて。スカウトの話は本気よ、すとりーむらいぶ(うちの事務所)はあなたと一緒に活動したいと思っています」


 最初はからかうみたいな笑みを浮かべていた鳳さんが、言葉の後半は表情を引き締めながら言った。すごく真摯な声の響きで、嘘でも冗談でもないことが直感的にわかってしまう。話が再開したからか、伊織さんは僕を離してまた真奈の隣に戻った。


「といきなり言われても、すぐには判断できないわよね。答えは急がないから、考えてもらえると嬉しいわ」


「あの……すとりーむらいぶに所属することによって、僕の活動に何か変化ってあるんでしょうか?」


 有名なVtuber事務所から誘われるというのは、すごく光栄なことなんだと思う。でも有名だからこそ、これまでみたいに僕の気が向くままに活動ができなくなる可能性があるんじゃないか?


 ふとそんなことが頭に浮かんだんだけど、まだ高校生な僕には判断材料が全然足りない。だからこの業界をよく知っている鳳さんに思い切って聞いてみた。鳳さんも仕事だろうから自分たちの会社が不利になるかもしれない情報は言えないかもしれないけど、それでも素人の僕がアレコレ想像で頭を悩ませるよりは正しい情報がもらえそうだ。


「そうね、メリットとデメリットを説明しないまま誘うのもズルいわね」


 鳳さんとしてはまさか僕が正面からそんなことを聞いてくるとは思っていなかったのか、苦笑しながらそう言った。そして説明してくれたんだけど、僕にとってはすごく納得ができる内容だった。


 メリットで一番大きいのは大手の事務所に所属することによって、すとりーむらいぶに所属する他のVtuberたちのファンも僕の配信を見てくれる可能性が上がること。Vtuberというジャンルが人気があるので、違う事務所とか個人でやっている演者さんのファンたちが他のVtuberの配信を見てファンになってくれることが日常的に起こっているんだって。少なくとも僕が今やっている歌ってみた動画配信よりはかなり高い確率で閲覧数などの数字は増えるみたいだ。


 ただデメリットも当然存在していて、多くの人に見てもらえるということは批判的な意見の割合も比例して増えるので、僕の目に触れる機会も増えるだろうことが容易に想像できるらしい。たくさんのファンに好かれているソレイユさんですら、一定数のアンチが存在しているみたい。ただ前に見た配信のアーカイブにそういう嫌なコメントが残っていなかったのは、モデレーターと呼ばれるコメントを消したりブロックができる権限を持った人たちがそういうアンチユーザーを処理しているからなんだとか。


「あとは歌だけを歌っていればいいわけではなくて、トークとかゲームとか……YOUさんが本当にやりたいことだけに時間を使えなくなるのは明確なデメリットね」


 新しいVtuberが雨後のたけのこみたいに現れては消えを繰り返している状況で、歌を歌うだけの配信では早々に飽きられてあまり配信を見てもらえなくなるそうだ。長くファンをつなぎとめるためには、色々な企画をやって視聴者さんの興味を引き続ける必要がある。本当なら歌の練習に時間を使いたいのに、配信の準備とかにその時間を使わないといけなくなるのは地味にストレスを感じそうだ。


 でもこうやって良いところと面倒なところをちゃんと教えてくれる鳳さんは、すごく誠実だと思う。まぁウソをついてそれが後でバレたら余計に面倒なことになるし、事務所としての方針なのかもしれないけど。でもこうやってお誘いしてもらう立場としては、すごくありがたいことだ。


「いろいろと教えてくださって、ありがとうございました。僕、ちゃんと考えてお返事します」


 居住まいを正してからペコリと頭を下げつつそう答えると、何故か鳳さんが『かーわいいなぁ、もう!』と言いながら優しく抱きしめてきた。今の僕のどこにかわいい要素があったんだろう、むしろ内心ではちょっとだけ『大人っぽく返事ができた』とドヤ顔していたのに。


 頭の中が『?』でいっぱいになっている間にあれよあれよと着替えさせられ、気がついたらビルの前で鳳さんたちに見送られながら駅の方に歩き始めたところだった。しかもちゃんと自然な感じで淡いメイクもしてもらっていて、なんだか魔法に掛かったような気分のまま地元方面へ向かう電車に乗り込むのだった。


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