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TSして昔の声を取り戻したボクは女性シンガーの歌を熱唱したい!  作者: 武藤かんぬき
第一章

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29/50

27――僕は警戒心が足りないらしい

いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。


 とりあえずあちらにお邪魔する日が決まる前に、達也と真奈に付き添いのことをお願いしてみた。真奈は二つ返事でOKしてくれて、達也は最初はちょっと渋ったけど配信設備とか高性能パソコンがあるらしいと言ったところ『仕方ないな』と言いつつ嬉しそうに頷いた。おそらく目当ての物が無かったとしても最終的には付いてきてくれたと思うけど、せっかくなら達也にもなにか楽しみがないと申し訳ないからね。


 鳳さんから収録日が決まったからと連絡をもらって、ふたりにもそれを伝えた。3日後の土曜日だったのは、多分すとりーむらいぶ(あちら)側が学校が休みの日にしようと気を遣ってくれたんじゃないかな。


 意外だったのは、伊織さんも一緒に来たいと言ってくれたことだ。真奈が学校での雑談の中で僕の収録に付き合うことをいつものメンバーに話したら、『……私も行く』と申し出てくれたらしい。モデルとして大人の中で働いている伊織さんが一緒に来てくれるのは、本当に心強い。でもそのことは真奈と相談して、当日まで達也には追加メンバーがいることを知らせないようにした。


 この間のスタジオの時も『俺が行かなくても』と渋っていた達也だからね、伊織さんが行くと聞いたら『行かない』と言い始めるかもしれないし。体は女子になっちゃったけど、僕の精神的にはまだやっぱり男子の部分が強いんだよね。僕だって真奈はともかく伊織さんが一緒だと緊張して思わず身構えたりするんだから、心のオアシスとして達也にも一緒に来て欲しい。100%僕のわがままだから、達也にはこれまで手伝ってくれたことなんかも含めてちゃんとお礼しなきゃ。


「優ちゃん、今日はちょっと大人っぽいね」


 明るい緑のノースリーブワンピースに、白いシアー生地の長袖トップスを羽織ってパンプスを履いている。ちなみに今日の服装は母が選んでくれた。僕がこんなスケスケの上着なんて、選ぶわけがないじゃないか。ちゃんとした会社にお邪魔するなら、学生でもそれなりの格好をして行きなさいと着せられたのがこの服だった。


 それを真奈に話すと僕を見て『似合ってるし、いいと思うよ』と、褒め言葉をもらった。その隣の伊織さんは僕の頭のてっぺんからつま先まで視線を一巡させてから、『……お母さん、センスがいいね』とニッコリと笑顔を浮かべながら言った。達也は待ち合わせ場所で最初に会った時に僕の格好を見て、Tシャツにジーンズとスニーカーという標準的な男子高校生スタイルで来た自分を後悔しているようだった。

 真奈と伊織さんがやってきた時には諦めたのか、もう普段の達也だったけどね。


「真奈はなんで制服を着てるの?」


「今日は優ちゃんの会社訪問に付き添うのが目的だからね。私が変に目立つのもどうかと思ったし、私服だと良くも悪くも他人の採点が入るでしょ。今日の主役である優ちゃんへの悪意に繋がっても嫌だったから、一番フラットに見てもらえる制服にしたんだよ」


 フラットかなぁ? 正直なところ他のメンバーが私服なグループにひとりだけ制服の人がいたら、逆に『なんでこの子だけ制服着てるの?』と目立って不思議がられると思うんだけど。僕が女の子の日で寝込んだりしている間に季節が進んで気温が上がり、真奈たちの制服も夏服になっている。白いブラウスと学校指定のプリーツスカートだから、少なくとも不快に思ったり眉をひそめたりする人はいないんじゃないかな。


 ちなみに話を聞いて小町さんたちも来たがっていたそうなんだけど、今日はどうしても外せない用事があって行けないとメッセージをもらった。昨日教室で撮影したらしい応援動画も真奈に見せてもらったけど、『頑張ってきてね』『緊張しちゃダメだよ』『優希ちゃんは腹筋を頑張ってるんだから大丈夫』と画面の向こうから励ましの言葉を贈ってもらえた。奏さんが大丈夫だと思う根拠が腹筋なのがちょっと面白い。

 月のものが終わってトレーニングを再開したから、僕の腹筋も結構鍛えられているはず。今度会った時に、奏さんにチェックしてもらおう。


「優希……お前、なんか会うたびに仕草とか女子らしくなってないか?」


「何、急に? そんなことないんじゃないかな、僕としては意図的に女子っぽくしようとかは全然思ってないけど。前と同じだよ?」


 電車の中が混み合っていたので、自然と僕・達也組と真奈・伊織さん組に分かれてしまった。ただ目的地の最寄り駅はみんな知ってるし、降りる駅を間違えたりはしないだろうから安心。壁際に立った僕の壁になるように、達也が壁に腕をついて隙間を作ってくれた。今の僕の身長だと男性に囲まれたら埋もれそうだからね。すごく助かるのでちょっと背伸びして、耳元で『ありがとう』と囁くと彼は僕の耳元に口を寄せてそんなことを言い出した。思わず反論して、コテンと小首を傾げる。すると達也が『それだよ、それ』とツッコミを入れてきた。


「前はそんな風に首を傾げたりしなかっただろ、それにさっきも囁く時に背伸びしながら手を口元に当てるとか……あざとい!」


「そ、そんなこと言われても。もしかしたら前の僕がそんなことをしたら純粋にキモいから、無意識にそういう態度を取らないようにしてたのかも」


「最近さ……こいつは優希だってわかっていても、無防備過ぎてちょっと理性がグラつくことが増えてきてるんだよ。女子にモテない俺みたいなのに気の迷いで襲われたくなかったら、もうちょっと警戒心を持ってくれ。頼むから」


「たっちゃんは自分から女子に近寄らないくせに、自分はモテない男だって自虐的に言うのをやめた方がいいと思う。なんならうちの学校で写真見せて、彼女募集してるって言ってみようか? 多分だけど、数人は手を挙げるんじゃない?」


 いつの間にか僕たちの傍まで近づいていた真奈が、前半は真面目に後半はちょっとからかうように達也に言った。僕も達也が女子に人気があるのは知っているので、真奈の言葉に異論はない。でも通っている高校が男子校なんだから、女子に苦手意識を持って『俺はモテない』って思い込んじゃう達也の気持ちもわかるし仕方がないと思うんだよね。


「優ちゃんも前の距離感だとたっちゃんがムラムラしちゃうって言ってるんだから、ちょっとは考えてあげなきゃね。私はたっちゃんが優ちゃんを泣かせてまで自分の欲を発散する人じゃないってわかってるから、暴走する可能性はゼロだと思っているけど。精神的な抑圧によって感じるストレスが原因で、その人が普段絶対にしないことをしちゃったりもするらしいから。なるべくムラムラさせないように、優ちゃんも自分の行動に気を配らないとね」


 万が一があったら笑えない、と真奈は困ったように言った。達也の女子の好みと今の僕がかけ離れているのを知っているので、僕たちの間に変な出来事なんて起こるはずがないのに。そんなに心配しなくてもとどうしても思ってしまうんだよね。伊織さんにまで『……達也くんはそんな人じゃない。だから頑張って優希ちゃんへのえっちな気持ちを我慢してね』と達也が釘を刺されていた。


 最近知り合ったばかりの美人で同い歳の女子にそんな公開処刑みたいなセリフを言われて悶絶している達也には、元同性として同情と申し訳なさを覚える。


 真奈の言葉に頷きながら、でも達也とよそよそしく接するのを想像するとちょっと寂しくてしょんぼりとしてしまう。そんな僕を見ていた達也が頭をガシガシと掻きながら、『さっきまでの話は決して嘘じゃないけど、あるかもしれない可能性として大げさに言っただけだ』と僕たちに言い訳するように言った。まず宣誓するように『俺は絶対に優希を泣かせるような真似はしない』と言い切った後で、僕が達也に対するのと同じ距離感で他の男子に接する危険性を教えたかったのだと釈明した。


「達也と他の男子への接し方なんて、絶対一緒にはならないよ。長い付き合いの大事な幼なじみなんだから、特別親しげな接し方になるのは当たり前でしょ」


 なんだか僕の危機感が足りないことが前提で話が進んでいるのが不満で、ちょっとだけ頬を膨らませながら反論した。そんな僕を呆れ半分微笑ましさ半分みたいな感じで見ながら、真奈が『まぁ、男子は勘違いしやすいらしいからさ』と苦笑を浮かべて言った。その言葉にうんうんと頷いて同意する達也と伊織さんの姿を見ていると、バカにしているとか意地悪を言っているんじゃなくて、3人が僕のことを本気で心配して忠告してくれているのがわかる。


 僕が男だったことを知らない伊織さんの前では、それらの話を含んだ反論なんてできないし。ここは僕が大人になって心配性な幼なじみたちの言葉を素直に受け入れることにしよう。ここで子供みたいに意地を張っても、いいことは何もないだろうしね。

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