26――打ち合わせ
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パソコンの画面に映るのは、黒いスーツを着た大人の女性だった。首から何やら社員証みたいなものをぶら下げていて、なんか社会人って感じがする。
背中の真ん中ぐらいまで伸ばした髪をひとつにまとめて、首元から前に出してそのまま垂らしている。僕も女子になってから母に美容院に連れて行かれるまで、伸びた髪をそのままにしてたけどかなり鬱陶しかったもんね。お菓子の箱を結んでいた紐でまとめたりもしたけど、あんまり役に立っていなかった。それを考えると僕が髪をまた伸ばしたとしても管理ができないだろうね、今の肩甲骨ぐらいの長さでも難儀してるのに。
「あー、あー。私の声、そちらに届いていますか?」
おっといけない。ぼんやりと考え事をしていて反応が薄かったからか、マイクテストをするように声を掛けられた。僕がぼんやりと画面を見たまま動きを止めていたから、寝ているんじゃないかと気になったのかもしれない。液晶ディスプレイの上に急遽取り付けたwebカメラに視線を向けて、ペコリと頭を下げた。
「ちゃんと聞こえてます。ごめんなさい、ちょっとボーッとしてました」
僕がそう答えると、何故か女の人は微笑ましい物を見るような優しい笑みを浮かべてから『いえ、大丈夫ですよ』と返事をくれた。なんだろう、PCの壁紙に飼っているペットの写真でも設定しているのだろうか。それとも直接ディスプレイに貼り付けてたりするのかな? なにはともあれ、優しそうな人でちょっと安心した。
ちなみに今回使っているwebカメラは、達也からもらったものだったりする。『新しい機種に買い替えたから』と譲ってくれたんだけど、後でネットで詳細を調べてみたら結構性能のいいカメラだったんだよね。ただこれまではパソコンを使って誰かとテレビ通話をすることもなかったので、ずっと部屋の隅っこに放置していた。
「今日はわざわざ時間を作ってくださって、ありがとうございます。私は株式会社『すとりーむらいぶ』で日向ソレイユのマネージャーをしている、鳳叶望です」
「えっと、YOUです。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介をし合ったんだけど、この名前を口に出して名乗るのって今日が初めてかもしれない。全然慣れないけど、かといって本名は名乗れないからね。テレビ電話で担当の人とお話するって言ったら、とにかく身バレするような情報を出すなってすごく注意されたから気をつけないと。
「それにしてもアップされている動画を拝見しましたが、歌声もですけどYOUさんは外見もすごく可愛いらしい方ですね」
「いえ、僕なんてそんな……」
いきなりお世辞を言われて恥ずかしくなってしまった僕は、両手をパーにして左右に振りながら否定した。そんな僕を優しい眼差しで見ていた鳳さんは、テキパキと今回のコラボについての打ち合わせを始める。メールで受け取っていた資料をあらかじめ印刷していたので、それを見ながら話に耳を傾けた。
「YOUさんとお話をする時間を長く取りたいというのがうちのソレイユの希望なのですが、YOUさんとしてはいかがですか?」
「話すのはいいんですけど、僕との会話なんて動画の視聴者さんたちはつまらないんじゃないでしょうか。最初のメールにも書きましたけど、僕は特に面白いお話もできないですし」
引き受けたからにはちゃんとしないといけない、観ている人にも楽しんでもらわないとソレイユさんにも迷惑が掛かってしまう。そんな気持ちからの言葉だったんだけど、画面の向こうにいる鳳さんはまるでかわいい子猫にでも向けるような優しい笑顔で僕の方を見ていた。
「ふふ、YOUさんは真面目で優しい子なんですね。そうですね、ちょっと丁寧な言葉遣いをやめてもいいですか? 私もちゃんと本音で話したいので」
「は、はい……大丈夫です」
なんだろう、怒られるのかな。ちょっとビクビクしながら頷くと、鳳さんは背筋を伸ばして座っていた体勢を崩してから、webカメラの方に少し体を寄せてくる。ネットを介してだから実際に目の前にはいないんだけど、なんだか物理的な距離が近くなったように感じてちょっとドキッとした。
「今回の話については私たちの方が依頼している方なんだから、YOUさんが動画の出来について心配する必要は全然ないわ。YOUさんの歌を聞いて気に入った近所に住んでるお姉さんが、YOUさんとお話したり生歌を聞きたいって言ってるからちょっと行ってくるよ。これくらいの軽い感じで全然OKよ」
「そ、そんな軽い感じでいいんですか?」
「さっきも言ったけど、無理を聞いてもらうのは私たちだもの。YOUさんがもし何か失敗したとしても、ソレイユと私たちが全力でフォローするから。本当に遊びに来るぐらいの感じで、楽しんでね」
あまりにも自然体でそう言い放つ鳳さんの様子からは、嘘を言ったりしている様子はない。ここまで言ってもらって初めて、僕はちょっと気負いすぎてたんだなぁと自覚した。ちなみに達也と真奈の3人で相談した結果、歌い手のYOUは見た目通りの中学生という設定でいくことになった。達也が調べてくれたところ、こういう案件を受けたとしてもすとりーむらいぶ側に自分の戸籍の提出などをする必要は全然ないらしいし。
「でもそこまで真剣に考えてくれるYOUさんのことを考えると、生配信に出てもらうのはプレッシャーで追い込まれてしまう可能性も出てくるので難しいわね。収録したものを配信する形にしましょうか。編集し放題だから、失敗はいくらしてくれても大丈夫よ」
「さ、最初は生配信の予定だったんですか!? む、無理ですよ!!」
鳳さんの言葉にびっくりして、自分の声なのにボリュームが壊れたようなめちゃくちゃな大声が出てしまった。そんな僕の様子に鳳さんは苦笑しながらも、Vtuberの配信事情を教えてくれた。ゲームにしろ雑談にしろ視聴者とのコミュニケーションもコンテンツとして楽しめるのが、Vtuberの配信における醍醐味らしい。生放送だから言葉選びも気をつけないといけなくてプレッシャーもすごいけど、その緊張感や終わった後の達成感にやめられなくなる人も多くいるそうだ。
リアルタイムで観れない人のためにアーカイブという録画を残してはおくけど、配信内容には視聴者さんたちとのやり取りが含まれているから醍醐味はそのまま残っている。ということはそれが含まれていない普通の動画をアップロードしただけでは見た人につまらなく思われて、ソレイユさんやファンの人たちに迷惑を掛けてしまうのではないだろうか。心配になってそのことを尋ねると、鳳さんはまるで困った子どもを見るような目で僕を見つめた。
「あのね、YOUさん。何度でも言うけど、今回コラボを申し込んでいるのはこちらなの。つまりそれくらいのことは織り込み済みだし、YOUさんには申し訳ないけどどちらかというと今回のコラボは頑張ってくれているソレイユへのご褒美企画なのよ。だからこの配信はすとりーむらいぶとして特に利益も求めていないし、期待もそんなにしていないわ。強いてこの企画をやる利点を挙げるなら、ソレイユのモチベが上がってこれまで以上に頑張ってもらえることかしらね」
言葉を選ばずにズバッと言ってくれた言葉で、僕はまた自分の肩に力が入ってしまっていたことに気付いた。だって『期待してない』って言われた時、本当にストンと力が抜けたもん。僕じゃなくてソレイユさんのために、鳳さんをはじめとしたすとりーむらいぶの皆さんの気持ちは一直線にそこへ向いているのがすごく伝わってきた。なんだか自意識過剰ですごく恥ずかしい。でもそれなら僕もソレイユさんを応援したいひとりのファンとして、彼女のために頑張ろうって気持ちになれたから本音を話してもらえてよかったと思う。
「ちょっと休憩がてら、楽しい話をしましょ。YOUさんが心配してたアバターのソレイユと実写のYOUさんが並ぶと不自然じゃないかっていう話だけど、実はすとりーむらいぶにはVtuber以外の人がゲストに来た時用にアバターを用意してるのよ」
そう言われた途端、鳳さんから圧縮ファイルが送られてきた。解凍してみると、中にはアバターと思われる3枚のイラストが入っていた。
ひとり目は和服を着た黒髪ボブカットの猫耳娘。ふたり目はカフェオレ色のふわふわしたロングヘアに白くて長い垂れ耳が印象的な、フリルワンピースを着たうさぎ娘。3人目は大きな胸をビキニトップスで包んで下半身はデニムのショートパンツを履いた牛娘だった。牛の子だけ露出が多くて他のふたりとなんだか感じが違うけど、3人とも目の描き方が似ているので多分同じイラストレーターさんが描いたんじゃないかな?
「著名なイラストレーターのササミ先生にお願いしたから、ちょっとお値段は張ったんだけどね。ただ……」
前半は自慢気だったのに、後半は言いにくそうに言葉を濁す鳳さん。話を聞くにすとりーむらいぶの演者さんがコラボするのは、基本的にVtuberさんばかりらしい。相手もVtuberをやっているということは、自前のアバターがある訳で。すごくクオリティが高いのにこの3体のアバターはこれまで一度も使われておらず、料金も高価だったのに死蔵状態になっていたそうだ。
生みの親であるイラストレーターさんは『使わないなら返して!』と報酬も突き返す勢いで言っているらしい。そりゃあ一生懸命描いた作品が使われずに放置されていればね……。
「好きな子を選んでもらっていいわよ、今回の収録でYOUさんに使ってもらってお披露目するから」
なんだかサラッと重要な役割を押し付けられた気がする。でもいいや、これまでずっと使われていなかったアバターたちも可哀想だし。お言葉に甘えて使わせてもらおう。でも全員を僕が使うのは普通に考えて無理だし、僕みたいにアバターを持ってない人が今後コラボに呼ばれる可能性だってないわけじゃないもんね。
今回選ばなかった他のふたりのアバターは、そんな誰かがまた新たにお披露目してくれるだろう。ということで、僕が使うアバターをひとり選ぶことにした。
僕としては猫も好きなんだけど、実は一番好きなのはうさぎだったりする、ロップイヤーの垂れ耳、すごくかわいいよね。このうさぎ娘も垂れ耳だし、ひと目見てちょっとシンパシーを感じてしまった。牛娘は現実の僕と体型が全然違うから、後で動画を見返した時にコレジャナイ感がすごくしそう。いや、それを言い出したら3人ともリアルの僕とはまったく似ても似つかないんだけどね。
「うさぎの子にします、垂れ耳がかわいいので」
「あ、やっぱり? なんだか雰囲気がYOUさんと似てるなって思ってたのよ」
何故か楽しそうにそんなことを言う鳳さんの言葉に、僕は自分の顔をペタペタと両手で触ってみた。に、似てるかなぁ? 画面の隅に小さなワイプに囲まれている自分の顔に視線を向けてみたけど、欠片も同じところはないと思う。
「じゃあアバターのセットとか動かすために必要なアプリとかは収録前に送らせてもらうことになるけど、YOUさんってパソコンとか機械は得意?」
「……いえ。詳しい身内はいますけど、その人も専門家っていうわけじゃないので」
「そっか、そりゃあそうだよね。中学生の女の子でも詳しい子はいるかもしれないけど、全然関わらない子が大半か」
僕の返事を聞いて、鳳さんはそう呟くと何かを考えるように目を閉じて『うーん』と唸り始めた。僕が詳しくないのと同時に、うちのあるパソコンもそんなに能力が高いわけではないらしいし。色々な要因でトラブルが起こった時に、僕の技術的なスキルがなさすぎて対処できなさそうでちょっと怖い。
「よし、収録日にうちの会社に来てもらおうかな。ここならものすごく性能がいいパソコンがあるし、詳しい人もいるし。なんならYOUさんを着飾らせたい女性スタッフもいっぱいだし」
……うん? なんか最後に変な言葉が続いていたけど、きっと鳳さんなりの冗談だよね。だってアバターで出るんだから、僕が服を着替えたりする必要はないはずだもん。
「お、お邪魔してもいいんですか?」
「全然大丈夫よ。あー、でも中学生ひとりでここまで来てもらうのはちょっと怖いね。付き添いで一緒に来てくれそうな人っているかしら?」
「あの、高校生で良ければ幼なじみが一緒に行ってくれると思います。付き添いは複数人でもいいですか?」
僕が質問すると、鳳さんは快くOKを出してくれた。『さすがに10人とか連れてこられると困るけど』と言われたんだけど、僕だってそんなに連れて行くつもりはない。
達也なら話に出ためちゃくちゃ性能がいいパソコンとか機材の見学を理由にすれば、スタジオ収録の時みたいに一緒についてきてくれるだろう。真奈はどうかな、予定がない限り同行してくれる気はする。
その日の打ち合わせはこれで終わって、今日話し合った内容をソレイユさんに伝えて最終的な内容を決定するらしい。多分何の問題もなくこの内容で話は進むだろうとのことで、収録日が決まったらまた鳳さんから連絡をもらえるみたいだ。それまでに僕がやるべきことは達也と真奈に付き添いをお願いしたり、あとはおしゃべりの練習をするぐらいかな。




