その7 新生白虎隊
O阪の町で蕎麦屋を営んでいる僕だが、巡査部長の藤田五郎に頼まれて、週に何度か、警察署で剣術を指南することになった。
僕が警察署に出向く日は、店の事は妻の綾花に任せている。
その日も警察署の道場で、剣術の指南をしていると、稽古着姿の藤田が、休憩の時に話しかけてきた。
「すまんな、無理を言ってしまって」
「いいんですよ。町のためですから」
そして話題は、先日、逮捕した池田勝馬のことになる。藤田が語るところによると、
「池田勝馬は元々、黒駒勝蔵と名乗る侠客の親分だったんだが、維新の頃に、攘夷派の志士となったんだ。それで戊辰戦では官軍として戦ったんだが」
しかし、その後、勝馬は明治政府の政策に異を唱え、政府の転覆を企てる高田源兵衛の配下に加わったという。
話のついでに、僕は気になっていたことを、藤田に質問してみた。
「勝馬は自らを高田一派の四天王と称していましたが、残りの三人は?」
「まずは、先日、お前さんの店で桜庭春花に撃ち殺された、拳銃使いの根津雁太。それに、四天王最強と呼ばれる大河城介」
「大河城介?」
「コイツは東京で道場破りをしていた奴だ。剛の剣の使い手らしい」
そして最後の一人は、元会津藩・白虎隊の伊東悌次郎であると言う。藤田は、この悌次郎について、
「奴とは、会津戦争で一緒に戦った仲だったんだよ。その時、悌次郎は、まだ十五歳の少年だった」
そんなことを語っていると、巡査が一人、道場に駆け込んできて、
「藤田巡査部長、町中で、新生白虎隊を名乗る連中が暴れています」
それを聞いた藤田は、急に目つきが鋭くなって、
「噂をすれば、か。おそらく、その新生白虎隊とやらの頭は、伊東悌次郎だろう」
そう言った後、部下たちに、
「急いで準備をしろ。出動だ」
と、命じて、自らも制服に着替え、町へと駆け出した。僕も、とりあえず木刀片手に後に続く。
町では、新生白虎隊の旗を掲げた十数人が、商店を打ち壊していた。
「オラァッ、西洋かぶれの堕落した俗物どもが!」
「逆らう奴は、叩き殺すぞ!」
「今日から、この町は、俺たちが支配する。わかったか!」
狼藉者が暴れまわる町の中で、人々は、右往左往と逃げ惑っている。
その現場に到着した藤田は、怒鳴り声をあげた。
「止めろ、悌次郎!」
賊の一人が、その怒声を聞いて、藤田に歩み寄って来る。奴が伊東悌次郎なのか。
新生白虎隊と警官隊が睨み合うなか、その賊は藤田に向かって、
「なんだ、その格好は。新選組三番隊・隊長が、敵対していた明治政府の警官に成り下がったのか」
「悌次郎、なぜ、罪もない町人の商店を打ち壊すんだ」
「腐りきった明治の世を壊して、理想郷を築くためだよ」
「理想郷だと。お前らは、ただの反逆者だ」
「フフフ、反逆者か。それもいいだろう。俺は明治政府を倒すためだけに、今日まで生きてきた」
「悌次郎……」
「俺は官軍への恨みを忘れない。会津戦争の時、劣勢の中を戦っていた俺たち白虎隊は、追い詰められ、最期は飯盛山で集団自決したんだ」
「だがな悌次郎。恨みは、恨みの連鎖しか生まない」
藤田五郎は伊東悌次郎の目をジッと見据え、静かな声で、そう言った。