その2 どうしようもない旦那さん
近代化が進むO阪の町には、洋風の建物が建ち並び、道行く人たちも洋服姿が目立って、まさに文明開化の花が咲いていたのだが、
その町の治安は悪く、無法街となっていた。
そんな無法街でも、そこに住む僕たちは、毎日を明るく、楽しく暮らしている。
しかし、ある日、例の洋風旅館の旦那さんが、
「お蕎麦屋さん、ちょっと困ったことになりまして」
と、僕に相談を持ちかけてきた。
その相談事とは女性問題で、話によると、この旦那は浮気相手との別れ話が拗れて、法外な手切れ金を要求されているようだ。
さらには、先日の、ならず者たちも介入してきたという。
「そんなこと僕に言われても、どうにもできませんよ」
「でも、あの、ならず者が出てきたんですよ」
確かに、ならず者たちは乱暴な奴らだ。このままでは、旦那は何をされるか、わからない。
結局、僕は、旦那と浮気相手との交渉の場に、同席することになった。
その夜。女性側が指定してきた場所は、料亭の一室だ。そこへ向かう途中、手ぶらの僕を見て、旦那は、
「木刀とか警棒とか、そういった護身用具は持たないんですか?」
「そんな物を持って行ったら、よけいに話が、ややこしくなるでしょう」
そして料亭の個室に入ると、そこには、色白で色気のある女性が待ち構えていて、傍らには、ならず者の大将格と手下が二人、控えていた。
こちらは、旦那と僕の二人だ。とりあえず、座敷に向かい合わせに座ると、
「また、お前か。何をしにきた?」
大将格が僕を睨んで凄む。奴は、これ見よがしに、持参した刀を引き寄せたが、
僕は奴を無視して、その女性へ、
「旦那さんには、相場の手切れ金を払ってもらう。それでいいでしょう」
と、言うと、旦那が、
「えっ、ヤッパリ払うの?」
などと、トボけた事を言うので、
「当たり前でしょう、旦那さん」
僕は、やや呆れたのだが、そのやり取りを見ていた大将格が、
「お前ら、ふざけるな!」
怒鳴りながら立ち上がり、
「相場の金じゃ、俺たちの実入りがねえんだよ」
持参した刀を、バッと抜いて、脅しをかけてきた。
だが、これは僕にとっては、好都合だ。
サッと立ち上がり僕は、大将格の刀を持つ手の手首を掴んで、スコンと、足払いで転倒させる。当然、刀も奪い取った。
「テメェ、アニキに何しやがる!」
二人の手下が、懐から匕首を出したが、僕は転がる大将格の首筋に刀を突き立てて、
「お前ら、ここで、皆殺しだ」
「わ、わかった。止めてくれ」
僕は、そのままの態勢で視線だけを女性に向ける。
「姐さんも、それでいいだろう」
しかし、その女性は、ポッと、赤い顔をして、
「良い男だねえ。惚れたよ」
と、妖艶な視線を僕に絡めてきた。
「や、止めて下さい。これでも僕には妻がいるんですよ」
焦りながら僕が言うと、旦那が、すかさず、
「そう、怖〜い、奥様がね」
この旦那は、こんな修羅場でも、お調子者のように冗談が言える。彼もO阪の町で洋風旅館を営んでいるだけあって、尋常ではない神経をしているのだろう。
結局、この女性問題は、これで決着がついたのだが、後に旦那は、浮気が若女将にバレて、大変なことになったらしい。




