その1 無法街の蕎麦屋
今回は幕末《剣客未満》屠龍の剣の続編です。よろしくお願いします。
明治維新が起こり、この国には文明開化の波が押し寄せてきた。
僕は幕末の頃は、京都の剣術道場・屠龍館の内弟子として修行していたのだが、今はO阪で妻と二人、蕎麦屋を営んでいる。子供は、まだいない。
寝起きの悪い僕は毎朝、
「あなた、早く起きなさい!」
と、姉さん女房の綾花に、叩き起こされていた。
この頃のO阪は近代化が進み、西洋風の建物が立ち並んでいたのだが、治安が悪く、まるで無法街のようだ。
そんなO阪の町で、僕はたち夫婦は暮らしている。お陰様で店は毎日忙しく、
その日も、昼飯時の客が一段落して、一息ついていると、
近所の洋風旅館の若女将が、
「ウチの旅館で、ならず者たちが暴れているの!」
と、店に駆け込んできた。その若女将は、綾花と同じ年で仲がよかったのだが、
「そんな事を言われても」
僕はモゴモゴ言いながら、尻込みしていると、
「あなた、いいから、早く行ってあげて!」
綾花は奥から木刀を持ってきて、僕の背中を押した。あまり荒っぽい事は好きではないが、
こうなってしまえば仕方がない。僕は若女将と綾花との三人で、旅館に走る。すると、
「オラッ、もっと酒を持って来い」
西洋風の建物の旅館で、ならず者が六人、酒に酔って狼藉を働いていた。
旅館の旦那はオロオロしていて、顔の右目の辺りが腫れている。
僕は、旦那に駆け寄り、
「その顔、殴られたのですか」
「すいません、お蕎麦屋さん」
だが、木刀片手の僕を見た奴らは、
「何だ、お前は!」
「叩き、殺すぞ!」
と、棒を片手に臨戦態勢になる。
「とりあえず、乱暴は止めようよ」
僕は奴らを、なだめようとしたが、
「何が止めようよだ。その木刀はハッタリか!」
と、さらに奴らは激高した。そして、
「ふざけんじゃ、ねえぞ!」
一人が、棒で殴りかかってきたので、サッ、と、身をかわす僕。そいつは躓いて、
ガシャーン。
派手に転倒した。しかし、それを切っ掛けに、
「ナメやがって、コラァ!」
棒を振り上げ、奴らが一斉に飛びかかって来る。僕は咄嗟に、
バシッ!
ドカッ!
バジン!
三人を木刀で叩きのめした。
残った三人のうち、二人は戦意を喪失したように顔を見合わせたが、
大将格の男は懐から短刀を取り出し、綾花を捕まえた。
「おい、木刀を捨てろ」
と、大将格は綾花に刃物を突き付け、僕に命じる。
「止めろよ。妻を、離せ!」
「それなら、木刀を捨てろ」
だが綾花は、その時、
「離しなさいよ」
と、素早く、相手の短刀を持った手を取り、
「この、バカタレが!」
グオンと、豪快な投技を決める。
バシーンッ!
強烈な勢いで、床に叩きつけられる大将格。結局、ならず者たちは這這の体で逃げ帰った。
実は綾花は武家の娘さんで、僕と一緒に屠龍館で修行をしていた仲だ。綾花は剣術も強かったが、怪力の持ち主で体術が得意である。
「お、お強い」
旅館の旦那が目を丸くして、感心するので、僕は照れながら、
「いやあ、それ程でも」
と、一応、謙遜してみせたが、
「いや、奥様が、お強い」
旦那は、おどけたような口調で言った。(一同笑い)
第1話を、お読み頂き、ありがとうございました。全十二話になる予定です。今後も、よろしくお願いします。




