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冤罪で追放された少女、隣国の王太子様に溺愛される  作者: 有原優


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第九話 決断

 

「リリー、こちらが王太子様だよ」


 そう、紹介される。

 リリーの目の前にいるのはいかにも弱弱しい少年だ。

 10歳である自分よりも、四歳下だろうか。


「今から、二人は婚約するのよ」


 そう、王妃が言った時に、リリーは「え?」という声が漏れた。

 今から、婚約する。

 結婚を前提としたものだ。


 この世界は、政略結婚がはびこっており、貴族の大半は恋愛結婚ではなく、政略結婚だ。

 その中で夫婦が仲良くなるケースもあれば、険悪な仲になって、形だけの結婚になるケースもある。所謂白い結婚だ。



 リリーは呑み込めない何かを感じていたが、王命とあらば断わるわけにもいかない。

 二人は婚約した。


「リリーおねーちゃん、リリーおねーちゃん」

「どうしたの? メル」

「なんだか僕にお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい!!」


 メルは可愛かった。

 守ってやりたいと思ったのは、自分の母性からなるものだろうか。


 結婚、についてはまだよくわかっていない。

 だけど、姉としてメルを守ってやらなければ。


 メルが王になった後も。


 そう、この可愛らしい弟分を、守ってあげるために。



 ★★★★★



 夢を見た。

 懐かしい夢だ。

 目からは無意識に涙がこぼれ出ている。


 メルと出会った日のこと。今となれば懐かしい。今となれば一二年前の出来事だ。


 隣を見る。当然眠っているのは、メルではない。レノルドだ。


「ふふ、当然だよね」



 そう、自虐めいた笑みを浮かべる。

 あの日のメルは本当に天使のようにかわいかった。

 その成長の過程を見られて幸せだった。

 でもそれはある時終わりを告げた。





 リリーは起き上がり、伸びをした。


 メルと、再び会いたい。会って、誤解を解きたい。

 そして、ルリエルにつけられた冤罪を晴らしたい。


 別に縁を戻すつもりなんて毛頭ない、なんてことはない。

 まだ、恋心は残っている。

 しかし、それは断ち切らなくてはならない。レノルドと新たな恋を開始するために。


 レノルドとは初対面こそ最悪だが、優しく、リリーの話を訊いてくれたり、面白い演劇や、美しい庭園を知っていたり、芸術にも理解がある。

 レノルドが、例え王太子じゃない、ただの平民だったとしても、それはリリーの気持ちには関係しないだろう。


 一晩考えた結論だ。

 リリーは決めたのだ。

 婚約するという事を。



 後から、この行動自体が悪手だった。後悔だった、なんてことにはなりたくはない。

 しかし、もう決めたのだ。何度も何度も寝る前に考えに考えこんだ。

 その結果、この選択肢を選んだのだ。


 もう迷いはない。

 もう、あの可愛らしいメルはこの世のどこにもいないのだ。



 レノルドが起き上がるまで、リリーは持ってきていた本を広げ、読み始める。


 昨日見た演劇の原作だ。

 全編六〇〇ページにもわたる本で、読み終わるまでにはかなりの時間を有するであろう。


 だが、最初の数ページを読み終わる前に、レノルドは起き上がった。



 レノルドは自身の髪の毛をくしゃりと撫で、リリーの方を見た。

 寝起きでまだ脳が働いていない様子だ。

 しかし、言わなくては。


 リリーは本を置き、イスから立ち上がる。

 そして、レノルドのいるベッドの淵に座る。


 そして――


「レノルド様、私、決めました」


 そう、覚悟を以て、口を開く。


「私、婚約をうけます」


 そして言い切った。


「そう、そうか」


 レノルドは歓喜の声をこぼす。


「私がこの婚約を受ける理由にはもちろんメル君に会うという目的もあります。でも、一番大きいのはレノルド様、貴方です。

 私は貴方じゃなければこの婚約をうけてはいないと思います。私の心はメル君じゃなく、貴方によりつつありますから」


 いや、今のメルよりも、レノルドの方が魅力的な男性だ。

 それは、リリーも思い始めている。


「それはありがとう。お世辞でもうれしい」

「お世辞ではありませんよ」

「いや、でもうれしいな」


 そう言って朗らかな笑顔を見せるレノルドを見て、かなわないなと、リリーは思った。

 次はハルゲルトに伝えに行く番だ。



 朝食の場。



 勝負の場だ。

 正式に婚約を受けたことを父王に言う。


 それは、正直なところ覚悟のいることだ。

 この行動をすれば、もう後戻りはできない。


 婚約の申し入れをするという事は、リリー自らが言うとすでにレノルドに言っている。


 ここで、レノルドの力を借りるわけには行かない。


「話があります」


 ハルゲルトが席に座ると即座にリリーはそう言い放った。


「私は、婚約を正式に承諾します。私はレノルド様と正式に婚約します」


 そう、簡単に伝えた。

 自身の国では、お見合い結婚とかはなく、政略結婚が主だった。

 王太子が、相手を選ぶなんて言う制度ではなかった。

 だからこそ、これでいいのだろうかと、リリーは疑問に思う。


 だが、もう言った。言ってしまった。

 後戻りなどもはやできない。


「分かった」そう、父王は静かに言い。


「実にあっぱれな事だ。しかし、中々決断が早かったように思えるが、その決定打は」


 かしこまった風に言われると困る。まさか、メルに会うためとは言えない。


「私は思ったのです。私はすでに一度婚約を破棄されている身。もう、新たな婚約はしないでおこうと決めていたのですが、レノルド様の暖かさに気づき、もう一度誰かと婚約するのがありだと思いました。決断が早かったのは、メル君、メルタイア様のいなくなった心の隙間にレノルド様を入れてみようと思ったからです」


 これで良かったのだろうか。

 いや、一部を除いて、ほとんどが事実だ。

 レノルドと一緒に暮らすのもあり、そう思ったのも事実であり、レノルドのやさしさに触れたのも事実だ。

 実際気持ちはメルのことを無視しても大分レノルドに傾いている。


「ふうむ、なるほど。しかし、問題点はあるな。まだ、婚約破棄されたから一月ほどしかたっていない。そんな中、もう婚約したとなると、早すぎる。公表は、置いておいた方がいいと思うが、どうか」


 今、リリーの評価は悪女そのものだ。

 損な人が一月後に、別の相手を見つけた。

 それ即ち、怪しいという事になる。


 しかし、もはや自分の評価などは関係が無い。

 もう、自分の評価は、下げないことに着目するのではなく、あげることに着目しなければ。


「もう公表していいと思います。レノルド様が良ければですけど」

「俺はいつでも構わない」

「相分かった。なら、二週間後。諸々の準備が整った後、婚約パーティを開く。それでいいか」

「はい!」


 その後、リリーはしばらくレノルドの顔を直視できずにいた。

 理由は簡単だ。



 単純に照れてしまっているのだ。


(メル君の時はこんなことなかったのに……なんで?)


 レノルドが急に男らしく見えてしまい困る。


 婚約を決めたからだというのか。そんなもので、変わるとは思っていなかった。

 好きかもしれない。から、完全に好きになったのかもしれない。


「それで、グランセン帝国にはいつ行くのですか?」


 出来るなら早い方がいい。

 メル君への思いを断ち切るにしろ、メル君に再び思いを伝えるにしろ、早くした方がいい。

 とは言っても、今はメルと再び婚約することなど一切考えてはいないのだが。


「訪問日は、今から一か月半後だ」

「一か月後……」


 遠いようで近い。

 その日についに、メルに再開できる。

 そう思えば嬉しい。が、会うのも怖くもある。

 何しろ一度は振られた相手。


 リリーは一瞬周りを歩き回った後、軽く伸びをした。

 そして、立ち上がり、


「ちょっといいですか」


 そう言った。


「私は、一応今回レノルド様を利用する形になります。しかし、私としては、それだけでいる訳はいけません。私はメル君に会いたい。でも、やっぱりメル君とやり直すという選択はないと思います。だから、私は、恐らくこのままレノルド様と、骨を埋める形になると思います。

 私は出会った当初はともかく、今はレノルド様のことを悪くは思っていないですし。……レノルド様、私はこの旅をメル君のことを忘れるための旅と定義しています。私が消化不良の思いを断ち切るための」

「リリー、俺はそれでいいとは思わない。君はメルタイア様のことが好きなんだろ」

「私は、メル君のことは好きです。でも、もう一度裏切られた以上、もう一度復縁するのは厳しいかなと、私は思ってしまいました。それに、私の中のメル君は、未だに昔のメル君ですし、私はただ、彼の真意を知りたいだけなんです」


 リリーの知るメルタイアは、リリーと口を利かなくなる前だ。

 それから数年たった今、過去のメルの幻想に取りつかれているだけだ。

 先ほどの夢もそうだ。出てきたのが、六歳ごろのメルだった。その時点で、リリーが好きなのは今のメルではなく、仲の良かったころのメルだという事は明らかだ。


「真意……」

「ええ、あの日ルリエル様と何があったのか。ルリエル様にただ、だまされただけなのか、それとも、私じゃなくてルリエル様にのことを好きになっただけなのか、知りたいだけなのです」

「そうか……」

「それに……」


 リリーは軽く咳払いをする。


「私は、そう言うレノルド様の優しいところは魅力だと思いますよ」

「そうか、ありがとう」


 そう言うレノルドは少し照れているようにリリーには見えた。

 それを見て、リリーはほほえましく笑うのであった。



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