第七話 お出かけ
そして、朝食後、リリーとレノルドの二人は、町へと向かった。
街とは言っても、リリーは何度も訪れている。
ちなみにまだ、婚約などはしていないし、公表もしていないので。
町の人達は何も知らない。
だからこそ、自由に出歩ける。
「クライさん」
そう、最初にレノルドが使っていた偽名を使う。
「はい、レナさん」
レノルドもまた、リリーが使っていた偽名を使う。
ばれないようにだ。
レノルドは王太子。ばれた場合は騒ぎになる可能性もあるのだ。
「やっぱり町は活気にあふれてますね」
リリーが言う。
先日訪れた時そのままの町の活気だ。しかもここは王都。町の活気は郊外に比べて、はるかにすさまじいものとなる。
「ああ。いいことだ」
「ㇾノ――、クライさんは、この国が好きなのですか」
「そりゃそうだな。俺が生まれた国だからな。何があっても守り続けるつもりだ。それより、」
「それより?」
リリーは、首をかしげる。すると、レノルドは、軽く咳払いをして。
「あの店に行きたい」
そう言った。あの店。リリーの前で言うという事は、あの店の正体は間違いなく、セリーヌがやっている店だろう。
「私も行きたいです」
リリーはそう頷いた。
リリーは少し気になっていたのだ。
よく考えれば、自身の叔母に対して何も言わずに、王宮に行ってしまった。
実際は、使いの人がお暇をいただく胸を知らせてる。しかし、伝わってるからいいという訳ではない。
行き場所のなかった自分を拾って雇ってくれた命の恩人ともいえる叔母に直接、急に仕事をやめたことを謝罪しなければならない。
そして、自分の今の状況も。
だが、リリーが行きたいと思う理由はもう一つある。
リリーは、客としては、店に来たことがないのだ。
大繁盛とまではいかないが、繁盛している叔母の店の料理を、客として味わいたい。
そんな気持ちがあるのだ。
王宮に行く時と同じで中々の時間がかかる。
とはいえ、徒歩で一時間程度なのだが。
その間にも――
「あとで行きたいんだが、ここら辺の市場も、にぎわっているぞ」
「本当ですね」
むしろ王都の市場よりもに賑わっている気がする。
「後で、立ち食い、歩き食いなんてのも、いいかもな」
「はしたないですよ」
「いいんだ。王族として、普段できないことをしたいからな」
リリーはそんな彼の手をそっと触った。しかし、リリーはすぐにその手を離した。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ」
リリーは手に触れようとした。それは、自分の恋の対象を宙ぶらりんの状態から、レノルドに移そうとした。しかし恥ずかしくて、すぐに放してしまった。
リリーの顔はいま赤くなっている。
恥ずかしいのだ。
まさかここまでハードルが高くなっているとは思わなかった。先日は一応二人で同じベッドで寝たというのに。
「なんでもないです」
今のリリーにはそんな苦しい良い訳しかできなかった。
「着いたな」
レノルドが言う。
遠いように思えたが、喋りながらだと案外近いものだ。
リリーは店の前で軽く深呼吸する。
少し怖くなってきた。
あのセリーヌが起こっているなんてことはないと思うが。
「緊張しているのか?」
「え、ええ」
「大丈夫だ。否定されることなんてないだろ。それに何かあったら俺が守る。ここに行きたいと言い出したのは俺だからな」
その言葉おw聞いて、少しだけ安心する。
勿論、責任をレノルドに押し付けられる、と思ってるわけではないが、
レノルドが「何があったら俺が守る」と言ってくれたのが嬉しいのだ。
そして、中に入る。
「あら、レナ」
そう言って叔母が手を振る。
それを見て、リリーは頭を下げた。
まずは謝罪だ。
「ごめんなさい。急に仕事をやめることになって」
今まで迷惑をかけてしまった。
急に仕事を辞められるきつさは計り知れない物だろう。
例えリリーがほんの一か月も働いていないとは言っても。
それを聞いてリリーの叔母は、「いいえ、別にいいのよ。お相手さんも見つかったみたいだし」と言った。
「それに、リリーが幸せなのが一番なんだから」
その、p場の言葉を聞き、リリーはありがたいと思った。
幸せ。
「まだ幸せかどうかは分かりませんけど」
「そう。でも前よりも顔が明るくなってる気がするわ」
「へ?」
リリーは自分の顔を触った。
「だそうだ」
そう、レノルドはおちょけた口調で言う。
その言葉を受け、リリーは少し恥ずかしい気持ちになった。
「クライさん、私はまだ婚約するなんて言ってませんから」
「そ、そうだな」
そんな二人をほほえましそうな笑顔で見ていたセリーヌ。
そして彼女は、
「それよりも、レナとクライさん。今日はお食事の予定かな」
「はい」
レノルドは頷く。
「今日は私もいただきます」
「それはうれしいわ。頑張って作っちゃうわね」
そして叔母は料理をゆっくりと作り始めた。
「そう言えば、私あっちの関係はどうなってるの?」
「あの感じだと、カップルと思ってるだろうな」
そう言ってレノルドは笑う。
セリーヌにとっては、娘が彼氏を連れて来た。そんな感じなのだろう。
あれって、確か使いの人が、詳細を伝えてたよね、
どうやって伝えたのかしら。
リリーは数秒考えるも、答えが出てくることはなかった。
結局リリーは諦めの境地へと至った。
そうだ、話題を変えよう。
「実は私、実はおばさまの店の料理を食べたことはないんです」
リリーは思い立って、そう言った。
「だから楽しみなんです」
ここに来た客はたいてい満足して帰っていく。
締まらない顔で店を出て行った人はほとんどいない。
少なくともリリーには見たことが無い。
「そうか」
そこから会話が止まる。
――待って、何か話してよ。
私、普通にこれ以上何を話せばいいのか分からないのに。
リリーには会話スキルがあまりない。
これが、メル相手なら、話せたのだが。
レノルドとは出会ってそこまでの日々はÝ経っていない。
まだ、互いの趣味や特徴、それがつかみきれないのだ。
レノルドの、無表情で座っている姿。それがまたむかついてしまう。
――私も、このまま、ここにいたらいいのかな。
無言で座る。
レノルドに会わせるならそうだ。
だけど、男女が隣同士で座っている、互いに無言な空間。それがまた、少しむずむずとして、悶々とした気持ちになる。
しかもここでは、王宮関連の言葉は話せないのだ。
「はあ」
リリーは小声でため息をつく。
それに気づいたのか、レノルドが、言う。
「リリーはこの国が好きか?」
急にそう言われ、困った。
「グランセン帝国と、この国、どっちが好きなんだ?」
そう言われても困る。
リリーとしては生まれ育った母国こそが大事だ。
だが、結果的に嫌な思い出がある。
最後は冤罪により断罪され、結果的に悪女になってしまった。
そのようなことは一切していないのに。
だが、この国においては、まだ思い出を作れてはいない。
まだ、この国に慣れる、嫌慣れようとするタイミングで、強引に王宮に連れてこられたのだ。
「私は……」
答えは出ない。でも、
「私はたぶんこの国をもっと好きになっていくでしょうね」
今のところ嫌な部分はほとんど見えないのだ。
今考えれば、グランセン帝国には嫌な部分もあった。嫌な風習や、慣習があった。
だからこそ、ここは自由な感じがする。
「私は祖国のことを嫌いにはなりたくないですけど」
今思えば不自由だった。
でも、やはり悪くいう事などできない。
「どっちも好きになればいいさ。それに、戻る機会なんて、いずれ出てくる」
「え?」
リリーは、レノルドの顔を見る。
が、そのタイミングで、叔母が「料理、出来たわよ」と言って。机の上に置いた。
「やった!!」
そう言ってレノルドは笑顔を見せる。
しまった、これでは聞き出せない。
だが、レノルドはもう、食べる姿勢に入っている。
リリーは観念して、食事を始める。
叔母の料理は普通においしい。
そう、リリーは感じた。
「レナ、どうだ?」
そう、レノルドが、自慢げに訊く。
「作ったのは、クライ様じゃないですよね」
「そんな細かいことはいいだろ」
そう言って笑うレノルド、それに肩を軽く下げるリリー。
「まあ、美味しいですけど」
「あら、もっと褒めてくれてもいいのよ」
「とても美味しいです」
「もう」
そう呆れたかのように、後ろに下がって行った。
「なんだか」
日常に戻ってきた、そんな感じがした。
昨日は、突然に王宮へと連れられ、ハードな一日だった。
それが、今日自身の叔母の食堂に戻ってきて、自由ないつもの日常を取り戻した。
それが嬉しく、さらにご飯もおいしい。




