第34話 洗脳
「うおおおおお」
ランディはリリーの手から放たれる空気砲をひたすらに剣で受け止めていく。
今の彼の役目は、レノルドをリリーの元へと連れて行くことだ。
それさえできれば、予言は効力を失うだろう。
そもそも、本来予言が無ければランディは今この場にすら立っていなかったのだ。
「おじいさまの邪魔をしようと、無駄です」
リリーはそうはっきりと言い、空気砲の放つ数をさらに増やしていく。
「く、くそ」
ランディの剣さばきが追い付かなくなっている。
「俺はこういうのは苦手なんだよ!!」
怒り狂う。
そもそもの話、ランディには純真たる剣の力しかない。
ルディオスのような力はないのだ。
だが、それでもあきらめずに魔法を切り裂いていく。
その先に何かが待っていると信じて。レノルドの事を信じて。
「うおおおおおおお」
ランディは兎に角さばいていく。その際に、避け切れずに当たってしまった弾がある。
肌が軽く引き裂かれ、血がだらだらと出ている。
だが、忘れないで欲しい。リリーのこの力は異常なのだ。
ランディも決して弱い訳ではない。
「うおおおお!!」
ランディは諦めずに逆境を振り切ろうとする。
だが、最後。
一撃捌けなかった。
その瞬間、ランディに死という一文字が見えた。
当たれば瀕死は免れないのだ。
(くっそ、ちくしょう)
ランディは目をつぶる。
だが、その弾丸は当たる直前に消滅した。
雷に当たったのだ。
「これは」
「私を忘れないでよ」
後ろにいたヘレン。彼女が打ち消したのだ。
「恩に着る」
そして、そのままの勢いでリリーを軽い力で斬る。
勿論死なない程度の力で。
「うっ」
リリーは怯む。傷後から血がたらたらと出、リリーの顔が苦痛にゆがむ。
「ありがとう」
レノルドはその場でリリーを抱きしめた。
「お前は、優しい人だ。ルーゲストなんかのやつに騙されてはいけない」
「うぅ、そんなこと言われても。私の心は」
リリーの心、そこにはレノルドを敵と認識していた。
先程まで隣で歩く味方だったはずなのに今や、憎い人だ。
あの人は味方であったはずの祖父を裏切った。
婚約破棄を申し出る必要がある。
そもそもなんで、レノルドに対してここまで嫌悪の感情が強いのか。
それをもはや忘れ去ってしまった。
もう何もかもが分からない。
まるで、冷たい水の中に放り込まれたかのようだ。
記憶が蝕まれている。
自分の大切な何かが奪い取られているかのようだ。
そもそも今の思考が本当に自分の思考なのかも疑わしく、自分の意志で体を動かせているかも怪しい。
でも、思うのだ。
全てどうでもいい。
この水に揺られていたらもう全て何とかなるような感じがするのだ。
そう、ゆらりゆらりと、身を任せていれば……………………
『リリー、聞こえるかリリー!!』
微かながら声が聞こえる。
あの声は誰のものなんだろう。
何もかも忘れてしまった。
『リリー、お前はルーゲストなんかにやられていいやつじゃねえ』
いや、確かに聞こえる。
この声の主を知っている。
この水にすべてをゆだね、ゆらゆらと浮かんでいたから、思い出せなかっただけなのだ。
段々と記憶が舞い降りていく。
「この水の中から出ないと」
リリーはそう呟くも、その水は気持ちのいい物だった。
例えるならば、心を優しく包み込む安心感の塊。
だけど、現実を見なければ。
こんなところにいても、未来はないのだから。
「う、う、ふぐぐ」
リリーは必死にあがく。
そして――
「レノルド様?」
リリーは自分を抱きしめているレノルドを見た。
彼の体はぼろぼろで、その姿を一瞬目に捕らえただけで、無茶をしたという事はすぐに分かった。
「レノルド様……」
リリーは呟く。
「すみません。私のせいで」
リリーは謝る。
自分の大切な人を傷つけるなんて最低だ。
腹を切って詫びなければならない。勿論そのような事はレノルドは求めてないだろう。
ここでするべきことは。
「私も戦います。この命尽きるまで」
そう、何の因果化は分からないが、戦えるようになっている。
「なんでおじいさまがルーゲストなのかは分かりませんが」
そう、前置きして。
「でも、おじいさまのやった行為は間違っていると思います」
そしてリリーは空気の弾丸を飛ばす。
それに合わせてヘレンも雷の弾丸を飛ばす。
リリーにとって自分の祖父は優しい笑顔が特徴な人物だ。
立派な髭を携えており、争いごとが嫌いな温和な人物だ。
彼がルーゲスト本人かは分からない。しかし、状況から考えるに、彼が本人の可能性が高いのだ。
ならばリリーはルーゲストの血を引いている?
だが、リリーはその思考を投げ捨てた。
今の状況、考えることは少ない方がいいのだ。
その場にいるのはもはやルジオス一人だ。
他のクローン兵もいる。しかし彼女らはルディオスたちの連れてきた手勢に苦戦しており、こちらの戦闘には参戦出来ない。
ルジオスを多数で叩ける絶好機だ。
「もう、貴方は終わりです。最後の手も使い果たした」
最後の手。リリーを洗脳して味方に取り入れるという手段だ。
「これで終わりならなぜわしはここまで生きているんじゃろうか」
その瞬間、地面が揺れた。
それは一瞬の事であったが、その揺れによって空に飛んでいたルーゲストとルディオス以外の全員の体勢が崩れる。
次の瞬間地面から莫大なエネルギーが噴出していく。
そして――
多数の兵士がそれに飲み込まれてしまった。
当然それはクローン兵も飲み込む。
その場に無事に立っているのはわずかな人たちだ。
だが、一番手痛いのは、ランディが直撃をくらい、倒れてしまった事。
死なんてことは無いだろう。しかし、ランディの一瞬の行動不能はリリーたちにとって手痛い戦力の消失だ。
「どれだけ能力があるんですか」
「当たり前だ。このわしはルーゲストじゃぞ」
ルジオスは自らをルーゲストと名乗った。
所詮ここで全員潰すから自分の正体をばらしても問題がないだろうという事らしい。
「心は痛まないのですか?」
「痛む? わしにはもはやそんな感情は分かん」
「おじい様!!」
リリーは空気砲をいくつも放つ。だが、それは全て避けられる。
「お前はわしの血筋。可能性はあるが……」
ルーゲストの手から莫大なエネルギーが飛んで来る。
「っ」
レノルドがとっさにリリーを抱え、避ける。
そしてそこには大きな穴が開いた。
「はあはあ」
リリーは息を乱す。
「リリー、俺にも戦わせてくれ」
レノルドは静かに言った。
「リリーの力は奴をしとめられる可能性を持っていると思っている」
実際レノルドはリリーの攻撃を(かすっただけとはいえ)食らっている。
その威力はものすごい物だった。
だからこそ。付け入るスキがある、とレノルドは感じている。
実際ルディオスの力は莫大だが、それでもルーゲストのあの牙城を崩すには足りていないと感じている。
火力不足。それがルディオスの欠点だと考えている。
考えなければ、考えなければならない。
「レノルド様、私」
集中するレノルドにリリーが語り掛ける。
「私はおじい様だからと言ってルーゲストを許す気にはなりません」
ルーゲストという存在にひたすら煩労させられてきた。
今倒さなければいけないのは、ルーゲストというこの世の垢をすべて詰め込んだような邪悪だ。
「レノルド様、私は絶対にルーゲストをこの世から消し去ります」
リリーがそう言うと、レノルドが「ははっ」と笑った。
「そうだな。その通りだ」
レノルドは笑顔を見せ。
「リリーを悲しませる存在は絶対に許せない。俺が倒す」
そして空に浮かぶ、ルーゲストを視界にとらえる。
「とは言っても、リリーの力を借りなければだけどな」
「それは当たり前ですよ。でも、私はレノルド様の言うとおりに動きます」
「分かった」
レノルドに実際に戦闘のセンスがあるわけではない。
彼はただの王族。戦争の経験すらない。
だけど、リリーはレノルドの事を完全に信用している。
「あいつの動き的に、近くから狙わないと、その前によけられてしまう」
「それは、分かっています」
「なら、話は簡単だ。俺が近くまでもっていく」
「でも、レノルド様は」
「俺をなめないでもらいたい」
そう言うとレノルドは、一気にリリーを背負う。
「無理しなくていい。お前の足、痛んでいるだろ」
その言葉を聞き、リリーは自身の足を見た。
確かに今、傷だらけだ。
目的地までは俺が向かう。
「それは俺にも任せてくれ」
そう言ったのは、ランディだ。
先程の直撃で意識を失っていたが、先ほど目が覚めたようだ。
「護衛は俺に任せろ」
その代わりに、リリー様はレノルド様が守ってくれ」
そう言うと二人はいっせいに走り出す。
「ふむ、下が騒がしいな」
あごひげを触りながらルーゲストが言う。
「お前を倒そうという物たちの動きですよ」
「下らん」
そう言って手をかざそうとする。だが、それを止めようとするルディオスの連撃が入る。
「む、貴様」
「あの二人の邪魔はさせませんよ」
ルディオスはそう言って笑う。
「貴方はここで終わる運命です」




