第二十二話 生家
「レノルド殿」
メルタイアはその後、レノルドのもとに出向いた。
用件はもちろんの事リリーの事だ。
「今回の件は完全に私が悪い、そのことを改めて謝罪しに来た」
「ああ」
レノルドは頷く。
「私はリリーの事を裏切ってしまった。今はもう、彼女を愛する資格がない」
「ああ、そうだな」
相変わらずのレノルドの冷たい言葉にメルタイアは苦笑いを覚えた。
しかし、それでいい。無駄に同調されてはメルタイアの罪は消えない。
苦しむべきなのだ。
「今のリリーの婚約者は君だ。リリーの事を守ってくれ。私には守れなかったからな」
「ああ、自分から切り捨てたの間違いだろう」
「相変わらず辛辣なんだな」
「俺の好きな人を苦しめたんだ。それくらいは言うさ」
「それでこそレノルド殿だ」
そう言ってメルタイアは去って行った。
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リリーはレノルドを連れ、自分の生家に向かっている。
ここが本当の意味でリリーの行きたい場所だ。
リリーは自分の両親が苦手だ。
嫌いではないが苦手だ。
その理由は単純明快、メルタイアの良き妻になるために教育され、その後リリーが婚約破棄されると、即座に捨てられた。
要するに娘とは扱われず、道具としてしか扱われてない。
リリーはあくまでハーネスト家が成り上がる駒でしかなかったのだ。
その事実に気が付いた今、両親に対しての信用はない。
だが、あくまでも帝国に来た以上、挨拶をしないわけには行かない。
自分のトラウマを払拭するためにも、
家の中に入ると、そこにはかつての召使の姿があった。
この家が雇っている唯一の召使――元メイド。
「おかえりなさいませ、リリー様。それと」
彼女、ルリィはもう一人の男の姿をしっかりと視界に入れた。
そこにいるのはまさにレノルドだ。
「王太子殿」
「ああ、今はリリーの婚約者だ」
「そうですか、ならあなたもここにはいる資格があります。どうぞ」
資格、という物がどういったものかは分からないが、とりあえずは中に入っていく。
レノルドとしても緊張している。
リリーの両親に会う、婚約者で好きな人の両親に挨拶しに行く。
それは緊張することだ。
しかし、リリーの両親はリリーの味方になってくれなかったとも聞いている。
そう思えば、少しだけやるせない気持ちも出て来る。
そしてリリーとルリィと三人でただ無言で階段を上がって行く。
リリーは緊張している。何かがあれば自分が守らなければ。
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これから、親と対面する。その状況下で緊張している自分のことを、リリーは心の中で馬鹿ねと呟いた。
本来親とは、子どもから安心されなければならない。子どもは親を無条件で愛するものだ。
それにもかかわらず、今親を畏怖している。
ただ親に会うのに、こんなに緊張する必要はないはずだ。
それは、レノルドとハルゲルトを見ていたら分かるものだ。
あの親子関係こそ本来あるべき姿なはずなのだ。
「では、こちらです」
そして今の扉を指さされる。
その扉は頑丈に閉じられている。
前とは少し両親の部屋が変わっている。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
リリーは二人の前に出て、ドアを開く。
「ごきげんよう、お母様、お父様」
そう言ってリリーは頭を下げる。
「おお、元気だったか」
「王太子殿のハートを射抜いたようじゃないか」
「自慢の娘だ」
二人は口々にそのような言葉を言う。
前回は恥さらしとまで言っていたのに、どういう心境の違いだろうか。
この二人にはルリエルの洗脳術なんてかかっていないはずなのに。
「それで、メルタイア殿下とはよりを戻す気はないか?」
急に言われたその言葉に、リリーは「は?」と、声を漏らした。
「ちょっと来なさい」
そう言い、リリーの父はリリーを呼びつけた。
リリーは警戒しながらその後をついて行く。
「それでだ、メルタイア様とよりを戻す気はないのか?」
もう一度その言葉を言われ、リリーはようやく意図を理解する。要するにリリーを利用しようとしているのだろう。
それは明らかにリリーを娘としてではなく、道具として呼びつけたという事なのだろう。
「それか、我々に優遇を」
リリーはこれほどまでに自分の肉親に対して、イラつきを覚えるとは思えなかった。
思えば昔からリリーの事などほとんど尊重をしてくれなかった両親。
リリーの知らない間にすべてを決めてきた両親。
それでも自分の両親だからまだやり直せるかなと思いここに来た。
しかしあくまで政略的な結婚しか能に無いのならもうどうでもいい。
「失望しました」
そう言ってリリーは父親のもとを去る。
「おい、どうしたんだ」
父親が必死で引き留めようとするが、リリーは戻っていく。
「レノルド様、行きましょう」
リリーはレノルドに対しそう言った。
その声は冷たい、怒りをはらんだものだ。
それを聞き、レノルドはリリーの両親が何をしたのかを瞬時に理解した。
リリーはルリィに「ごめんなさいね」と、一言だけ言って外に出て行った。
「どうしたんだ?」
レノルドが訊く。それに対しリリーは一言「行って損しました。もう私の肉親は伯母だけです」そう、静かに言った。
「リリー様」
家を出て、しばらく歩いたところで、ルリィにそう話しかけられた。
リリーは軽く首を傾ける。
「リリー様、今の家の惨状をお知りで?」
「あの状況を見たらわかります」
よほどの地獄のような光景だという事は。
「あの一件から、地位が失墜して帝国内での発言力が低下し、政の場から放り出された。おそらく、リリー様の冤罪がはっきりしても戻ってくることはないでしょう。それほどに嫌われてますから」
「それで、私に何をしてほしいのですか?」
リリーはメイドの目をじっと見ながら言う。
「何もしなくていいです。あの時家と決別するかのような発言をしてくれて安心しました。リリー様はあの家に戻らない方がいいですから」
「……」
「メイドの私が言うのは何ですが、あの家は今少し邪に満ちています」
邪に満ちている。
リリーは、その言葉に首を再びかしげる。
帝国内にはこびる敵対組織、邪に満ちるとはそれを言うのだろう。
しかし、リリーを排除してきた組織に堕ちるとはおかしなことを言うのだ。
となればかかわりを持ったのはこの数か月の日々だろう。
そうなればよくも分からないのだ。
動機は帝国内での発言力が損なわれたから、であろうが。
その内容までは分かりようがない。
「詳しくは」
「分かりません」
やはり分からない。
メイドが分かっているのは、怪しい物に手を付けようとしているという事だ。
「レノルド様」
「ああ、メルタイアに一応伝える必要があるな」
「ええ、そうですね」
この事は更なる事件を呼ぶ予感がするのだ。




