第十九話 暗殺
その日の夜のことだった。
レノルドとリリーの部屋に向けて一人の男性が向かって行く。
こっそりと足音を消して。
あくまで、ばれないために。
彼は所謂使い捨ての駒だ。
彼は暗殺に成功してもすべての罪を背負って殺されることとなる。
何しろ、暗殺とはそう言うものなのだ。
そして首謀者は処刑されなければならない。そうじゃないと戦争の危機まであるのだ。
(オレにはこうするしかないんだ)
男は心の中で叫ぶ。
彼の家族は貧しく、日々の暮らしすらも危うい事となっている。
そんな彼は、家族を救うという条件を信じ暗殺へと動いているのだ。
部屋に飛び込み、ぐっすりと眠ってる両夫婦をナイフで一思いに――
だが、刺せた感触はない。
毒の塗られたナイフは、ただ布団の布地を貫通するだけだった。
「馬鹿な」
その瞬間部屋に明かりがつけられた。
その瞬間暗殺者の素顔が明らかになる。そして男目掛けてラメルが襲い掛かり、その両手を後ろに拘束して見せた。
「やはり来ると思っていたよ」
レノルドがそう叫ぶ。
リリーの策の前に暗殺者の排除だ。
そして、それはこの混沌とした事件の解決のための手掛かりにもなる。
「くそ」
男は、口を動かす。歯を食いしばろうとしたのだ。
何故か、理由は分かっている。
「させるか」
ラメルは縄を男の口に巻き、その中にクズ紙を入れる。
そう、自死をしようとしたのだ。
「毒で自死は常套手段だからな」
ラメルはそう言った。
さて、ここからが重要だ。
彼を雇ったのが誰が、そこが問題になるのだ。
尋問は別の場所で行われることとなった。
そしてその尋問にはメルタイアとルリエルも参加する運びとなる。
二人は急遽状況を告げられ連れられたのだ。
二人とも寝起きでダルそうだったが、
だが、自国で来賓が暗殺されそうになった状況、行かないわけには行かない。
「こいつが、お前を殺そうと」
メルタイアはそう言う。
「ああ、こいつについて何か知らないか?」
そのレノルドの問いに、メルタイアはただ首を振った。知らないという意思表示だ。
「なるほど」
レノルドはそう言って、男に向き直る。
「もうこれで自死は出来まい」
歯の裏に挟まれていた毒薬は抜き取られ、さらに口に力が入らぬように、微量の毒で痺れさせている。
そうでもしないと、歯で舌を食い破られる可能性がある。
「知らない。オレには誰が命じたかなんて知らない」
そう強く否定する暗殺者。
「信じてくれ。オレはただ、命令されただけなんだ。そう、黒マントの男に」
その言葉にレノルドは軽く舌打ちをする。
この焦り様、本当に何も知らなさそうだ。
黒マント。それがラウドなのかルリエルなのかは分からない。
もしくはルリエルが本当に魔法を持っていると仮定して、彼女が記憶操作で、記憶を切り取ったのだろう。
「期待はずれだな」
レノルドはそう言ってその場を後にしようとする。
「待ってください」
だが、それを止めたのはリリーだ。
「これで諦めるのも早計です。私は何かを知っていると思います」
そしてリリーは男に近づいていく。
この人は何かを知っている。そんな感覚があった。
今はなかったとしても、記憶の奥底にあるかもしれない。
昨日、レノルドが記憶操作の力のことを聞いた時は驚きはしなかった。
しかしある点が気になったのだ。
それは、記憶操作を受けた人の記憶は混濁しており、そこには何かしらの力の影響を感じたという話だ。
なら、リリーがその記憶を呼び起こせるのではないか。
そうではなかったとしても、記憶操作の証左を見れるのではないか。
「思い出してください。あなたは誰に命令されたのですか?」
そう強く言うリリー。
その目には厳しい眼光が見える。
男はリリーの目をまっすぐ見た。
そしていつしか、男は混乱に襲われた。
「俺は一体。俺に命令してきたのは黒いマントの人物じゃなくて。あれ、この国の偉い人? 分からない、分からない」
その言葉を聞き、リリーはメルタイアの方を見る。
「これはどういう事ですか?」
その目もまた厳しいものだった。
「どういう事だ?」
メルタイアは強くリリーにやじった。
リリーはその言葉に対してはただその場にただずんだ。
今までレノルドに支えられてきた。
今しかない。
「もしかして、あなたたちの誰かが記憶操作なる魔力を使ったのではないですか?」
その言葉を聞き、ルリエルは「そんなわけないじゃない」と激高した。
その言葉を聞き、リリーとレノルドは思った。
これは黒だと。
「何か言っているのですね」
リリーがそう言うと、メルタイアは「ルリエルは今苦しんでいる。もういいじゃないか」と静かに言った。
自分の現在の婚約者を守るための行為だ。
リリーはその言葉にただ頷くしかなかった。
ただ、負けではない。
このやり取りで確かな証拠をつかむことが出来たのだ。
「ただ、リリー。お前は私のところにこい」
そう言った。
その後、メルタイアの言うように、リリーはメルタイアの元へと来た。
そんな彼女にメルタイアはただ告げた。
「あれはどういう事なんだ?」
そう、不安げな表情を見せながら。
リリーはただ息を吸った。
メルタイア自身もルリエル達が怪しいと思い始めている。
それどころか、なんだか焦燥している様子さえ見える。
前まではリリーを明らかに嫌っていたのに、今はリリーを頼っている。
それはリリーにとっては気持ちのいい事であった。
だけど、本題を忘れてはいけない。
「では、言いましょう。ルリエル様は記憶操作の術を宿している可能性があります」
その言葉を聞き、メルタイアは頭を抱える。
「あれはお前の妄想ではないのか?」
「あの光景を見てそれを言うのも結構です。しかし、今までの会話を聞いていて、本当に私の言葉が信じられないと思いますか?」
その言葉を聞き、さらに頭を抱えるメルタイア。
「勿論、本当にルリエル様が記憶操作をしているとは限りません。しかし、ルリエル、彼女に関係する人、例えばラウドなどが使っている。それはもう否定しようのない事実なんです。そこは踏まえて考えてもらいたいです」
「分かった、少し考える。もう下がってくれ。……ただ、もうお前に対しての疑惑は大分晴れている。お前がそう言うならそうなんだろうな。今まですまない」
メルタイア自身混乱しているようだが、リリーに対する冤罪はもうほとんど晴れたかのようなものだ。メルタイア自身色々と混濁しているみたいで、言葉がまとまっていない様子だったが。
リリーは心の中上機嫌でメルタイアの部屋を後にした。
あとは、ルリエルに対して証拠を突き付けるだけだ。
これであと一押しだ。