第十八話 接近
「王太子殿」
そこに、一人の男がやってきた。
厳格そうな見た目をしている。
「ラウド様」
そう、レイが言う。
そのことから、この場に現れたことは、想定通りじゃ無い様だ。
「今回の来報の目的を忘れてはおられませんか」
ラウドは鋭い目つきで、そうレノルドを睨んできた。
それに対し爽やかにレノルドは返す。
「勿論忘れてはいないさ」
「なら、そんな無駄な新犯人探しなどせずとも、交渉さえすませばいいではないか。見つかるはずのない証拠を集め、時間を無駄にするよりは素直に謝罪した方がいい」
ピリピリとしている。
もしや、レノルドがこうして証拠を探していると困る事でもあるのだろうか。
今のところレノルドは可能性を低いとしても、魔法やら何かの力で記憶改竄を行ったと推察している。
「いや、俺はこれは必要な事だと思ってる。リリーの冤罪を解くことは、国の交易にもつながると」
「しかし、本当に冤罪かどうかは。そもそもあそこまで噂が蔓延していて、冤罪なわけがないでしょう」
ラウドはリリーのことをすでに悪女と断定している。
そのことに対してレノルドは軽く腹が立った。
恐らく気持ちが暴走していたのだろう。
「これは魔法がかかわっているのだろう」
本日見つけた情報をラウドに言った。
ラウドが今回の騒ぎに関わっていたとしてもしてなかったとしても、リリーのことをこのまま悪く言われるわけには行かない。
「魔法だと、そんな馬鹿な」
ラウドは分かりやすく驚く。
これは何も知らないが故の驚きなのか、着実に捜査が進んでいるからという意味での驚きなのだろうか。
「俺は絶対にリリーにかけられた冤罪を晴らして見せます、覚悟してください」
レノルドは驚くラウドに対して、そう言いはなった。
大臣は「やってみろ」と、やせ我慢のような余裕を見せ、去って行った。
「しかし、問題なのは」
もし本当にルリエルが魔法を使ったとするならば、ルリエルを罪に問うことなどしないだろう。
というのも、魔法を使える者を封じておくのは、国としては困難だ。
実際にアトランガル王国もヘレンの処遇は軽いものとなっている。
リリーの冤罪を晴らすことが出来、ルリエルの信用が損なわれる。それだけの話になるだろう。
だが、リリーの悪評が去り、ルリエルは皇太子妃からは外されるだろう。それで十分だ。
そして、それ以前の問題もある。
何しろ、魔法で記憶改竄が行われた証拠を見つけなければならない。
そんなのは普通に考えて無理ゲーだ。
何しろ、現場を押さえるしかないからだ。
結局その日はそれ以上の情報を集められず、二人はいったん王宮への帰路に着く。
「レイ。これはどう思う?」
その中でレイに対してレノルドは訊く。
「僕は夢物語だと思います」
忖度なくレイは答えた。
「しかし、もしそうだとしたら、恐ろしいことになりそうです」
「恐ろしい事とは?」
「まさにこの帝国を揺るがす事態です」
「なるほどな」
レノルドは周りの景色を見る。
国力が劣っていき、衰退期に入っている国だが、民衆は元気そうな感じを受ける。
まだ明日の暮らしに不安を覚えている人たちはいない物だ。
民の中には獣人たちもいるが、差別されている様子も見受けられない。
だが、それもレノルドがルリエルの罪を暴けばすべてが変わってしまう可能性もある。
既に、物事は複雑化しているのだ。
「それで、情報は集まりました?」
意地の悪い笑顔を浮かべながら、ルリエルがレノルドに訊く。
「今のところ決定的な物はない」
記憶改竄。その証拠をつかむのは難しい。
それに、魔法は使って泣く、ただ人望があるだけ、という可能性もある。
そこがややこしい。
「まあせいぜい集めるとするといいですよ。私の罪が暴かれることなんてないですが」
そうゆらりと一回転したルリエル。余裕そうだ。
レノルドはその余裕そうな態度に軽くした唇をかんだ。
その後。レノルドは本をあさりに行った。
魔法に対しての知識を再定義するためだ。
・魔法とは、奇跡の力とされており、国によって奇跡の人、聖女、救世主尚度と呼ばれ、有するだけで力を持つ。
しかし、レノルドたちはその能力を持っていない。ヘレンを有しているが、今回帝国には連れてきていない。
・その能力は、統一されていない。それぞれ別々の力を扱える。
・生まれつきでも努力によってでもなく、後逸的に与えられる。それは、努力の有無には関与しないという説が大きい。
大まかに分けると、レノルドが学んだことはその三点だった。
ルリエルが魔法を本当に使っていると仮定すると、彼女の策略は完璧だ。
潜在意識も植え付けている。
若干の違和感があるから気づいただけで、気づかずに終わっていても不思議ではなかった。
そして、レノルドはリリーとメルタイアがいる部屋へと向かう。
「失レイする」そう言ってレノルドは部屋に入る。
その部屋の雰囲気は、暗く重苦しいものだった。
レノルドは早速気づいた。この二人、やはりうまくは行っていないと。
無理もない。疎遠になった二人だ。いくらリリーが近づこうとも、メルタイアが拒絶したら話は一切進まない。
それにしても、リリーに惹かれているレノルドが二人の仲が良くなることを祈るというのは、おかしなことだが。
「今日はずっと二人で話し合っていたんですか?」
「いや、勝手に動かれてはならないから監視してただけだ」
メルタイアはリリーを睨みつけた。
「それで、今日は何か情報はつかめたのか?」
メルタイアが鋭い目つきでレノルドを睨む。
「いや、大した情報は入っていない」
勿論、何もすべてを正直に話す必要はない。
全ての証拠がそろってから、全てを断罪しよう。
「リリー」
レノルドはリリーに話しかける。
「大丈夫か?」
「ええ」
リリーは答えた。
この時間。メルタイアに否定され続けたことによって、だいぶ辛くなっていたが、それでも精神崩壊するような傷は追っていない。
「私は大丈夫です」
そう、リリーは笑って答えた。
「すみません、メルタイア様。少しの間レノルド様と一緒にいることを許してもらってよろしいですか?」
「ああ、許す」
承諾を得られたことに満足して、リリーは早速レノルドと二人になる。
「大丈夫か?」
レノルドは訊く。
大丈夫ではない。
「少し辛いですね」
今度は本音を答えた。今ここにメルタイアがいない以上、嘘をつく必要なんてものはない。
「そうか」
レノルドはリリーの頭を優しくなでた。
「ありがとうございます」
そう、顔を軽く赤らめながら答えた。
「それで、どうだったんです?」
「ああ、万事解決とはいきそうにない」
それを聞き、リリーは首をかしげる。
「今の状況だが、魔法という物がかかわっていると思われる」
その言葉に対してリリーは軽くうなずいた。
「驚いていないのか?」
「そんなものだと思いましたから」
驚きなどしない。リリーには二つの可能性を考えていた。
金で買収をされた説と、人知を超えた力で記憶を改竄された説。今回は後者だ。
先日ヘレンの力を体感したばかりだ、非現実的とは思わない。
「しかし、厄介なことになりそうですね」
そう、リリーは呟く。
何しろ、魔法がかかわってるとなれば、魔法が使われたことを実証するしかない、
それは果てしない道ともなる。
今は、メルタイアを含め全員が記憶の改竄を行われていると断言した方がいいから。
「ここは、諦めたほうがいいのでしょうか」
「いや、俺はそうとは思えない。何か抜け道があるはずだ」
「抜け道」
基本魔法の効果は術者が死んでも消えないとされている。
つまり、仮に暗殺を決行したとしても無駄だ。
むしろ、証拠が消えるわけだから危険なのだ。
寄りによって記憶能力者。
一番厄介な能力者だ。
証拠を消すことが出来るのだから。
「ルリエル様にはそのことを告げましたか?」
「いや、まだだ」
「私に考えがあります」
リリーはニヤリと笑った。
「今夜は二人で寝かせてもらっていいですか?」
その後、メルタイアに訊く。
「監視を付ければ問題はないだろう」
「ありがとうございます」
レノルドはそう頭を下げ、感謝を告げ、リリーを回収していった。