第十五話 会談
翌日。早速話し合いの場が設けられた。
前日の小競り合いとは違う。まさに本気のたがいの腹の探り合いだ。
リリーとレノルドは、メルタイアとルリエルが座る椅子の向かい側に座る。
一見、穏やかな話し合いの場に見える。しかし、四者全員の腹の底には激しいものがある。
「さて、わが国で希少な銀や塩を安価で譲ってくれる話だったはずだが」
圧を込めてメルタイアは言う。
今回の訪問の表向きの話だ。
メルタイアはいったんリリーのことを無視して話すつもりらしい。
「もし安価で銀を得られるのなら、それは願ったことだ。我が国と、貴国の中も深まるだろう」
しかし、と語彙を強めてメルタイアが続ける。
「その女が問題だ。ルリエルをいじめているほか、様々な余罪が出ている。我が国のお金を横領したことや、半組織組織とのつながりなどな。肝心な証拠は出てないが、ほぼ確定的だ。そんな女を所有している国との交流など避けたい」
その言葉でその場の空気の渇きが本格的な物となった。
「では、商談は諦めると」
「勝手に決めつけないでいただきたい。我々は銀が欲しい。しかしそれと同様に、その女をこの国に引き渡してもらいたい」
引き渡す、その言葉にリリーの顔は引きつった。
何しろ、引き渡すという言葉に関して意味不明だったからだ。
別に軍に捕縛されてない。リリーは表向きには自分で国を出て行ったのだ。
だったらこの国から出て行けなんて言わなかったらよかったのではないか。
そんな疑問がリリーの中に巡り巡り出てくる。
確かに今この地にいること自体、おかしなことではあるが、今ここには元皇太子妃としてではなく、レノルドの婚約者、アトランガル王国の王太子妃としてこの場にいるのだ。
「私がこの場にいることを責める権利などないはずです。それと同様に、私は罪を犯してなんていません。……メルタイア様、この国を亡ぼすおつもりですか」
リリーはメルタイアを睨んだ。
昔から、少し賢くない子だったメル。
ここでアトランガル王国を敵に回していいことなどない。
問題が山済みのグランセン帝国。ここで、経済戦争のようなが起きれば、一瞬で崩れ去ってしまうだろう。
ここは感情抜きに判断しなければいけない。そのはずだというのに。
それが今こんな判断しかできないという悲しさ。
あの日、リリーを断罪したのは、ルリエルだけではない。
他にもさまざまな人たちがいる。
あの時、リリーが受けた罪は、ルリエルを虐めたことだけじゃない。後々疑惑がどんどんと広がって行っていたのだ。
その時点で裏があるとしか思えない。
リリー自身は政界で必死に働いていた。
傾きかけている帝国を立て直そうと。
そんなリリーを厄介だと思った人たちがルリエルと協力していたのかもしれない。
否、ルリエル自身がそう言う帝国の敵の可能性だってある。
どちらにしても、ルリエルの存在は帝国には良くはない。
そんな彼女を疑うことなく今も婚約者として置いてるメルタイアのことは心配になる。
もはや、帝国はリリーにとって関係が無くなってしまった。
しかし、生まれ育った国が滅びようとしていて、リリーの帝国での頑張りを無視されようとしている今、手を貸さないわけには行かない。
「俺自身の目的もどちらかと言えば、リリーの冤罪を晴らすためだ。俺は、リリーの無罪を晴らせればそれだけでいい」
その言葉に対してルリエルが「ひどい」とわめく。
「私は確かにいじめられました。人間の尊厳を踏みにじられました。あの日々はもう思い出したくないのです」
そう言ってうんうんと泣くルリエル。
それを庇うように、「良くも私のルリエルを泣かせやがって」と、少し野蛮な物言いを見せる。
ああ、まただ。また私が責められる。
そう、リリーは恐ろしくなった。
メルタイアはリリーのことを今も憎しみの目で見ているし、ルリエルはか弱き乙女の振りをして泣いている。
「違うな。それは、泣いてないな」
ルリエルに対して、レノルドが断言した。
「っ、何を言って」
メルタイアがバンと机を叩きながら言う。
だが、その言葉に被せるように――
「俺はお前が嫌いだ。メルタイア、君のそばにいるルリエルが」
ルリエルに対して罵倒の言葉を言う。
「私のルリエルに何という侮辱を」
両者の間の緊張は最大限に高まっていく。
「だからだ、君が俺のリリーを王太子妃から外せと言うなら俺はそうだな、お前の后、ルリエルの追放を命じようか」
空気が重い。
リリーは、レノルドの方を見る。
いつの間にか場の主導権をレノルドに取られてしまっている。自分自身で対決しようと思っていたのに。
悪手だなんて思わないが、これ以上行けば、立派な内政干渉になってしまうのではないかという怖さがある。
勿論、今の帝国の内政を調査して欲しい所はある。
だが、これでいらぬ争いが起きれば、それこそ問題だ。
今帝国と戦争状態になるのは好ましくないのだ。
「俺は、リリーの事件に対して、再捜査を要求する。それが銀を売る条件だ」
レノルドは毅然とした態度でそう言う。
その言葉を聞き、リリーはレノルドは冷静だったと息を吐く。
恐ろしい取引ではある。一種の脅しではあるのだ。しかし条件を簡単なものにした。
そこはレノルドに感心である。
「リリー、あの件についての捜査。徹底して行われたと思うか?」
リリーに話しかけられ、急だったのでリリーはドキッとする。
しかし即座に首を振った。
「あの日、物的証拠は何も出てきませんでした。私が追い出されたのも、結局は状況証拠……証言のみでした。あの日誰も私が事を起こした証拠なんて出してきませんでした」
あの時もう少し反論しなかったことを、今も悔やんでいる。
「だから、私はレノルド様とこの国に来ました。ここまでの話はレノルド様に頼りきりになっていたので、ここから先は私に話をさせてください」
そう言ってレノルドの方を見ると、レノルドは頷いた。
「ちょっと、何を言ってるの? 黙ってこの子を、引き渡しなさい」
「それは出来ません。もしそれで明らかな証拠を出してくるなら私は素直に投獄に応じましょう。それが作られた証拠でなければ。しかし、今の状況で私があなたたちの投獄命令に応じることは出来ません。私は今は帝国のリリー・ハーネストではありませんから」
リリーがそう言うと、メルタイアは軽い舌打ちをした。
リリーが一瞬怯むが、間隙入れずに、
「だからお願いしたい」
その瞬間甲高い音が響いた。
メルタイアが椅子を盤ばんと叩き、
立ち上がったのだ。
「ルリエルが嘘をついているとでもいうのか!!!」
「ああ、俺はそう思っている」
「私も同じくです」
「なら、分かった」
そう、メルタイアは呟いた。
「なら、いくらでも捜査してみろよ。もっとも、証拠が見つからなかった際には、リリーを引き渡させてもらうけどね」
「ああ、それでいい」
「ちょっ」
リリーはそう軽く口にしたが、事実リリーは無実なのだ。
万が一にも、リリーが有罪である可能性などない。
それに、もしここで口答えした場合には、素直に捜査してもらえない可能性も出てくる。
ここは凛とした態度で行こう。
「私もそれでいいです」
「だが!」
そのメルタイアの言葉に、リリーの肩が跳ねた。
「リリー君は私の元へ来い」
「はあ?」
「俺がお前の真意を確かめたい」
言葉の意味がよく分からない。しかし、
「はい、それでいいです」
リリーが我慢すればすぐにでも無実が判明するだろう。
それに、メルタイアといられる時間はいいものだ。
ルリエルが「ふざけないでよ」そう言うが、メルタイアは「必要な事だ」そう言って譲らない。
決定事項だからだ。
ルリエルはおそらく自分の嘘がばれるのが怖いのだろう。だからこそ、その嘘を暴かねばならない。
まずは、メルタイアとの対談だ。