第十一話 反乱
レノルドの婚約者がリリー・ハーネストであるという情報はあっという間に国内中に広まっていく。
その主な意見は、リリーに対する批判だ。
それもそのはずで、リリーは世間一般には、学院でいじめを引き起こして、皇太子妃としての資格なしという烙印を押され、追放された人物だ。
そのような人がまた王妃になったとしたら、再び問題を引き起こすのではないか。
それに影響され、次の王であるレノルドが悪政をするのではないか、レノルドが騙されているのではないか。
批判の内容は様々だが、明らかなのはリリーを擁護する人たちは少数派だった。
リリーはその報告書を読んで、ため息をついた。
やはり、悪女として知れ渡っている。
冤罪であるというのに。
リリーは不安に思う。
「この状態で私は祖国に帰れるのかな」
そう、ぶつりとリリーは不安になった。
今の国でもすでにだいぶ悪評が広まってしまっている。そして、自分に対する批判も強い。
それが、祖国ではどうなっているか、そんなの考えなくても分かる。
地獄の雰囲気を体感することになるのだろう。
リリーには思う事がある。
この国での悪評は取り払う事は不可能ではない。
それこそ、自信の有能性を示すことによって。
リリーは、少し空気を吸う。
呼吸がいつの間にか浅くなってしまっていた。
だから不安な心が芽生えたのだろう。
ハルゲルトは言っていた。もうすぐ王位を譲る。自身は引退すると。
つまり、その引退後に王になるのはレのルドだ。
その時のために勉強しなければならない。
場合によっては、レノルドに婚約破棄を申し出ることになるかもしれないのだが、後々のために一応勉強していった方がいいだろう。
これまで以上にその責任が重くなっていく。
国の現状に関してはそこまで問題点があるとは思えなかった。
父王が有能だったからか、収支のおかしな点もないし、怪しい人物が出て行ったような記載もない。国の資料においては、何も事件など起きていない。
気になる点はもちろんある。
そこだけが問題だな、とリリーは思う。
「レノルド様、リリー様」
部屋に一人のメイドが入ってきた。
「反乱です」
その言葉に二人が耳を疑ったのは、言うまでもないだろう。
理由は二人には割っている。
このタイミング。レノルドとリリーの婚約に対する反対の反乱だ。
その反乱は、そこまで規模のでかいものではないらしい。
統制も取れていない物だ。
メイドが過剰に伝え過ぎただけで、実態はただのデモに等しいものだ。
避難の準備をしながら、窓から外を見る。兵士たちが必死に食い止めているようだ。
この雰囲気だったらそこまで大きな騒ぎにならないだろうと、二人は感じた。
「あれは」
リリーが呟く。そこに一つおかしな点に気が付いた。
少女の手から炎が出ているのだ。
「あれは……」
「魔法か」
リリーのその言葉に、レノルドはそう頷いた。
魔法とは、百万人に一人ほどしか得られない力で、その力を持つことで、世界を変えうる力を持っている。
少女の姿を見る。その魔法はそこまでの強い力を持っていないらしい。
そしてその少女に着いていいる男衆が沢山だ。
おおまか、魔法を奇跡の力として反乱のためのキーマンにしようとしたのだろう。
そう、リリーは考える。
遠めだが声が聞こえる。
「リリー・ハーネストを追放しろー。貧富の差を是正しろー!」
その言葉を聞いてリリーは唇をかんだ。自分のせいで起こった戦い。
それを見るのには辛いものがあった。
(私だって、好きでこんな悪女なんて呼ばれてるわけじゃないのにね)
そう思うも、それを口に出すわけには行かない。
「レノルド様、私が行きます」
リリーはそう口にした。
その肩をすぐさまつかんだのは、レノルドだ。
「だめだ、危険すぎる」
そう言って、リリーを自身の方に引き寄せた。
「でも私の責任ですから」
リリーはレノルドの制止を無視して、走っていく。
肩につかまれていたレノルドの手を強引に外して。
「くそっ」
レノルドは足で床を叩く。
「俺も行くしかないか」
そう言ってレノルドも現場に、リリーを追いかけに走っていく。
「リリー様」
軍を統制していた隊長格の男。
ラメル・ガンバーが、言った。
「ここは危険です。お下がりください」
「そう言うわけには行かないの」
リリーにとっては、自分のせいでこんな騒ぎになっている。
そんな中、字部屋でぬくぬくと見守るわけにも、安全な場所へ自分だけ避難するわけには行かない。
リリーはぎゅっとこぶしに力を込める。
リリーは特殊な力などないし、武力もない。
でも、
「私はこの無駄な争いを止めたいんです」
リリーはこの国、アトランガルへ、害のある行動なんてするつもりはない。
それなのに、こんな内乱を起こしてしまった。
この内乱によって、人的資源や武器、さらには修復費用などが損なわれる。
全て馬鹿にならない価値が国から吹き飛ぶことになる。
こんな必要のないはずの戦いで損失を出すわけには行かない。
「拡音機です」
そう言われ、拡音機を渡される。
吉っと思い、拡音機に向けて声を放つ。
「リリー・ハーネストです」
そう、戦場のど真ん中に向け、言い放った。
「私は、この国に来た時に思いました、この国は美しいと。ここ、アトランガルは美しい国です。美しい庭園や、美しい演劇をする人たち、美しい美術や音楽。この国は本来誇りに思うべきなんです。私はこの国を愛しています。だから、この国を決してだめにするつもりなんて、一切ないのです」
私は今この国が好きだ。
まだ一月いるかどうかだが、もう第二の祖国と言っても過言ではない。
「だから、武器を下ろしてください。同じ国を想う人同士、戦いあうのもいけないと思います」
そうリリーは言った。しかし、リリーのもとに猛熱の炎が飛んできた。
(まずい)
そう、リリーは思った。これがまともに当たれば失明だけじゃすまないはずだ。
そして――
リリーの顔に灼熱の炎が命中した。
「私たちはずっと我慢を強いられてきたんだよ。ずっと、ずっと。なのにこの怒りをどこにぶつけたらいいって言うんだよ」
そう、少女が言う。
その発言はリリーに強い印象を与えた。
「この国は豊かに見えるだろ。でも私はそうは思わない。この国は私達貧しい民たちがいることで成り立ってるんだよ」
怒りの直接の対象はリリー。しかし、それはあくまでもわかりやすい対象であり、本当の怒りは国に対してだ。
ハルゲルトの統治は上手くいっている。
しかし、商業というのは資本が必要な物。所謂資本主義だ。
資本主義にはいい側面と悪い側面がある。
良い側面は国全体が豊かになることだ。しかし悪い側面は大体の場合貧富の差が激しくなるという物。
単純に考えればすぐに分かることだ。
豊かな者が財を沢山製造し、安く売る。そうなると、元々手作業で作っていた物は仕事を奪われる。
そうなると、大量に解雇され、無職の貧しい人たちが増える。
商業だってそうだ。
他国からいいものを取り入れるという試み自体は正解に近いものだが、その代わりに国内の良い財が売れなくなる恐れがある。
そうなると国内の働き手は仕事を失う。
物が売れないという事は、職を失うという事なのだ。
そしてそれ即ち、富が他国にとられるにも等しいのだ。
ハルゲルトの統治は完璧に近いものであるとリリーは思っているが、それは国内の富の総量の話だ。
だが、その代わりに個々の財は固まってしまった。
リリーは痛みをこらえながら、必死で話す。
「私はよくわかってます。海外との自由貿易の促進や、資本的経済の活発化のせいで、一部の貧しい人たちが出来たことを。政治には完全な正解なんてないと思ってます。何かを得るには何かを捨てなければならない。ハルゲルト様がその結果見捨てることになったのが貧しい民だと。
だから私とレノルド様は考えるべきなのです。この国がもっと幸せな国になるために。
新生国の一部であるこの国はまだ基盤が揃ってない中、革新をした。ならばレノルド様と私で、その基盤を後からでも整えていくべきなのです」
リリーはそう、鬼気迫る反乱兵たちの前でそう言った。
勿論ただ、与えるだけではだめだ。
お金を与えるだけなら馬鹿でもできる。しかし、金を受け取って満足してしまったら、その結果として乞食が現れてしまう。
それを解決するのがリリーとレノルドのこれからの仕事だ。
リリーには失念してたことがある。
リリーには王太子妃になるという自覚が足りなかった。
勉強はしていた。だが、リリーにとっては、レノルドと再び結婚して、帝国にわたり、リリーの冤罪を晴らす、そこまでしか考えられてなかったのだ。
その後の国の統治については考えてはいたが、それが甘かったのだと思う。
勉強だけではない。民たちと同じ目線で物事を見なければならないのだ。
色々な視点から国を見て、国を良くしていかなければならないのだ。
国内の状況についてしっかりと調べがついていたが、それでも実際の民たちのことはほとんど考えられていなかったのだ。
そこは、あとでレノルドと話し合わなきゃならないわね。そう、リリーは思った。
「私たちはあなた達を捕らえたくありませんし、国内の富を減らしたくありません。武器を下ろしてくれませんか?」
リリーがそう言うと、その小さな戦いは一気に終結へと向かって行った。