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第一話 婚約破棄

「リリー・ハーネスト、お前を婚約破棄する」


 パーティ会場でそう言われた途端、リリーはその場から崩れ落ちた。

 元々こうなるのは分かり切っていたことだった。

 前から彼の愛は私には向いていなかった。

 それに今日、彼が別の女性と一緒に歩いてきたことからも分かる。


 だけど、いざ言われるとその言葉は重みをもつ。

 つまるところ私の今までの努力は全て無駄だったのだ。


 リリーは小さいころから彼の妻、つまり皇妃になるための教育を受けてきた。小さいころからずっと、遊ぶ時間を削って。

 その時は周りの子どもたちを見て憧れを抱いていた。だけど、これが自身の義務、そして国の将来のためと思い、決して勉強の手を緩めなかった。


 そして、皇太子メルタイアとの仲を作ろうともしていた。将来の結婚相手、空いた時間は彼と遊ぶことにしていた。

 というか、彼とリリーは兄弟であり、友達のようだった。


 その時はまさかこんなことになるとは思わなかった。


 だが、ある日から彼はリリーに対して厳しくなった。というのも、彼のもとに一人の女性が来たのだ。

 彼女の名は、ルリエル、庶民の生まれだ。

 だが、彼女はあっという間にメルタイアのハートを射抜いてしまった。

 それはもうリリーよりも早く。


 リリーからメルタイアを奪い去ってしまったのだ。


 それからというもの、メルタイアはリリーに見向きもしなくなり、ルリエルとばかり遊び始めた。しかも、リリーにも見えるところで。


 リリーは毎日それを見て悔しさで下唇を噛む。羨ましかった訳ではない。ただ、自分が将来夫となる予定の男性の心をつかみきれなかったことに。


 しかし、リリーには、確信があった。

 いつかメルタイア自分の元に戻ってくるだろう。

 その頃には、リリーの悪いうわさも流れていたが、いつか収まるだろうと。


 しかし、そんな日はこなかった。

 そんな状況に、リリーはいつしか諦めの心を抱いていた。

 リリーがいつまで待っても、アプローチを仕掛けても、メルタイアの心が帰ってこなかったのだから。


 そしてメルタイアがルリエルと遊び始めてから3年経った頃、今日という日を迎えた。


「君はもう僕とはかかわりのない人間だ。ここから出ていけ!」


 そう言われた瞬間、力が抜け、精神的にダメージを負った。


「お前は、ルリエルをいじめたと聴いている」


 学院で噂になっていたことだ。

 だが、リリーには全く思い当たる節が無い。


 ルリエルに多少マナーなどの注意はしたことがあるが、それだけだ。


「だよな、ルリエル」


 そう、隣にいるルリエルにメルタイアは訊いた。すると、ルリエルはただ頷いた。

 そして、周りの人々にもメルタイアは「リリーがルリエルをいじめた場面を見た人はいるか」


 そう、彼が訊くと、次々に「見た見た」と、次々に言われる。


「廊下で足を転ばしてるのを見たよ」

「わざと飲み物こぼしてたりとかね」

「クズとか暴言吐いてたわ」

「雰囲気最悪だったわね」


 そんな覚えなんてない。そもそもリリー自身、自分がそんな性格ではないと、自覚している。


 ここにはリリーの味方なんて一人もいない。

 そう思うと、リリーは肌寒くなってしまった。


「リリー、お前のやった悪事については調べがついている。選べ、今すぐこのグランセン帝国から出て行って、もう帰ってこないか、抵抗して国家反逆の罪で捕らえられるか」


 即刻捕縛しないという事は、リリーが本当に悪事をたくらんだ証拠はないという事だろう。

 でも、今のリリーには関係が無かった。

 今すぐこの場から離れたい。そんな気持ちの方が強かった。


 そして、一礼してから部屋から出ていった。そして、



「私はもうここにはいられないのね」


 宮殿から出ていく際にそう呟いた。

 好きなメルタイア。彼から完全に裏切られた今、どうやって生きていけばいいのか。

 国から出なければならない。が、その前に両親に会わないといけない。

 そう思い、自宅へと向かった。


 リリーの生家は、格式のある貴族だ。

 父親は、大臣の一人であり、宮殿の近くに屋敷を立てている。


「お父様、お母さま」


 リリーは両親に向かって言う。

 すると、両親はリリーに対しきつい目線を向けた。


「お前はどの面下げてここに戻ってきた」


 その父親の目は恐ろしいものだった。


「お前の悪事は、全て聞き及んでいる。とんでもないことをしてくれたな。お前のやらかしはわしのやらかし。どれだけ私に迷惑をかけたら住むんだ」

「ええ、そうよ。こんな子、私の娘なんかじゃないわ。一家の恥ね」


 その言葉を聞き、リリーの味方はもはやいないことを察した。

 リリーには友達もいない。

 メルタイアとずっと一緒に暮らしていたからだ。


 だからこそ、唯一のつながりの親にまで存在を否定されたらどうしたらいいのだろう。


「国外へ行くんだろ? さっさといけ。お前はもうこの家にはかかわりが無いんだからな」


 メルタイアにも避退され、両親にも否定されたリリーは、馬車に乗り、隣国へと向かった。

 馬車でも数日間はかかる道のりだ。

 そのさなか、リリーはずっと無言だった。無言で本を読んでいた。

 だが、満たされるわけがない。


 小説の主人公のような、理想的な生活はもう送れないのだから。


 そして数日後、リリーは隣国アトランガルに着き早速叔母の家に行った。

 叔母は元々貴族だったが、引退後隠居している。


 これで、叔母にまでリリーの冤罪を信じてくれなかったら、もう終わりだ。

 なにの後ろ盾のない状態で、過ごしていくしかない。


 叔母の家は、古き良き家という雰囲気だ。

 決して着飾ってはいない。そこそこのおかねはあるはずだが、庶民的な暮らしをしている。

 リリーは、「よし!」と呟き、中に入る。


「いらっしゃい」


 そう叔母に出迎えられた。

 もう、リリーの件は大きな噂になり、隣国であるこの国にもすでに伝わっているようだった。

 恐らく叔母も知ってしまっているだろう。

 そう思うと、なんだか嫌だなと思ってしまう。


「大変だったわね」


 そう叔母のセレーヌは優しく言う。

 叔母にそう言われ、リリーは少しほっとした。

 雰囲気的にやじってくることなどなさそうな雰囲気だ。


「それで、あの噂は」


 申し訳なさそうに言ってくるセリーヌ。

 両親とは違う。頭ごなしに、責めるような両親ではない。

 ちゃんと、噂の真偽を聞こうとしてくれている。

 その事実だけで、リリーは思わず泣きそうになる。

 でも、だめだ。

 ここで、ちゃんと真実を話さなければ。


 せっかく自分を信じてくれている叔母のためにも。


「私は、メルタイア様に上手く接しているつもりでした。でも、彼はそう思っていなかったみたいなんです。ルリエル様が流布したと思われる、私の悪評。それを信じてしまったのです。おそらく、私から完全に皇太子妃の座を奪うための策略なのに。私は、私は」


 そこまでしか言葉が出なかった。途端に胸が苦しくなった。

 ああ、そうだ。リリーは皆になじられたあの出来事を言語化するのはしんどいのだ。

 今や軽いトラウマなのだから。


「そう、でも大丈夫よ。私は貴方の味方だから。リリーがそんなことをするはずがないって信じてるから」


 そうだ。叔母のセリーヌは昔からリリーに優しかった。


 昔まだセリーヌがあの国にいた時は、度々彼女の部屋に訪れメルタイアの話をよく話したものだ。


「叔母さまありがとう」


 リリーはそう告げた。


「それで、これからどうするの?」

「そうですね」


 何も決めていない。


「ここで、何か仕事を探せればいいのですけど」


 生きるすべを探さないと、野垂れ死んでしまう。


「そういう事なら偽名を使って、ここで生きていくっていうのはどうかしら」


 ここ、つまり叔母の経営する店でという事だろう。


「いいの?」

「ええ。そりゃ。看板娘も不足していたことだしね」


 そう、笑顔で言われ、リリーは思わず口をふさぐ。

 やはり、叔母の家を頼って正解だった。




「レノルドよ。やはりそろそろ彼女でも作らんか?」


 この国では、政略結婚ではなく、恋愛結婚で王妃を募る。

 それには、血筋よりも縁を大事にする考え方が元となっている。

 いい夫婦関係なくては、いい王太子が生まれないという考えだ。


 新興国のこの国ではそれが可能なのだ。


「思い当たる人がいないんだ」


 レノルドは窓を見ながら言う。


「父上が紹介してくれた人とも、気が合わないしね」


 その言葉を聞き、国王ハルゲルトは「やはりか」と呟く。


「だから、俺の気にいる相手が来るまで待っていて欲しい」

「お前の気にいる相手が来るまでか。お前が相手を見つけてくれないと、わしはおちおち王位も譲れん」


 すでに、かなり国王の仕事の半分程度はレノルドにわたって入る。しかし、王妃候補が見つかるまでは、王位など譲れない。

 後継者問題などが生じるから。


「まあ、そのうち見つけるさ」


 と、根拠のない自信を言ってレノルドは出て行った。

 それを見て、ハルゲルトはただ一人、ため息をつくのであった。


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