70 メランコリーをぶっとばせ!
「今の風は……」
リアムと別れてほどなくして、後方から、森の中を突き抜ける鋭い風が吹く。
「本当にあいつはどうなっているんだ?」
が、先ほどまで感じていた悔しさが嘘のよう。
今はこの肌を突き刺すような寒さの風を受け、確かな震えと体の中で沸騰する熱さを感じる。
「絶対にいつか隣に立ってやるからな!」
アルフレッドは猛々しく吠える。
己の中で再燃した不屈の意志を胸に。
「なに!? 主人公と高みを目指すと約束して無念にも死んでしまったライバルの怨念を持つ熱血ゾンビ!?」
「お、お前まさか今の聞いてたのか?」
「ど、どうしてあんたがこんなところに!?」
20mほど先の木の根元だった。
ビクビクと体を震わせながらもこちらに視線を送る影が──ミカがいた。
胸の奥どころか足から頭の頂点までに広がった熱により、アルフレッドは顔を真っ赤に染める。
「こんなところにいたのか」
「って無視するなー!」
だがここは、あえて平静さを装うとしよう。
そう、クールでダンディーな男。
アルフレッド・ヴァン・ウィンターフィールドを装うのだ。
「それが、素か?」
「いや、その……どうしてこんなところにいるんですかー?」
「結局また、繕うのか。このカバ女が」
「ば!……カバ?」
「俺にも覚えがある。過程も発散法も違うが、家の品格を守るというプレッシャーに溺れてしまうあまり、大切なものを見失って誰彼構わずあたってしまう時期があった」
アルフレッドは過去に、次期領主候補である兄とは違う待遇を受け、そのプライドの傷からとある少年にひどく、醜く迫り、権力を翳して暴力的な振る舞いをしてしまった。
「しかし、そんな時。俺はとある人物に出会い、そして諭されたんだ。自分の汚い部分を正面から思いっきりぶつけると、そいつは倍以上の力で思いっきり殴り飛ばしてくれた」
理不尽な仕打ちを受けたその少年は自分の暴虐な振る舞いにも屈することなく、従僕するどころかその後、失態をしでかした自分の代わりに懐の深さを見せた。
「だから自分に嘘をついて強がるのはやめろ! 本当の自分をさらけ出すんだ!」
そんな経験をしたことがある彼だからこそ、彼は彼女の不安定さに気づき、そして言いたかったのだ。
迷うな! 自分自身を見定めろ!突き進め!……と。
『ど、どうだ。言ってやったぞ』
そのとき、アルフレッドの脳内は、やってやったぞという自慢に溢れていた。
「あ、あなたに言われたくないですー! 熱血してるところをもろに見られたからってそれを誤魔化そうとなに偉そうに説教してるんですかー!」
「なっ!」
「それにあなたの今の話を私のそれと一緒にしないでくださいー!だいたいあなたのはただ駄々をこねた結果周りに迷惑をかけて慰めてもらっただけじゃないですかー!」
「バッ! カバ野郎! 折角人が慰めてやってるってのになに人の恥を!」
「そんなこと頼んでないもんねー! べーベロベロ!」
アルフレッドは、信頼関係の構築の過程をすっ飛ばして、警戒モードのミカに恥を晒してしまった。
すなわち、崖の前で右往左往している彼女に手を差し伸べるものではなく、自らが自爆し、結果一緒に奈落の底に落ちるという道連れの手段だった。
「だいたいさっきからどうしてあなたがここにいるのか聞いてるでしょ! 資格を持ってないあなたがどうしてこんな深いところまで来れるの!」
「なめるな! これでも辺境伯 スプリングフィールド領領主!アルファード・ヴァン・スプリングフィールドが次男アルフレッド様だ!今更貴族だと己を誇示つもりはないが、魔力の多さならそこらの平民の比ではない!」
「あぁーそうですか! いいですね、天性の才が一つでもある方は!」
そして、泥沼はさらに加速していく──とも思われた。
「だが、そろそろ僕の魔力も限界が近い。それにリアムが……そうだ!リアムが僕たちを接触させるためにゴーストと一人戦っているんだ!」
「えっ……」
「連れ戻しに来ておいてなんだが、これ以上お前とああだこうだ言い争っている暇はない!」
「まっ──」
アルフレッドは、自分の優先すべき大切なコトに至っては、正直だった。
そしてそれを聞いたミカも、駒のように回転する頭の動きで饒舌に動いていた口の動きを止める。
「だから来い! そして僕たちを助けてくれ!」
どっちが不幸かなんて、そんなことをグジグジ言っている時間がもったいない。
「お前の力が必要なんだ!」
貴族ともなれば、力を国のために奮い、王ともなれば国の心臓として絶対に敗北してはならない。
しかし領主ともなれば、民を守ることを最優先とし、冷静な判断で脅威を排除し自分の命を擦り減らしてでも命を守る。
『切り抜けろ』
アルフレッドは理解していた。
『今僕に必要なのは──友だ』
自分は決して、絶対じゃない。
しかし彼の隣にいれば、そんな憂いが必要ないくらいに、熱くなれる。
 




