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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第2章Cerester
67/71

67 Touching heart and Landscape


──2ヶ月後、エリアC──


「なんかひんやりしない?」

「冷えてきたね。ここら辺は木々が生い茂っているから陽の光は届きにくい」


 隣を歩くエリシアが、両肘を抱えてさする。

 そのまましばらく歩くと、前を行くウォルターが立ち止まって、前方を指差す。


「みんなー、着いたぞー。ここが、あのそびえ立つコルト山脈から流れる双子の川でできたツインズ川だ」


「「「デッカーイ!」」」

「「「シローイ!」」」」


 全員がその雄大さに感嘆とするほど荘厳で、美しい景色だった。

 男3人組とフラジール、ミリアを残した他のメンバーが、川岸へと駆けていく。


「本当に色が違うのね」

「ああ。対岸の青い方がコルトの氷河が溶け出して流れてくる水で、こちらの少しくすんでいる方がコルトの麓に続く渓谷から流れている水だ」

「森の木の色も、なんだかあちらの方が黒いよな」

「うん。でもそれが余計にそびえ立つ山脈の白を際立たせてる」

「本当に、雄大です」


 アルフレッドの言った通り、幅も比較的ある彼岸側に見える森の葉の色は黒緑と言った感じだ。

 此岸がエリアC、彼岸がエリアDとして区分けされている。

 更にエリアDの奥には、渓谷のエリアFが続き、渓谷を抜けた先にはケレステールの最難関にして不落の白い霊峰が聳え立つ。

 こんな素晴らしい景色を目の前にして、いつもは一緒になって駆け出し、はしゃぐみんなの中に混じっていそうなミリアが小刻みに体を震わせながらに立ち、ツンと、まるで今の気温のような和やかな雰囲気を壊す言葉を放つ。


「でもなーんか、すごいって言えばすごいし夏の避暑地にもなりそうなものだけど。やっぱりちょっと寒い。これだったら、海でのバカンスの方が良いわ」

「そんなこと言わないのミリア。絶対暑いって薄着で来たのはミリアじゃん」

「う、うるさい! こっちの方が動きやすくて活躍できるって思ったの!」

「そうだね。魔法練習も順調だし、眷属魔法禁止も解かれたからきっと活躍できるよ」

「そう!バカッ!」

  

 季節は移り変わり夏。

 といっても、それはノーフォークの話で、気候が変わらないメーテールでは、一年中地域ごとに決まった気温でひねくれている。

 強がりが熱を燃やす夏もまた、風流だ。


「んッ」

「ティナあったかーい」

「あ!ずるいよレイア! 私にもッ!」

「ちょっとお姉ちゃんの手冷たいよ! なんで私まで!」

「二人ともあったかーい」


 ここまで丸一日かけて歩いて来たというのに、川辺で追い駆けっこを始めたラナたちは本当に楽しんでいるのだろう。

 しかし、彼女らと一緒に駆けて行ったはずのエリシアは、川のほとりで一人そびえ立つ山脈を見据え、立ち尽くしていた。


「エリシアさん」

「エリシア……」

「あいつ……」

「そっとしておいてやろう。今日は相手が相手だ」

 

 ウォルターの穏やかな声で宥められる。

 しかし、雄大な景色から一切目を離さずに語った彼が、自分自身を鼓舞するための言葉にも、僕たちにはそう聞こえた。


「あれが幽霊橋だ。そして、あのたもとが俺たちの今晩のキャンプ地だ」

「おー、でも幽霊って言う割に普通の木でできた橋じゃない?」

「ガイドによれば、あの橋は渡る人間を選ぶらしいぞ。なんでも、あの先に行ける実力があるかどうかを判別しているらしいとか」


 ラナの疑問に、ケレステールのエリアガイドに目を通しながらアルフレッドが答える。


「更にガイドによると、真実は判別の基準がエリアCのボス戦をクリアしているかどうかで、その名の由来は彼岸のエリアDから出現するモンスター達のこと、ゾンビやゴーストなんかのアンデットらしい」

「なんか、益々寒くなるような話ね……ブルブル」

「そーですねー……」


 ガイドの情報に更に、ミリアは体を震わせる……?


「え?」

「ん?」


 ん?


「げーッ!あんた誰よ!いつの間に私の隣に!!!」

「ぎゃーッ!……あー私か。びっくりした」


 なんと、ついさっきまで誰もいなかったはずのミリアの隣に女性が立っていた。


「あ、ミカじゃない、よッ」

「よッ! ですラナ!」

「えっ、ラナの知り合い?」

「ミカは私とカリナの1個上の先輩だったんだ。本職は、見ての通りギルド職員です!」

「ラナとはとある約束を結んだ、いわば盟友みたいなもんですからー」

「そうそう盟友盟友〜」


 ラナとミカがにっこり笑顔で肩を組む。

 二人は中々に親しいらしい。


「ところでウォルターさん。今日はあいにくエリアCの担当はニカじゃなくて私だったわけなんですけどー」

「ん? ああそれがどうした?」

「ラナちゃん」

「ほいっと、えいっ!」

「イタッ! おいいきなり何すんだラナ!」


 ミカとアイコンタクトをとったラナがウォルターの背後に回り、尻を蹴飛ばして逃げた。


『『『あ〜……なるほど』』』

『寒いわ……』


 ラナとミカがどういう約束で結束しているのか、みんな理解したりしていなかったり。


「ここが、チームアリアのスペースでーす。あっちの組み木がある中央が共用スペースでーす」


 ミカの案内で自分たちの割り当てられたキャンプスペースを確認する。


「では、何かあったらギルド出張所にいるから」

「あの、ミカさん」

「はい、なんですレイアちゃん?」

「あの……あの橋って、幽霊橋って言うんですよね。さっきその名前の由来は聞いたんですが……」

「へー、それで?」


 モジモジと、聞きにくそうにレイアは質問を続ける。


「その……本当に、幽霊って出ないんでしょうか!」

「あー、そういうことですかー……もしかしたら出るかもしれませんよ〜」

「エッ……」

「向こうのエリアDの ”D” は ”Death” の ”D” とも言われているんですよー」

「「「エッ……」」」


 物騒な情報に、メンバー全員の顔が引き攣る。


「なーんて、ゴーストを相手にするなら適正魔法か付与武器エンチャント必須ですが、こっちの初心者エリアに出たなんて事例はあーりません!」

「「「ホッ……」」」

「それに壁の境界線は実はあの川の色の変わり目なんですー。ですから、泳いで向こう岸に行こうとしても途中で弾かれちゃうので注意ですー。だから安心してー……あーみんなは明日ボス戦だしー……」


 なんだその含みのある間は。


「勝利を信じて眠るがいい!じゃね!」


 ミカは一喜一憂する僕たちの反応を楽しむように、もう一度クスリと笑うと、先輩風吹かせた台詞を吐き、足早に駆けて行った。

 なんだか、こちらの表情を常に探られてる気がして、だからか、軸が揺れているようで掴みづらい人だった。



──夕刻──


「なぁ、どうせなら、一度幽霊橋の途中まで行ってみないか?」


 最初は、アルフレッドのそんな一言から始まった。


「行っても弾かれるだけだぞ?」


 ウォルターが、それを聞いて懐かしくこそばゆそうに返した。


「ウォルターは行ったことがあるのか?」

「ああ。だが通れなかった。俺もまだ、エリアCのボスには勝ててないからさ。今までソロで雇われやってたからな。どれだけ小賢しく作戦を立てても、さすがに俺だけじゃあ、あいつらを複数相手にするのは骨が折れる」

「私も私もー。骨が、折れる」


 珍しいウォルターの弱音を拾ったラナが、顎に手を当てななめ45°の流し目で眉を上下に動かしながら、キランといぶし銀にキめた。


「ラナ! お前って奴は〜!」

「ゴメンゴメンって!でもほら、行ってきたらいいんじゃない? その方が気合も入ると思うんだよねー」


 からかったことで頭を上からグリグリとされるラナが、痛がりながらも渋るウォルターに再提案する。


「ほらほらリアムもいいと思うよね?」

「ボク?でも夕食のシチューを煮込んでるところだから」

「だったら私がみててあげるって。ほら、私は一回、実はカリナとあの橋行ったことあるし」

「本当に? だったら任せて行ってみても……ラナに任せたらつまみ食いしそうだからダメだ!あぶなー」


 説得に心が揺れきる一歩手前で、なんとか流されることなく1踏みとどまった。


「えーっ、私ってそんなに信用ない?」


「「ない」」


「うわーんレイア、ティナちゃん! ウォルターとリアムが二人で私をイジメるー!」

「はいはい、よしよし」

「クシュん!」


 陽も山裾に近くなり、態とらしく鳴くラナに抱きつかれた拍子に、少し寒いのかティナが可愛らしいくしゃみをした。


 イデア──スキル使いが荒いですね。


「そうだ! だったらレイアも一緒に鍋を見てたらどう? それだったら安心でしょ?」

「えぇー、私もリアムたちと行ってみたい」

「まぁ、まぁ。あのね……」


 すかさずラナが断ろうとしたレイアの耳元で何かを吹き込んでいる。

 耳を貸すレイアの顔がだんだんと青く変わっていく。


「やっぱり私、ここに残る」

「そう? レイアがいてくれるんだったら安心だけど」


 何を吹き込まれたのかは大体想像がつくが、ラナのストッパーとして、レイアが残ってくれるのなら心強い。


「フラジール。火番と鍋番も任せていいかな?」

「はい。こっちの仕込みも終わったので、お任せください!」


 僕のすぐ後ろで、別の料理の仕込みをしていたフラジールにお願いすると、彼女は頼もしく応えてくれた。


「じゃあ、行くよ」


 その返事を聞いて安心した僕は、簡易キッチンの管理をフラジールとレイアに任せてウォルターとアルフレッドと行くことにする。

 すると、今の今まで何もせずに丸めた体をブルブルと震わせていたミリアも、一緒についてこようとした。


「じゃあ、私も……ブルブル」

「ミリアちゃん!……」

「……うん。なるほど。ムフフ」


 またもやすかさず、ラナがミリアの耳元に顔を近づけて囁いている。


「やっぱり私残ることにしたわ!」


 先程まで寒さに体を震わせていたのが嘘のように、力強くキラキラとした目をしていた。


「わ、わかったよミリア」


 勢いに押された。、たじろぎながらも了解した。

 その流れでエリシアにも、これからどうするかと聞こうとした。

 今、この場に、彼女がこの場にいないことを失念していた。


「エリシアは──あ……そっか」

「リアム。エリシアはさっきからずっとあの調子だよ」


 レイアが視線を移した先には、セーフエリアの外の川辺で、ここに着いてからズッと魔法の練習をするエリシアがいた。


「ファイアー……ダークボール!」


 空の橙にそれを吸収した白い峰、影の強まった黒い森の前を流れる川の前で魔法を操る彼女は踊るように火と闇を操っていた。


『作業が完了しました』

「わッ!」


「「「えッ!?」」」


「……びっくりしたー!」


「「「いやこっちがびっくりしたよ!」」」


「ゴメンゴメン。ぼーっとしてたらイデアに突然話しかけられてビックリしちゃって。で、何の用かなイデアさん?」

『何ってご自分が私に注文したのでしょう?』

「注文ね、注文。はいはい、ありがとう」

『あれー……わかりました。それではこの魔法式は破棄で』

「ありがとう!本当に感謝してます!」

『そうですかそうですか。それでは、お礼は後日、1日だけ時間をとってくれれば』

「しません」

『チッ……それでは、手に魔力を集めてください。調整、及び、構築は私が行います』


 現在、このセーフエリアには他の冒険者たちもいるために、イデアの空気振動による音声の伝達を許していない。

 ついでに、個人的な会話であったために魔力を介した閉鎖的な会話もしていなかったから、さっきからずっと独り言を言うようにイデアと話をしている僕はさぞ滑稽に一人芝居していることだろう。


「な、なんだ今の魔力は!」

「乱心か!?」

「すみませーん!魔力補給のただの調整ミスです! 他意はありませーん!」

「なんだそうか」

「気をつけろよ! ミスってドカンは御免だ!ハッハ!」

「気をつけまーす!」


 たまに、魔道具への魔力補給をしている最中に、その調整をミスして圧縮していた魔力が一気に放出されることがある。

 今回、笑って簡単に許してもらえたのはきっと、僕たちのほとんどがまだ子供だったからだろう。


「よくそんな嘘がとっさに出るわね」

「何回かやらかしてると自然とね」

「切り替えよう。ティナ、はい、これ」

「ありがとうございます」

「な、なによそれ」

「お前、手の中に魔石なんて持ってたか?」

「まぁまぁアルフレッド……ティナ、起動方法はいつも通りで、魔力は作るときに込めておいたから使ってごらん」

「はい。ブート……あ……あったかいです」


 魔道具を起動させたティナが、鈍い光と熱を放つそれを不思議そうにジッと見つめる。


「今度はプットオンって言ってみて」

「プッチョン……プットオン……!?」


 こちらの思惑通り、魔道具は起動した。

 周りからは何が起きているのかわからないであろうが、明らかに驚いたという顔を見せてくれた。


「魔石を生成する過程にとある法則を加えてみたんだ。組み込まれたのは起動式と熱放出時の供給魔力の制限と操作。魔石の大きさと質、熱温度の相関をイデアに計算させて作った、着れるカイロだよ」


 ティナの両手をとって、彼女の周りの温度が変わっていることを確かめながら、魔道具の説明を進める。


「着ているときは常に23度くらい、着ていないときは50度くらいの熱を発するように作ったから、この巾着にでも入れて持っておくといいよ。ティナの体の大きさに設定したから尻尾の方まで熱は届いているはずだけど、どうかな?」

「尻尾まであったかいです」

「よかった。ただ、着ていないときは、あまりずっと触っていないように気をつけてね」


 低温やけどになるといけないと、非着用モード時の注意をする。


「ねぇ、リアム」

「なにミリア?」

「あのね。私ね」

「うん」

「今までずーっと寒い寒いって言って体を震わせていたのよね」

「う……ん?」


 機嫌の良さそうな声に吊られた。

 ようやく、自分がとんでもない地雷原へと彼女に誘い込まれたことに気づく。


「リアムどうしたの? 体が震えているわ?」

「な、なんでもないよミリア……それより」

「なぁに?」

「ミリアさんもお一ついかが?」


 なんてことはない、彼女の笑顔の前でびっしょりと冷や汗をかきながら尋ねる。


「そうね。いただこうかしら♪」


 ミリアはその質問に眉ひとつ動かさず、ただただ笑顔で答える。

 きっとこの体の震えは、肌寒さだけのせいではないだろう。


「ふぅ……」


 とりあえず、ましな返事が聞けたことで安堵の息を吐く。


「ただし」

「な、なんでしょうか?」

「なんでティナのくしゃみ一つで動いたのに、私のは無視していたのか、その弁明を聞いてからね!」

「待って眷属魔法はヤバイって!」


 安堵の息を吐いたのも束の間、激昂したミリアは手に眷属魔法を放つための籠手を出現させ、魔力を込める。


「ゴメンなさーい! ただの貴族の癇癪でーす!」

「なんだ貴族か」

「なら納得」


 再び強い魔力の発現を感じ取った冒険者たちに向けて、子守役のアルフレッドが大声で呼びかける。

 ミリアの癇癪に手慣れた感じが、今はなんとも憎たらしい。


「お姉ちゃん」

「ん?」

「こんなに大きな魔力使っちゃってて周りの人、大丈夫かな?」

「大丈夫だって。だってリアムの使ってる魔力が大きすぎて、もう、大きすぎる魔力って感知しかできないもん」


 ミリアとのちょっとしたじゃれ合いを経て、僕は今、メンバー全員分のカイロを作らされていた。


「これに殺気が乗ると、魔力に敏感な人はみんな気絶するか漏らして一目散に逃げると思うけど」

「やっぱりダメじゃん」


 ラナとレイアの話に耳を傾けるが、ここまでくると場数をこなしているのか、いちいち魔力に反応しなくなった冒険者たちはすごいと評価すべきなのか、それとも口出ししてこない理由が、僕の隣でミリアがあの魔力のこもった籠手の甲をもう片方の手で叩き、ゴンゴンと音を出しているからなのだと、批判すべきか。

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