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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第2章Cerester
66/71

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「こんにちは」

「こんにちは……リアム殿? 今日は家庭教師の曜日ではありませんよね?」

「はい。今日はパトリック様に面会したくて参上しました」


 城の門の前で今日の門番を担当していたのはジュリオだった。


「そうでしたか。ただ、パトリック様は先ほど少し出かけてくると城をお出になられました」

「それは、タイミングが悪い時に来てしまいました」

「いえ、ご予定では直ぐにお戻りになるとか」

「それではここで少し待たせてもらってもいいですか?」

「城の中でお待ちにならないので?」

「はい……余計なエンカウントをしてそちらに意識を割く気力が今はあまりなくて」

「リアム殿も随分と気苦労絶えないようで」


 肝心のパトリックは留守のようだが、聞いての通り、少しここでパトリックの帰城を待つことにしよう。 

 暇つぶしがてら、主に共通の話題となるミリアが中心の雑談が始まる。


「学長先生がミリア様の魔法講義を担当することになったので、これから僕も城を訪問する回数は少しずつ減るかと」

「それは寂しいですね。しかし、ミリア様も相当やる気らしいですから、喜ばしいと言えば喜ばしいのか……」

「何かあったんですか?」

「つい昨日のことです。城の中の警備に当たっていた私どものところに何やらこそこそとしておられたミリア様がいらっしゃっいました。最初はまた座学をお嫌いになって城を抜け出そうとしていたのかと、声をかけてお咎めしたのですが、どうやら目当ては最初から私どもだったらしく、自分の魔法教練に付き合って欲しいと」

「へぇ、めずらしい」

「ですよね……私たちももっと気を張っておくべきでした。でなければ、この通り、剣を新調することもなかった。まだ子供といっても既に10を超えて更に言えば貴族の中でもトップクラスの魔力をお持ちになられる王族家系の公爵様のお嬢様ですから」

「やっぱり相手がいた方がやる気が出るわ!──とか言って、的にされたんですか」

「全くもって、同じ台詞で誘われました……リアム殿はミリア様とお通じになっていますね。いやはや、私たちもまだまだです」


 否定が一切なかったところ、ますます、嬉しくない。

 これは、危機察知、防衛本能の類の能力である。

 魔法の練習相手とか言って……いや、的にでもしたのだろうと思ったのは、まだ若いがジュリオだって城に勤務するいわばエリートであるからして、自由に動けたのであれば、ミリアごときに遅れをとるはずもないと思ったからだ。


「ジュリオさんはミリアを守る護衛側の方ですが、家系は家系で仕方ない部分もありますし、それを盾にとるのなら、ミリアも本来は領民を守る立場の人間なんですから逆手にとってガツンと文句の一つでもいってやればよかったんです」

「そう言われると、面目次第もないですね」


 ここ最近のフラストレーションのせいだろうか。

 こう裏で誰かのことをああだこうだと言うのはあまりよろしくないことではあるが、口が進む進む。


「リアムくん……?もう来てくれたのか。突然、呼び出してすまない」

「おかえりなさいませ! パトリック様!」

「おかえりなさいませ!パトリック様!」


 ジュリオに吊られて、ついつい畏まってしまった。

 ……聞かれてないよね?……ないよね!?


「リアムだと! あの忌々しいテーゼの小僧か!」


 一緒にいるのは……ミリアじゃなかった。

 よかった……誰だよあんた。


「ああ、リアムくんこちら。ウォーカー商会の会頭であるガスパー氏だ。ガスパーさん、彼がリアムくんです」

 

 小太い輪郭、高慢な態度が目立つ出会い頭。

 パトリックがフォローを入れるようにズイっと前に出して仲介したその後ろで、誰にも聞こえないような小さな嘆息を「ふぅ……」と吐き出したことを僕は見逃さなかった。


 ウォーカー?……ああ、ゲイルか。


 ほんの束の間、記憶を思い起こす必要はあったが、同性であるゲイルとの連想に至ることに成功した。

 しかしなんだ、クラスメイトである彼の名前が直ぐに出てこなかっただけでなく、それを連想してめんど臭いと瞬時に身構えてしまうのはどうなのだろうか。

 顔には出さないが。


「リアムです。よろしくお願いします」

「パトリック様、私もそう暇ではない。できれば早々に場を然るべき場所に移して()()したい」


 面には不快感を出さなかった努力、返せよ。

 だいたい、年下に、それもまあまあの年の差があるというのにその態度は器量が小さすぎるだろう。


「そうですね。確かにここでは()()()()()()()をするには些か機密性に欠ける。お話にそぐう客間にご案内しましょう。あそこなら、外に無闇矢鱈と会話を漏らすこともない」


 不機嫌そうに場所の変更を求められたパトリックは、あくまでも、今目の前で起こっている異常自体には第3者として冷静に対応するようである。

 それにガスパーとパトリックの言葉の齟齬も気になる。

 些かというのはこの場にいるここを駐屯所にしているジュリオに気を使ってのことだろうが、それがますます話をきな臭くさせる。


──公爵城、応接室──


 話の冒頭、今回どうして自分が呼ばれたのか、そしてガスパーがどうしてこの場にいるのかの説明が済んだ。

 今回の話し合いの場が設けられた顛末はこうだ。

 ウォーカー商会の会頭であるガスパーがとある情報筋から得た情報で、僕が贔屓にするテーゼ商会や同じクラスに在籍するエリシアとの繋がりから、彼女の父であるヴィンセントと結託し、今やノーフォーク1となったウォーカー商会を恣意的に陥れようとしているという。

 延いては、情報を後押しするように、スクールにて同じクラスになった息子ゲイルを僕が標的にしているとかなんとか吹き込まれたらしい。

 それを知ったガスパーは、公正取引に反すると領地の機関に抗議し、そこを管理しているパトリックが対応した。

 ウォーカー商会は前述した通り今やノーフォーク1の大きな商会だから、そんなガスパーの妄言を無碍にすることもできず、白羽の矢が立った僕をこうして城に呼び出したというわけだ。 


 即、反撃に出る。


「それはおかしい。話に僕の記憶との繋がりが見出せない。何より息子さんの言い分だけで、正当性が全くない」

「ではまさか、うちの息子が嘘をついたとでも?」

「これまでの話を総合すると、そう判断するのが妥当かと」

「ふざけるな!それを言うならば、お前の発言こそ正当性がないであろうが!」


 自分で自分の言っていることに正当性がないことを最早証明している。 

 彼も大商会を率いる会頭として、一代でこうして縁も所縁もほとんど皆無である僕をパトリックに呼び出させるくらいには力のある地位を築き上げたらしいので、資質はあるのだろうが、こんなに焦るか。

 僕みたいな子供からいきなり図星を突かれるとは思っていなかったのだろうか。


「では、僕が恣意的にウォーカー商会を無碍にして目の敵にしていることも、他商会と結託してガスパー様を陥れようと策略していることもないとをこの場で宣言しましょう」

「それは!」

「ゲイル・ウォーカーへの接触を禁じてもらっても結構です。出会い頭に平民風情など見下してくるあんな高慢さ、関わりたくもない」

「平民と見下した?……それは、貴族を語ったということですか?」

「パトリック様!私どもがそんな身分を偽るなど、あるはずもございません!このリアムが、子供の喧嘩を誇張しているだけでしょう!」

「親子揃ってそっくりだ。ゲイルはご立派なあなたの血を強く引き継いでいるようですね」

「当然だ、ゲイルは私の息子なのだから、それが何か問題あるか!」

「先に子供の喧嘩を引っ張り出したのは、あなたでしょう」

「いや、私はただ……ただ……」

「ガスパーさん。ここまでは、あなたの親子関係を絡めて話が進んでいたが、息子さんの言葉を代弁するあなたの言葉が真実味に欠ける以上、真偽を確かめたいというのなら当人同士を交えた話し合いをお願いしたい」

「……息子の件については、一度、当人と話し合う機会をいただきたい」

「そうした方がいいでしょう」


 やりたい放題の嘘を前提としたスレッドが一先ず潰れた。

 

 ようやく口を出したパトリックもパトリックだ。

 こんな不意打ちを喰らうなんて。

 それなりの根回しをしてもらわないと困る。

 せめてここらで一つ、援護を求めてみようか。


 あわよくば、ウォーカーにも僕が特許を持つ商品の融通してもらおうとしていることが明け透けている。

 

「それから、魔法箱然りパンケーキアイスクリーム然り、それぞれ開発理由は様々ですが、そんな未知の物に価値を見出して販売を決意したブラド商会とテーゼ商会には先見の益があってもいいでしょう。彼らはまだこんなに小さな僕が提案した商品を信じて、商品化した。そして僕にも、報酬として利益をもたらしてくれた恩人でもある」

「ほらみろ! 今、お前は奴らを恩人と呼んだ!であれば、奴らにとっては目の上のタンコブである我が商会を結託して陥れる理由があるではないか!」


 ガスパーの言い分にパトリックが、困惑気味に眉をひそめた。

 あまりの根拠もない言いがかりに、しかし、この場ではあくまでも第3者としてどちらにも傾きなく振舞わなければならない彼は否定することもできず、ただ当事者であるリアムとガスパーの話を審議する必要がある構えを崩さない。


「妄言です。あなたは何を持って私の恩人たちがあなたを陥れようとしているとおっしゃっているのですか? 不正取引でもありましたか? それともあなたの商会にとって不利な交渉を無理やり強いられでもしたのですか?」


 ここで、もう一押し、というか諦めの悪いこの大人に嫌気がさしている。


「もしあなたがそんな根拠もなく彼らの名誉を傷つけるのはあまりにも自意識過剰。それこそ恣意的な発言です。取り消してください」


 言葉を大にして、打って出る。


「貴様一体何様の」

「言葉には気をつけたほうがいい。これはあなたの息子さんにも同じようなことを言わせてもらった記憶がありますが、あなたのその発言は、国の定める特許法そのものを否定するものだ。それだけ大きな商会をお持ちなら、特許の一つや二つはあなたの商会にもあるのでしょう?」

「……着地しましたね。ガスパーさん。あなたの話は信憑性に欠ける。そして何より、そのような憶測だけで法に則って交渉する彼と他商会を非難するのであれば、あなたの方が公正取引の規律に反することになる」


 完全に決まった。

 ……だが、諦めの悪いガスパーは、話を簡単に終わらせようとはしなかった。


「お手数をおかけしました……しかし、一つ、話を終わらせる前に質問させてくれ」


 ここに来て、僕に何を質問しようというのか。


「これは、数ヶ月ほど前のことだ。私の息子が、あなたがズルをしてスクールで特別な措置を受けていると言っていた。それはもう悪知恵を働かせて、親の立場を利用し、所得した特許も他人に開発させたもの。それを掠め取りその権益でデカイ顔をしている挙句、スクールでSクラスに上がれるはずの生徒を自分含めて虐げていると」

「ガスパーさん、先ほども申し上げましたが、息子さんの関わることは今一度、話し合いをしてもらってからお願いしたい」

「応えたくなければ、応えなくていい。応えなかったことを非難するつもりはない」


 親の立場ってあれか? でも昔人気だった旧アリアに所属していただけで、それ以外に何かあるわけでもないし、繋がりも一切見えない。

 特許云々に関わりがあるところでいえば……エクレールのリゲスを紹介してもらったことくらいだが、きっかけは剣術指南を受けることだった。

 他人に開発させたもの、その権益を侵害してデカイ顔してるだのも、こちらにやましいことは一切ない。

 言いがかりも甚だしく、まるで僕を鏡にしてゲイルが自分のことを語っているようで、聞いているだけで身に覚えがなさ過ぎて頭がオーバーヒートしそうだ。 

 うそぶくのも大概にしろよ。


『I'm Idea. I' m big faced Liam's Super Assistant mu-hnh』


 ……なんてことだ。

 知らずとはいえ、こちらの図星をついてくるとはやるな、ウォーカー! 

 

「そんな現実性に乏しい発言を鵜呑みにしていたのですかあなたは……はぁ、それは」

「パトリック様。無礼は承知ですが、最後まで私に質問をさせてくれませんか」

「……いいでしょう。今、口を挟むのは控えましょう。ただし、立ち会った以上は真相究明するべく、後から詳しいお話を伺いますからそのつもりでお願いします」

「ええ、わかりました」


 話を遮ったことを指摘されたパトリックが、会話から一歩退く。


「そして、今度はスクールどころか学生の枠を超えて、成績優秀で己を脅かしかねない息子を標的にして、私的な場でも自分を虐げ始めるつもりだと。その手始めが、我が商会への恣意的な取引の制限であるとも。だから私は、図々しくも面会の約束も取らずにテーゼの会頭であるピッグさんが商会へと帰ってきて早々に抗議に赴いた。結果は散々であったが……しかし今こうして話せば、あなたはどうやらそれほどの愚か者ではないようだ。それだけ頭が働くのであれば十分な悪知恵を働けるかもしれないが善悪の裁定を私が下せるわけもなく、今の地位にいるのが妥当に思える」


 急に大人しく、ガスパーは舵取りを変えた。


「私はどうやらあまりにも熱くなり過ぎていたようだ。しかし分かってくれ。私も一代でしがない布売から落ちぶれていた我が家を立て直し、ここまでの地位と名誉を築き上げた。それがたった十にも満たない子供に脅かされそうものだったので、焦っていたのだ」


 さっきまでのあの偉そうな態度はどうした。


「その上で応えてほしい。この、次期領主候補であり、あらゆる領地の公的機関の重役を務めるパトリック様の前で、潔白を」


 やりにくい。

 これは質問ではなくて、演説だ。


「あなたは親バカなのですね。そこまで突拍子もない話を裏もなく信じてもらえて、ゲイルくんはとても幸せでしょうね」


 一気に立場が逆転した。

 これでは僕の方が嫌な奴だ。


「だいたい、今の話だけでは辻褄が合わない部分ことがある。あなたは今、自身が公正な商界を守るために動いたような口ぶりでお話ししてくれました。であれば、その後日にテーゼ商会運営の店で起こったいざこざはどう説明されるのでしょう」

「なんの……ことだ」

「とぼけないでください。あなたが商会を訪ねられた後日に、迷惑にもテーゼ商会でたむろし、商会の粗探しをしていた数人の男女のことですよ」

「待てリアムくん。そんな話、テーゼ商会からは挙がっていないが?」

「それはそうでしょうね。あの時会頭であるピッグさんはその場にいませんでしたし、追い払ったのが従業員でもない僕です。黒幕がウォーカー商会だと決め付けたように言いましたが、実はその雇用主がはっきりとしたわけでもないんですよ」

「それこそ、確証もない虚言と存じるが?」

「そうですね。なら今の発言は訂正させてください。ガスパーさん。あなたは、その件に関して心当たりはありませんか? テーゼ商会を嗅ぎまわり、実質店を貶めるような行為を命令した記憶は?」


 ここはあえて話を踏み込むとしよう。

 もしこの黒幕が彼だったとして、一纏めにうやむやにされると後の祭りだ。 

 ピッグには悪いが、手遅れにならないうちにカードを切る。


「それはない。この身に誓って……だ」


 予想外にも、ガスパーは返事に苦しむこともなく、自らの潔白を宣言する。

 そして、更に、パトリックまでもがそれに追随したのだ。 


「リアムくん。悪いが私もガスパーさんがそのような暴挙に出るとは考えにくい、というのが見解だ。ウォーカー家はオブジェクトダンジョンの登場による魔法革命の波に苦しめられた商家の一つだ。今でこそノーフォーク1の大商会となっているが、それはガスパーさんの手腕あってこそのことで、彼は他領から流れ込んでくる莫大な恩恵を様々な街の事業に投資する慈善投資家でもある」

「だからなんだと」

「だからこそ、私は表で堂々と胸を張れないような取引をするのが大嫌いなのだよ。もちろん、商売戦略として策を張り巡らせ機密にしておくことを悪とはしないが、それはあくまでも関係者全てに真摯であるべきである……と」


 表でいいことしてるから裏もないなんて、こんな馬鹿げた話なら、パトリックが言ったように現実性も乏しく価値もない。

 話を遡れば、果たして、パトリックの口出しは余計だっただろうか。

 話を続ける必要も、聞く必要もないと思うのだが、なぜ彼はあんなにあっさりと退いた。

 ……パトリックは欲しいものをもう得た、だから、身を退いた?


「その昔だ。我がウォーカー家が布や衣服を売り生計を立てていた頃。オブジェクトダンジョンの出現によって起こった魔法革命により物の流通が格段に円滑になったのが、私の祖父が会頭だった時代だ。その時だ。他領から商品を輸入する業者が一気に増えたこの時に、新規参入して来た商会の中でも一際際立っていた商会があった」

「その商会は、だ、リアムくん。王都に拠点を持っていて資金も潤沢で、あらゆる商品を仕入れては地元の商家よりも圧倒的に安い価格で商品を販売し始めた。均衡価格なんて一切無視してね。いわゆる寡占、いや独占状態だったんだよ」

「それに対抗するため、皆は知恵を絞った。しかし結局、ブランド、価格競争に挑み戦った者も次々と店をたたんだ」


 きっとパトリックも次期領主として、この領地の経済の歴史を学んだのだろう。

 ガスパーの話に合わせて、僕に必要であろう情報をちょこちょこ補完してくれる。

 パトリックの裏の思惑を疑い、僕は昔話にしばし耳を傾けることにした。


「そこから……どうやって現在の市場を築き上げたんですか?」

「これは少々私としても自慢なのだが、私には空間魔法の才があったのだよ。商人としてはこれさえあれば揺るぎない地位と報酬が得られるとさえ言われる希少属性だ。なんでも、ゲイルの話では君も使い手らしいが?」

「はい」

「空間属性は魔法革命が起きて流通革命が起きた後でも重宝された。なぜなら、確かに魔道具によって移動時間の短縮は実現されたが、空間属性の魔石や魔道具はそれでも希少だったからだ」


 先日、僕がパッと即興で作った空間属性の魔石を見ただけでニカが取り乱して驚いていたのは記憶に新しい。


「それに対して人であれば人件費だけで話が済む。少々高い給料になることに違いはないが、それでも圧倒的に空間属性の魔道具を購入するよりも費用が安く済む。だから私は、一人で運送業を始めたのだ。といっても、6割方は雇われだったが」


 運転手、兼、倉庫といったところであろうか。

 魔法によって人の労働的価値がぐんと上がるのは、この世界では当たり前のことだ。


「ガスパーさんは、商会の扱う商品の仕入れに加えて他領からの輸入品の仕入れも担う2足のわらじから、新しい事業の立ち上げを始めたと私も聞いています」

「はい、パトリック様。当時、私の家も落ちぶれていたため資金がない分どうしても仕入先と店を往復すれば、亜空間に無駄な空きができて効率が悪かった。そこで、余った空間を分譲して他の商会に運送の話を持ちかけたのです。そうして無駄を省き仕事を受けていると、日に日に依頼が増えた。そこで、事業を立ち上げて築いた運送モデルが、現在のウォーカーに至る原点です」


 ガスパーに投資できる他商会がまだ息をしていた、ギリギリの瀬戸際だったのか。


「一方で、市場を独占していた競争相手があらかたいなくなった頃に件の商会は急にサービスの値段を釣り上げ、悪評がたつようになった。尤も、テコ入れすれば経済に大きな揺らぎを与えかねないと、領の機関が手出しできないくらいほどの勢力を一時期は保っていたんだけど、少し経てばこの街は自給自足できる町だし、ケレステールもあった。極度な輸入品依存は避けられて、資産価値も業績も急激に下がって追い詰められたところを、それまで地道に資金を貯めていたガスパーさんがトドメを刺すようにノーフォークでの事業を買収したんだ」


 それは鮮やかと、言っていいのか。

 逆境にも負けず、敵陣に潜り込みせっせと下積みをして、ついには下克上を果たしたというわけだ。


「当時、当座で大口でしか受けられなかった投資型の旧来の運送モデルを、多方面から依頼を受けることで荷を載り合わせる新しいモデルへとあなたが変えたわけですか」

「その通りだ。私の商会は継続企業として安定した運送料の相場でサービス提供できる基盤を作り、商人に限らず誰でも利用できる仕組みづくりも行なった」

「であればこそ、尚更納得がいかない。否定された後で失礼ですが、仮にこの事件の黒幕があなたでなかったとしても、どうしてあなたはこうして僕に八つ当たりするような真似をしたのでしょう。 そんなにも公正な取引を愛するあなたが、まるであなたが競り勝ったかつての旧来の商会のように、地位を盾にとって」

「それは……ここまで仰々しい自論を語っておいて恥ずかしい話だが、きっと君の言った通り、私が親バカであったのだ」

「……は?」


 いや待て。

 このおっさんはここまできて一体何を言っているんだ?


「実の息子が可愛いばかりにその言葉を鵜呑みにし、こうして君の貴重な時間を奪う羽目となった。お二人の指摘した通り、私が冷静ではなかった。許してほしい」


 って!なに急にしんみりした話から一気に締めようとしてるんだ!?


「そして遅くなりましたが、パトリック様。途中、話を遮りダシに使うような真似をしたこと、深くお詫び申し上げます。お許しください」

「ガスパーさんにはいつもお世話にもなっていますし……リアムくんにも、妹が大変お世話になっている。であればこそ、両者の誤解が解けたのであれば、一先ず安心です」

「そう言ってもらえると、私としても気が休まります」

「はい。それでですね、ガスパーさん。先ほどリアムくんの話してくれた一件を調べたい。持ち上げておいて済まないが、公正取引の観点からこうして立ち会った以上は、不自然な話の流れを正して、あなたの疑いを晴らすためにも全面的に検査に協力してもらいたい」

「それはもちろん、全面的に協力をさせていただきます」


 パトリックは、謝罪それを受けた。

 そして、二度目の釘を刺した。

 パトリックの隠れた意図は、ウォーカーを検査する口実を作ることだった。

 

「では、こう私の方から持ちかけておいてなんですが、このあと大事な商談がありまして……」

「検査の件は追って連絡しますので、その時はよろしくお願いします」

「はい。では失礼します」


 そして、ガスパーは僕が唖然としていた間にいつの間にか去っていた。


「うそーん」


 その後、ガスパーの見送りのためついていったパトリックも退室し、ポツンと残された僕はハッと正気に戻り、胸に不愉快にも残る靄を想起させることとなる。

 最後には、あんなにも丁寧に話を進めていた。

 言い訳は苦しかったが、商人の模範のような人だった。

 それなのに、どうして──。


『どうして彼は、あんな態度をとった?』

『どうして私は、あんな態度をとった?』


 その靄を抱えていたのは、早々に部屋を退室したガスパーもまた、同じだった。


「ダァー!不完全燃焼だー!」


 両手を大きく上げて体の力を入れて抜く。

 あのおじさん、かなりやり手だ。

 途中、目一杯ハンドルを切った意味不明な態度の変わり様だったが、責め立てる僕に対し昔話プレゼンを始めたかと思えば、いつの間にか話が終わっていた。


「急にすまなかったね、リアムくん」

「ぱ、パトリック様! すみません、だらしのないところをお見せしました」

「いいさ。どうか楽にしてくれ」


 ガスパーを見送って戻ってきたパトリックが、脱力する僕を見て和かに話しかけてくる。

 

「今回は、ガスパー殿からの急な申し出でね。いや情けないことに、彼には色々な事業に投資をしてもらっている分、頭があがらないところがあって」

「いえ。街を発展させるということが、どれだけ大変なことかは及ばずながら分かっているつもりです。パトリック様もお疲れ様です」

「おや、顔に疲れが出てしまっていたかな? 僕もまだまだだな」


 再び席に着くと、パトリックは随分と和やかな表情になった。


「あの、パトリック様、先ほどの話の続きの話なんですが、その王都に撤退していった商会は?」

「ああその話か。それなら今も王都で店を開いているよ。優良店だから、尚更たちが悪い」

「その、商会の名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「気を使ってくれてありがとう。そうだね。僕から聞いたというのは内緒だよ?なにせさっき散々言ってしまった分、外聞が悪い」


 こう、探りを入れてちょっとワクワクしてしまっている自分がいる。


「ウィスパー商会」


 うわ怪し!これまた、野次馬根性がムンムン宿ってくる。


「パトリック様、その、ウィスパー商会が築いたインフラはどうなったんですか?」

「それはもちろん、ウィスパー商会のノーフォーク事業を買収したウォーカー商会が握っているよ」


 本当に、今ではこの街から撤退したようだ。

 頭の隅に留めておく程度でいいか。


「なんかね、ドッと肩の荷が軽くなった。そうだ。気晴らしに城の魔法練習場で数発魔法でも撃っていかないかな」

「いいんですか?」

「是非、付き合って欲しい。私も気持ちを切り替えたい」

「でも、もし今の僕がストレス発散で魔法を放とうものなら……勢い余って、城まで吹き飛ばしてしまうかもしれません……」


 ちょっと今日はきな臭いことが多いから、念の為、魔力をメラメラと激らせて凄んでみた。


「そ、それは大変だ……」

「なーんて、冗談ですが、最近どうも予想外の方へと横にそれることが多く……て?」


──ぴちゃん。


「あれ? 上から水が──」

「そうだリアムくん! お詫びにお茶でもどうだろう!珍しいお菓子が献上されてね。よかったら」

「いえ。その、ミリアに見つかると面倒臭いことになりそうなので、今日はお暇させていただきます。折角のお誘いですが、また次の機会にでもお誘い頂けると幸いです」

「ああ、そうか。確かに、今日ミリアは勉強の予定がぎっしりだし、我が妹ながらにそんな横で君とお茶でもしようものなら考えただけでゾッとする。残念だが、お茶はまたの機会としよう」

「はい。それではまた」


 そうしてお暇させていただくことになり、一礼して、部屋を後にする。


「……行ったよ」

「はぁ、はぁ……申し訳ありません。しかしあの魔力圧は私には少々大きすぎました」

「それもそうか。私でもちょっぴり寒気を感じた。あの歳であれだけの魔力じつりょく……末恐ろしいな。とにかく、作戦は成功だ。これで会頭お墨付きで商会を調べる口実ができた。早速、合併前の昔の帳簿を洗う準備を──」

「あの、ご無礼を承知で申告しますが、今の魔圧で全身が汗でびっしょりですので、はしたなくも一度水浴びか着替えをしたく……」

「早く行って来なさい。私は先に執務室に戻っているから」

「は、では失礼します」


 僕がいなくなった応接室でそんな会話がなされていたことは、当事者である彼ら2人しか知らない事だ。


『私にかかればダダ漏れですけどね』

『言ってやるなって。あの天井裏に張り付いていた人、パトリック様の護衛かな?』


 背伸びした時にチラッと見えちゃったんだよ〜、魔力がさ。

 ついでに好奇心でちょっと突いてみたけど、さっきのさっきまで気づけなかった。

 すっごい隠密業だと思う。

 うーん、ガスパーの態度の明らかな変わりように関しても、あの人が裏で何かしていたとでもケリをつけておくのが妥当か。


「ま、考えたところで仕方ないか。気晴らしに、新しいレシピの再現でも」

「あ、リアムじゃない。どうして城にいるのよ」

「……」


 Oops! これは予想外の邂逅だ。


「なに? 私の顔に何かついてる? それともまさか惚れ」

「Dash!僕は今、何も見なかった!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! フフフ、この城の中で私から逃げられると思ってるの!」


 羆にエンカウントした脱兎のごとく、その場で回れ右して突っ走る。

 城の廊下を、それはもう脇目も振らずに。


 ・

 ・

 ・


「ミリア様……その左手に引きずってらっしゃるのは……」

「城の中で偶然見つけたのよ。丁度いいから、私の練習の成果を見せるついでにコツを聞こうと思ってね」

「確かに魔法の感覚は微妙に違い人それぞれですから、いろんな人に話を聞いてみるのも一つの学び。彼は多才ですし参考としては十分……しかしいつも言っていますが、人を相手に練習するのはまだ早すぎますから」

「さぁリアム! 私のシビれる華麗で研ぎ澄まされた魔法わざを見せてあげるわ!」

「どうしてなんだー!僕が何をしたっていうんだぁああ゛ああ!?」


 逃げた罰として、ミリアに今日も魔法を教えに来ていたルキウスのいる練習場へと強制連行された。

 ……雄叫が、途中から悲鳴に変わった。


「頑張ってリアムくん!」

「笑ってないで助けてください学長先生!人体実験はノーです!」

「ここまでは序の口!ミリア式電気マッサージ、パルス!」

「マッサージの周波数……いや電圧じゃない!普通の人だと即あの世行きレベル!!!」

「いや〜ピカピカ光って綺麗だなぁ〜。こう教え子が成長していく姿を目で実感できるって教育者としては嬉しいよね」

「そうだなルキウスよ。天使が生き生きとし、悪魔が苦しむ姿というのは実にいい。私の執務でやつれた心も潤うというものだ」

「あ、ブラームス様どうも。どうです?とりあえずここ1ヶ月で魔力変換までの基礎は身につけましたよ」

「これからもその調子で頼む。良きに計らえ」


 執務を途中で抜け出し、娘の成長をストーキング、もとい見守ろう隠れていたブラームスが、堂々とルキウスの隣に並んだ。


「なにあなたまで傍観してるんですか! 守るべき領民が、それに良きにって、いや良くないから!! 仕事してください!!!」

「ハッハッハ」

「がんばって〜リアムくん」


 魔法防御力が高いので傷を負ったり苦痛を感じることはなかったが、それはあくまで肉体的なお話。

 終始ミリアに押さえつけられ大人たちのストレス発散の格好の餌食となった傷は、精神的にはかなりの深手だった。

 間違っても、あんな殺人マッサージで体のだるさが取れたなんてことは……あったので、それが余計に僕を苦しめたことは、余談である。

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