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あれから、なんだかんだで事態が落ち着くのを待って逃げるようにボス戦の行われるエリアの転送陣に乗って来たが、攻撃を仕掛けて数十分が経った頃、僕らはゴブリンとコボルトの大集落の中心で、ちょっとした物足りなさを感じながら打ち上がった花火を眺めていた。
「なんか……呆気なかったな」
「うん。呆気なかった」
今回の敵は63匹だったが遠距離攻撃が出来る者がほとんどいなかったし、前回みたいにイレギュラーが登場することもなければ、ホブやジェネラル、軍師などの希少種がスポーンすることはなかった。
そうなってしまうと、火力のある魔法を使える僕とエリシアとアルフレッドで正面の敵を殲滅しながら、遊撃のラナ、ティナ、ウォルターが左右に溢れた敵を包む鶴翼の形で大多数を殲滅、ある程度、衝突が落ち着いたところで方円を描きながら慎重に集落に侵攻し、残党を討伐してなんなく終わった。
「しかし、エリアAのトードーズとキングトード戦をこなしたアリアなら心配ないだろう」
緊張の解けた虚しさが随、ニカが見送る時に言っていた言葉が耳に障る。
こんなものか……ケレステール1の敵数を誇るエリアボス戦だと聞いていたが、少しイラついてしまうのは、数なんて魔法力の前では羽虫も同然だと気づいてしまったからだ。
勝利を逸るような敗北の緊張は余韻になく、駆け引き戦略戦術の類の義が薄れてしまうことを恐れているのは、それなりの長さの転生の弊害なのだろうと思う。
「俺たち、こんなに強くなってたのか」
「でもさ、やっぱり定石通り初めに魔法で潰しに行ったのが良かったんじゃない?メイジ探しも慎重にやったしさ!」
「そうね。メイジを先に倒したから召喚の増援もなかったし」
「前もって情報があるのとないのでは天と地ほどの差があるな」
「簡単でした」
あれだけ強くクセのあったキングトードと違って、こちらのキングスはポテンシャルも知略よりで、オークの方がガタイも力もあったし、キングトード戦を経験したアリアの敵ではなかった。
「ミリア様がポーションを魔力切れしないように供給してくれましたから、魔法に集中できました。ありがとうございます」
「あ、私も、おかげでケアに専念できました。ありがとうございました」
「と、当然! 私は何をしても優秀だから! 褒めてくれてありがと!」
前衛と後衛のメンバーで打ち上がる花火の下集まり、今回の討伐の祝勝の喜びを共有する。
「でだ、今日の打ち上げはどこでする?」
「あ、やっぱりするんだ」
「「「当然!」」」
花火の光の粉が集落の中央広場へと降り注いで、転送陣と光の柱が立ち上る。
「みんなリクエストはあるか?」
「私は肉が食べたい!」
「私はなんでも」
「私もです」
「なら一度ギルドの酒場に行ってみたいな!僕たちは近寄りがたい場所だし、なんなら今行っておかないと一生行けないかもしれないからな!」
「あっ、それは私も行ってみたいかも」
「でもアルフレッド様はまだしも、ミリア様が行って大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫。リアムに護衛させるから」
「えぇ!?」
「ミリアだけじゃなくて、私たちもお願いね」
「……エリシアまで」
そんなこんなで、打ち上げはギルド酒場で執り行うこととなった。
──ギルド酒場──
「久しぶりに来たけど、相変わらず賑やかね」
「この大胆でシンプルな味付けは微妙だが、なんとも癖になりそうな……」
「雑……とも言うわ」
「おいおい。でもここでしか味わえない活気と情緒があるだろう?」
酒場の料理を『雑』と言ったミリアに、酒の入った樽ジョッキを片手にウォルターは辺りにグルッと視線を巡らせる。
「そっか、マナーを気にしないで……こういうのも悪くないかもね!」
きっと彼女には、普段食べている複雑な味の料理に比べて、シンプルに塩と少ない種類の香草で焼き上げた肉や魚は斬新だったのだろう。
打って変わり、ミリアはフォークで鶏肉の塊をぶっ刺すと、ナイフを入れることなくかぶりつき始めた。
「プハーッ! もう一杯!」
「お姉ちゃん飲み過ぎ!」
「いいでしょ〜私のはお酒じゃないんだからぁ〜」
「ちょっと待ってくださいラナさん! それウォルターさんのお酒ですぅ!」
「お姉ちゃん!」
「ラナはお酒ダメです」
ギルドの賑やかな騒がしさが、皆のテンションを掻き立てる。
次の果実ジュースを求めると見せかけて、ウォルターのおかわりジョッキに手を伸ばそうとするラナを必死でレイア、フラジール、ティナが制止している。
前回同様に、みんなが同じく生還した。
……今回は出なかったか。
「どうしたリアム?」
「うわッ!? どうしてここにいるんですかダリウスさん!」
「ハハーン。そりゃあお前と酒があるとなれば飛んでくるに決まってるだろ! それにここはギルドの酒場だからな!」
「またハニーさんに見つかって連れていかれるのがオチですよ」
「大丈夫! 商業区の方にある酒場に行ってくるって書き置きしてきた!」
「姑息! やってることが姑息すぎる!」
二ヘラと笑っていつの間にか隣の席に座っていたダリウスと、バカみたいな副ギルド長ハニー撹乱作戦について論争勃発である。
「おーい!俺にエール一つ!」
「ゲッ、ギルド長!……はぁ」
「で、どうしたんだ?」
早速、酒を一つ注文するが、ダリウスは向き直ると穏やかな雰囲気を身にまとった。
こういう一面も持ってるから、お酒にだらしないこの人も無碍にできないんだよ。
「この前、キングトードを倒した時の話なんだけれど……」
それから、僕はこの前のキングトード討伐後、転送陣にのって帰還するまでの間に起きた”夢”の話をした。
「夢の中で出会った自分そっくりの少女か……なんだそれ、やベェな怖えぇ」
話を聞いたダリウスが、身を引きながら気持ち距離をとる。
「えー……」
このダリウスの反応には、僕もまた少し引いた。
そんな反応するなら、話さなければよかったよ。
「ダッハッハ冗談だ冗談! そんな複雑そうな顔すんなって!」
「背中、痛いんですけど……」
「ほーれむくれるなって! 笑え笑え! そんなんじゃ幸せが逃げるぞ!なあお前達もそう思うだろ?」
「たまにあたふたするから大人っぽいじゃないけど」
「むくれているところはなんだかんだで初めてのような……」
「なんかこんなリアムも新鮮で」
「いいかも」
「……」
話を聞いていないふりして聞き耳を立てていた女性陣から返ってきたのは、ダリウスも僕も予想だにしていなかった斜め上の反応だった。
これも酒場の空気が引き起こした思考回路の鈍化による影響だろうか。
じゃないとしたら少しヤバイ……うん、そういうことにしておこう。
「もしかしたらお前は、写し鏡にあったのかもな」
「写し鏡?」
「写し鏡はオブジェクトダンジョンの中で死んでリヴァイブで生き返った奴がごく稀に体験する不思議現象だ」
写し鏡か……いや、一般的な写し鏡はもちろん知っているのだが、この場合のこれは全くもって別の意味であろうから。
「ゲッ、ホントにギルド長がいる」
「君、今接客中でしょ、ゲッて何よゲッて」
「失礼しました……」
「ところで、その料理このテーブルの?」
「いえ、お隣の……お客様お待たせしました、ご注文のブラックプディングポテトセットです」
「……見たら食いたくなったな。こっちにもブラックプディングとポテトセットを一つ追加してくれ!あと、エールも追加!」
「はぁーい!ご一緒に、ポークパイなどもいかがですか?」
「いや、大きすぎて食べきれないし」
「いかがですか!」
「……わかったよ、俺が奢るよ」
「ご注文ありがとうございまーす」
「へぇー、ギルド酒場にもブラックプディングとかあるんだ」
「おっ、もしかしてエリシアちゃんも食べてみたい?」
「いえ、今日は大丈夫です。家でよく食べてるものが、ここでも食べれるんだと思って」
「ほうほう」
「父が好きなんです。確か、テーゼ商会のピッグさんと知り合ったのも、美味しいブラックプディングがきっかけだったとか」
「おー、ギルド酒場のブラックプディングもテーゼ商会から仕入れてるよ」
「ダリウスさん、さっきの写し鏡の話の続きですが」
「あぁ、悪い悪い。ダンジョンの中で死ぬと一度視界が真っ暗になり、そして気づいたときにはリヴァイブの門の前に肉体が再生されて横たわった状態で復活するわけだが──」
机の上にあった鳥手羽の乗った皿にダリウスの手が伸びる。
「その視界が真っ暗になってから復活するまでの間に、夢のようなフワリとした空間の中で自分と全く同じ姿形をした人物と対面することがあるんだ。んめぇ〜」
ヒョイっと一つを手にとって、残り少ないエールをこれまた美味しそうに喉に流し込む。
「んーいわゆるドッペルゲンガーと似たようなもんだな。その夢の中に引きずり込まれた者は必ず皆、自分のドッペルゲンガーを見る。故に──」
「ご注文のエールです」
「おおキタキタ! はいこれ口止め料な!」
「ありがとうございます〜」
「プハーッ! この現象は、己の魂と向き合う写し鏡。死んでから肉体の再生がされるまでの間、肉体から離れた魂が何らかの作用によって自分自身を見つめ直す悟りの一種だと言われているんだ」
生き返った〜と言わんばかりの喜びを満面に、僕の悩みの種はダリウスの酒の肴と化した。
「写し現れたドッペルは勝手に動き喋る。そして彼らは同時に、己の中に存在している意識的なものから潜在的な欲までもを体現していると言われている」
「それって、ボス戦から帰還するときも起こる現象なんですか?」
「いいや、死にもせずボス戦から帰ってくるのに写し鏡に会った話は初めて聞いたなぁ〜」
「そうですか……」
「リアム、お前女装にでも興味あるのか?」
「は?」
「いや何、さっきも言ったが写し鏡は己の魂をダンジョンが映し出した鏡の中の魂。噂を取りまとめれば、鏡の魂は魂魄に刻まれた本人も気づいていないような欲や本質を映し出すわけだ。つまり──」
「ないないない! 絶対ない!」
酒でテンションが上がってきたのか、いや、彼は素面でもこんな調子か……煽りが過ぎる。
「「「……ゴクリ」」」
「エリシア、それにミリア、レイア、フラジールにティナまで。一体今、何を想像したのかな?」
「あ、フラジールそっちのお皿とってくれない?」
「はいミリア様……すみませんがこれ、ミリア様に回してくださいますか?」
「いいわよフラジール」
「はいティナ、お肉ね」
「ありがとうございますレイア」
……まあ、いいか。
みんながすっとぼけるのなら、放置で。
「あとそのリム子は初め懺悔していたんだろ? もしかしてお前、誰にも言えないような秘密でも隠してんのか?」
──ドキッ!
「おっ、その顔はさては図星だな? おいほら、ここだけの話吐いちまえよ……大丈夫、アイナさんには黙っといてやるからさ」
放たれた予想外の不意打ちに図星を突かれた。
一瞬の震えとともに、その緊張を表情に出してしまった。
不覚だ。
そして、心の中で自分の不甲斐なさを後悔する。
それはもう、リム子というダリウスのふざけた呼び名(仮)にツッコミを入れる余裕もないほどに。
「皿でも割って隠したのか? それとももしかして……コレか?」
ニヤニヤとウザったらしい顔で、小指のたった手を差し出した意味深なジェスチャー。
──ドン!
──ガン!
左手にズラッと並ぶ女性陣の一角、ミリアとエリシアの座る席の方から大きな物音が。
「あわわ……」
「み、ミリア? え、エリシア?」
その音とは、二人がフォークを持っていた手を机に叩きつけた音で、その無言の圧力に側にいたフラジールは狼狽し、レイアは二人の名を恐る恐る呼び、ティナに至っては青ざめて全身をプルプルとさせていた。
「だ、ダリウスさん悪い冗談はよしてくださいよ〜」
「あ、ああ。幾ら何でも揶揄い過ぎたな。悪かった」
これには、僕とダリウスもたじたじであった。
先ほどまで賑やかだったが故に、顔に影がさした二人のインパクトというものは相当だった。
「食事中にごめんなさい。偶然、机の上に虫が、いたもので」
「私も今、虫のようなものが視界に入ったのだけれど、逃げられちゃったみたい」
「それは残念ね。次に見つけた時は必ず仕留めましょうエリシア」
「そうね、ミリア」
「おホホホホ」
「うフフフフ」
……で。
『『『こえぇー……』』』
この時、同じテーブルに座っていた男性陣全てが、総じて同じ感想を抱いていたという。
「で、明後日から放課後はみんなでエリアCに行くことになるんだけど」
「この日とこの日は夜にパーティーがあるから無理だけど、それ以外だったら」
「一応念のため、私の方でもマリア様に確認しておきますね」
「ゲッ……」
「ふふ、ミリアったら『ゲッ』て」
「レイアあなた年下でしょ!それならもう少し私への尊敬を──」
「クスッ」
「てぃ、ティナまで! もーフラジール!」
「ご、ごめんなさい……、でもマリア様からミリア様のこちらでのことを頼まれているので、ご容赦を」
酒場の活気もありなんとか場の空気も回復した。
「はぁ……ダリウスさん。そんなんだから、職員にもうざがられるんですよ?」
「な、なにぃ!リアム、このスーパージェントルアダルティーマッスルを捕まえてウザいとは聞き捨てならんぞぉおお!」
「つまりそれだとダリウスさん=筋肉ということでいいんですね?」
「ん? いや俺は人げ……いや、マッスルか?」
本当、お酒の力とは怖いものである。
こんな訳のわからない会話が成り立ってしまうのだから。
「あれ、そういえばラナがいない……」
いつもはなんだかんだ一番うるさそうなムードメーカーのラナが場にいないことに気が付いた。
いつの間に……一体どこに?
「ああリアム、ラナなら」
「ほら、あっちだ」
男同士静かに食事を楽しんでいたウォルターとアルフレッドが、店内の、別のテーブルの方を指す。
「オラー! つまみを持ってこーい!」
「どうぞお嬢」
「いいぞ!ほらオレのつまみもやろう!」
「私のもどうぞ!」
騒がしい店内の中でもやけに騒がしい集団がその一角に、彼女はいた。
「よぉ〜し同士達! じゃんじゃん献上品を持ってこーい!」
「「「おーう!」」」
テーブルを囲む大人たちの集団の真ん中で、高々と手に持った樽ジョッキを天井に掲げている。
そう、酒場の空気に当てられて、いつもより活発化したラナがいつの間にか、ちょっとしたコミュニティを築いていたのだ。
仕事終わりのギルド職員や荒くれ者が多い冒険者たちさえも従えて、悪ノリしている調子の良さ……いや、ラナのあの人懐っこさと明るさは、彼女の良さだ。
きっとその彼女の性格がなせる技で、周りのみんなを巻き込む力を生み出しているのだろう。
「ふむ。私はこの店で一番良いジュースが飲みたいぞ!」
「へへー、仰せのままにお嬢。……こちらが、この店で一番上物のフルーツミックスになります」
「はっはっは! よし、それじゃあお前には褒美として、『リアムと一日デート権』を進呈しよう」
「!……ありがたき幸せぇええ」
・
・
・
ん?
「じゃあ今度は店で一番上物の肉だ! これを献上したものには『リアムが一晩添い寝権』を与える!」
「うぉぉー! ウェイトレス! 今すぐこの店で一番上等な肉を持ってこい!」
「ちょっとあなたはさっき『一緒にお買い物権』もらったからもういいでしょ!ここは私に譲りなさいよ!」
「なんだと! いいやこれはお嬢を喜ばせることができたものが得る権利だ! それに──」
「「「なによ!」」」
「「「なんだよ!」」」
ちょっと待って。
本当に状況が理解できない。
「スー……はー……」
ここは一度落ち着いて、冷静な思考で状況を見極めよう。
なに、ほろ酔いのダリウスと会話していたせいで、僕の思考回路が少しバグを起こして──。
「はっはっはー! な〜に私はあいつの姉の代わりだもんね! だから私が頼めばリアムは逆らえないのです!よって私が許す!」
「「「ウォォォォ!」」」
深呼吸も虚しく聞こえさせのは、どんどん悪化していく秩序と安寧が崩れていく音……主に僕の。
「許すかー!」
「ぎゃー見つかった!」
「本人のいないところで勝手に何やってんの!」
「てへッ! つい魔が差して」
「てへッじゃないよ! 大体この人たち誰さ!」
僕の思考がバグっていたわけではなかった。
身の危険を感じた僕は、すぐさまその馬鹿騒ぎを止めに入った。
「リアム様だ……」
「リアム様が降臨なされたぞー!」
「「「キャァァァ!」」」
黄色い歓声が上がって場の雰囲気はますます白熱する。
それにしても、降臨て……。
「お、落ち着いてください! まず初めに断っておきますが、このお調子と僕は血の繋がりもなく──」
「ヒドい! 私をお姉ちゃんと呼んだのは遊びだったのね!」
「お姉ちゃんと呼んだ覚えはありません! ていうかお姉ちゃんで遊びっておかしくない!?」
「テヘヘ〜、ついノリで」
「おい!」
なんとか熱を冷まそうとするが、隣のラナが邪魔だ。
「私たちはリアムファンクラブの者です! たまたまコンテスト観戦後のオフ会をしていたらラナ様と居合わせて──」
「今日の戦闘も観ていましたリアム様! 今回は前回のボス戦に比べて派手なご活躍はありませんでしたが、あいも変わらず素晴らしい魔法の才に加え、東洋の珍しい武器を使った剣技が大変見事で──」
「是非、オレと一度手合わせ、いや、稽古を──」
「ちょっとまたあなたですか! 何度横入りすれば」
「お前こそ、でしゃばりすぎなんだよ!」
「それならリアム様に最初に話しかけた私のセリフです!」
戸惑っていた数秒で再熱する混乱のなんたる乱れ具合よ。
「にーげろ〜!」
「ちょっ待っ! これどうすんの!」
全ての元凶であるラナが、隙をついて逃走した。
「もしよろしければ、こちらのテーブルで今日のお話を!」
「冒険者談義を!」
暴徒と化しかけている客(?)が迫ってくる。
誰か、助けて……。
「待ちなさい! これ以上リアムに近づこうっていうなら──」
「この公爵家長女ミリア・テラ・ノーフォークと!」
「ブラッドフォード家のエリシア・ブラッドフォードが許さないわよ!」
「……ミリア……エリシア」
僕は、その小さくともあまりにも頼もしすぎる背中に見惚れた。
それはもう恋する乙女のようにウルウルとした瞳で──。
「僕にそっちの趣味はない!」
危ない危ない。
あまりの二人のかっこよさに、乙女落ちするところだった。
「お姉ちゃ〜〜ん!」
「顔が怖いよ。レイアはもっとこう笑っていた方が可愛い」
「はいスマイル♡」
「笑ってない! いや表情は笑っているけど心が笑ってない!」
実妹レイア指揮の元、逃走したラナを捕縛するべくフラジール、ティナ、そして迫るレイアによって包囲網が築かれていた。
「だっはっはー、愉快愉快! やっぱりリアムは面白れぇよ!」
その光景を、ダリウスは樽ジョッキ片手に机をバンバンと叩いて笑っていた。
「へぇー。珍しく連絡だけ残して消えたと思ったらその情報も嘘で? 商業区の酒場をしらみつぶしに転々とさせた挙句に、やっと見つけたかと思えば困っている後輩を助けるでもなくただ見物ですか……」
「は……」
爆笑もつかの間、背中に感じた酒で火照った体の芯までも凍りつくような寒気が、ダリウスを襲う。
「ウォルターくんアルフレッドくん。今日は俺のおごりだからな。さあもっと盛り上がっていこうじゃないかッ ──カハッ! 締まりかけてる! いや絞まっているぞハニー!」
「その名前で私を呼ぶなー!」
「そんな! 妻なのに!」
「それ以前にあなたはギルド長で私は副ギルド長です」
「そっちが優先なの!?」
「当たり前でしょう。全く次から次に姑息な手を使って! その悪知恵に使う頭があるのなら、会議や執務でもっと活用されたらどうですか!」
そんな見え見えの小芝居をハニーが汲み取るわけもなく、ダリウスの服の襟を掴んで彼を強制連行していく。
「あなたたち! 今こそリアムさんに日頃の恩義を返す時です! 加勢して差し上げなさい!」
「「ハッ!」」
おそらく、ダリウス捜索のために一緒に駆り出されていたのであろうお供のギルド職員に、ハニーが暴徒と対峙するこちらの加勢を命じていく。
「助太刀しようお嬢ちゃん達!」
「じゃあ俺たちゃーこっちな!」
「「「コォー」」」
「「ダァーーーッ!」」
遂に火蓋切られるリアム争奪戦の第2ラウンド、”半ゾンビ集団 vs 騎士達”。
ゾンビ達と騎士達の中には、周りで観戦していた客の何人かが合流し始めている。
ここにいるのは大抵が、日頃からスリルを求めてダンジョンに潜る冒険野郎どもだ。
「じゃーんけーん」
「ギャハハ何よその顔!」
「はっはっはー勝利!」
「グハッ、やられた」
意外にも、平和だった。
酒が入っている者がほとんどのせいか、勝った時負けた時のリアクションもみんなかなりオーバーだ。
「腕相撲で俺に勝つなんざ百万年早いわ!」
「秘技白鳥の舞──採点は!?」
『2点』『3点』『ゴブリンの舞』
「ゴブリンの舞って何よ!」
あっち向いてホイから変顔対決、腕相撲から踊り対決まで、まるで子供の遊びのようなスポーツといえば聞こえのいいような……一応、ここがギルド内というのもあるのだろう。
「なぁアルフレッド」
「なんだウォルター」
「あいつってこれからどういう未来を歩くいていくのかなー」
「わからん、想像もつかない」
「だな」
「だがそれが楽しみでもあり……」
「恐ろしくもあるな」
彼は語る。今目の前で起こっている戦いの渦中にいる、同じパーティーの仲間の将来を。
もう一人は語らう。彼のために戦う人があれだけいるのだ。
であれば、それは俗にいう女難というものなのだろう。
愛とは幸せであり、しかし行き過ぎた愛は厄にも災いにもなり得る。
あれだけ彼に熱中するものが同じパーティー内だけでも2人、更に予備軍が3人いることは間違いないのだ。
『『とりあえず、尻には敷かれるんだろうなぁー……』』
二人は悟った。
まるでお姫様のように守られている彼を見て。
きっと彼は、その内の誰かと結ばれるのだろう……確率は限りなく高く、結ばれた後のこの見解に関しては、十中八九疑いもない。
彼は女性に対して、どうも物腰が低いというか甘いのだ。
「って、僕もうかうかしてられないじゃないか!」
だがここで、男の一人が自分の怠慢に気づいて立ち上がる。
そう、彼の思い人もその予備軍の中に入っていたからだ。
「助太刀しよう!」
「アルフレッド!」
「なに、今更!」
「エリシアよ、男にはやらねばならぬというときが──」
「きゃあ!」
「フゴッ──!」
「あ、デジャヴ」
「まさか私のアルティメットミリアパンチにビクともしないなんてなんて肉厚」
「なんで籠手を顕現させているのだ!」
「バカね〜、ハンデよハンデ! 心配しなくても魔法は出さないから!」
「お前一応公爵令嬢であろうが! それが領民に対し武具を持ち出すなど──!」
「戦いに、身分も家名もないってお父様が言っていたわ」
「そんな馬鹿な……」
飛び出した男、もといアルフレッドは参戦して早々に、交互に相手を押して先にバランスを崩したら負け的なゲームをしていたミリアのよろめきに被弾して窮地に追い詰められる
「ははは……一人になったわ。お姉さん! エールもう一杯!」
そして、テーブルに残された男、もといウォルターは、その賑やかな光景を肴に、酒を楽しむ。
遠慮するなと言われて注文したものの、らしくもなく、酒を飲めない仲間達にちょっとした疎外感を覚えてしまい実は最初はそれほど美味しく楽しめていなかった。
「はぁー、うまい!」
その枷から解き放たれ、美味しく酒を飲む。
これも馬鹿騒ぎする仲間達に感化されたおかげだ。
その後、酒で気分も酔い始めた男も戦いに参加し、騒ぎは夜中まで続いた。
しつこいようだが、パーティーメンバーの8人に7人は未成年者の少年少女である。
であるからして騒ぎも納まりを見せた頃、迎えにきた保護者たちにこってり絞られたことは、言うまでもない。




