61 閑話 ナノカ
──ギルド長室──
キング討伐を達成してから1週間、ギルドから呼び出しをくらった。
しかし、僕だけではなく、ウィルとアイナも一緒とはどういうことだ。
「ごめんなさいリアムくん! 私あなたの個人情報を漏らしちゃって」
「つまり父さんと母さんの息子だってことをポロっと言っちゃったってこと?」
見知らぬ同年代の少女から謝罪を受けていた。
ナノカと紹介された彼女はコンテストの実況係、ボス戦時の僕たちのパーティーの実況を勤めていたらしく、その時勢い余って僕の個人情報をポロッと漏らしてしまったらしい。
「ならそこまでの問題はないんじゃないですか? 別に僕が父さんと母さんの子供だってことを隠しているわけじゃないし」
ギルド長室まで呼び出されて泣きながら謝られるほどの問題があるのかと首を傾げてしまう。
そりゃああれだけ派手にやらかした手前、家族の情報が漏れたのは少しいただけないが、街の中で今までもウィルとアイナとは一緒に何度も出かけているし、そんなことは今更だろう。
それに、ウィルとアイナはこそこそ僕との繋がりを隠さないといけないようなそれで体裁を悪くする人たちではない。
僕にとっては強く、優しい自慢の両親だ。
「それにその剣狼? というのと、炎獄という名前については僕も詳しくはわかりませんが、昔父さんと母さんがレイア達のご両親やリゲスさんとパーティーを組んでいたというのは聞いたことがあります。でもそれも10年以上も前、であれば息子の僕より、どちらかというとより当人である父さんと母さんに謝罪して許してもらう方が適切なのではないでしょうか」
漏洩の件にはあえて一歩引いた立場から話を進める。
先述した通り、二人は僕の自慢の両親であるし、裁くにしろ罰するにしろ、適切な判断を下してくれると信じている。
「ウィリアムさんいいのか? コイツ事の重大性について全く理解してないっすよ?」
「しょうがないさ。隠していた俺も悪いからな。今はスルーしておこう」
僕とナノカの出会いの隅でこそこそと、そんなことを話していたウィルとダリウスのことは知らなかったフリをしよう。
「とにかく、僕にとっては自慢の両親なわけです。であればそうですね……もし……もし僕の家族にこれで危害が及ぶようなことがあれば国、いえそこまで広義的には捉えずとも、この街でも相当な権力を持つギルドが、反対勢力から家族含めて全面的に守ってくれるんですよね?」
「末恐ろしすぎるぞ、お前……最近可愛げがなくなってきたな〜」
圧力をかける僕本人の前で感情を隠すことなく愚痴るか。
歯に布着せぬ物言いでこちらの方が安心といえば安心なのだが、僕はそんな感情ダダ漏れの態度をとるダリウスに、ナノカよりこっちの感情制御を鍛えた方がいいのではないかと心配になる。
「『失敗は成功の母』という言葉があります。例え99回失敗しようとも、その失敗はその後に訪れる1回の成功へと繋がっている、失敗してもその原因を追求して次に昇華していけばいいんです」
少し得意げに、未だしょげているナノカに向けて発明王の言葉を引用してエールを送る。
これからは良い意味で、彼女とは二人三脚になるのだ。
であれば、このくらいのフォローが適切だろう。
しかし、ナノカは申し訳なさそうにしながらも、こんなことを言う。
「あの、流石に99回も失敗するとこちらとしては立つ瀬がなくなってくるんですが……」
「ナハハ! いやそうですよね!その99回というのは極端な比喩で要は今回の失敗は取り返せる失敗であるということを言いたかったわけで、新人同士頑張りましょうというか、ナノカさんにはこれからもお仕事を頑張っていただきたくですね!」
「こらナノカ! リアムくんが気を使ってくれてるってのにわざわざ揚げ足とるんじゃない!」
「だってニカぁ〜」
「嫌だなぁ〜そんなに真正面から取られると照れるというかハハハハ」
良いことを言おうとした僕はその後の体裁を取り繕うのに精一杯だった。
格好つかないなぁ〜。
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「そういえばリアム。お前、ファンクラブできてるぞ」
場も落ち着きを取り戻し、ニカとナノカが部屋から退室した後、執務を再開しつつ書類に判を押すダリウスの口から、ポロッとそんなことが告げられる。
僕はそんな彼の右腕、副ギルド長ハニー・ドッツの入れてくれたお茶を片手に硬直する。
「そういえばそうだったな。パピスちゃん元気かなぁ」
「ウィル?」
「はいッ! 特に深い意味はありません!」
「よろしい」
隣で一緒にお茶をしていたウィルとアイナも、ファンクラブのことを知っているようだった。
「最近そっちの担当から愚痴を聞かされてな。いやなに、お前の預かり知らぬことだと今の反応を見ればわかるし、どうにかしろというつもりはないがな」
次々と、副ギルド長が机の上に積み上げていく書類を片っ端から片付けていくダリウスよ、視野を書類に限定しつつ話すのはやめてほしい。
今こそ、いつものサボり癖を発揮する時だよ。
お願いだからこっち見てちゃんと話して。
「リアム、お前帰りにでも集会課の方に顔を出して担当者たちを労ってやってくれないか? 」
「はぁ……それにしてもなんで僕が……」
「いけばわかる」
いけばわかるとはなんとも無責任な。
面倒ごとではないだろうな。
「わかりました。それじゃあ今日帰りにでも寄ってみます」
「失礼します。話も弾んでいるところ申し訳ないのですが」
「これが弾んでいるように見えるとかやっぱお前」
──キッ!
「いやぁ〜さすが副ギルド長!よっ!秘書の鏡!」
「ですよね。この仕事は私の天職のようなものですから……ね゛!」
「はい。大人しく仕事します」
ダリウスの隣で、積み上がった一つの書類の山を別の机に運んだ副ギルド長から、僕に声がかかる。
「まずはこれです。中級冒険者証のシルバープレートの贈呈と、リアムさんの口座の開設が終わったので、その書類の控えです。また、ご用命いただいた通り、アイナ様の口座に金貨3枚分のお金を振り込んでおきました」
渡された1枚のシルバープレートと口座開設の旨が記載された紙。
一般的に中級冒険者は、オブジェクトダンジョンの一定難度の試練を達成することで得られる称号として知られている。
ケレステールでは、エリアCのボス、オーク達の群れを討滅することでステータスに称号が得られる。
一方で、ギルドから、危険度B同等か、それ以上のモンスターを倒す実績が認められることで、シルバープレートを受け取ることができる。
その時々によって実質レートは変わるが、エリアCのボスも、ギルド基準としてBランクと定められている。
今回ギルドは、難易度を精査し、キングトードの危険度をAレートと推定した。
したがって、シルバープレートの授与が、チームロガリエに裁定された。
これが、エリアGとかになってくると、単独討伐非推奨のSランクモンスターがわんさかいるらしい。
そして、ケレステールのラストボス戦モンスターは2匹、1匹は過去に討伐されたことがあるためSS、しかし、もう一匹は未だ討伐実績なしのSSS、攻略者が現れていないことから、ラストボスの挑戦難易度はSSSランクとなっている。
恐ろしい。
とまぁ、先のことは置いといて、早く、ステータス称号も手に入れておきたいところだ。
ステータス称号とギルド認定の2つで一人前、勘合のような関係にある。
ステータス称号の中級冒険者は実力は保証し、プレートの提示は世間の信頼を補う。
「ありがとうございます、ハニーさん!」
「これからはギルドカードをご提示をいただければ、窓口から貨幣の預け入れも引き出しもできますので、存分にご活用ください。それから、こちらをどうぞ」
「ッ! ありがとうごさいます、ハニーさん!」
もう1枚、ハニーに別途で頼んでおいた件が済んだ証明の証である紙を受け取る。
ホント、お願いした仕事もぬかりなくこなしてくれる信頼のおける人だ。
「いえ、いつも旦那が迷惑をかけている分の礼だと思ってください。それでですね、その……名で呼ばれるのは気恥ずかしいので、いつも言っていますが……」
「あ、はい。ありがとうございましたドッツさん」
「はい。どういたしまして」
彼女こそ、今、目の前で執務に追われているダリウスの奧さんにして、唯一彼を御せるこのギルドになくてはならない貴重な存在なのだ。
本当にいい人だなぁ〜ハニーさん。
優しくて気配りできて綺麗な人だし、本当、どうしてこんな優秀な人が側にいながら、ダリウスが度々ギルド長室から逃げようとするのか。
謎だ……。
この時はまだ、僕は、ダリウスの執務とその仕事の中心に身内がいる心の重責を理解できないでいた。
「はぁー……本当にそれだけ短期間で稼いでしまったんだなリアムは」
「確かリアムの話だとこの半年で白金貨10枚も稼いじゃったみたいよ?」
「ブッ!は? それは聞いてないぞ!?」
「だってウィルったらそういうお金のことは私に任せっきりでしょう。だからあの子に負けないように、あなたも頑張って働いてね。私、今欲しい服があるの」
「母さんこれ!」
「よかったね。これでティナちゃんも寂しくないでしょう」
「リアム、そのだな。実は俺も前から商いに興味があってだな……いや、よかったなリアム!……トホホ」
マネーと物欲のぶつかる波動を感じる。
──ギルド支部内受付、1階──
帰り際、ダリウスに言われたままに、ギルド1階にあるノーフォークのあらゆる団体の管理を担う集会課の窓口に来ていた。
アイナとウィルには先に帰ってもらった。
2人してマレーネのところに寄る用事もあったらしいし、なんか小っ恥ずかしかったのだ。
「次の方ァ〜どうぞ〜」
「はい」
「り、リアム様ぁ!? アテッ!」
「あの、何やら僕のファンクラブが知らぬ間にできているらしく、その会の代表者や団体の確認をしたいのですが……大丈夫ですか?」
立ち上がって机の淵に膝をぶつけて蹲る、受付の女性よ、大丈夫なの。
「は、はい大丈夫です……ご用命は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
受付さんは未だぶつけた膝をさすりつつ、受付票の作成に取り掛かった。
プロだ。
この姿勢をクロカさんに見習わせたい。
「ところで受付さん、ギルド長からその、僕のせいで色々と大変だと聞いたんですが」
「ああ、リアム様のせいではありませんよ!ファンクラブの方はまぁ……そうなんですが」
勢いが、特に後半の勢いが急激に失速してしまったことについて、ヒジョーに気になる。
というか、さっきから、受付のお姉さんだけではなく、奥で事務作業をしてる職員さんとか、周りからチラッチラと視線を感じる。
「そうですか。では今はお言葉に甘えさせていただきますが、何か不都合が発生した場合はお知らせください。出来るだけ、ご協力させていただきますから。それにしても、さっきから窓口の向こうの職員さんがチラチラと僕の方を見ているみたいなんですが」
「そうですね。彼らもみんなリアム様のファンクラブの一員ですから」
胸を張られても、反応に困る。
社交辞令にしろ、和らげた不快感に白、不穏な動きは把握しておきたいだけなのに、こちらの意図などまるで伝わってない。
それどころか、なんとも誇らしそうというか、キラキラと輝いていた。
「まあ私も入会しているんですがね!というわけでリアム様! 勤務中不躾、無礼は承知でありますが、是非握手だけでもしてください!」
「えぇ!? まあご迷惑おかけしているので握手くらいなら……えぇ!?」
カミングアウトからの握手求められて、遅延くらって二度驚いた。
「そう驚くことではないですよ。ここにいる私含めて、前から私たちはリアム様のことを存じ上げていましたし、ここ1週間毎日のようにファンクラブの設立申請や加入申請にくるファンとはまた別の理由から、リアム様を応援させていただいています」
「おかしくありません!? 本人の知らぬ間に一体どれだけ加入申請きたんですか!? 」
お姉さんの説明を「あ、そうなんですね」と、素直に受け取ることはできなかった。
キングを倒したことで多少なりとも印象に残るようなインパクトをあの日、コンテスト観戦者の人々一部に与えたのは事実なのかもしれないが、反響が大きすぎる。
「それがですね……そうですね、リアム様は今、ご自身が巷でなんと呼ばれているかご存知ですか?」
「いいえ。この1週間、諸事情によりほとんど外出していなかったもので」
僕はお姉さんの質問にNoで答える。
そう、ここ1週間は朝から晩まで、自身の装備を作るための裁縫に追われていたのである。故に今日呼び出しを受けるまでほとんど外には出ていなかった。
「トード殺し、執行者に怪物新星、凍てつく咆哮とか……」
巷では様々な呼び名が飛び交っているらしい。
まだルーキーで呼び名が定まっていないとはいえ、少しバリエーションが厨二……酷い方に偏っている気がするのは偶然だと思いたい。
「特に多く見受けられるのはこの二つ、小さな賢者と年上殺しのリトルウルフですね」
「あの、なんか2つ目のそれ、ニュアンスおかしくありません?」
「ああごめんなさい。これは一部の加入申請に来た女性ファンがキャーキャー言っていたのが耳に残っていただけで、本当は狼の子供のリトルウルフでした」
「でも、一部では言われてたんですね……」
ガクリと肩を落とさずにはいられない。
昔のウィルを知ってる人たちが、悪ノリでもしたのだろうか。
昔の炉を再燃させるというのも、アリか……アツい展開かも。
「本当に、ご迷惑おかけしてばっかりで」
「とんでもない。私たちギルド職員は、リアム様に皆、とても感謝しております」
「感謝、ですか?」
「リアム様が来る前は、副ギルド長から逃げてきたギルド長が隠れるのに、無闇矢鱈とどこかの課に匿って欲しいと侵入してきていたのですが」
あの人ここのトップなのに、職場侵入とは。
「あっ、勘違いないよう申し上げると、私たちにも忠誠心はあるんですよ。息抜きが目立ちますが、発散方法に比して仕事量も私たちの比ではない量をこなされてますから。でもですね、最終的に、職員の申告によって副ギルド長に見つかり連れていかれるわけですが、如何せんその間どうしてもギルド長が大人しくないというか、『最近の調子はどうだね』とか職務中に上司だからとそれっぽいこと訪ねてきて、その……」
「邪魔だったわけですか」
「はい!うざかったのです!」
再び、勢いよく席から立ち上がって拳を握るお姉さん。
今度は膝はぶつけなかったようだ。
よかったね。
「しかしリアム様が来てからというもの、その回数も劇的に減り、終業後に憩いの酒場で愚痴を聞かされることもなく、私たちは仕事に打ち込めるようになりました」
そして、スッと右手が差し出される。
「僭越ながら、僕なんかの手でよろしければ……」
「はぁ……まだ小さいお手手なのですね。可愛い……こんな子に私たちはギルド長を……でも」
お互い片手で握っていた手に、もう片方の手が僕の手を優しく包み込むように添えられて背中がゾッとしたと思ったら、嫌悪が同情に変わるほどの闇が見えた。
いい人なのかヤバい人なのか、ギルドの職場環境が心配になる。
「くそぅ、羨ましい!」
「職務中でなければ……その手洗うなよ!後で間接握手するんだからな!」
後ろでは、職務を全うするする職員の面々が、まるで血の涙を流すように悔しがる姿が痛々しい。
間接握手ってなんだ間接握手って。
おいそこ、なぜにハンカチを噛む。
「はい。これがリアムファンクラブの管理書の写しですね」
「ありがとうございます」
その後、無事に登録してあるファンクラブの概要、設立者や設立目的の基本情報の書かれた紙の写しを手に入れた。
手続き含め、必要事項だけを抜き出した手書きによるコピーだが、お姉さんと話をしていたせいか、思いの外、早かった。
その用紙にサッとだけ目を通し、設立者名の欄に書かれていたパピスという聞き覚えない人物の名前に不安を覚え、その横に書かれていた働き先の欄に書かれていたテーゼ商会の記載を見て絶句する。
……この後の予定が決まった。
「ではこれ、よかったら皆さんで召し上がってください」
「これは?」
「チョコレートです」
普段から苦労している集会課職員のストレスを少しでも軽減したい、もとい、根回ししておこう。
交換所で手に入れた20個チョコが入った箱を5箱取り出す。
「ちょちょちょチョコレート!? そんな高級品をしがない事務員である私共に!?」
「そんなしがないなんて。実は先日、これをとても安く入手する機会がありまして、大量に購入したのですが一人では食べきれなくて」
「こんなにたくさん……グス」
「お姉さん?」
鼻をグスッと啜るほど喜んでもらえるとは、就業時間が終わってからでも、みんなで分けて食べてくださいね。
では、僕はこれで……あっ。
……ゴーン……ゴーン。
外から、町中に響き渡る教会の知らせるお昼の鐘の音がギルド建物内にも届いた。
「ちょうどいいタイミング! よし、みんなリアム様からの差し入れよ! リア充じゃない人間から取っていきなさい!」
「あ、ずるいですよ先輩! 最近忙しすぎて彼氏に見限られたからって自分だけ!」
「いいんですぅー! 私はリアム様の応援と仕事に生きるって決めたの!」
「いつですか!!」
「今!」
「子供か!」
鐘が鳴り終わる前には、受付の窓の向こうでチョコレート争奪戦が始まっていた。
これから昼休みか。
しかし心なしか、集まってきた人が多いような気がする。
「あなた庶務課でしょ! これはリアム様が私たち集会課にくださった差し入れ、こら住民課!」
「ギルドの働き方の基本は助け合い! 今週忙しそうだったあなたたちのサポートに回った他部署もこの差し入れを受け取る権利がある!」
「そうだそうだ!」
昼休みに入った他部署からも、チョコレートの存在を嗅ぎつけた職員たちがやってきたようだ。
「そんなの屁理屈よ!」
「いいえ事実よ!」
あっという間に次々と箱に入っていたチョコレートが消えていく。
なんて欲望に忠実な人たちだ。
この人たち、やっぱりダリウスの部下だ。
それからしばらく、僕はチョコレート戦争に圧されていた。
「……はっ!みなさん落ち着いて! 全員に一つずつ行き渡るようにチョコを追加しますから!」
ほとんど空になってしまった空き箱をなお奪い合い、それに加われずに外から悲しそうな目で見つめる職員さんたちを見ては、慌てて追加分のチョコレートを亜空間から取り出す。
「あらリアム様……もぐもぐ、弱者に対するお気遣いは無用ですわよ。それより私とも握手を」
「ずるい!リアム様、私、住民課独身のスミカと申します。以後お見知り置きを」
「何自分の交際関係まで自己紹介までしてるの! あ、リアム様、私は監査課の」
「じゅ、順番に!」
チョコレート配布会&握手会は次の昼休憩終わりの鐘が鳴り響くまで続いた。
あの目的を達するための直向きさ、そして次の目的に向かって突き進む職員達の姿勢はすごい。
生き生きしてた。
なんだかんだ、いい職場ではあるのかなぁ。
「また……交換所行かなきゃ」
そうして、嵐のような昼休みを過ごして一人、次の目的地テーゼ商会に向けて足を動かしながら、亜空間の中に手を突っ込んで貯蓄分のチョコレートが確かに空っぽになってしまったことを確かめてガクリと肩を落とす。
そりゃあチョコレートは高級嗜好品で庶民では手の届かないような品であるからして、争奪戦を起こす気持ちもわからなくはないし、別にチョコレートを全て消費してしまったからって自分から差し出したものであるからそこにグチグチケチをつけるつもりはない。
──テーゼ商会──
「あ、いらっしゃいリアム君」
「こんにちは店長。ところで突然ですが、自称リアムファンクラブ会長の方はいらっしゃいますか?」
「ああ彼女だね。いま裏で休んでるよ。おーいパピス君! お客さんだよ〜!」
しかしなんだ。
自分から言ったこととはいえ、自称リアムファンクラブ会長で話が通ってしまったことに疑念が募る。
「なんですか店長、せっかくの休憩を。私は今、リアム様ファンクラブのグッズ製作でいそがし……ぎゃ──ッ! リアムさ……」
表に出てきて僕の顔を見た瞬間、鼻血を出しながら幸せそうな表情を浮かべてその場でパタリと倒れる。
突如として倒れた彼女の表情は、それはもう幸せというか、とにかくニヤケながら鼻から鼻血をタラタラと流していた。
チョコレートは渡していない……渡せるものか。
『お前か──ッ!』
すっごい見覚えのある人物に対して心の中で叫びつつ、襲ってきた頭痛に頭を抱えてうずくまる。
「そんなところでかがんで見てもパピスくんの下着は覗けないのでは? もっとこう直接布をめくらなければ」
「何言ってるんですか店長!! そうじゃないでしょう!?」
「フフフフッ、冗談だよ! 僕も君のファンクラブ会員番号第2号だから、多少のお茶目には目をつぶってね☆」
キラン☆としたキメ顔とともに、ウィンクを送られても。
「あんたもか──ッ!!!」
「それはリアム君は我が商会の秘密兵器だからね。テーゼ商会ノーフォーク本店をあげて君の応援をさせてもらうよ」
「ニヘヘ、リアム様ぁ〜」
「ハァ……森に帰りたい」
なんか、ふと言いたくなった言葉だった。
「何言ってるんだい? 君のお家は居住区2ーAー1だろう?」
なんと言うことだろうか。
ファンクラブのトップとナンバー2は僕の住所まで知っていた。
……バリバリの知り合いだった。
「もう頭痛い。彼女には後日、また尋ねるとお伝えください」
「はいはぁーい。またね、リアム君」
なんとか絞り出した約束の取り付けを店長に頼み、僕は重い足取りで家へ帰った。




