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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第2章Cerester
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「ここは……さっきのは……」


 左右を見渡す。

 周りは薄明るく、目の前には一際、明るい光が差し込む出口のような空いた穴がある。

 次にどうすべきか、なによりも優先されたのは、ここがどこかなんていう疑問は一旦頭の隅へと追いやって、先ほどの現象について考察だった。


『双子……バニシング・ツインか!?いやでも彼女は僕よりも成長した姿だったし、そもそも意識の共有なんて……』


 バニシング・ツインとは、まだ母親の胎内にいるころ、双子を妊娠したものの片方の育ちが悪く、もう片方の胎児に吸収されて育った方の胎児のみが生まれてくるというものだ。

 だが自分の知る限り、吸収された方の意識が母体となった誕生した子へと影響するなんて結合双生児ではあるまいし、聞いたこともない。

 彼女は今の僕よりも大人で、それも女性だった。

 仮に僕の前世の精神年齢からその容姿を算出するならば、もっと歳をとっているはずだ。

 もし僕の魂がこの体に宿ってしまったせいで生まれてくるはずだった女の子が、僕の魂が優位となってしまい、更に性転換への影響まで与えられるほどの優位性を魂が持っているとして、その子を排他してしまったという突飛なifを考えてみても、辻褄が合うことはない。

 転生者として魂の存在は否定できないが、運命など、僕は信じないからだ。

 悪夢など偶に見る。

 夢なら夢だ。

 もしくは──。


「イデア?」

「はい。なんでしょうか」


 少し遅れて、返事がくる。

 声は今まで彼女から聞いたこともない、眠そうなうつら声だった。


「ここはどこかな」

「話に聞いていたリヴァイブの門がある生還の間では。後ろをご覧ください」

「これがリヴァイブの門……」


 後ろを振り返ると、そこには10m以上あるのではないかという、とても大きな柱が2本そびえ立っていた。


「なんか不気味だ」


 寒気がする。

 理由はその柱の間を揺蕩う煙草の煙のような黒い靄。

 靄が僕の心を揺蕩わせる。

 そこから出てきたはずなのに、長居すれば今度は誰も知らない所への入り口へと吸い込まれてしまいそうな、無闇に触れてはならないと本能が警鐘を叩く危うさを感じる。


 早く出よう。

 きっとみんなが待ってる。


 リヴァイブの門からすぐに目をそらして体の向きを元に戻す。



 

 外に出ると、目を細めなければならないほどの光が襲う。


 騒がしさが一際大きくなる。

 耳を殴るような雑踏だ。

 それほどまでに、生還の間は静寂に配されていた。

 円形広場を埋め尽くす端から端まで人人人。

 生還の間がある建物から踊り場へ。

 踊り場から降った広場は現実との転送陣がある建物とも隣接し、主要なダンジョン街道へアクセスしたり、中央に等間隔で立つ何本もの柱は仲間と待ち合わせをする定番の場所でもあり、円形広場は人の行き交いが多い環状のスクランブルになっている。


「視線を集めている気がする」

「これまで誰も攻略したことがないモンスターを倒したんだからさ。噂が広まるのも早いさ」

「そっか……」


 普段の日常に隠れた特別な噂が、疼いている。

 新しい日常が、直ぐそこまで迫ってる。


「お帰りなさいませリアム様。お待ちしておりました」

「あなたは、公爵城でたまにすれ違う護衛さん」

「はっ! 未熟で若輩な私の顔を覚えていただけていたようで光栄であります! 私は公爵家に仕える近衛隊所属の騎士、ジュリオといいます!本日、これから公爵城で皆様の祝勝会を催す手筈となりました! 皆様のご家族もご招待しております。皆様ご参加のご予定です!」

「わかりました」


 踊り場には、ミリアと僕たちを迎えに来た騎士が一人、控えていた。


「ティナ……フラジールにレイアにも、これはきつかったか」


 視線は、みんなが感じていた。

 ティナが僕の背後に隠れ、フラジールはアルフレッド、レイアはウォルターの側に着いている。

 そんな頭と耳を手で押さえて小さな背中に隠れようと身を縮めているティナを指して、これからどうするのかとミリアに問われる。


「そういえばリアム、その子はどうするの? ティナってスレーブよね?」

「何か問題があるの?」

「『問題があるの?』じゃないって。その子ってこっち側のスレーブ商会に登録された労働奴隷でしょ? だったらあっち側で開かれる祝勝会に連れて行けないじゃない!」


 へぇ……内心驚き、感心した。

 ミリアがティナにそこまで深く気を配れるとは意外だった。

 ティナはメーテール側に拠点を構えるマクレランド商会に登録されている労働奴隷であり、申請書が通らなければ、もしくは、所有者同伴でなければノーフォークに連れ出せないはずだと言う。


「それなら大丈夫。ティナはもうマクレランド商会の奴隷じゃないから」


 ミリアの気遣いへの嬉しさも相まって、ニコリと笑って、心配が杞憂であることを伝えた。


「は?」

「え?」

「へ?」

「そっかそっか! 3人は遅れてきたから知らなかったんだね。実は今日からティナは僕が所有する奴隷になったんだ。マクレランド商会にお金を払って身請け人になった。身請け人といってもティナは立場的に労働奴隷のままだけど」


 僕はつらつらと得意げに胸を張りながら、ミリアに加え、今朝、遅れてやってきたエリシアとアルフレッドに事情を説明をする。

 説明ついでに、ここに至るまでの経緯も回想もしようか。

 あれはティナができるだけ早く社会復帰して、普通の生活が送れるよう支援しようと決めた、カヴァティーナの日の次の夜だった。


「僕が彼女を守れるくらい稼げるようになったら引き取って、しばらく側においてあげていたい」

「リアム……それは人一人の命を背負うってことだ。犬猫、ましてや使い魔を飼うってこととはわけが違うんだぞ?」

「それは重々承知です。僕が所有しようとしているのは一人の人間です。それがどれだけ重くて大変で、逃げることのできない責任がつきまとうかについては、彼女を雇用し始める前からずっと考えていました」

「でもねリアム。じゃあ、あなたはこれから関わりを持って同情してしまった奴隷全員に対して、同じことをしていくつもりなの?きつい言い方をするようだけど、はっきり言ってキリがないわ」

「僕は彼女を友人として、奴隷から解放されても生きていける強さを身につけて幸せになって欲しいと心の底から思いました」


 言葉を慎重に選ぶが、同情の飾りはいらない。

 これは奴隷としてのティナを僕が所有し、家主であるウィル、そしてアイナに家に置いて欲しいとする交渉である。

 しかしこの手の話においてやはり切っても切りれないものもまた、同情の2文字である。

 真摯に自分の気持ちに向き合うも、他から見れば可哀想だと連想してしまえる甘さが、どうしても言葉に含まれる。


「覚悟が足りないわね……」


 やはり僕の言葉は軽かった。

 それでも精一杯の気持ちをぶつけた。


「どうせ家においてあげるなら、家族として迎え入れてあげるくらい、いってあげないと」

「アイナ!?」

「母さん!」


 意外だった。

 ダメかと思ったその時、アイナは僕に抜け道を用意してくれた。

 ウィルも、アイナの切り返しに驚愕する。


「いいのかアイナ……?」

「リアムの気持ちは十分、それに、私だからこそ感じる部分もあったから。ただ条件もまたあります」


 委ねるように、ウィルはアイナに意思を確かめた。


「1. ティナちゃんを所有し続けるためのお金を稼ぐ、または、あなたが成人するまで彼女に支払わなければならない分のお金を用意して、家に入れること。毎日のティナちゃんへのお給料は、私があなたの代理人として支払います。これはティナちゃんの所有者になるリアムに課せられた義務の上に重なる、私たちが親としてあなたに対して持つ義務に課せられるものです」


 1の条件に、首肯して応じる。

 ティナという一人の人間の人生を背負うという責任を再確認し、十分なお金を稼げるようになったからといって、独り立ちしていないうちから無駄金を使い、立場を不安定にするような荒い金使いをするなという念押しだ。

 無闇な金遣いは時に人を不幸にすることを知った上で、有意義に使えるようにしたい。


「2.もう一人の家族であるカリナにしっかり手紙なりなんなりでティナちゃんを受け入れる了承を得ること。お金よりもこっちの方がとても複雑で重要な問題よ。この2つが守れる、あるいは守れたと判断した時、私はティナちゃんを家族としてこの家に迎え入れることを許可します」


 2つ目は、最も根本的かつ忘れてはならない大前提だということを強調しつつ、カリナの許可を取るように言って聞かせる。

 

「わかりました。2つの条件、謹んで承知致しました」


 畏まって約束することを誓い深々頭を下げる。

 その心内では、当たり前のことを条件として明示、再確認させてくれたアイナに感謝でいっぱいだった。


「いい、ウィル?」

「まあいいだろ。二人の気持ちは俺が一番わかってるしな!」

「何よそれ……もうリアムの前で恥ずかしいわ!」


 家族だからな!と、ウィルは胸をポンと一つ叩いて笑った。

 僕はそんな風に、向かい合って笑顔で仲睦まじい二人を見て、……本当にこの家に転生できて良かったと、心の底から思った。

 その後、カリナへの手紙の返事に1枚びっしりと僕の気持ちを書き記した文章を送った。

 もちろんもう一枚、しっかりと送られてきた手紙に向けた返事も書いた。

 返答として、


『リアムが何をしようと私は気にしないわ! べ、別にその奴隷の女の子がリアムに大切にされてるからって妬いてなんかいないんだからね!』


という、かなり意味不明な怪文……ありがたい、お返事をもらっている。

 それから、文の後半の文字線がブレッブレだったのだが印象的だった。

 急いで認めたのだろうか、カリナも新天地で学業に精を出して忙しくしているようだ。

 気にしないと、手紙には書いてある。

 ならばこれを文面通りにとっても問題はないだろう。


「簡潔に話すとこんな感じです。ちゃんと家族の了承ももらっているし、午前中ミリアとエリシアの家に討伐参加の件を伝えるついでにちょっと家に寄って母さんに今日予定通り事が運んだからねって、伝えもした。そして再確認後に、時間の関係で朝に受け取れなかった証明書をマクレランド商会にもう一度寄って受け取ってきたんだ〜!」


 本当はもっと冒頭では頭の中でごちゃごちゃと言い訳がましいことを考えていたり、大事な話が故に途中ちょっとした駆け引きもあったりして、そう簡単な話ではなかったのだけれども、一連の引き受けの話を簡潔にまとめるならばこんなところだろう。


「だから態態申請書を出す必要もないし、マクレランドさんにご足労いただく必要もないから大 丈 夫!!」


 見たか我が手腕を!と言わんばかりに、堂々毅然たる姿で、亜空間から取り出したティナの身請け金受け取り並びに、身請け証明書(仮)の紙2枚を掲げてみせる。

 色々と世話になったマクレランドには行政から認証してもらった本身請け証明書を受け取りに行くついでに、ティナと二人でお菓子でも作って持って行こう。


「今日からこの子はリアムの奴隷になったってこと?」

「建前上はね」

「で、今日から同じ屋根の下で暮らすと」

「部屋は姉さんの部屋が空いてるからとりあえずそっちで、姉さんが帰郷したりあればまた、その時考えることにはなるだろうね」

「でも、やっぱりおんなじ屋根の下で暮らすわけで」

「そ、そうですけど……あ、あのミリアさん? 先ほどからあなた様からとてつもない気迫を感じるというか、お言葉と声色からもそれが十分に感じられるというか」


 鬼気迫るような恐ろしい腹の底から冷えしてしまいそうな詰問に、ジリジリと後退する。


「この破廉恥狼!色魔!アホ!クズ! 女の敵!!!」

「そんな不名誉な称号をつけられるようないわれはこれっぽちもなく!」

「うるさい! あんたはとりあえず黙ってこの私の鉄拳を受けなさい!」


 まくし立てるように不名誉な称号を次々とつけて叫ぶと、彼女はその華奢な細腕に立派な鉄のように硬いあの籠手一つを出現させる。


「ジュリオさん! 早速お仕事を果たすときです! この鬼のように怒り狂う公爵令嬢から僕を守って、どうか怒りをお諌めください!!!」

「えぇッ!? それは無理ですよリアム殿! ミリア様は私の主人のご令嬢で」

「だから諌めるのも部下の仕事でしょうが!」

「あんたも邪魔するのねジュリオ! こうなったら二人まとめて!」

「ゲート! ではお先に転送の間から転移して城に行ってます!」

「そんなリアム殿! 私も連れて行ってください!」

「ちょ!離してくださいジュリオさん! 僕はこんなところで死ぬわけには……!」


 ゲートを開き逃げようとする僕の腰に、ジュリオがすがりつく。


「死ぬわけにはいかないんだー!」

「私もですーーー!」

「眷属魔法!雷砲!」


 無情にも、彼女は眷属魔法で発現させた籠手を振りかぶって凄まじい雷砲を放ち、2人の前途ある若者を全身を焦がすような熱さと痺れで葬るのであった。


「ヘックシュン! ……雷じゃない?」

「こ、これはみゼックシュン!」

「当たり前でしょ。こんなところで雷砲使ったら建物や他の人にまで影響がでるもん」


 んべっと左手で左下瞼を押さえあっかんべーしながら、右手に掲げる一枚のスクロールを掲げて見せられる。


「み、ミリア様の成長を感じました……」

「そうですね……まさかそこまで周りに気を使えるようになっているなんて……」


 僕たちはお互いにびしょ濡れとなった姿を確認しながら、雷砲を使わなかったミリアに感心するよう同調した。

 それを聞いたミリアが再び雷神の籠手を持つ腕を掲げて構える。


「へぇ、あなたたち。そんなにもっときついお仕置きをして欲しいなら、別に今から追加でしても構わないのよ?」

「「いえ! 私たちは深く反省しています! ミリア様万歳!」」

「ならいいのよ……ならね」


 迷いのカケラを一切伺わせる事なく、二人、息のあった言葉で彼女のありがたくない気遣いを遠慮しつつ、敬礼を見せて崇め奉る。


「これで一件落着といっていいのか?」

「いいんじゃな〜い? ただ約2名、まだ不満が残ってそうな感じだけど」


 その寸劇を近くで見ていたウォルターの呟きに、ラナが応えた。


「……よかった」

「……なに、これ」


 あまり関わりたくはないかな、と、ラナが視線をチラッと移した先にいたのは、やきもちを焼いたように頬を膨らませながら目をウルウルさせているエリシアと、少し苦しそうに自らの服の胸のあたりをギュッと握り、寂しげな表情を浮かべるレイアだった。

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