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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第2章Cerester
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「よっ……」


 ウォルターが息を止め、背中を丸めて一杯の力をその体に集約させる。


「シャーーーッ!」

「「「シャーッ!」」」


 皆が、打ち上がる花火に負けないよう大きく勝鬨を上げる。


「やったぞ俺たち! ついにあの呪縛を引きちぎったんだ!」


 無理せず力まずそつなくこなす。

 勇み足で失敗してしまったあの日から幾半年、ようやく皆で無事に己で課した課題をクリアした。


「やっと……!」

「ねぇねぇ、私の活躍見た!?」

「見たから!ちょっとは達成感を味合わせてくれよ!」

「そうね、みんなでやってやったんだもんね!おめでとう!」

「あ、ああ……そっちもおめでとう」

「ありがと!」


 貴族として、ボロボロに打ち砕かれたあの日のプライドを取り戻した。


「今回は上手く皆さんをサポートできました!」


 弱気な自分を変えるために、切磋琢磨した日々に後悔はなかったと再確認する。


「いやー本当、今回はリアムはもちろん、エリシアちゃんのおかげでのびのび戦えたよ!」


 仲間の健闘を讃え、達成感に満ち足りた笑顔を浮かべて飛びつく。


「ふ、ふぇぇぇん! ごめんなさい! ありがとう!」


 そして、前回は足枷どころか意識を失くして暴走してしまったあの日から、ずっと心の何処かに抱えていた罪悪感が、スゥーっと融解していく感覚とともに、自分に抱きついてくる仲間の温かさに安堵し号泣してしまう。

 

「レイアもロガリエ、そして初のボス戦でよく頑張ったな」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 今回初めて戦闘に参加し、功績を挙げた者もまた、等しく皆とその嬉しさを共有する。


『他の渡航者がいるとすれば、この世界は死後の世界か、はたまた、数ある地獄のうちの一つなんてことは……』


 こうなると、話が違ってくる。


「おいリアム、大丈夫か?」

「ああごめんウォルター。ちょっと考え事をしていて」


 急いで表情を取り繕う。

 結局こういうことは謎のままか、然るべき手順を踏まねば情報は得られないという物である。

 そしてそれは今ではない。

 なにせ100年以上も前、しかし割と最近なのに消息不明になっているんだ。

 だとしたら、僕ごときがどうにか足掻こうと、得られる情報はほぼ0だろう。


「ほら! 今回1番活躍したリーダーをみんなで胴上げだ!」

「ちょ、ちょっと!?」


 それよりも今は、無理矢理に体を引き寄せられるとそのまま持ち上げられて、宙に投げられるというこそばゆくも慣れない感覚に対応するのに精一杯だった。


 ・

 ・

 ・


 しばらく僕を胴上げしていたウォルターたちが、先に出現した転送陣へと向かう。


「それじゃあ、俺たちは先に行ってるからな!」

「それじゃあ後で」


 一人、焼けた草原に残る。

 そして、先ほどまでキングが凍って固まっていた場所を散策する。


 ……跡形もないか。

 キングは花火の開花とともに、光の粒子となって消えてしまっていた。


『やっぱりボス戦は特別、本当にこのシステムもまた、ゲームっぽいというか中途半端というか』


 そこで、一つ大きなため息を吐こうと息を深く吸い込んだ。


「……でもなんで僕は酸欠にならなかった? ここが常識とはかけ離れた場所だから?」


 ふと、深く息を吸い込んだことで、先ほどの戦闘を振り返り周辺があんなに燃えてしまっていたのに、自分が酸欠に陥らなかったのかという推察に突入する。


『おそらくですが、あの草原で燃焼した物は精々そこに生えていた草程度、魔法の炎はそもそも魔力そのものが変化した状態であり、リアムのいう酸素を必要とする炎とはまた別物かと。あれのほとんどは魔力と同等のあのカエルの油を燃料としていましたし、意図して属性魔力密度を減らし調整してみたり、何かに引火しない限りは火の魔法単体で酸素を消費する燃焼はおこらないのだと推察します。凱旋が終わって一段落したら、魔石作成と共に研究してみては?』

「頭の片隅にとどめておくよ」


 イデアの解説に苦笑いで答える。

 もうほとんど答えは言ってくれたようなものだ。

 つまりは、酸素燃焼を起こす火を作りたければ、酸素を介する術式を魔法として落とし込めばいいというわけだ。

 最近は色々と発見が多い。

 外戚圧バーストの延長の魔力研究で大量の魔力を圧縮したらどうなるかという実験をしたら魔石が生成出来てしまったり、個人の魔力の質の違いに首を突っ込んだら他人の亜空間を開いてしまったなんてこともあったりした。


『そろそろ戻る時間では?』


 イデアが散策のタイムリミットが近いことを僕に告げる。

 あまりみんなを待たせるのも良くない。


「行こう」


 最近の総括も程々に、友達と共有した時間が心から溢れないうちに、転送の光の柱の中に足を踏み出した。


 


 一瞬で、目の前が真っ暗になった。


「寂しい……ここはずっと寂しい……」


 後ろから聞こえてくる悲しげな女性の声に、直ぐに後ろを振り返る。


「だれだ!」

「もう十分反省した……だからここから俺を出してくれ!」


 僕の一声は、彼女には届かなかった。

 女性は暗い暗い闇の中にへたり込み、ずっと下を向いているだけだった。


「あの、あなたは……」


 僕は手を差し伸べながら、再び彼女に声をかけた。

 すると彼女は、こんなことを誰とはなしに呟いた。


「ここにいるのは、俺だけでいいはずなのに……」


 途端、途轍もない勢いの風が前から後ろへと吹き抜け、僕を彼方へ吹き飛ばそうとする。


「どうして貴方だけ──僕はあなたを! あなたのことを知らなければいけない気がする!」


 この時、どうして自分がそんなことを言ったのかわからない。


「ああ、同族の血が。そして私の名を呼んでくれれば」


 すると、その女性がまるで神にでも祈るように、その黒く美しい長髪に隠れた顔を上げる。


「あなたの……貴方の名前を教えて!」


 僕は墜ちていく。

 この暗い空間の中に突如として現れた光の穴へと。


「私は……」


 女性の顔にかかっていた黒くて長い髪が徐々に垂れて、僕から見て左半分のその白く透き通った顔が顕となる。

 同時に、僕の周りを立ち昇るように包み始めた光。

 光の隙間に見えた彼女の横顔は……見間違えようのない顔立ちだった。


「……僕だ」


 人肌のように全身を温かく包み込む光の中へと墜ちていく最中、穏やかな気分で目をゆっくりと閉じた。

 光の隙間から差し込んで見えた闇に映る女性の横顔は、どういうわけか僕そのものだった。

 いや、正確に言えば、もう少し成長した中学生か高校生くらいのこの世界の僕だった。

 視界が閉じていく中で何回も彼女の顔を思い出して反復しても、やはりそうとしか思えない顔立ちをしていた。

 ただ一つ、そんな既視感の中で明らかに僕と違う点を挙げるとすれば、彼女の瞳の色だけが、異なっていた。


「鮮やかな、血の色だっ……た……」


 横から覗いた彼女の左目は、血をガラスのように透き通らせたような鮮やかな赤色をしていた。

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