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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第2章Cerester
56/71

56 dilatancy magicproof


 あーあ……これで死ぬのは二度目。

 果たして僕は、ちゃんとリヴァイブで生き返れるんだろうか。

 異世界の記憶を持つ、この僕が。


 視界を覆う光に堪らず目を瞑ると、この世界での日々が、思い出が次々にまぶたの裏に浮かぶ。

 ウィル、アイナ、カリナ、初めての友達になったレイア、そしてアルフレッドにフラジール、エリシア、ウォルター、ラナ、ミリア、他にもたくさんの人たちと出会っては大切な思い出が増えていった。

 時には辛かったりぶつかったことも少しあったけど、生き返るにしても死んでしまうにしても、きっとこれが一つの節目となることは間違いない。


 あったかい……これが焼かれて死ぬ感覚……。



 あったかいとはどういうことだ。

 燃え盛る炎の中にいるのに、体が焦げてしまう激しい痺れもなく、少し熱めのお風呂に皮膚を晒したくらいの熱ささえ感じない。

 熱いという感覚自体はあるが、精々ぬるま湯に浸かっているくらいに温度が低い。

 この感覚、覚えがあるぞ。


 このっ──慌てて視界を払っているのに、風の隙間は炎がすぐに埋めてしまう。


 仕方がないから、ペタペタと全身を触り、手を通して今の自分の状態を確かめる。

 火傷もない。

 綺麗に炎の中で存在している自分の手や足、身体中あちらこちらを確認したが異常はなかった。


 裸じゃないか! 服だけ燃えて体が燃えてない!!!


 そして、裸だった。


『何故ってリアムの魔法防御は既に4万を超えているんですよ?たかだか普通より少しデカいイボガエルの炎が、あなたの鎧を貫けるわけないじゃないですか』

『あっ……』


 恥ずかし!

 この炎って魔法の類なのね。

 道理で……僕の人生は、これからもこうして大事な局面で誰かに指摘されて気付かされるような、間抜けな人生になるのであろうか。


『抵抗力のない服を着ていたので、服は燃えてしまいました。この戦いが終わったら、装備の一新を考えた方がいいのでは? 魔糸を使ったより強力な防御力を付与できる刺繍陣の提案が私にあります』


 燃えてしまった服を引き合いに、イデア装備への一新を勧められる。


『……むっつりすけべ』


 ヤラレっぱなしは性に合わないんです。


『んなッ!変なこと言ってると無駄に魔力放出して空にしますよ』

『悪かったよ! だからこの状況で魔力スッカラカンは止めて!』


 『んなッ!』だって。

 こんな驚いたイデアの声を聞いたのは初めてだ。

 学習によって、成長がまた進んだ証だろうか。


『魔力放出まで5秒前、4、3、2』

『だぁーッ!本当に悪かった!』

『仕方ありませんね。では戦闘後の装備再考において、デザインから付与能力まで全てのカスタムを私にさせてください』

『そんなこと? こっちとしては願ったり叶ったりだし、前みたいに、強制的に設定が変えられなくなるようなことがなければ別にいいよ』

『取引成立です』


 外交で解決できるうちが花だ。

 彼女がどんな存在であるかは明確に定義することができないが、僕の妄想の二重人格、なんてことはないだろう。

 しっかりとスキル欄には彼女の名前を冠したオリジナルスキルがあるわけだし、言うなれば、体を同じくする二心同体という表現がしっくりくる。


 さてと、燃えてなくなってしまった服のかわりに、首から上だけ露出させたダークスーツを身に纏う。

 亜空間の着替えをこの炎の中で取り出しても燃えてしまう。


「ブラックポケット」


 いつの日かの再演だ。

 闇魔法を唱える。

 浮いた黒穴が、空を切る風の音とともに周りの炎を急速に吸収する。


「ゲゴ?」


 辺りの炎もすっかりと吸い込まれ、残るは広大な草原の中にぽっかりとできた黒焦げの大地、僕たちは再び対峙した。


「よかった。みんな無事で」


 ボックスは、見せかけ状は無傷だった。

 エリシアが相当頑張ってくれたみたいだ。


「「「リアム!」」」


 ボックスの周りで燃え盛っていた炎が消え、友達の無事を確認した仲間が一斉に叫ぶ。


 嬉しいじゃないか。

 一番に僕のことを心配して、安堵してくれる仲間達がいる。 

 仲間達の声に気づき、後ろを振り返りたいが、笑みを浮かべるに留まる。


「ちょっとだけ待っててね」


 右手を強く握りしめ、相当な魔力をダークスーツを纏う拳へと集中させる。

 振り上げた拳を、一気に目の前に浮かぶ黒点へぶつける。

 思いっきり殴ってやる。


カク


 集約する方向と異なる指向性で、力場を超える闇力子をぶつけて開放する。

 黒点から飛び出すのは、一直線に凝縮し圧縮されていた熱の太線。

 灼線はキングトードの腹に触れると、巨体に纏う油との鍔迫り合いを起こすが、カウントをくれてやる暇もなく、油の生産と集約が追いつかなくなる。


「げコ……」


 灼線が厚皮を貫いた。


「これで終わった。ボックス解除」


 腹に確かに風穴が空いているのを確認して、仲間たちを囲んでいたボックスの魔法壁を解除した。


「バカぁぁぁ!」


 いの一番に走り僕に抱きついてきたのはミリアだ。

 きっと炎に包まれている間、僕が焼け死んでしまったという悲観と、自分が転倒しなければという罪悪感との板挟みにあってしまい不安だったのだろう。


「何があっても溶けない丈夫さはカリナ譲りだね〜……ところでその服なに?」


 次に声をかけてきたのは、単純に足が一番早いラナだった。


「あっ、服着替えるからみんなあっち──」

「ドけッ!」


 今の自分の姿を俯瞰してしまい、込み上げた恥ずかしさを一蹴するように、駆け寄ってきていたウォルターが突然飛び出して、僕の体を抱き寄せて入れ替わるように投げ捨て手と膝をついた。


「ウォルター!」


 土を祓う暇もなく、すぐさま体勢を立て直す。


「しぶとさはアイツも……今、舌を使ってリアムを攻撃してきやがった。気をつけろ、みんな」


 ウォルターは両腕をダランとさせ、食いしばる歯茎の間から血を流していた。

 土に抉りを入れるような金属が重く震える音が、直前までまだ感じていた喜びを完全に濁らせる。

 僕が聞いた金属音は、ウォルターの足元に横たわる彼愛用の丸盾が落ちて発したものだった。


「レイア! 今すぐ回復してあげて!」

「う、うん!」


 状況を直ぐに察したラナがレイアに指示する。


「回復してる……」


 信じられないものを見た。

 キングトードの皮膚から分泌される油が意思を持ったように肉を張って傷口に集まると、風穴が端から肉で埋まっていく。


「ここからは僕たちの番だ!」

「私たちが盾で、砲台よ!」

「リアムはゆっくり着替えて!……それとも、私が手伝ってあげようか?」

「いや大丈夫。みんな、頼もしいよ」


 アルフレッド、エリシア、ミリアが壁を作る。


「私もお手伝いします」


 ティナも一歩下がって、側で急撃に備える。

 その隙に、服を亜空間から取り出して、急いで着替える。


「貴様ら! 目が泳いでるぞ!気を抜くな!」

「気なんて抜いてない!ただ、私はミリアが覗こうとしてたから吊られて!」

「裸ぐらい見られてもいいでしょ! リアムは私の家来なんだし!」

「フラジールに……レイアまで。年頃かな」

「ウォルターさん、そのですね、私もミリア様とエリシア様につられて……」

「わ、私もフラジールさんと同じで……」


 すぐそばでブンブンと揺れるティナの尻尾の風がくすぐったい。


「私は単に純粋なる好奇心からしてリアムの裸に興味があり、欲望のままに視線を注ぎましたー!」


 苦し紛れの言い訳を連ねた5人とは違い、欲望を丸出しにして清々しいまでに振り向いた理由を堂々と発言するじゃないか。


「だから私は覗いてもいいよね〜」


 わざっとらしく、どういう思考を辿ってその発想に至ったのかは想像したくもないが、一歩、また一歩と手をワキワキ、表情はニコニコと朗らかに。


「今だ撃てーッ!」

「ちょっとあんたが命令してんじゃッ!」

「ないわよッ!」


 アルフレッドの号令で放たれる3つの魔法が空中に直線を引く。

 アルフレッドからは風、エリシアからは火、ミリアからは雷。

 魔法は途中で混ざり合い、目を見張る威力の魔弾砲がキングトードの喉元一箇所に集中して襲いかかる。


「うん、いい起爆剤になった」


 いい仕事をしたと、ラナも満足げだった。

 その、ミリアたちの渾身の一撃にもかかわらず、だ。


「ゲゴッ」


 魔法は着弾することもなく、ヌメッとした油を纏う分厚そうな皮膚に弾かれると、天井の魔力壁へと衝突する。


「はぁ!?」

「どうして!?」

「私の雷砲が効かない!?」


 着替えも終わり、改めて対策を講じる。

 あの油は僕たちにとっては断魔剤と同等の役割を、キングにとってはあらゆる属性の強力な範囲魔法の媒介となる、あるいは分泌を局所に集中させることで回復速度を急速に上げることもできる。

 問題はあの油が枯れないという可能性があること。

 その場合、物理攻撃で致命傷を負わせた上でキングの意識を刈り取るか、または、何らかの策を講じて油の分泌ができない状態へ持ち込む、木っ端微塵に吹っ飛ばすかの3択か。

 

「他者の魔力を通さないのに、自分の魔力を通すと燃料の役割を果たす。そういう、弾力を持った魔力質を持った魔力と考えよう」


 魔力質の相性によって、抵抗が高いと弾き、抵抗が低いと受け入れる。

 ダイラタンシーみたいだ。


「避けろ!」

「わかってるって!」

「あ、あっぶないじゃないの!イボガエル!」


 今は、先ほどとは打って変わり、舌による物理攻撃で反撃してきている。

 僕があの豪炎を全て吸収した上で反撃にまで利用したことから学習し、切り替えた結果だろう。

 思考能力も、普通のトードやトードーズに比べてずっと高い。

 そんなキングをなるべく全員で討伐、あわよくばその素材も入手したいという考えは傲慢だろうか。


『イデア』

『はい』

『リンシアさんの魔力契約印を修復した時のこと、記憶にあるかな』

『……はい。考えていることもわかります』

『できる?』

『できます。ただし、サンプルが必要です』

「ウォルター!」

「どうした」

「上着を脱いで欲しい」

「……いや、あの」

「キングの油のサンプルが欲しい。僕のは燃えちゃったから」

「あ、そうか……ほら」

「ありがとう」


 さてと、そもそも、仮説が正しいのか。


『判定しました。有効な魔法式を構築するまで、時間がかかります。時間稼ぎをお願いします』

「わかった。ティナ」

「はい」

「走って欲しい。時間を稼ぎたい。キングに魔法の類は効果が薄い」

「私が殴って、注意を引くんですね」

「そう。僕も手伝うからね……みんな聞いて欲しい!魔法式の算出が終わるまで時間を稼ぎたい!その間は、ティナの援護をお願いしたい!」

「リアム、だったら私も走るよ!」

「強化は任せてください!」

「回復は任せて!」

「リアム、お前たちの守りは俺に任せてくれていい。ラナ、思いっきりやってこい!」

「ラナ……任せた!」

「うん!任せて!」


 最前線の担当が決まった。


「聞こえたか。僕は、この戦線を維持するが?」

「私はサポートに回る。ティナたちの近くにいた方ができることがありそうだから」

「殴るんだったら、私だってできるんだけどなぁ」

「お前は速さが足りないだろ」

「わかってるって。私が強くなるのはこれからよ、これから」


 次の戦線には、アルフレッドとミリアが残る。


「ティナ、ラナ、私がサポートする」

「エリシア、ティナのサポートはここから僕がする。だから、ラナと組んでくれるかな」

「わかった。任せて」

「りょうか〜い!エリシアちゃんまたさっきのしようよ〜」

「ええッ!? まあ、いいけど!」


 この半年間共に特訓、一番長い時間を一緒に過ごして連携が取りやすい。

 ティナに相棒を任せる。

 気合が入る。


「アルフレッド。あんたは私の盾になって死になさい」

「はぁ? 守って欲しいなら素直にそう言えばいいものを」

「だったら守りなさい。私は、あのイボガエルに風穴空ける準備をするから……負けっぱなしではいられないの」

「……任せろ」


 前衛に残ったアルフレッドとミリアが、何か企んでいるようだ。

 あっちは、自由に行動してもらおう。

 ミリアのお守り頼んだよ、アルフレッド。

 一蓮托生だね!

 

「いくよ、ティナちゃん!」

「はい」


 キングの舌攻撃のインターバルを見計らって、後衛からティナとラナが飛び出した。


「強化《力》……《防御》……《速さ》……《魔力・魔法防御》」


 残ったフラジールが、飛び出していったみんなに向けて次々と強化の魔法を飛ばしていく。

 効果値は込めた被術者の魔力質によって変化、その量に応じて強化が続くが、そのために持続時間の管理がとてもむずかしく、効果切れ直前の重ねがけが必要となる。

 相当気配りができる人間じゃなければ戦闘では使い物にもならない。

 実にアルフレッドの従者の立場にあり気配り上手なフラジールが得意とする、彼女らしい魔法だ。


「キングか……舐め腐りやがって」

「ありがとう。さっきは助かった」

「……俺は魔法をうまく使えない。できることといえば、身を呈することくらいだ。後は頼んだ、リアム。レイア、もう大丈夫だ」

「う、うん」


 そんなに気を落とさなくても……僕からしたら、ウォルターも十分な実力を持っている。

 俊敏な行動力にいろんな武器へ精通する知識と体捌き、普段は少年のような振る舞いをしているが、時折見せる真面目さは、燃えるような紅葉の下を歩きながら静かに来たる冬を見つめるように真剣だと思う。

 燃える緑の瞳が、触る前に警告するように敵を突き刺すんだ。

 さも、魔法のように。

 だけど、自身は満面な秀才さに溢れながらウォルターは僕たちに道を譲ってくれる。


「空中を飛んでる……!」

「気持ちいよね!これぞ、リバウンドサーカス!!!」

「勝手に名前決められた!?」

「獣化」

「早!?ペースが上がった!?」

「……こうなったら、ペース上げるから!」

「え!?ちょっと待ってこれ以上はまた酔っ!」


 魔力というジグザグに鋭い才能を天才と崇める。


「あ、あんなふうに動かれると強化を届けるのが……」

「フラジールさん、右、いや左です!あっ、今度は上!」


 みんな生き生きとした才能を持っていることは認めるが、押し潰されないで欲しい。


『魔法式構築が間も無く終わります。備えてください』


 魔法のように……それでも僕は、目に見えてしまう力を振り翳す。

 誰かのためではなく、自分のために。


「なぁ、左手の籠手ガントレットを外してどうするつもりだ……」

「私たちの魔法は返されたのに、リアムが返した魔法は効いた……間抜けに転けて油を浴びせられたまま終わるのは納得がいかない。私の盾でしょ! ほらもっとキビキビ動く!」

「まさか、お前……殴り飛ばす気じゃ」

「私の最高の一撃を喰らわせてやる……これで、面目躍如よ!!!」


 ミリアの右手に、大量の魔力が集約する。


豪雷砲ヘビーサンダーガン!!!」


 空中に垂直に放り投げられた左の籠手は、右の拳の爆裂によって打ち出され、閃光を放ちながらキングトードの胸に直撃する。


「だからなんで耐えるのよ!!!──あれ、体に力が……」

「いや、十分だろ!……恐ろしい女だ」


 ミリアの左籠手は、油の膜を打ち破って隕石のように衝突すると皮膚を開放的に破裂させ、一部を抉り取ってクレーターは肉に届いた。

 皮膚壁を抉った砲弾は体内で電流を放散、キングトードを麻痺させ動きを止める。


「ウォルター、背中を押して」

「なぜ迷う……」

「ウォルターは武人で、僕はまだまだ、危なっかしい武器みたいなものだから」


 自分を使ってやるより、誰かに使われる方が才能を有用に運ぶことができる事も多い。


「道は開いた!走れ、リアム!」


 絶好の舞台を、駆け抜けてやる。


「速い!……ハハッ!」

「きょ、強化する暇もなかったです……」

「リアムってこんなにすごかったんだ……」


 身体強化を重ねがけて、最前線へ向かう。


「ちょっと休むだけ……」

「おい、しっかりしろ!まずい──!」


 ティナとラナが空中で交差し切った間を縫って、キングトードも打って出た。

 ミリアに肩を貸すアルフレッドに向かって、舌の背撃が迫る。

 ラナは直ぐに自分が向かっていた方向の重力板に手持ちのタガーを投げると、跳弾させた。


「コォ……!」

「マーシフルクロス」


 完璧な角度で跳弾したタガーは、伸び切る前の舌の裏側を空中に縫いつけた。


「た、助かった……」


 抜けそうな腰を寂寂と支えるアルフレッドの側を駆け抜ける。


「リアムが来る。ラナ、ティナ撤退!」

「了解!」

「撤退します」

 

 エリシアの号令によって、兵士の飛ぶ空、王への最後の道を開く。


「Virus.F」


 地面を大きく蹴る。

 糸口を辿り着いた。

 ミリアが作った傷口に触れる。


「ブート」


 戦場を縦断し切った。


 僕はこれに、Virusの名前をつけた。

 この高度なプログラムによって構築された病変を解くには、高度な解析能力と反対魔法式の構築技術が必要となるだろう。

 然もなければ、トカゲの尻尾切りのように魔力共々侵された部位を切り捨てるしかない。


「ゲ……ゴ?」


 キングが間の抜けた鳴き声を漏らすとともに、己の胸元の違和感に気づく。


「ンンンーーーバーーー!」


 接近した僕を迎撃するためか、体を温めるためか、再び口から炎を吐くが、油をばら撒けない現状では一義的だった。

 キングの油は驚くほど、大量に分泌されている。

 油に覆われていない露出した皮膚表面に降りている霜はほんの少し溶けたものの、氷の侵蝕は止まらない。

 キングの火にもほとんど溶けない霜を見て、術の成功を確信する。

 だから、僕が勝つ。

 

「もう安全だろう」


 全身を覆う油が氷に変わり、油が流れ込み始めていた傷口を含めて侵食された。

 

 魔力を持つ者が絶命に至る魔法。

 どんなに体が巨体で、大量の魔力を保有していたとしても、対応策を取らなければ確実に対象を死へと誘う。 

 実はリンシアが陥った症状のように、既存魔力を無理やり異色の魔力で侵食したいのならば、こちらの大量の魔力を流し込むだけでもそれが可能なのだ。

 外戚圧バーストがいい例か。

 所謂、敗血症のような症状を引き起こす。

 だけど、トードの油は撥魔性を持つ。

 特定の魔力質や属性で構築された魔力を弾くが、唯一、トード自身の魔力には引火する。

 魔力を弾くのに、魔力的な素養を持ち合わせる。

 ならば、かなり限定的で狭い魔力質を持つ油を別の現象に変換する式を作ってやればいいと思った。

 リンシアの魔力が、魔族のヴィンセントの魔力へ、ヴィンセントの体で、リンシアの魔力が変換されているように。


 さて、病巣を取り除くには、侵食箇所を全て分断するか、抗生魔法式を作ってやるしかない。

 いくら他のトード達より格段に知能があるキングといえども所詮は蛙。

 小を捨てて大に就く判断を下す脳と手段も、高度な式を構築する頭も持ち合わせてはいない。


「ゲゴッ!ゲゴッゲゴッゲゴ!!!」


 侵食面積が広がり、辺が伸びるほどに己の体を先ほどとは比べ物にならないスピードで侵蝕し始めた霜に、キングは動く上体だけを見苦しく振ってなんとか状況の打開を謀ろうとする。

 この魔法を解けと言わんばかりに、口を暴れさせながらも、こちらを目掛けて俊速で重い舌の一撃を放つキング、であったが……伸びきらなかった。

 届く前に、凍りついた。

 より確実に、より速く対象を死に至らしめる魔法を即興で構築することは、イデアじゃなければできない。


 魔法の階位は全部で十段階ある。

 Ⅰ= 初級イェソドをはじめとし──。


Ⅰ=初級イェソド   


Ⅱ=中級ホド   


Ⅲ=上級ネツァク   


Ⅳ=最上級ティファレト (人種単体で扱える魔法レベルの一つの壁と設定される)


Ⅴ=超級ゲブラー (これより先の魔法や魔法陣は禁書目録に登録されるものもある)


Ⅵ=超上級ケセド (超級の上級版 単純な魔法レベルに加え 更なる知識と研鑽が必要) 


Ⅶ=超律級ビナー (一般の理を外れるレベルの魔法 眷属魔法の壁)


Ⅷ=戒律級コクマー (戒めなければならない魔法)


Ⅸ=精霊級ケテル (大精霊との直接契約者が操るレベルの魔法)


Ⅹ=伝説級マルクト (エルフの長 精霊王 魔王などが使うことができると噂される最高位魔法)


 イデアの力は、明らかに、最上級ティファレトの階を超える物だろうが、驚異度や影響力や複雑性等々、なにぶん威力規模だけで単純に測れない世界でもあるから、明快ではない。


「最後の悪あがきか……腹の足しにもならねぇんだよ。さっさとくたばれ、イボガエル」


 考えてもいなかった罵倒を口にした。

 柄にもない。


 胸に穴が開いたのかと思わせるほど乾いた音が、体の芯を叩く。


「Congratulations Challengers 」


 キングが息絶え、冷凍の彫刻となると上がった花火それ に目をやる。

 花火が開いた位置には、英語で ”Congratulations Challengers!”と描き出されていた。


 竜王を封じ勇者が行方不明になったのは100年以上前。

 そしてそれに追随するように世界中に現れたオブジェクトダンジョンたち。

 その時、既存の多くの魔力溜まりたるダンジョンは消え、生まれることも極端に少なくなったという。


『本当に、まるでゲームみたいだ』


 僕はその久しぶりに見た懐かしい花火を眺めながら、前世の記憶に思いを馳せる。

 別次元にあると思われるメーテールの世界にこの空間、それにリヴァイブというダンジョン内で死んでしまっても肉体の転送、再生によって生き返ることができるというシステム。

 さらにはメーテールから現実あちら側に戻ればこちら側で負った傷は全て完治し、精神状態も安定するという不思議現象。

 これはあまりにも出来すぎている。

 都合が良すぎて不思議なのに、既視感のある矛盾した空間だとずっと思っていた。

 そして、判断材料はまだまだ少ないが、これらから導き出される答えは──。


『このオブジェクトダンジョンは転生者が作った。そして……』


 僕たちの認知できない異世界があると知っていて行き来できる高次元の存在が、これらを作り出した可能性も十分に考えられる。

 もしくは絶対不変の真理のような外的、内的要因によって、不安定なこの世界の摂理が歪められてしまったとも。

 しかし今、根拠は足らずとも確信したこと。

 今も残る遺物や逸話から、目の前の光景に照らして更なる答えを導くならば──。


『──勇者ベルは転生者。もしくは転移者だ』


 かつて、ケイトに人種かと聞かれたことがあったが、転生種というのも、本当にあるのかもしれない。

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