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「ミリア! 勝手に前に出ちゃダメでしょ!?」
「だってリアムが来なかったから私がやるしかないでしょ?」
「それはそうだけど」
先に走って行ってしまったミリアにようやく追いついた。
「丁度3匹まとまってる。ほら、さっさとやっちゃっえば?」
壁隅にまとまったトード達を見て、さっさとしてちょうだいとジェスチャーされると、不満をぶつけられてるんだなと。
「わかったよ。2匹片付けて残りの1匹になったら役割交代してあげる」
「本当!?」
飛び跳ねてはしゃぎ、喜ばれると、一歩退くのも悪くない。
いや、あのね、ロガリエ&ボスデビューでずっとサポートというのもキツすぎるだろうと……何故かは説明できないが、そうしなければならないような気が一瞬した。
「やったー!一匹倒しちゃった!」
「ティナちゃん強いです!」
「ありがとうございます」
少し離れた場所から早速、1匹を倒したという班の歓声が聞こえる。
まさかのレイア、フラジール、そしてティナという最年少二人に気立ての良いフラジールを加えた3人組が、初の戦功を上げた。
いくら3人に対して2匹と一番負担が少なかったとはいえ、早すぎ──。
「おっしゃいっちょあがり!」
「やはり蛙ごとき僕の敵じゃあないな!」
別の班に気を取られていると、またもや1匹討伐の声が耳に入ってくる。
今度はウォルターとアルフレッドの漢二人組だ。
「よっ! ってい!」
「トードよりラナの動きが速すぎてサポートできない!」
一方で、エリシアとラナの班は連携がうまくいっていないようだった。
ラナは、今回の機動力ツートップの無属性身体強化を使えるジャイアントトードと、風を操り自身の跳躍効果を高めているジャイアントウィンドトードを相手取っていた。
エリシアは残り一匹のジャイアントホーリートードを足止めしつつ、パートナーのサポートをしようと隙を伺うが、トード達以上に、ウロチョロと周りを飛び回り、ナイフで体に傷をつけていくラナのスピード感にイマイチついていけていない様子だった。
「ほらリアム! さっさと倒して私の番を作ってよ! こんなんじゃビリになっちゃう!」
「競争じゃないんだから慌てないでミリア。それに主役は最後に登場するものなんだから」
「あ、そっかぁ〜。なるほど、そうね!」
チョロい。
最近は、特にミリアに振り回され気味な僕は、この時ついに、ミリアの扱い方についての極意を垣間見た気がした。
心のノートには『猿もおだてりゃ木に登る』と、少し悪意のあるメモを残させてもらおう。
「僕らの相手はウォーター、アース、ダークの3種。ミリアはどれか相手したいのがいる?」
「私は青がいい。一番相性がいいはずだから」
「はず?……わかった。それじゃあ僕は残りの2匹を担当するから、周りに気をつけながら援護を──危なッ!……速い!」
3匹の内の1匹、ダークトードが巨体を砲弾のようにして、一直線にこちらへと突撃してきた。
動きは直線的で、瞬間的なスピードは無属性やウィンドより数段速いけど、対処はこっちの方がしやすい。
「ミリア、後ろは守るから、僕の背中をお願いね」
「わかった!」
背後をミリアに任せ振り返り、もう一度こちらに突っ込んでこようとしているダークトードを迎え撃つべく刀を一口構える。
「自分から突っ込んできてくれるなら構えているだけでいい……レビテーション!」
ギリギリ刀身を壊さないまでに調整した魔力を刀に込め、敵が地面から足を離した瞬間に前方へ放り投げた。
刃先を標的に向けた状態で空中に固定する。
ダークトードの高速移動の秘密は、跳躍の際に闇力子の力場を足元に発生させ自らを反発させるもの。
更に思考力が極端に低く短絡的なため、直線でしか突っ込んでこない。
そうして跳躍、闘牛のように突進してきたダークトードは切れ味を最大限まで強化され、空中に固定された刀の切っ先に軌道修正もなく突っ込んできたがために真っ二つ、綺麗に頭から二つに裂けて息絶えた。
「次」
ねぇ、今のすっごくすっごくカッコよかった。
スマートだって、褒めてくれてもいいんだよ。
ダークトードの対処を終えて、賛美を受けようと残り2匹の注意を引いているはずのミリアの方をルンルンで振り向いた。
「私の圧倒的な力の前にひれ伏しなさい」
12歳、もうすぐ始まる来年度には13歳という、中学生に満たない彼女の中から、普段周りでは感じることのないほどの途轍もない魔力の拍動を感じる。
現王の弟を父に持つ彼女であれば、このくらいの魔力量があっても不思議ではない。
「あの……ねえ、ミリア?ちょっと待って!そんな魔力量で攻撃したら跡形も──」
時、既に遅し。
どんな巻き添えを生むか、僕はミリアの使える属性を知らない。
しかし、ウォーターとの相性が良いということ、彼女の血筋を鑑みると、雷──。
「ちゃんと見てなさいリアム! これが私の眷属魔法《雷神の籠手》! セヤッ!」
その場で軽く右腕を振りかぶったかと思うと、拳の先からとんでもない出力の雷を放ち撃つ。
「ゲ──……」
まばゆい電光が瞬く間もなく、視細胞を通り過ぎて世界が晴れると、つい数秒前まで元気な姿で足をピンピンさせてそこにいたウォータートードは、綺麗に丸焦げ、既に息絶えていた。
最終的に、魔法は縦列に並んだアーストードまでも貫くと、この戦場を囲む壁に激突して閉じた。
帯電しているのか、未だ壁上がバチバチいっている。
「ねぇ見た見たリアム! これが私の実力よ!」
魔法を放ち終わり、今、目の前で起こった現象に放心状態で何にも言えない僕に嬉しそうに手が振られる。
そんな彼女の右腕には、不思議な籠手が嵌められていた。
「……ゲ、ゲコッ」
属性相性故か、雷の砲弾をなんとか耐えきった満身創痍のアーストードが鳴く。
「あっ!あんたなんで倒れていないのよ!蛙のくせに私に楯突こうなんて生意」
「いやいやいや構え直したらダメだって! もう一回さっきの撃ったら魔力切れ起こしちゃう!っていうかさっきの凄い魔法は何!?」
「ふふーん凄いでしょ! これが大精霊クラスの精霊と契約する者の血縁が受けられる加護、眷属契約によってのみ習得できる精霊魔法と同等の眷属魔法よ!……フッ、惚れたら火傷じゃすまないわよ」
豪雷砲を耐え切ったアーストードにもう一度、さっきの魔法を放とうとするミリアを慌てて制止した。
ミリアは質問に得意げに、天狗のように鼻高々と語る。
最後にはキリリと流し目で決める。
気分が良くなってこうしたおふざけを交えてミリアが調子に乗ることは時々、いや、よくあることだ。
てかっ、背中任せるって言ったじゃん。
いつの間にかトードが縦に並ぶ位置まで移動しちゃっててさ、僕の背中ガラ空きだったってことでしょ。
僕が間抜け晒しただけじゃん。
「眷属魔法は大精霊と契約した契約者の血縁のみが得られる恩恵、そして私と眷属契約した大精霊の主契約者は──」
「現アウストラリア国王、バルト・テラ・アウストラリス。そして契約精霊は大精霊の中でも属精霊を束ねる十柱が一柱にして、国家を守る雷が化身、雷帝王パトス」
お見それしました。
これはこの国の歴史を習うものなら誰でも知っている事実。
この国の王政は守られるべきものが守るという互いを助け合う相互扶助の関係にある。
国の王でありながら雷の精霊王と契約し、国家を強大な力で守る守護者。
「そうそうバルトおじさん。でもその契約にしても知の書の獲得にしても、私が1歳の時にお父様達が王都に連れて行ってくれたきりで顔も覚えてないんだけどね〜」
軽いな〜。
内心呆れてしまうよ。
パトスは王家を王家たらしめる存在といっても過言ではない程の重要なポストに位置している。
スクールの授業にも出てくる程、有名な精霊だ。
「ミリア。一応叔父にあたる方でも王様なんだし、多分今この時も僕たちの様子が映像と音声付きでコンテスト会場で流れているはずから、もう少し呼び方には気をつけたほうが……」
「大丈夫よ少しくらい。そりゃあまあ、もしお母様が見てたら怒られちゃうかもだけど、まさか観にきているわけないし?」
どんどん調子に乗り始める有頂天。
アーストードには耐えられたとはいえ、やはり初めてモンスターを倒せたことが嬉しかったのだろう。
「げ、ゲコリ」
なんとかミリアの攻撃を耐えたアーストードは懸命に体勢を立て直そうとしていた。
これは……僕がここから手を出せば横取りするようなものか。
「仕方ないからアーストードもミリアに任せるよ。ただ眷属魔法はなし、通常魔法を使ってね」
「えーっと……それは無理」
「あ、属性相性があると言っても、さっきより弱くていいんだよ。ちょっとピリつく程度の雷でもいいし、他の属性でもいいよ」
「……実は私、普通の魔法がまだ一つも使えないの……へへッ」
もじもじしながら恥ずかしそうに自嘲する。
しかしこの違和感はなんだろうか。
例えばレイアあたりがこんな風に笑って見せればキュンとちょっとときめいてしまいそうになりそうなものだが、ミリアがしてみせるとタチの悪い悪戯が好きな子供が反省しているかもわからない苛立ちが募るような、そんな錯覚に陥る。
「本当のこと言うと今の魔法も使ったのは2回目って言うか1回目は暴発だったし。それからは城で籠手の具現化だけしか、お父様と練習したことなかったから……」
魔法が使えない、んな馬鹿な。
だってさっきはあんなに凄い魔法も使えてたし、何よりミリアは魔力量も並みじゃないから練習だって人よりずっと多くできるはずだろう。
「それってもしかして僕をからかうための冗談?」
「失礼でしょリアム!私はまだ魔法の練習をしたことがないから通常魔法が使えないの!」
「イタイイタイ! 悪かったからその籠手を装着した手で叩かないで!……ん? あのさ、僕が初めてミリアにあった日、ミリアはアルフレッドを魔法で吹っ飛ばしてなかったっけ?」
頭を叩かれたせいか、記憶の棚からポロっと、ある夏の日の城での出来事が零れ落ちた。
ミリアに初めて出会った日、ドアを突き破るようにして飛ばされたアルフレッドに続いて容赦無く椅子が飛ばされてきたあの光景は、今でも鮮明に記憶の棚に残っていた。
「ああ、あれね。あれは護身用の魔道具なんだけど今日は持ってきてないの。だってあれは私の居場し」
「あぁー!わぁー!自分から聞いといてなんだけど、今はそれはいいや! それよりも早くしないと、アーストードがどんどん回復しちゃうよ!」
何か、とても重要な機密をさらりと漏らしそうだったよね。
「ほら、このウォーターシュートのスクロールを貸してあげるから」
亜空間からA4サイズ程の紙を一枚取り出してミリアに渡す。
魔道具にしろ魔法陣が描かれたスクロールにしろ、魔法は使えずとも魔力は操作できるようだから、これなら使えるはずだ。
「陣の書かれた面を相手に向けて構えて、例の魔道具を使う時と同じように魔力を流すだけで使えるから」
「こ、こう?」
「ゲッ!……コ」
スクロールから飛び出した水の塊が見事にアーストードを捉え、トドメを刺す。
この魔法は殺傷性の低い魔法だが、残りの体力を奪うには十分な威力があった。
「私これ欲しい! ねえ頂戴リアム!」
「いいけど……それにばっかり頼って魔法の練習をしないのはダメだよ?」
「ギクッ……」
ギルドで大銅貨1枚で売ってる安めのスクロールだから別にいいけどさ、もう少し、その裏に隠れた魂胆を隠す努力はしようね。
「で、なんでそんな基礎を飛び越していきなりあんなとんでもない魔法が使えるわけ?」
「えーっとあれは確かある日中庭で開催されたパーティーの席で酒に酔ったお父様が見せびらかした籠手を見て、魔力を出しながらイメージしたらできたというか、そのまま暴発して魔法がでちゃったというか」
もしやミリアは天才なのでは。
「ミリア。ちょっとその籠手見せてくれる?」
「り、リアム?」
まだ魔法が使えないというのに眷属魔法を使えていることが気になり、未知の魔法について解析したくなった。
籠手をはめた手を取られ、初め驚きはしていたミリアだったが、その後は終始ボーッとしていた。
痩せ我慢していたが、魔力切れが近いのだろう。
『籠手の解析が完了しました』
『どうだった?』
『はい。この籠手には、魔石のように魔力を属性変換し、更には魔法陣のように魔法を構築するまでの一連のプロセスが複数組み込まれています。通常の魔道具、魔法、精霊魔法よりもずっと魔法化増幅の幅が広いとても高度な回路です。これ一つで攻撃と防御、一つで二役こなせる理想的な魔装の一種ですね』
『魔装の一種?』
『構造が似ているだけで、本質は全く別の代物かと。意識して振るだけで魔法が使える部分は酷似していますが、自力で魔装を発現できる魔族と違い、眷属魔法と呼ばれるこれはどうやら後付けされた力のようです。おそらくその契約とやらがなくなれば、この籠手の具現化すらできなくなると推察できます』
僕とは縁遠い話だが、精霊魔法は、基本的に契約者の魔力をほとんど消費することなく、精霊自体の力量によって行使されると習った。
だが、この籠手はミリア自身の魔力を基に魔法を発しているようだ。
だから、己の魔力を使って武装化する魔装にニュアンス的には近いのかもしれない。
「ミリア、これどうぞ」
「これ、ポーション?」
「そう。それは僕が作った魔力を回復させるポーションだよ。何か顔が赤くてボーッとしてたから、魔力切れが近いんでしょ。やせ我慢はダメだよ」
「あのねぇ……なんで!あんたはそうッ! 私の神経を逆撫でするのが! うまいの!!!」
「だ、だから! その籠手をはめた手で叩くのは!! イタイッ!?」
また叩かれるハメに。
僕が何を逆撫でしたというのか、皆目見当もつかない。
「ボス戦後だってのに随分元気だなー!…… なんかもう1匹既に素揚げになってるぞ」
「本当だな。というか、やはりお前らは仲がいい」
自分たちの担当トードを倒し終えたウォルターとアルフレッドが、こちらへ集まってきた。
「どこが!? これのどこをみて仲がいいと」
「この! この鈍感の! おバカ!」
「まってミリア! これ以上その魔装で強く殴られると___!」
「まてこのバカ! 唐変木ッ!」
「僕ってそんなに偏屈!?」
「鈍感と両方よ!」
どんどんと叩く勢いを増していくミリアに、ついにたまらなくなって逃げ出すことにした。
「何故あいつはああも鈍感なんだ?」
どっちもどっちかな。
草原で追いかけっこをする二人を捉えて、リアムの鈍感さを指摘するアルフレッドについても、ウォルターは同じ様に思った。
なにせ今は客観的にリアムたちをみれているアルフレッドも、自分のこととなれば話は別で、従者であるフラジールが、如何に彼のことを大事に思っているのか気づけていない少し鈍感な節がある。
「おつかれさま……でした」
「お、おつかれー……うっぷ」
「おいおい大丈夫か、二人とも?」
「ラナよりかは……」
「うへぇー……気持ち悪いー」
そんなことを思っていると、駆けるリアムたちとは別方向から、気分の悪そうなエリシアとラナが集まってきた。
二人に何があったというのか、これはただ事ではない。
「ら、ラナの動きが速すぎて……でもサポートととしてどうにか手助けしようと……そしたら偶然リアムが刀を空中に固定してトードを倒すところが視界に入って……」
「それで名案を思いついたエリシアちゃんが、私たちの周りに闇魔法で足場を作ってくれたんだけど……」
それから二人の話を聞くと、エリシアが身体強化して縦横無尽に飛び回るラナの手助けをなんとかしようと、なんと即席で闇魔法を応用した反発力のある足場をあちこちに作ったらしい。
「スピードは上がるし空中で方向転換できるわで楽しくなっちゃって。それでどんどんスピードを上げていくうちに……うぷッ!」
「私は更にスピードを上げたラナの先を予測して足場を形成するのに精一杯で……全部倒した時に気がついてみたら、魔力切れの一歩手前で……」
「それは……なんというかまあ、頑張ったな二人とも。おつかれ」
「はぁ〜……」
「誰か穴ほって」
労りを受けたエリシアは地面にへたり込み、ラナは膝と手をついて地面とにらめっこしながら”穴”の要求をする。
「ティナちゃんはよく頑張ってくれました! だからそんなに落ち込まないで!」
「そうです!ティナさんがいなかったら私たちはあのトードに攻撃することもできませんでした!」
「でも……」
最後に、ようやく残りの1匹を狩り終えた3人組が集まってくる。
「レ! レイアちゃん! 私に魔力回復のポーションを分けて!」
「レイア! 私にリカバリーをはやうぐっ!」
「え、エリシアさんごめんなさい! 実は今の戦闘でポーション使い果たしちゃって」
「えぇ!?」
「お姉ちゃんも……いま私、リカバリーが使えるほど魔力が残ってないの」
「そんな!?」
レイアに気づき群がるも、調子の悪い二人の希望はあっけなく潰えた。
「1匹目は良かったが2匹目のくじ運が悪かったな〜、お前ら」
「初めは順調だったんけどね。ティナちゃんとポイズンの相性があまり良くなくって」
「そうだな。ティナちゃんはグローブで殴る接近戦タイプ、一方でポイズンは毒を吐く他に全身に毒を纏うから殴るとそれが飛び散る」
「でもお兄ちゃん! ティナちゃんは一生懸命頑張ってくれたんだよ!」
「ああわかってるさ。フラジールちゃんの飛ばす身体強化を得ながら一生懸命に殴っては引き、レイアが回復してあげてるところは見えていたよ」
メンバーの中の攻撃ソースであるティナが頑張っている様子は遠目からでも十分に分かるほどだった。
絶えず動きながら敵を攻撃し、フラジールが気をひいているうちに、飛び散った毒でおった傷をレイアが回復する。
更に言えば、回復属性は空間属性に続き、魔力効率が悪い属性だ。
ティナは毒を受けながらも、何度も果敢に向かっていった。
守る力に特化したフラジールも、ティナが手当を受けている間にトードの気を引きながら、難度の高い他者の身体強化もこなした。
レイアは魔力切れを起こす寸前まで力を絞り出し、ティナが挫けないよう支えた。
それを考えると3人とも十分に頑張った。
「やっぱりお兄ちゃんはすごいや。戦闘中でもみんなのことを見てたなんて」
「まあ俺らの戦闘は単純だったからな。アルフレッドが優秀だったのもある」
レイアの賞賛を受け取りつつも、アルフレッドのことも褒めておく。
「はぁ!? こいつが優秀? それって何かの冗談でしょ?」
「なんだと! お前こそリアムの足を引っ張ってたんじゃないのか!」
「なんですって! 私はちゃーんとリアムの代わりに2匹も倒したんだから!」
その声の主は、傍にリアムを捕まえて引きずっていたミリアだった。
「冗談なんかじゃないさミリアちゃん。アルフレッドは十分に戦闘に貢献していたぞ!」
口論が激化する前に先ほどの言葉が冗談ではなかったことを彼女に伝えつつ、アルフレッドの名誉を守る。
……然もないと、口論が激化したのちに立場上逆らえないアルフレッドが、今、彼女の傍らで襟をあの物騒な魔法を放った籠手で掴み引きずられ、借りてきた猫のように痛々大人しいリアムの二の舞になりそうで怖い。
「じゃああんたたちはどうやってトードを倒したっていうのよ」
「俺らか?俺らは力と──!」
「火力で──!」
「「余裕だっ!」」
アルフレッドと息を合わせて、存分に決めポーズをとる。
これも一緒に戦った経験が育んだコンビネーションというやつだ。
「男ってどうしてこう自慢したがりなの? あっリアムは別だけど」
ミリアには様式美がわからなかったらしい。
うまく決まったのに残念だ。
「リアム!? 大丈夫!?」
「んっ? ああエリシア……それにティナにレイアも。どうってことはないよ……ただ後ろから迫ってくるミリアに気を取られていたら魔力壁に激突しただけで」
「鼻血が……」
「ああ本当だ……気がつかなかった。ヒール……ほらこの通り! だからそんなに心配してくっつかなくても大丈夫だよ、ティナ」
それでもティナは、僕から離れようとはしなかった。
他の人がいる場所でこんなに甘えてくるとは、戦闘中に何か落ち込むことでもあったのかな。
「で、エリシアも何かあったの? なんか顔色があまり良くないけど」
「実は、リアムたちの方をみてたら、 あるものを活かせばいいんだって……上手くいって調子に乗ってたら、魔力切れ寸前で……魔力回復のポーションをもらえれば嬉しいんだけど」
「あっ、その私も、ポーション切らしちゃっててよければ分けてもらえないかな」
「お安い御用だよ……はい、どうぞ」
「「ありがとうリアム」」
座ったまま、エリシアとレイアに魔力回復のポーションを亜空間から取り出して渡す。
ティナも、二人も、すごく頑張ったみたいだ。
初めに魔力壁に激突させたトードたちより間抜けな激突をしてしまった所為で足腰が弱い自分……情けないよぉ、穴があったら入りたい。
「誰か、穴を……リカバリーを」
「ちょうど僕も穴が欲しいと思ってたところです。一緒に掘りましょ」
「リカバリーを!!!」
ゾンビのように、背中から襲ってきたラナの腕に手を添えて、優しく穴掘りのお誘いをしたのに、ヘッドロックをかまされながら断られた。
よし、八分目くらいの効果量でリカバリーをかけてあげよう。
「ねぇリアム、なんか私の酔い、微妙に」
「ねぇリアム。そういえばさ、イチカさんの話では、討伐が終わると直ぐに転送陣を作る魔法もじが現れるって言ってなかったっけ」
言われてみれば……レイアに指摘されて、空を見上げたけど、綺麗な快晴だけが綱領と自然を成していた。
「ウォルター、これってまさか、襲来?」
「言われるまで俺も気がつかなかった……そのまさかかも」
不穏な事態だ。
「みんな、聞いてくれ。エリアAのボス戦には、巷では襲来と呼ばれている裏ボス戦が存在する」
ウォルターの呼びかけで、全員が静まり返り、注目する。
「詳しい事は俺も話せない。なにせ、出現する頻度は1年に2、3度と言われるくらい珍しく、攻略情報も少ない幻のボスだ」
「そこから先は、僕が説明する。裏ボスはキングトード。出現は、表のボストードーズが倒れてから5分後。だから、あと1分後くらいから始まる。事前予習で勉強した通り、トードーズは各々、自分の得意属性を弾く撥魔性を備えた油を皮膚から分泌していた。そこから想定するに、キングトードも同じような何らかの特徴を備えているかもしれない。各自このことを頭に入れて、備えるように」
「そんな詳しい情報どこから」
「ルキウス学長から」
「あの人か……」
「そう、だから、半信半疑で取り組もう」
ギルド酒場でダリウスとルキウスの愚痴大会に付き合っていた甲斐があった。
エリアAのエリアボスには、裏ボスが存在する。
ルキウスは、酒の肴に時々自慢げに話していた。
この怪物に、ルキウスは過去に一度だけ遭遇したことがあるという。
そのとき彼は、キングトードに……瞬殺された。
「リアム、俺の情報は噂程度で不確かだが、キングトードはエリアの中央から現れるって聞いたことがある」
「そうだった!みんな、なるべく壁際に移動しよう!キングトードはエリアの中央へ現れる!ありがとう、ウォルター」
「お前がいてくれて、俺も助かってる」
トードーズの死体を亜空間に回収し、僕たちは、急いで壁際へと避難する。
「よしっ。アルフレッド、エリシア、ミリアは先制攻撃の準備を。出現と同時に遠距離魔法が得意なお前らが頼みだ。頼んだぞ!」
「僕が使える最大の風魔法を……」
「火魔法で焼き尽くす」
「なんかよくわかんないけど!この籠手の錆に」
「待った!さっきも言った通り、魔法攻撃の通りは十分に期待できない。それより、キングトードの先制攻撃に備えるべきだ!」
「だけど、どうやって初撃を耐える。やられる前にやるしか……なんだ……この揺れ」
草原の果てで、アイツが起きた。
這い出してくるだけで、立っているのが不安になる程の揺れが地中を伝う。
着地弾と同時に、最大火力を見舞わせようとした3人を慌てて制止したのは、性急ではなかったと信じたい。
「揺れがおさまっ──クソっ!」
しばらく続いた地揺れが鳴りを潜めた隙をついて、一際強い揺れが襲ってきたところで、僕以外の全員がバランスを崩した。
掴まるモノもない。
地震など、転生してからというもの体験してなかった。
『情報では、体長20mはくだらなく、高さは10mを超えるずんぐりでっぷりとした体型。それが、あんな高さから、落ちてくる……』
視線が低くなって草原を見渡していたみんなが、空を見上げる。
「夜……」
「どうして急に暗くなった」
「キングトードは空から来るらしい……比喩じゃなかったのか」
「まさかアレが、ボス?」
ボス戦場全体に影が落ちた。
「なんか小さ……デカッ!アレが……私たちあんなのに勝たないといけないの!?」
「ぇ……そんな、あんなの無理です……」
「みんな潰されちゃう……そしたら私、回復できない……」
「落ちてくる……」
エリア中央へと、光が象る影の像が吸い寄せられる。
いけない、このままだと全滅する。
「魔法壁!みんな急いでこの中に避難を!」
火急的速やかに、上下左右後の5面を魔法壁で覆った箱を作り出し、みんなを避難させる。
「落ちてくる前に早く!」
キングトードは戦場を囲う魔法壁を透過して、地面に着地する。
ルキウス曰く、他のトードたち同様、何らかの効果のある油を纏って、空から降ってくる。
「きゃっ!」
「大丈夫か、ミリアちゃん」
「大丈夫。あんまり、まだ籠手重さに慣れてなくて……」
ティナ、レイア、フラジール、ラナ、アルフレッド、エリシアが駆け込んだところで、巨体は魔法壁を透過した。
「間に合わない、衝撃に備えろ!」
ウォルターとミリアが、まだ外にいる。
みんなを中へ誘導していた僕は、二人の避難が間に合うように願掛けをしながら必死に叫んだ。
「うわっ」
「ぐううううぅうう!」
衝撃から庇うため、ミリアを抱き寄せてウォルターが歯を食いしばる。
風圧は立っていられないほど強く、骨の芯を揺らされる衝撃が爆心から流れた。
下手したら、骨が何個か砕けたんじゃないかと思うくらい手足の硬直が激しい。
「捕まれ」
「えっ──」
着地と同時に僕たちを襲ったのは衝撃だけではない。
震えるキングトードの皮膚から、透明度と粘質のある極彩色の液体がばら撒かれた。
「ゲコォエェエエエエ」
戦場に油の雨が降る。
「走れぇえええ!!!」
僕たちはまだ、死んでいない。
「絶対に、守ってやる!!!」
まだ腰を抜かしていたミリアを抱えて、ウォルターが地面を蹴る。
……その後ろで、 キングトードの腹が、異様なくらい膨らんでいた。
時間猶予はない。
「エリシア、みんなを頼む」
「えっ、ちょっとリアム!?」
余り、9-1、deserter9-2、gate9-9or9-0……9-1。
「リアム、何して、戻れ!」
「大丈夫、僕が守るから」
僕は走った。
ウォルターの背中を押すために、そして抜き出し、思いっきり押し出し投げた。
「アルフレッド、強化をちょうだい!」
「任せろラナ!」
ミリアを抱えたウォルターはそのまま宙を泳いで、アルフレッドの身体強化を受けたラナに受け止められる。
「リアム!」
「リアム様!」
その隣で、失いかけている昔日の面影をなぞるように、レイアとティナが淵に指をかけながら、手を目一杯こちらに伸ばしていた。
手の届かない距離を遠ざかっていく僕を掴もうと、理には適っていなかった。
僕も、失うのが惜しいと歯噛みするほど2人の気持ちは嬉しかったが、揺らぎが見せる炎の輝きが君たちの顔を塗りつぶしていく少し先の明けの悲劇に、僕は眩しくて耐えられない。
このままだと、閉じれない。
「止めなさい!!!」
エリシアが、両腕で抱き締めるように二人を下がらせた。
いいチームプレイだ。
「閉じろ」
お願いだ、後は僕の代わりに、その口を閉じてくれ。
「閉じろ!」
……エリシアは、僕の期待通りに動いてくれた。
唯一の侵入口を塞いで、ボックスを密閉する。
「ありがとう」
僕は、生前の僕を裏切った。
諦めた言い訳をするなら……諦めたくなかった。
「どうしよう、私、リアムを見捨てた……」
悲劇が明ける。
戦場に無慈悲の火炎が手向けられた。
何が起きたのかを理解するために時間を要したウォルターとミリアが、遅れて壁を叩く。
「リアぁあああム!!!」
「リアム……リアム、リアム!!!」
もう遅い。
キングトードの口から吐かれた火種が、釜を充たす程の火炎となって、戦場を炎一色に染め上げている。
「お願いだから叩かないで!……私の魔力だと、保つのがギリギリだから!」
エリシアは、正面の魔力壁を魔力を搾り尽くしながら保っていた。
一方で、リアムの形成した魔法壁は、たっぷりと魔力を込めて構築されていたため、ビクともしない。
『どうして私、こんなに安心してるんだろう……リアムなら大丈夫だって……』
エリシアは迷っていた。
現実を受け入れられていないのか、それとも、信じるものが現実なのか。
決断できていないはずだった。
絶対に見捨てたくないが、他のみんなを道連れにするわけにはいかない。




