49 閑話〜返信〜
王立学院では、王都外の他領生徒は基本全寮制だ。
在籍領地によって寮が振り分けられており、学院のノーフォーク寮を管理するのはこの街のスクールが出張担当しているため、離れて暮らす家族同士が、スクールを通して手紙で定期的にやりとりできる。
「リアム、カリナから手紙がきてるわよ?」
「あとで見る」
「ダメ。すぐ見てあげなきゃ。大事なお姉ちゃんでしょ?」
いつもは先生への愚痴や僕がいなくて寂しいなど、ちょっと踏み過ぎた愛に溢れるが、それでも姉のカリナからの手紙を読むのはそんなに嫌いじゃない。
とはいえ、毎度のことならが、わずかばかり勇気がいる。
「カリナったら、遂に外壁まで登り切っちゃったみたいよ?」
アイナが自分宛てに届いたカリナの近状報告を読み上げる。
カリナは遂に学院を脱走した後に王都を囲む外壁まで登り切ってしまったらしい。
結果、上で見張りをしていた兵士に取り押さえられたらしいが──ほら、絶対ヤバいって。
それを聞いて、ますます手紙を開けるのが億劫になる。
カリナは特待生として王立学院に入学した。
普通は領地からの支援を受けられ、ほとんど無償で学院の入学が許されるお誘いに歓喜するものなのだが、彼女の場合はご存知の通り、スクール側からの要請を受けてもここを離れたくないと嫌がった。
家族の説得により渋々、やっとのことで行かせた。
付け加えれば約半年前、王立学院に特待生として、あるいは新入生として旅立つ者たちを激励するために開かれた壮行会では、唯一の特待生であったカリナが、スクールの実質経営者、兼、公爵であるブラームスからの挨拶に対しては拍手もせず何ら無反応を極め込んだ挙句に、だ。
「君たちが我がノーフォーク領の代表として将来立派に成長し、たくさんの面白いことをしてくれることを期待しています。代表として恥じぬよう一生懸命勉学に励むように」
と、学長であるルキウスが壇上で言ったのに対し──
「チッ」
と舌打ちした上に ──
「姉さん!」
「なぁに、リアム♪」
「姉さん……」
隣に座っていた僕がそれを注意すると、何事もなかったように甘々と接してきたあの日が懐かしい。
『さっさと開けなさい。今、開けようが後で開けようが、手紙の内容は変わりません』
優柔不断な僕に痺れを切らしたのか、イデアから忠告が入る。
「そんなこと言ったって覚悟がいるの!」
「イデアちゃんと喋ってるの?」
「失礼しましたアイナ。あまりにもリアムが情けなかったので」
「そうね〜。私は弟思いのカリナのことだから何にも心配はいらないと思ってるんだけど」
「アイナの言う通りです」
意気投合するアイナとイデア。
カリナがいなくなって少し沈んでいたアイナにイデアを紹介してからというもの、何かとこの二人は仲がいい。
そんな二人を見ていると、緊張なんてどうでもよくなってくる。
「開けます」
封筒を開けるときには、思わず目を瞑ってしまう。
「あれ、1枚?」
封を開けると、中からは見慣れた便箋が1枚出てきた。
……1枚だけ。
そういえば封筒がいつもより分厚くなかった。
いつもは4、5枚ほどの紙にビッシリと近状報告が書かれているのに、今回入っていたのはたった1枚のみだった。
カリナに何かあったのかと急激に不安になって、先ほどとは打って変わり、早々に手紙に目を通す。
『誇りに思います』
これまで紙一面にビッシリ書かれていた手紙と違い、あったのはこの短い一文のみ。
……手紙を恐る恐るアイナに見せる。
「母さん、姉さんになにかあったのかな?」
「いいえ?学院からの報告書も私への手紙もいつもと変わりなく普通だったよ?」
でも、こちら宛の手紙はいつもと違うんですよ。
今回、返信がある前に送った内容で心当たりがあるといえば、エリシアに血を提供して魔力契約を結ぶ旨を記したこと。
「ほら〜言ったでしょ。カリナもきっと応援してくれるって」
アイナは ” ほらね ” と、何事もなかったかのように微笑んでいる。
『一体何があったんだ』
こちらは気が気ではなかった。
直ぐに自分の部屋に戻ると、急いでカリナへの手紙を書くことにする。
──10分後──
「か、母さん! 姉さんへの手紙!」
「手紙はみんな一緒に出すんだからそんなに早く書いたって届く日は一緒よ? おっちょこちょいなんだから」
そうだった。
僕たち家族からの手紙はスクールを通して王都の学院まで届けられる。
そうすることで郵便代は免除され、負担するのは紙と封筒代だけでよくなるのだ。
僕が手紙に書いた内容は、応援してくれたことへの感謝から始まり、ビッシリと何か悪い事でもあったのか、どこか具合でも悪いのかと9割方、カリナの体や心の心配だった。
この新しい手紙は1週間後に、内容の変更もなくスクール便に出され、3ヶ月後にはその返信が届くことになる。
──3ヶ月後──
『別にリアムが気にしてくれて嬉しいなんてことはないんだからね! 勘違いしないでよね!』
返信には、訳のわからない内容が綴られていた。
益々理解不能な状態に陥る。
もしかして好きな男子でもできたか?
それならそれでいいんだが、やはりちょっと違う気がする。
唯一の救いは、カリナが健勝であること。
悪い方向で何か悩んでいるわけではないということ。
そして、この後も、またその後の返信でも、全体的に手紙としては淡白な短文、時々変化があって、勘違いするなだの、嬉しくないだの逆張りの多い可笑しな返信が僕の元にだけ届いた。
学院で過ごす内に、カリナの心境にどんな変化が起きたと言うのか。
真相は彼女に会ってみないとわからない。
……思春期かぁ。




