表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
48/71

48 閑話 Gate


 ゲートは大きさ、維持時間、繋げる距離の3要素で必要な魔力が変わってくる空間魔法の中でもトップクラスに難しい魔法だ。

 これができれば、一般に知られているほとんどの空間属性魔法は使える。

 空間属性はそれくらいピーキーな属性なのだとも、分類できる。

 あれは僕が2年生に上がり、亜空間サブスペースへのアクセスがスムーズにできるようになってきた頃のことだ。


──1年前、ダンジョン魔法演習場──


 魔法の演習授業は基本、なにが起きても備えられるようにダンジョンの中では、担当教官の属性ごとに別れてある程度距離をとったところで行う。

 その日も別の属性練習組とは少し離れた平原で、空間魔法の担当であるフランが生徒に演習内容を説明していた。


「今日から皆さんにはゲートの魔法に挑戦していただきます」


 キタァああ!

 憧れのワームホールもどき、待ってました!


「ゲートの魔法の構造的な仕組みは、亜空間サブスペースの観測方法が魔力を使うこと以外に発見されていませんから、まだ深くは解明されていません。私の解釈で行くと初級の亜空間サブスペースの入り口をこうして……ズラすように複製し、出口を繋ぐ目的地をイメージします。どこにいてもアクセスできる亜空間の特性を利用し、この二つ目の閉じた亜空間サブスペースの入り口を一つ目の入り口を通して亜空間側に挿入し、目的地の座標へと通じる手応えを感じ取ったら展開、また、貫通させるようにします。こちらの世界に繋げてそれを維持するわけです。イメージの自由度が高いだけに、魔法の行使はやはり難しくなります」


 フワフワと杖で操る水魔法で作り出した輪を二つに分裂させ、出口と称した輪を縮小し表面を凍らせた後、もう1つの入り口の輪の中を潜らせる。

 そして、水の輪を潜った出口役の氷の輪がパリンと弾けて水の輪となる。

 よりわかりやすくイメージを教える工夫を怠らない。

 フランは他にも多彩な魔法が使える優秀な魔導師だ。

 そういえばそのせいで、そんなに生徒からの評判がいいのならと、水魔法の派生系である氷属性の担当をケイトから押し付けられたと、とある氷属魔法演習授業の日、ぼそっと愚痴っていたことがあった。 


「全く異なる地点同士を結ぶこと。これにはかなり高度な空間認識能力と、繊細な空間の変化を感じ取る力が必要となります」


 フランが杖を下ろし、二つの水の輪が散った。


「まず皆さんには、同じ亜空間につながる二つの穴を作ってもらうところから始めてもらいます。まだ亜空間が開けない子たちも、一緒に練習してみましょう」


 ファーストステップでは、亜空間に同時に二つの穴を開ける。

 そうしてまずは、2地点に空間魔力が存在する感覚を養う。

 これだけなら簡単かもしれない。

 比較的、直感的だ。


「それから、こちら側と亜空間側で入り口を作る感覚は異なります。ですから、初めはこう片手で展開した亜空間にもう片方の手で空間属性の魔力をドンッ!……っと放ってやります。すると込めた魔力量に応じて相応の大きさ、相応の距離にもう一つの穴が空きます」


 セカンドステップでは、2つの空間魔力の感覚を掴んだら、今度は片手で作り出した空間の歪みに、空間属性魔力を纏ったもう片方の腕を突くようにして放つ。

 そして、最終サードステップでは、空間属性魔力を通して詳細な目的地の観測を行い、出口を策定する訓練を行う。


 これまでの授業で熱心に、それはもう熱心に練習してきた結果、亜空間を開くまではできるようになったので、今日はセカンドステップの訓練を行う。

 大事なのは亜空間を通してもう一つの穴を開くということ。

 フラン曰く、実は、亜空間を一度開いた後に魔石を使うなどなんらかの方法でそれを維持しながら、少し距離をとってもう一つ亜空間の入り口を開く方法でも、擬似的なゲートを再現する事ができるらしい。

 しかしこの方法では、一つ目のゲートの維持には徒歩か馬車か、移動距離を速度で割った時間分の消費が生じるわけで、更に魔力を貯める時間を必要とし、燃費が悪い。

 その点、亜空間を通してもう一つの穴を開ける方法を知っていれば浪費時間と魔力消費を抑えられる。

 亜空間は世界中どこからでもアクセス可能な特殊空間である。

 イメージして感知できれば目的地に簡単に接続、後は穴の大きさ、開く時間、距離を縮めた相応分の魔力を消費するだけで済む。

 

「ただし、亜空間の中に魔力をぶつけてもう一つの穴を開く方法では2つ目の穴は制御されていません。また、穴を開けている魔力の放出を止めるともちろん閉じます。亜空間の出入り口(ディメンションホール)を2つ開いて、感覚が掴めてきた子は、次は今、私がしてみたように、亜空間を通して二つの穴を開いているという感覚を掴んでみましょう」 


「「「はーい」」」


 これまでは現実世界から空間属性の魔力で穴を開けることで亜空間にアクセスしていたが、今回の練習目的は『亜空間側からも現実空間に穴が開けられるようになること』だ。

 亜空間は個人の魔力の質によって開く先が固定されるため、自分の亜空間と無数に存在する他者の空間とが混ざり合うことはまずないらしい。

 そのため個人における空間操作の感覚も微妙に違うと言われている。


「布の表と裏、針を突き刺す感覚で……」


 僕は、裁縫のなみ縫いのイメージをこれに当てはめた。

 布の表を現実空間、裏を亜空間とし、空間属性の魔力針を表から裏、裏から表へと一直線に突き刺していく。


「ゲート!」


 亜空間の口を左手で出現させ固定し、そこにめいいっぱい先を尖らせた魔力の銛を右腕の突きとともに打ち込む。


「凄いです!一回で貫通しました!」


 絶賛じゃないか。

 これには僕もご機嫌だ。

 ……うん、10tトラックが通るにはいいくらいの大きさだ。


「大きい……リアムくん、い、いくつ穴を開けてるんですか!?」


 この時の言い訳をするならば、多次元空間の穴を開くためには、前世のフィクション知識云々、ものすごいエネルギーを使って特別な量子が云々、既に手元には媒介となる特別な力があることを頭から抜け落としuh-hnh……フランが目の前で事前に実践してくれたにも関わらず憧れの力を絶対にものにしてやると熱を上げて、深く考えてなかった自分が悪いです。

 言い訳しようとしてごめんなさい。

 空間に穴を空けて二つの地点をつなげるには相当の力=魔力が必要だと勝手に頭の中でイメージを作り上げてました。


「20メートルほど先に一つ目の穴が開いてます。その1メートル程先にまた穴が開いていて20、1と交互に入り口出口がずっと続いていました。どんなイメージをしたらこんなことになるんでしょうか……」


 確認のため、フランが僕のゲート(仮)を通って出口の様子を確認してくれた。

 彼女の話では20mほどを繋いだゲートの入り口出口が1m間隔でずっと続いているらしい。

 あれだ、仮にイメージするなら左から入ると一瞬で右に出る20mの不思議な緑色の土管を1m間隔で延々と置いていっているようなものだ。


「2つしか潜ってきていないので、どこまでそれが続いているか分かりませんが、ゲートはしっかり繋がっていました。おめでとうございます、あとは20メートルほど先にできている出口の穴を感じ取り、それを魔力波なしで開けて固定できるようになれば立派なゲートに……ん? 何か変な音がしますね」


 フランの賛辞を遮る、何処か遠くから謎の連続する破裂音が聞こえてくる。


「ちょっと見てきますね」


 フランは再び僕の作ったゲートの中へ行く。

 今もなんか変な音が聞こえてる。

 ……僕がゲートを開いた方向から響いてきているらしい。

 目の前に映るのは成功したゲートの円周が少しずつずれて収束していく円である。

 海賊がよく持っている望遠鏡を逆から覗いたように、小さくなりながら続く1m感覚で開いているらしい穴々とその間の光の縞々だ。

 フランが次々と輪をくぐると、ゲート内に映る画の穴に入っていくに従い、影はどんどん小さくなっていく。


「 ん  れ ーぇ……、 ア  ん   を めてー……」


 うるさいなぁ。

 ホントになんだろう。

 謎の音はどんどん騒々しさを増している。


「 ん  れ ーぇ……、 アム んは 力を めてー……」

「 なんだろう……?」


 かすかに、フランの声が聞こえた気がした。

 ゲートの中からフランの声が近づいてくる。

 しかし、何を言ってるのかわからない。ゲート群の奥へと行ったフランの姿も、小さすぎて確認できない。


「みん 離 てーぇ!……リアムさ は魔力をと てーッ!」


 微かに聞こえたかなと思っていたフランの声が徐々に大きくなり、はっきりしたものとなってくる。

 同時に小さすぎて見えなくなっていた彼女の姿も、確認できるようになってきた。


「みんな離れてーぇ! ……リアムさんは魔力を止めてーッ!」


 遂に全てがはっきりと聞こえた。

 こちらにハードル全力疾走してくるフランの後ろから迫ってくる、黒い影が……──。


「みんな離れッ──」

「や、ヤバイッ!」


 気付いた時には一瞬だった。

 フランに言われてすぐに穴をこじ開けていた魔力を止め、空間の穴を閉じようと試みる。

 謎の破裂音の正体は、鉄砲水のように直進してくる大量の水がゲートの縁にぶつかって鳴っていた波打ち音だった。

 ゲートが完全に閉じ切る前に、向こう側から襲来した鉄砲洪水はフランを飲み込んだあと、一気にこちらへと流れ込んできた。


「遅かッ……ブクブク」

「ブクブク」


 い、息が……水がぁぁ。 


「ゴホゴホッ!ゼェ、どこからこんな水が……」

「この方向に……ゼェ、数キロ先……ちょっとした高台を登ったところに湖があるんですがゴホッ」


 息を整えながらフランの推測に耳を傾ければ、等間隔で置かれた次元土管の列は、かなり遠くまで続き、とある湖の中まで繋がってしまったようだ。


 この日、とある湖のほとりで釣りをしていた冒険者は語る。


「まるで世界の終焉が訪れたかのように、轟音とともに湖の表面に無数の渦が現れると、みるみるうちに湖の水がなくなっていった。そしてそのことを知らせようと街に戻るため支度し、下り坂の手前までやって来るとそこから見えた眺めは一直線になぎ倒された木々の道……更に、急いで坂を下るとぽっかり丸いトンネルが開いていた。地獄の穴かと思ったが、好奇心にかられてトンネルを進むと、なんと水の抜けた湖の底に出た。そして、辺り一面中は水浸しで大量の魚がピチピチ跳ねていたんだ。おかげでオイラは小金持ちになっただ」

 

 怪異! 突如開いた湖底の大穴! 未知巨大生物現る!?……などなど、後日冒険者界隈でちょっとした騒ぎになったが、次の日にはそれらは全てダンジョンの復元力によって元通り、湖の水もしっかりと張られていた。

 ……一部、森の中で、等間隔で縦に割れたり傷のついた木が見つかったそうだが、広くは語られなかった。

 その後、数日間、話を聞き漁夫の利を得ようとした冒険者たちがその湖の近くで目撃されていたが、当然何日待ってもそれは起きず、意外と騒ぎは早く収まった。


「ゲートの真髄は、正面を見ながら後方に出口を出現させられるような、入り口を開いたり体の向きに縛られることのない、前進して後退できる自由性。無制御で力任せに開く方法だと魔力を放った時の方向に出口の穴が固定されて、その方向にしか穴が向かないんです。リアムさんは慣れるまでもう少し慎重に練習してみましょう。ですがこの距離は私でも同じゲートの大きさ規模で、繋げられて持続できる時間は1分程度かと……ちょっとショックですね」


 水も滴るいい女。

 まだまだ世界は広いと知る若く優秀な教師、フランである。

 ホント、ごめんなさい。


「水が来るのにタイムラグがあったのは初めに高台と湖底の間にあった土砂がゆっくりとゲートを通って排出されていたためだと思われます。ゲートが出現した際、何かそこにあった場合、対策が施されていない空間において存在の優位性は必ずゲートの輪に傾きます。そのためそこにあった物質は何があろうと弾かれテブしッ!……や、やりましたねぇ〜!」


 ──ボスッ。

 あたり一面泥まみれ、誰が始めたか泥合戦、皆で投げ合いサバイバル。

 教師のフランも交え白熱した試合が繰り広げられた。

 そして、いつまで経っても戻ってこない僕たちを迎えにきたケイトに丸ごと渦潮洗濯機された。


 あれから1年と半月、ようやくもう一つの穴の感知と生成・維持に成功して、僕は自由自在にゲートを繋げられるようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ