47
──翌朝──
東から斜めに入る木漏れ日の光に当てられて、マイナスイオン溢れる森で気持ちの良い朝を迎える。
「おはようございます」
「おはよう。ごめんね、起きるの遅くて」
「いえ。イデア様が話し相手になってくれていたので、楽しかったです」
「エ゛ッ……」
寝起きなのに、随分と野太い声を出してしまった。
就寝中も勝手に動いていたという自分のオリジナルスキルに一変、一気に頭が痛くなる。
寝ているときに勝手に動くスキルとか、タチの悪い夢遊病にかかった気分だ。
「それじゃあ日も出てきたことだし、街に帰ろうか」
「はい」
ティナの表情は、清々しかった。
きっと悩みを共有し、ぐっすり眠れたのが良かったのだろう。
──マクレランド商会──
マザーエリアの街に戻り、マクレランドにティナのレンタル超過代金を払う。
「それじゃあこれ、超過分の大銅貨1枚です」
「確かに、お受け取りいたしました。申告なく3日の延滞が起こりますと組合に報告となりますので、お気をつけください」
「はい。今回は延滞利息をおまけしていただいてありがとうございました」
「話を聞けば、ウチのティナが原因で帰還が遅れてしまわれたようですし、お支払いいただけで結構ですよ」
「ごめんなさい……」
「いいって。僕は楽しかったから」
今度はちゃんと最初から2日分の契約で、また、キャンプでもして、暇に潰されてる気分を晴らしてみるのもいいかもしれない。
「やはりこの子をあなたに紹介して正解だった。ありがとうございます」
「あの……つかぬ事をお伺いしますが、マクレランドさんは今『やはり』とおっしゃいましたよね。どうして見ず知らずの僕にティナを任せたんですか?」
「リアムさんは商人界隈でも有名です。若くしながらスクールでは優秀な成績を修め、商売の世界ではアイスクリームや魔法箱を生み出し、更には他領から売れない商品を持ってきた商人にも恩情をかけられた慈悲深きお方だと、お聞きしておりました」
そんなに褒められると照れてしまう。
「マクレランドさん。あの、初めの方はまあ、否定はしませんが、最後の恩情をかけたってのは違います。単純に僕が好きで商品を買わせていただいただけで、決して慈悲なんかではないので、そこのところ誤解のないよう修正していただき、機会があれば他の方にもそれとなく訂正をお願いできませんか?」
「そうでしたか、それは失礼しました。出来るだけ、お力になれるよう努力いたします」
噂がそこまで広がっていて、僕にこれといった実害がない。
やはりパーティーで、公爵家との繋がりを大々的にアピールしたのがよかった。
でも、何か大切なことを忘れているような……公爵家……そういえば、昨日の夜はミリアのところに行く約束だった!
無断でレッスンをすっぽかした上に相手はミリアだ。
さっさとやることやって、直ぐに弁明しに行った方がいいだろう。
それがいい、そうしよう。
「ところでマクレランドさん。僕からティナへ特別報酬を出してもよろしいでしょうか」
「こ、これは……」
ゴソゴソと亜空間に手を突っ込み、ティナへの追加報酬を次々に引っ張り出すと、マクレランドの目が点になる。
特別報酬とは、こうした商業において奴隷を働かせている場合、雇用主や借用者から出される臨時報酬だ。
この場合、ティナの所有者兼雇用主であるマクレランドに対し、借用者である僕から特別報酬を奴隷であるティナに3、雇用主であるマクレランドには7の割合で出すことができる。
「リアム様!……これは!!」
ゴブリンの貯蔵庫にあった武器やモンスターの素材等の貯蓄物が全て特別報酬として提示されたのだから、ティナが驚くのもわかる。
「これはティナのお手柄で手に入れた戦利品です。お納めください」
危険に晒したのは僕なのだから、これらを見つけられたのはティナのおかげとしか言えない。
「どれもこれも素晴らしいものばかり……ムッ! これは魔石が埋め込まれた剣ですね。こちらは……ゴブリンの秘薬!?」
へぇー、そんなものまで混じってたのか。
ゴブリンの秘薬はプレゼントスキルと呼ばれる滅多に見つからないダンジョン産レガシーの一種だ。
ゴブリンメイジのいる集落で極たまにみつかる秘薬、これを飲むと飲んだものはExスキル《テイム》を獲得できるという代物で、一つ100万Pはくだらない。
とはいえ、僕は既に《テイム》は所有している。
目的が換金に限られると言うのならば、他の戦利品を差し出しておいて、これだけを差し出さない選択肢は採りたくない。
「いけませんこんな高価なもの! 他のものならまだしも、リアムさんはこの薬の価値をわかっておいでですか!?」
「マクレランドさん。これは僕からティナへの気持ちです。どうか、お受け取りください」
《知の書》のこともあったから、ダンジョンにてスキルが獲得できる可能性については、スクールで積極的に学んだ。
それこそ昨晩、僕はティナが一日でも早く自由の身になり、自分のために生きる選択肢を与えると決意したばかりだ。
「リアムさん……続け様になりますが、特別報酬における条約の内容をご存知でしょうか。特別報酬には限度額がございまして」
「そんなものがあるんですか?」
「はい。第3者による奴隷への特別報酬適応条項には
1.奴隷が報酬に見合う手柄を上げた場合
2.一度の報酬における上限額は大銀貨1枚まで
というものがあります。お気持ちは大変嬉しいのですが……」
「……そうですか」
落とし穴があった。
よくよく考えてみれば、見せかけは奴隷の所有者が決して損をしない制度であるが、実質的には、多額の報酬は所有者の意図しない奴隷の解放に繋がるため、初期の奴隷活用計画を狂わせることになる。
手詰まりだ。
立ち塞がるは、国で定められた厳然とした法律、どうしたものか。
「それは困った……」
「リアムさん。一つだけ、方法がないこともありません」
「その方法とは?」
「こんなにティナのことを思っていただき、私は今、感動に打ち震えております。リアムさんには、全面的に私を信用していただく必要がありますが、このマクレランド、是非お力になりたく存じます!」
拳を堅く握り、勢い良く涙をダーッと流しそうな熱量だった。
こんなに熱い人だったなんて。
「わかりました。マクレランドさんを信用します。その方法を教えていただけますか? 後学のためにも、是非お願いします」
「もちろんでございます。この方法は、奴隷所有者における奴隷への報酬制度を参考にしたものです。所有者が報酬を与える権限を定める制度の中には──
『所有者から奴隷へ特別報酬を与える場合は役所への申請が必要である。報酬限度額に制限はない。また、当時の該当奴隷購入額に相当する金を納めたものは、その奴隷を解放、即ち手放さなければならない』
というものがあります。これを応用すれば、私を経由することにはなりますが、ティナへの報酬を限度額なく渡すことができます」
ロンダリングとなると、僕がマクレランドを全面的に信用する必要がある。
「ティナの購入金額は約100万P、全てを私に預けていただければティナは奴隷からすぐにでも解放、少しの間の生活費も余裕がある程度のPを持った状態での再起となりましょう。しかしリアムさんには今回、ゴブリンの秘薬を除いた報酬のみをお預けいただきたいのです」
「親もなく、帰る場所もないティナが一般社会に戻ればまた同じ轍を踏むだけだと?」
「はい。それにここまで大きな金額の報酬を一度に出すとなると、周りから不審がられます」
「不審がられるんですか?」
「はい。この方法は大抵、所有する奴隷を訳あって手放したい時、あるいは奴隷に同情と愛情を持ったものが耐えきれずに解放するレアケースでしか使われません。良い働きをし、一定額の報酬を支払うというケースはしばしばありますが、多くても10万P相当の大銀貨1枚程、第3者から得られる特別報酬とそう大差ありません。ゴブリンの秘薬を含めずとも、リアム様に頂いた報酬は十二分であり、所有者からの特別報酬もそうしょっ中あるものでもないのです」
それから、マクレランドは同情によって奴隷に過剰な施しを与える者が、業界ではどう呼ばれているのかを教えてくれた。
そういう商人のことを、奴隷商の世界では皮肉を込めて『偽善の聖職者』と言うらしい。
聖職者というのは世間では神に仕え慈悲深い心を持ち合わせた潔きもの、聖職者が手ずから成す善行は真に御心のままに動くものであろうが、それが私利私欲による偽善ともなれば、全ての善行は周りを騙して信仰を集めるペテンとなる。
商人は商いをして稼ぐ者、一方、聖職者の収入といえば信仰者からのお布施である。
奴隷商業界では、偽善で動く商人に実力で稼ぐ脳はなく、ペテン師に等しいものとして嫌悪されて商人としての信用を落とす。
「わかりました。ではこの秘薬は僕の方で保管させていただきます」
「ご理解のほど、感謝いたします」
一度出したものを懐にしまうのは癪だが、今回は如何しようも無い。
仮に今の僕が解放されたティナの請負人となっても、責任もお金も足りない。
であればその準備ができるまで、あるいはティナが自分の身に責任が持てる歳まで待ち、こちらで貯蓄していた報酬をその時、彼女に還元することが彼女のためになる。
「こちらがリアム様から私への譲渡状とその写しになります。それともう一つ、少し心許ないですが私個人で約束状の方を認めさせていただきました。どうぞご確認ください」
「そんな心許ないなんて…… お気遣い痛み入ります」
「これでも私は商人ですから」
さささっと、マクレランドは自らの署名が入った報酬の譲渡状とその写し、そして簡単に譲渡物を必ずティナへ支払う約束状を作成して手渡してくれたので、三つにそれぞれ署名して、譲渡状のみをマクレランドに手渡し、後は自分で保管する。
「ならば、僕はこの業界では慈善活動家を名乗りましょうか。もし、ティナのことで何か不都合があれば、奴隷の処遇についてうるさい客がいるとでも言ってください」
「うまくやりますよ……こちらこそ、お気遣い痛み入ります」
ヤな客の気遣いを嬉しそうに受け取って、胸をはるマクレランドの笑顔からは、彼の商人としての人柄の良さと誇りが垣間見えていた。
「なんか騒がしいな……」
店から出ると、街の通りがなんだか騒がしかった。
「ま、いっか」
少し気になるが、きっとどこかのパーティーが大物を仕留めたとかで盛り上がっているのだろう。
それよりも、僕には優先すべきことがある。
「あれ、シーナさん? クロカさんはまた二日酔いですか?」
「ハハハ……確かに先輩は今日も『酒飲みすぎて頭イテェ〜』って愚痴っていましたが、ちゃんとさっきまでここで仕事していましたよ」
退場ゲートにいるはずのクロカがおらず、代わりに入場ゲート側にいるはずのシーナがいた。
午前中にクロカがいないことはたまにある。
前述した通り、大抵が二日酔いだ。
「何かあったんですか?」
二日酔いでないとすれば一体どうしたというのか。
先ほどの騒がしさと言い、気になる。
「それが、エリアBに雷雹が出たみたいなんです。今朝、エリアBの森の中を探索していた冒険者達が、地面が抉れ、木々がなぎ倒された謎の痕跡を発見して数匹のゴブリンが雷のようなものに焼かれ死んでいるのを確認。その後、近くを探索するとケイブゴブリンが巣を作っている洞窟があった様なんですが──」
わかりましたよ……洞窟のゴブリンが全部、焼け焦げていたんですね。
「洞窟の奥、ゴブリン達の貯蔵庫と見られる大きな空洞に探索隊が到着すると辺り一面分厚い氷、推定30体以上のゴブリン達が中で氷づけにされていたみたいなんです」
怖いですよね〜、とシーナは眉を潜め苦笑い気味に言いながら、帰還の魔法印をポスンと押したギルドカードをこちらに返す。
この帰還印は入場の際に押される潜入印を打ち消すもので、ダンジョン内で潜入の印が押されたカードを持っているかどうかが、密猟者を炙り出すために役に立っているらしい……今更魔法印がなんだって?──現実逃避じゃないよ。
「ライヒョウはエリアG、コルトを含む北の山岳地帯に住み滅多に姿を見せない氷と雷を操るSランク級のモンスターですから、それだけ強力な狩をした痕跡が残っているとなると……あれ、リアムさん?」
既にシーナの目の前には、姿影形が何も残っていなかった。
──ギルドノーフォーク支部受付──
ダンジョンには復元力があるが、魔法化された強力な魔力がオブジェクトに残存する時、原因が取り除かれるまで復元されなくなる。
「ダリウスさん!」
「ちょっと待てリアム。今忙しくて酒に付き合ってやれないんだ!」
騒々しくギルド職員や冒険者たちがあちらこちらを行ったり来たりしているギルド支部の受付の前で、ダリウスも緊急事態に対応するべくギルド長として陣頭で指揮をとっていた。
だが、どうしてだろうか、ダリウスの表情は非常に生き生きとしており、とても嬉しそうだった。
「その忙しいってのはエリアBセーフポイントから北東に5kmくらいの洞窟付近の木々がなぎ倒された森の中で雷に焼かれ、また、洞窟の中には氷づけにされたゴブリン達がいたっていう話が原因ではないですか!!?」
「おうそうだ! 1時間前くらいに遠話の魔導具でセーフポイント待機のギルド職員から入った確かな情報だ!そんな芸当ができるのはケレステールではライヒョウぐらい、何もかもが前代未聞!! Sランクモンスターの異常な長距離区間移動に冒険者たちへの立ち入り規制! エリアBでの捜索隊結成、そして、エリアG実力の探索者で構成する大規模討伐隊の編成をしてもちろんこの俺も!…… なんでお前がそんなに詳しい情報を持ってるんだ?」
「それやったの、ライヒョウではなくて、僕だからです」
「嘘だろ!? ……折角、パトリックからの呼び出しを蹴った上、暴れられると思ってたのに」
事の真相を聞いたダリウスの落ち込みようときたら、半端じゃなかった。
まるで脳震盪を起こしたかのように膝から崩れ落ち、地面に這いつくばる。
何より重要なのは、ライヒョウ速報が誤情報であったという事より、街の主要人物を招いた都市構想会議を主催する次期領主のパトリックから、サボりの常習犯として警告付きの呼び出しを食らったタイミング、正当な言い訳となるはずだった免罪符がおじゃんになってしまった事らしい。
それから、事の経緯を軽くダリウスに話した。
「ちょっと来い」
今後の対応について話し合うためギルド長室へ、と思ったのも束の間──。
「なあリアム。今日から数日、俺とどっか遠いところに逃げないか? お前のダンオペならなんとか口封じできそうだし、後はその奴隷商たちにも口止めして数日報告がなかったことにすれば、騒ぎを起こした張本人として祭り上げられなくて済む」
「はぁ……でもですね……」
歩いたのは数メートル、ギルドの端っこまで来てしゃがみ込む彼に釣られ、二人してしゃがみ込む。
「今回は誤解した奴らが悪いが、それこそ今から俺とエリアGにライヒョウ討伐にでも行こう。事のほとぼりが冷めるまでいい時間つぶしになるし、そういえばさっきルキウスの奴が俺を呼びに来た時お前も探していたぞ? お前、ミリア嬢との約束すっぽかしたらしいな。今回は俺が極秘にお前にエリアB調査を依頼していたことにして、緊急の雷雹が起こったせいで顔を出す時間もなかったことにすれば多少マシなんじゃないか?」
なんと悪く、ずる賢い大人だろう。
「今なら、俺の権限で中々予約が取れないエリアCのエリアボス戦に割り込みで挑戦させてやる。ついでに、中級冒険者の資格も取って、な?」
雲隠れが事態を更に悪化させるだけだと知っているはずなのに、ジャブで揺れる僕の心にすかさずストレートを決め込んでくる。
悪魔の誘惑、こういう人間が権力を持つと本当にロクでもない。
「わかりました。それじゃあ後処理はお願いしますよ」
不本意さは……大分残るが、僕はダリウスの提案を飲むことにした。
決め手はミリア。
昨日の今日でルキウスに僕を探させているということは、相当お冠に違いない。
話も決まり、テテテッと、出口の方へと怪しげな足取りで向かう。
「よし、それじゃあルキウスに見つからないうちにさっさと」
「呼ばれて笑顔でジャジャジャーン♪」
「「で、出たーッ!!」」
背後から襲来する恐怖の旋律。
「集合場所はA.CのSPだ!無事逃げろよ!!」
「健闘を!」
急速に高まった心拍音を感じるとともに、略式の打ち合わせを済ませて乱雑する人混みの中を駆け抜けていく。
ルキウスは一体、いつから後ろに居た。
「おっと逃がさないよ!這え、ロープたちよ!」
建物の一般出入り口は正面のデカいの両開き扉玄関だけ。
ルキウスの袖から現れた2本のロープが、蛇のように床を這いながら人々の足元を迷いなくすり抜けていく。
「拘束」
「うわッヴッ!」
数秒で追いついた一つ目のロープが片足に絡みつき、綺麗に顔面から転んだ。
「拘束」
「へ?……どわップ、デッ、ブヘッ、ゴエッ」
ダリウスはゴールまで残りあと5メートル、更に都合よく人の出入りが途切れたので後は全力でレーンを走り抜けるだけだったが、時既に遅し、もう足元まで迫っていたロープはダリウスの足ではなく上半身に巻きつき、腕を全力で振って勢いを増そうとしていたダリウスの重心はこれで前かがみに傾いた。
「「「きゃーッ!」」」
手を出すことも叶わず3回転、最後はコースを外れて盛大に壁に激突し、周りからはいくつかの悲鳴が上がった。
「くそ! これはリアムのため、延いては冒険者全員の安全を確保するためなんだ! 見逃してくれルキウス!」
床に並んで拘束された。
隣でダリウスが必死にルキウスに訴えるが、なんか、かなり調子の良いことを言っている。
ここは、調子良く思いっきり便乗する。
「そうなんです学長先生! 僕はギルド長であるダリウスさんに誘われてただライヒョウ討伐に行こうとしていただけで!」
「あっ、てめッそういう言い方するなよ! それだと全責任が俺にのしかかる!」
「ダリウスさんこそ! 僕の名前出す必要ないじゃないですか! 普通にみんなのためでいいでしょうが!」
「あっ、そっか」
せっかく漫才繰り広げてあげてるのに、ルキウスは特にこれといった反応も見せず、終始ニッコリと張り付いたような笑顔だった。
そのままルキウスが口を開くこともなく後ろをサっと振り返ると、騒ぎで作業を一時中断し、静かにこちらを伺っていたギルド職員たちが自発的に、各々がいますべきことを察して通常業務に戻り始める。
先ほどまで陣頭で指揮していたダリウス哀れなり。
「言いたいことはそれだけかな?」
「「ひぃッ!」」
「まあ、僕から君たちに言うことは何もないよ。安心するといい」
「「そ、それじゃあ!」」
「二人の処遇はお二方にお任せします。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
希望を見出し顔を輝かせた僕たちの期待を裏切り、ルキウスは胸に手を当てて一礼した。
「とりあえず私はこの筋肉馬鹿だるまの刑を執行することにしよう。そうだな……このままロープに火をつけて火あぶりにするのも悪くない」
「あばばば……」
背後から感じる圧倒的存在感。
ものすごく聞き覚えのある声を聞いたあまりのショックで、ダリウスは泡を吹いて倒れてしまった。
「ではお兄様、この可憐で美しく直向きに無事を願っていた乙女との約束も守れない、そんな哀れな頓痴気の罰は、私にお任せ下さい」
「いいだろう。ではルキウス、二人を城へと運ぶ。着いて来い」
「仰せのままに」
あっ……血の気が。
体が震える。
「リアムくんは自分で立って歩けるだろう。じゃないとこうして運ばなければならない」
ルキウスがグルグル巻きの僕を補助して立ち上がらせると、自立しなければこうなるぞと、失神しているダリウスを拘束するロープの端を握って床を擦らせ引きずっていく。
「はい……」
返事を返す力さえ尽きそうだった。
ただただ黙って外に停めてある馬車へと向かい、終始、項垂れて神への懺悔をひたすら心の中で唱えていた。
そこにいるんでしょ!いるんだから助けて!
『哀れなり』
お前じゃない!!!
──公爵城、ミリアの私室──
ミリアの自室で二人っきり……顔面から転び鼻血が出てしまった僕の顔を、ミリアは綺麗な布で優しく拭いてくれた。
そもそも拘束されていなければ、自分でさっさと拭き取っていた。
「それで? どうしてあんなことをしたの?」
「ダリウスさんに誘われてライヒョウの討伐に行こうとしてました」
頬に右手を添えながらのこの質問に深部の震えが止まらない。
初めて彼女に会ったあの日、癇癪を起こしたミリアから部屋を追い出され、椅子や何やら投げつけられていた悲惨なアルフレッドの姿が脳裏をかすめる。
「それは今日のことでしょう。今日ではなくて、昨日のことよ」
……どうしよう、気絶したい。
「実は、昨日……」
・
・
・
「それじゃあ、リアムは他の女の子、それも奴隷の子のために私との約束すっぽかして、二人星を見ながらロマンチックな夜を過ごしていたのね」
なんとか峠を越したつもりだった。
人道的な行動を執ったとして許してくれるかな〜……なんて甘い考えもあったのだが、ミリアの機嫌は良くはならない。
「奴隷の子って言ったって僕が借りた子だし、見捨てるわけにもいかなくて」
「そんなことはわかってるわよ!!」
「ご、ごめん……こんなんじゃ嫌いになられてもしょうがないね」
「いや、それはまた……そこがまた、好きなんだけど……」
「許してくれるの?」
「ちがぁーう!」
知人を助けて、衆人環視の中鼻血流して、監禁されて……僕、そんなに悪いことしたかな。
「ごめんなさい」
こういう時はひたすら謝るのが正しいとウィルも、前世の父も言っていた。
「もしかして──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
……って心配していた私の気持ちは見事に裏切られたのね」
なんだそれ……んな話、荒唐無稽とは断じることはできないが、にしても妙に早口でスラスラと……本当に、心配してくれてたのか。
「本当に、ごめん」
「謝らないでよ……それじゃあまるで私が貴方をいじめてるみたいッ !」
観念した。
僕は、ミリアを泣かせてしまった。
泣かせてしまったのだから、小理屈は並べない……泣きたい。
「ありがとう、心配してくれて。大事に思ってくれて、嬉しいよ」
「ほんと?」
そうして、汚れた評判の挽回を図ろうとした時だった。
ミリアの私室の扉が開く。
「ああ、無事でよかった。もう私ったら ──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
……って心配していたのよ。無事でよかったわ」
「お母様!? それにお兄様にお父様まで!!」
扉を開いたのは、ミリアの母親であるマリア、先ほど別の場所へダリウスを連行したパトリック、そして、ブラームスだった。
……それにしても、セリフ口調のソレはなんか聞いたようなフレーズだ。
「私も──
『頭足らずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
……って心配していたんだ。ダリウスから聞いたが、大変だったようだね」
キタァあああああ!!!
僕の救世主!!!
で、なんなんそのフレーズ!
「チッ……なんだ──
『頭たらずで公爵家に楯突いた馬鹿な間抜けたちに攫われて、城に来ることもままならず、今まで発明した商品や新しいアイデアを聞き出すため、または大昔に人知れず封じられたとある禁じられし魔物の封印を解くために、魔力を搾り取られる永遠とも思えるような辛い拷問を受けて、今も苦しんでいるかもしれない』
……わけではなかったのか。折角お前のことを嫌いになるようミリアにあれこれ吹き込んだというのに」
「……あなた?」
「あっ……」
隠しきれない陰謀を滲ませた墓穴は、もう出来上がっている。
地獄に骨を埋めてお眠りください。
「あなたが変なことを言うからみんな余計心配しちゃったのよ? いくらミリアが食事の時にもリアム君の話ばっかりして自分に構ってくれないからって……一番反省するのはあなたです! そこに直りなさい!」
言葉遊びのようなフレーズを流行らせた張本人はブラームスだった。
「マリア!?」
「お母様!?」
そこに直れと言われたブラームスから飛び火して、最近僕のことばっかり話していることを暴露されたミリアにもお灸が据えられる。
「さて、リアムくんはこっちに。誤解は解けたし事情も聞いた。巻き添えを食らうのも酷だし、ダンジョン帰りで疲れているだろう。どうかな、あれが終わるまで別室でお茶でも」
「メシアだ……」
ほらね、いたんだ神は。
『崇めてください』
『おまえじゃない……』
救世神パトリックから手が差し伸べられる。
「あっ! 待って二人とも! 私も行く!」
マリアに自分の秘密を暴露されブツブツと呟いていたミリアも、これからお茶と洒落込もうとしていたこちらに気づき、連れ立って一緒に部屋を出る。
「おのれ……!」
息子、そして最愛の娘もが自分を見捨ててリアムを採った。
そそくさと場を後にしようとする3人が視界の端に写ったブラームスは、説教の最中にも関わらず阻止しようと立ち上がる。
「あなた!!」
「……はい、聞いてます」
自分の前に聳え立つ鬼火山と化した妻に見下ろされて、呆気なく粛々と罰を受け続ける。
ざまぁだ。




