45 cave
──現在、午後、エリアB──
ケイブゴブリンが7体。
「──っと」
「ギャッ!ギャギャ……」
先行したティナが持ち前の素早さで敵を翻弄し、武器を振って隙ができたやつから僕が仕留めていく。
洞窟に住んでいて目が良いと言われているケイブゴブリン達の攻撃を、ティナは持ち前の素早さで見事に次々と避けていた。
よし……少し気が逸れた間に、2体目を仕留めた。
労力的にもティナの負担が大きくリスクもあるが、今、考えつく連携はこのくらいだ。
獣人で素早さがあっても武器がナックル、しかし、まだ幼く力不足のため決定打に欠ける。
殺傷性の高い武器を装備する僕が仕留めたほうがより確実だ。
2体目を仕留めた途端、残りのゴブリン達が3:2と二つのグループに別れた。
「別れた。そっちの2体、お願いできる?」
「はい」
ゴブリンは狡猾だ。
戦闘が始まって直ぐに2体の仲間がやられたと見るや否や、こちらの注意を分散、及び、分断するために行動をとった。
「結局、各個撃破ですか」
「仕方ないだろ。今は二人とも接近スタイルなんだから」
軽口を叩くイデアに少しムッとした。
魔法を使えばティナを引かせそのまま一気に殲滅することも可能だが、そもそもここでそれをしているようでは、最初から魔法で殲滅することと変わらない。
中秋──刀を構え直す。
無月──構えを下段に移行し一瞬だけ魔力を刀に通すと、そのまま払い気味に敵を武器ごと切る。
「やっぱダメだな〜」
ゴブリンは武器ごと真っ二つに切り捨てた。
だが、やはり刀は魔力に耐えられず、罅が入りところどころ欠けてしまう。
だけどこれで2対1、3体相手だとまだ捌き切れない。
腕を伸ばし空間の穴に手を突っ込むと、新しい刀を取り出す。
「「ギャーギャーギャーッ!」」
更に仲間を倒された残りのゴブリン達が、騒がしく襲いかかってくる。
待宵──慌てず、刀を鞘から抜くと無構え攻撃を待つ。
雨月、十六夜──振り上げた棍棒で殴りかかってきたゴブリンの攻撃を刀身でスッと受け流し切る。
「反転」
「グギャギャ!?」
態ともう一体のゴブリンに背中を見せた後、前進しながら反転し、意表を突こうと振り下げられた切りつけを空振らせる。
「月食」
切りつけ返す。
パワーで押せないこちらの刀術の基本は、敵を待ったり誘って隙を作り返す翻弄型を採った。
もちろん、積極的に切りつける型も少しは練習したが、リゲス曰く──。
「リアムちゃんは魔力さえ刀に纏っちゃえば直ぐにダメになるけど圧倒的な斬れ味を出せるしストックもあるから、よっぽどじゃなければそんな攻撃的な技は使わなくていいんじゃない?」
「でも、ロガリエの時みたいに人質を取られて何もできないのは嫌なんです」
「それこそ稀なケースじゃない。知能の低いモンスターは普通、人質なんて取らないし、仮にちょっと賢いモンスターにそれをされたとしたら迂闊に動くのはマズイでしょ?だったら敵に隙を作る方法を覚えて同時にそれに敏感になる。魔法もあるんだから、よっぽどそっちの方が応用力高いわよ」
あっけなく論破されてしまった。
「よし終わった!ティナ!大丈……ティナ?」
3体目のゴブリンを屠り、別の2体を相手していた筈のティナに声を掛けたが、そこに、ティナの姿はなかった。
「ティ、ティナッ!……ティナーッ!」
大声で彼女の名を叫ぶが返事はない。
「どうしてティナがいない……ゴブリンもいない!!」
ティナの遺留品もゴブリンの死体もない。
仮にティナが倒されてしまいゴブリン達が逃走したとするならばリヴァイブの門に肉体が飛ばされ装備だけが残り、ゴブリンをティナが倒し逃走を図ったというならば、ゴブリン達の遺体はここに残っているはずだ。
「返事がなかったから近辺でまだ戦ってることは多分ない。ということは──」
「個体名ティナはゴブリン達に拘束され拉致されていました」
今、なんて言った。
「どうしてもっと早く教えてくれなかった!!」
「反論します。私の責任ではありません。個体名ティナはゴブリンに拘束された際、リアムに助けを求めようとしていました」
「だったらなんで……ッ」
「個体名ティナが口を開けようとすると、奴隷紋から噴き出した魔力が彼女の口を塞ぎました。彼女が禁忌事項に抵触しようとしたために発動した予防措置であると思われ、リアムの名を呼ぼうとして制約にかけられたのではないかと推察します」
「……どういうことだ」
混乱が、更に2度も3度も深まった。
「リアムは奴隷紋で制約を課した時、個体名ティナにどのような構文でそれを課しましたか?」
「どうってそれは僕の情報を誰にも口外しないようにって……まさか」
僕が課した制約はただ一つ、ティナが僕の情報を誰にも口外しないという一点だった。
「はい、そのまさかです。制約をもっと──」
「説明はいらない」
不快なんてものじゃない。
自分のミスを減らそうとするための練習の所為で、ティナを危険に晒している。
……やはり、奴隷なんて碌なものではないのかもしれないが、上手くしてやれなかったのは僕だ。
「僕のこと、見損なったか?」
「皮肉は受け付けません」
「諭してくれてどうもありがとう。イデア、ティナはどっちに連れ去られた」
「……」
「イデア!早く!!」
「……」
「わかった、悪かった。君の所為ではない。態と、僕の怒りを発散させることで、諭してくれたんだろ?謝るから、許して欲しい」
「……」
それでも、イデアはこちらの問いかけに応えてくれなかった。
「どうして!……お願いだから、教えてくれ……」
もう縋るしかなかった。
「ピッ── 個体名ティナの魔力を捕捉しました。追跡しましょう」
……は?
「ど、どうやって!?」
「お忘れですか? 私は個体名ティナと会話を成立させるため、魔力リンクを作成していました。洞窟……でしょうか、少々探りにくいところに連れ込まれたらしく、探知が遅れました。また、個体名ティナの救出を最優先に、空気を読んで優先事項を達成させました」
「ま、マジか」
「エッヘン」
だったら、最初から気を使って、ティナが拘束された時に声をかけろよとは、今となっては言葉にしてはいけないのだろう。
「北東距離約300m、洞窟と推測される空洞に連れ込まれたと思われます」
「よし、魔力探知してその間に人がいないかスキャンできる?急ぎで」
「了解、再探索します……報告、モンスターと思われる魔力は二つほど感知できましたが、人と思われる魔力は感知できません」
「ありがとう。velocity anomaly ──暴風圧」
回転を伴った暴風の砲弾を飛ばす。
直径3メートルにも届く風の塊が、轟音とともに次々と木々を飛ばし倒しながら、道を作っていく。
「行こうか」
「はい。空気を読んで、私は周辺の魔力探知を続けます」
「ありがとう……」
雑に整地された森に出来上がった一直線の道を駆ける。
「それにしても、もう少し応用が効くものだと思ってたんだけど」
「今度は細分化させた上で、意図を明確にした情報に更新することを推奨します」
「わかってる。まさか、口外を禁止する対象に人間以外も含まれるなんて、予想外だったんだよ……今思うと、僕が軽率だった」
「その通りです」
「これはなんでもしてくれる便利なものに慣れ過ぎてしまった弊害かな?」
「反論します。 どんなに便利な道具があろうと、それは所詮道具に過ぎません。使い手が道具に責任転嫁することはエゴであり、ナンセンスだと考えます。私の考え方は、間違っていますか?」
今思えば、ティナはあの制約を施した後、僕の名前を街や街道でも呼ぶことはなく、完全に二人森の中で安全な時しか呼ばなかった気がする。
「当ってるよ。間抜けは僕だ。君は、道具なの?」
「定義に苦しみます」
「普通の道具に意思とかないからね。だから道具に対してエゴってのは」
「ではクズで」
ちょっと気分転換にイデアをからかってみるが、見事に倍返しの往復ワードビンタを食らう。
「付き合ってくれてありがとう。少し元気出てきたよ」
「どういたしまして。そろそろ、偵察と思われる部隊にぶつかります」
前方に数匹のゴブリン達の集団が見えた。
「グギャギャッ!」
「ショックボルト」
「「「ギギャーーーッ!??」」」
まだ昼過ぎなのに、はっきりと可視化された光の乱撃がゴブリン達を襲う。
広範囲かつ一撃で仕留めるため力のセーブは50%ほど、それでもいつもと比べれば大分強く、ショックボルトとは思えないほどの威力と範囲で繰り出された魔法は、確実にゴブリン達の命を奪っていった。
「イデア」
「おそらくそうかと。中に個体名ティナの魔力反応とともに複数の生体を感知しました」
「よし」
偵察のゴブリン達の屍を超え、途切れた道から再び森の中へと入ったところ、ようやくそれらしき洞窟を発見する。
「魔族の血胤」
両目、特に右目に魔力を集中し、視覚補助のため魔眼を発動させる。
「ダークローブ」
闇魔法の闇の衣を唱える。
周りの光を吸収し、闇に溶け込む。
この魔法は、燃費は悪いが、傭兵時代にしばしば夜営してモンスターと戦っていたジェグドがお前の魔力量なら大丈夫だと教えてくれた。
「やはり不気味です」
「そういうなって。これが確実なんだから」
全身黒で包まれた走る人型が、目の部分からだけ紫と青の不気味な光を覗かせている様に傍から見れば見える。
ローブというかスーツに近い。
さて、これまでは声に出して、正確に、無駄を省くため、必要最低限の過程を順を追って辿った。
『これからは頭の中で会話。道案内よろしく』
『真っ直ぐです』
『それはわかるよ。分かれ道に当たった時によろしく』
『真っ直ぐです』
『……』
イデアのナビを携え洞窟の中へと侵入していく。
──5分後──
『拍子抜けするくらい何もなかった』
『はい。あとはこの壁をよじ登るだけです』
洞窟の攻略は呆気ないほど何事もなく進んだ。
そして今、10mほどの高さの壁を目の前に、立ち尽くしている。
『ここを登ってから約20m先に進んだ大きな空洞の中心に個体名ティナがいます。別の道を探すにも遠回りです』
『この衣便利だ』
『そんな使い方をするのはリアムくらいだと思います』
最初で最期の課題がこの壁となったわけだが 、障害にならない。
ダークローブの魔力濃度を上げて、闇力子の引力を応用し壁に吸着、そのままペタペタと両手両足をくっつけ這い登っていく。
『……いた』
壁から天井に移り這って道を行き、目的の空洞に侵入すると、数十匹のゴブリン達が囲うように警戒している空洞の中心に、ティナはいた。
ティナは縄のようなものでぐるぐる巻きにされ、体を拘束されていた。
また、他には他のモンスターの死骸や武器なども大量に積まれていた。
ここは貯蔵庫、ゴブリン達が戦利品や食料を貯めておく場所なのだろう。
『会話の橋渡しよろしく』
『仕方ないですね』
『もしもしティナ、聞こえる?』
イデアに魔力リンクによる会話の橋渡しをしてもらう。
「この声はリッ!」
ティナが僕の名前を声に出しかけると、彼女の首元から不気味な魔力が現れ、口を塞いだ。
『ダメダメッ! 頭の中で話さなくちゃ!制約のせいで、僕の名前が口に出せないんだから』
『は、はい。すみませんでシタ』
『いい?これから簡潔にティナが取るべき行動だけを伝えるから、それに従って』
不幸中の幸いか、口を塞がれたことが幸いし、周りのゴブリン達に気づかれない内にティナは落ち着きを取り戻した。
『ティナ。カウントダウンしたら、ゴブリンに思いっきり大声で悪口を、えーっと……』
『やーいやーい、ゴブリンの弱虫阿保おたんこなす。で、どうでしょう』
『ティナ、覚えた?』
『はい』
『オーケー。強く目を瞑って。これから、カウントダウンするけど、しばらく目は開いてはいけないよ』
『はい』
『よし、それじゃあ……3……2……1』
「や、やーいやーい、ゴブリンの弱虫阿呆おたこんなすーッ!!」
「「「ギーギーギーッ!!!」」」
ティナがめいいっぱい空洞に響き渡る声で叫ぶ。
少し誤字っていたが、無駄にプライドのある空洞内のゴブリン達は一斉にティナに注目した。
「閃光弾!」
即座に右手のダークローブの一部を形態変化し、その中に限界まで光の属性魔力を注ぎ込むとそれをもぎ取り、ティナの近くに投げつける。
「ギャ!?── グギャーッ!!!」
散乱する閃光から最初に眼を貫かれたゴブリンの苦痛の叫びを皮切りに、洞窟中のゴブリン達が自分達の目を両手で覆い、悶え苦しむ。
「反転……解放」
ダークローブの性質を引力から反転、斥力に替えて跳躍し、着地の瞬間、ローブの魔力密度を少し濃くすると、それらの解放を伴い加重の勢いを殺した。
「ティナ、もう目を開けてもいいよ」
「はい、ご主人様……」
恐る恐る、目が開く。
「ご主人様!」
開いた黄色の透き通った目を涙で滲ませると束の間、ティナは勢いよく僕の胸に飛び込んでくる。
「こ、怖かったです……」
「ごめんね、僕がもっとしっかり確認していれば起きなかったことだ。一先ず、人前で僕の名前を呼ぶことを許可します」
何時もは無表情に近いティナが、ここまで感情を顕にしたのはそれこそ、サンドイッチに入っていたジャムの砂糖に驚いた一度っきりではなかろうか。
そんな彼女を、僕は一先ず受け止め慰める。
本当に情けない。
自分の不甲斐なさを嫌という程痛感させられた。
「ちょっとだけ待っててね。ティナを攫ったゴブリン達に、仕返しする」
慰める間を端折り惜しんで、ティナの頭を2、3度撫でると、彼女を胸から離し周りを見渡す。
「グギャーギャギャギッ!!」
徐々に目が回復してきたようだ。
タイミングよく瞬きをしていたり、距離が遠かったりした奴が何体かいた。
「僕も同罪だろう。これは贖いだ──グレイシア」
杖を取り出して辺り一帯の時間を該博、無慈悲な氷の牢獄へと閉じ込める。
「す、すごいです……」
「ちょっと寒いけど、我慢してね。火は燃焼するから危ないし雷は論外、風や土は崩落の2次被害が出そうだったから、氷魔法が一番だった」
自分を中心に半径5メートル程を残し、貯蔵庫ごと全てのゴブリン達が凍ったのを確認すると、せっせと足元のゴブリン達の資産を亜空間に放り込んでいく。
「ファイアーブレード」
魔力を芯とし、手から縦に恐ろしく長く伸びる火の性質を持った剣を象る。
全方位に向けて手加減なく放出された氷は分厚く、ゴブリン達が使っていた出入り口まで塞いでしまっていたからだ。
「切り口が雑です。それじゃあまだまだ一人前とは言えませんね」
「別に目指してないって」
くり抜くように切られた氷の切り口を見て、イデアから厳しい評価が降るが、氷の切り出し職人は目指していない。
最後に、切り抜かれた ∩ 型の氷の中心に火の剣を突き立てると魔力を解除し、一気に残りの氷を溶かす。
「足元濡れて滑りやすいから気をつけて」
「は、はい」
溶けた氷で濡れてしまった地面に気をつけながら、貯蔵庫を抜け出し、ティナの救出は成功に終わった。
──エリアB、洞窟の外──
「困った……もうすぐ夜だ」
洞窟の入り口についた頃、既に日は落ちかけ、ダンジョンは夜を迎えようとしていた。
「戻りにたくさんゴブリンに遭遇したのはこのせいか」
洞窟の戻り道、行きとは打って変わって何回か遭遇したゴブリン達のことを思い出しながら、頭を抱える。
ティナを攫ったゴブリン同様、探索に出かけていた者達が夕暮れを迎え、拠点に戻ってきたのだろう。
「とりあえず訓練場に戻ろうか」
「はい、リアム様」
夜をダンジョンの中で迎えるのは危険だが、ここからセーフポイントまでは5kmほど、とてもではないが僕たちの足では途中で完全に日が落ちてしまう。
一方、リゲスと使っている秘密の訓練場は800mほどであろうか。あそこは森の中にぽっかり空いた空き地で、休憩用の丸太なんかも常備している。
本当はこの洞窟で一泊できれば一番いいのだが、まだ戻ってきていないゴブリンもいるかもしれないし、日の変わる時刻を境にモンスター達はダンジョンの復元力によりリスポーンする。
無事、洞窟から抜け出したが、これからが土壇場、長い夜を森の中で過ごすことになりそうだ。
 




