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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
44/71

44 La "couronne" du rêve d'Éclair


── 数週間後──


「メーンッ! どーうッ!」

「著しい語彙力の低下を警告します」

「ただの面と胴だし名前を考えるのが『面胴』……なんちゃって」

「……」

「無言は止めて!?」


 ほとんど毎日、ティナを連れて修練に励んでいる。


「飲み物と布です」

「ありがとう……はぁーッ生き返る! ありがとうティナ」

「どういたしまして」


 ティナが差し出してくれた布で汗を拭き、飲み物を口に流し込む。


 それにしても、ここ数週間、こちらからの指摘も相まりティナの語彙力の向上が著しい。

 まだ発音を噛んだり、羅列が噛み合ったりしていないこともあるが、それでも大分マシになった。


「午後からはティナも合わせて連携の練習をしよう」

「わかりました」


 小休止に移り、昼食のサンドイッチを亜空間から取り出す。


「はいこれ、ティナの分」

「ありがとうございます……三角で白い?」

「これは天然酵母を使ったパンでね。ようやくものになってきたんだ」


 白いパンで、色々挟んでいるのだから、珍しいのもわかる。



──数週間前──


「折角エクレアさんと繋がりができたんだから、試作を始めても良いよね」


 ケーキ屋のエクレアと繋がりができたことをきっかけに、天然酵母を試験的に作り始めた。


「か、カビが……」


 試作第1号は、リゲスとの稽古のため家をほとんど空けていたため、カビに侵されてしまった。


「匂いがやばい」


 第2号は見た目に問題はなかったものの、匂いが強烈で、管理環境の温度変化が大きすぎたため失敗したのだろうと推測した。


「こうなったら……」


 第3号は思い切ってディメンションホールの中、亜空間で管理してみた。


「できちゃった」


 出来過ぎなほどあっけなく、あっさり成功してしまった。

 試作に使った果物は二種類、りんごとレーズンを使った酵母であった。


「エークレーアさーん!!」


 直ぐにエクレールに直行、店主であるエクレアに許可をもらい、小麦を使った白パンを焼き上げた。


「こんなふわっと香りの良い白パン、食べたことない。貴族のお茶会ぐらいでしか目にしないのに、断然こっちの方が美味しい」

「エクレアさんはパンにも詳しいんですね」

「実は私の実家は王都でパン屋を営んでいてね。こっちに来てからはもう何年も帰ってないのだけれど……背中を押してくれた両親に恥じないよう私は私で頑張らないとッ!よーっし決めた!! リアムちゃん、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「なんでしょうか?」


 追憶にやる気を奮い立たせられたエクレアが、両手を固く握って気合を入れ直す。


「弟子を取ろうと思っていてね。アイスクリームの件で忙しくなってきたしお店の手伝いがてらに雇おうかと思ってたの」

「弟子ですか?」

「ええ、実はもう見つけてあるの。ウチにお使いに来てくれる子でよくお茶菓子を買って行ってくれる子なのだけれど」

「その子は?」

「この前ウチに来てくれた時に聞いたら『やりたい!』って言ってくれた。ただその子、孤児院出身の子なの。どうせ雇うなら、いっそウチでその子を引き取ろうってリゲスとも話していてね。だけどレシピ考案してくれたリアムちゃんと反りが合わなかったりすると大変でしょ?」

「そんなことは……」

「でも大事なことよ? ここ1ヶ月でテーゼ商会を通して入ったアイスクリームの注文だけでも既にうちの利益が前の倍以上に跳ね上がっているわ。それに私の友人であるウィルとアイナの子であるリアムちゃんをないがしろにはできない。つまりね、リアムちゃんへのお願いっていうのは、一度その子に会ってきてもらえないかしら、ということね」

「……そんな大事なこと、僕に委ねて良いんですか?」

「いいえ、そんな大層な責任をリアムちゃんに押し付ける気は無いわ。もちろんリアムちゃんからの報告が良いものでも悪いものでも、最終的な判断は私たちでします。ただもう一つ、リアムちゃんにお願いがあって」

「もう一つ?」

「ええ。私ね、昔から二つの夢があって──」


 それからエクレアは、楽しそうに自分の夢を語り始める。


「一つはこうして自分のお店を持つことよ。自分の好きなものを売ってお客さんに喜んでもらうこと。これは叶った夢ね。そしてもう一つが、私が学んだ技術を継いでくれる子を探し、それを伝えること」


 それで弟子を取ることにしたのは、わかる。


「さっきも少し話したけれど、私の実家はパン屋で、私はそこの娘として親からいろいろな技術を教わったわ。だけどある日、私はパンじゃなくてケーキを作りたいと思った。だから伝手を頼って、密かにケーキの勉強をしていたの」


 パティシエとブーランジェ。

 似たような分野の職人でも、レシピから温度管理一つとっても作るものによって専門の知識が必要なはずだ。


「ケーキの勉強を始めて1年がたったぐらいの頃かしら。恋仲だったリゲスを含め三人の友人たちが王都から公都のこの街に来ることになってね。私もみんなと一緒に居たかった。だから私は家族に全て話した」


 子供はいずれ巣立っていくものとはいえ、家業とは異分野の職につきたいと打ち明けられ、ましてや遠くの街に行きたいと言い始めた娘に、親がどんな気持ちを抱くかは想像に難くない。


「それまで育ててもらった感謝がたくさんあった。責められると思った。怒鳴られ、最悪勘当される覚悟もしていた。けど私の家族は、全てを伝えて震えながら頭を下げる私を、優しく抱きしめて撫でてくれたわ。『いってきなさい』って、そして『いつでも帰ってきなさい。私たちは離れていても家族だ』って」

 

 彼女の声が震えて、止まった気がした。

 しかし終始、家族との思い出を語る時のエクレアの表情は、笑顔のまま崩れることはなかった。


「頭を下げていた時は申し訳ないって気持ちが半分、感謝が半分だったけれど、その時一気にただただ大好きな家族への気持ちだけが私の心を塗りつぶしたわ。おかげでそのあとしばらく大泣きしちゃって……フフッ」

「そのあとエクレアさんは仲間と一緒にノーフォークに?」

「ええ。そしてリゲスは冒険家に、私はこの街にあったベーカリーで下働きして3年前、お金を貯めてようやく自立したわ」


 そこに一体どれだけの苦労があったかはわからない。

 だけど、エクレアの表情からこれまでの道を選択したことに悔いがないことだけはわかった。


「そうね……ちょっと湿っぽくなっちゃったけど、私のもう一つの夢は単純で、それは ”私の大切な家族に教えてもらったことを、次の世代に伝えること”よ」


 自分の培ってきたパン焼きの技術と天然酵母を使ったパンの研究もギュッと弟子に詰め込むことができる。 

 エクレアにとって、僕の話は渡に船だったのだろう。

 エクレアの願いを断る理由も見つからなかったし、アストルへの挨拶も近い内に行こうと考えていた。


「わかりました。ちょうど最近、孤児院の方にお邪魔したいと思ってたんです」

「あ、 ありがとうリアムちゃん!!」


 子供のように無邪気に喜ばれるも、昂りも一入で、エクレアが立ち上がった勢いで椅子は倒れ、そのまま僕にハグしてしまうほどだった。


「あ、あぼぉ、エグレアざぁん……手土産にア゛イスグリーム持って」

「もちろん! 子供達が食べきれないくらい大量に用意するわ!」

「あ、ありがとうござびます……」


 エクレアのプロポーションは決して悪くない。

 強く押し付けられ続けていた僕の目の前がガクッと真っ暗になったことは言うまでもないだろう。

 しかし次に気がついた時、そこには申し訳なさそうな顔で看病するエクレアがいたのだが、その傍らなぜか真上にあったリゲスの顔と、頭を包みこむあのたくましく硬い頼もしい膝枕の感触は、忘れたくても一生忘れられそうにない。



──孤児院──


「こんにちは〜」

「はいは〜い、おや、どこかで見たことがあったような、なかったような……」

「こんにちは、僕はリアムって言います。司祭のアストルさんはいらっしゃいますか?」

「あぁ〜!! そうだリアムだリアムッ!!何年か前に精霊と契約できなくてよく教会の方に出入りしてた!!」

「あの〜、司祭のアストルさんはいらっしゃいますか?」


 呼びかけに応じて扉を開けたのは、10代後半の女性だった。


「アストル様に用? 今、ちょっと出かけてるから、よかったら帰ってくるまで応接室で待つ?」

「そうですか。じゃあそうさせてください」

「りょうか〜い。どうぞー」


 彼女の案内で孤児院の中へ入ると、複数の子供たちに囲まれる。


「アメリア!新しい仲間か?」

「違う違う。こちらは司祭様のお客さんだよ」

「なーんだ、違うんか」

「こら、そんな態度だと失礼でしょう!」

「やーいアメリアの怒りんぼ〜う!」

「なんだと! こら待てライト!」

「やべッ!てったい〜!!」


「「「てッた〜い!!」」」


 怒ったアメリアから、各々がダーッと蜘蛛の子を散らすように楽しげに逃げていく。


「ごめんねウチの子達が」

「いいえ。元気であることが一番です。きっと固い絆と愛がそれを育んだんでしょうね」 

「ウチの悪ガキどもは悪ガキどもなんだけど、こう丁寧な対応をされるとなんか年上として恥ずかしくなってくる」


 僕も、もう少し可愛げがあったほうがいいだろうか。


「ほら、ここで待っててね。もうすぐアストル様も帰ってくるだろうから、そうしたら知らせるから」

「はい。ありがとうございます」


 応接室に通してもらい、ソファに腰を下ろし、束の間の休息に身を投じる。


── 30分後──


「スゥー……」

「おーいリアム!アストル様が帰って……って」

「す、すみません! ついウトウトとしちゃって」

「いやこっちこそ起こしちゃったようで、でも、なんか安心したよ?」

「そ、そうですか?いや〜ソファに当たる陽の光が心地よくて」


 報せを待つ間、いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「アメリア、そろそろ僕も中に入っていいかな?」

「あ、すみませんアストル様!」

「やぁリアム君。久しぶりだね」

「こんにちはアストル様、ご無沙汰しております。突然の訪問をお赦しください。僕のこと、覚えておいででしょうか?」

「ああ、もちろんだとも。あんなイレギュラーは僕も初めてだったし、それに負けず健気ひたむきに頑張っていた君がまた訪ねてきてくれて、僕も嬉しいよ」


 約2年越しの再会となるが、その風貌に変わりなく、前と同じ優しく穏やかな人柄が彼からは感じられた。


「さて、今回はまた精霊契約のことかな?もうすぐ秋の儀式も近いし、それとも別件かな?」

「別件です。今日はエクレールの店主からのお願いで、孤児院の子に会いにきました」

「その子の名前は?」

「名前は、コロネさんです」

「わかった。アメリア、悪いが彼女を呼んできてもらえるかな?」

「わかりました」


 アメリアが、コロネを呼びに退出する。


「それで、スクールの生活は順調かな?」

「はい。おかげさまで」

「そうか、それは良かった。精霊契約もしてないのに齢を飛んで特別入学したと聞いていたから少しだけ、心配してたんだ」

「知ってたんですか? 僕があの後、すぐスクールに入学したこと」

「ああ。この孤児院からも何人かはスクールに通っているからね。基本は15歳までで、その後は仕事を探しながら自立していく。その子達から噂程度にね」

「本当にご心配をしていただいたようで……」

「いいんだ。きっと君は君で目的に向かって真っ直ぐ頑張っているのだろうと安心もしていた。そういう子だったからね。今日会ってもらうコロネさんも、去年スクールを卒業して今、仕事を色々と試している最中なんだよ」

「そうだったんですね」


 部屋に残った僕とアストルは、近状を含めこの2年間の話をしていた。


「それに近所だからか、精霊契約ができなかったのに、異常な魔法の才能を持った神童がいるって噂もあったりしたよ」

「そ、そんな噂があったんですか?ちょっと恥ずかしいですね」

「そうかい? まあ僕はその噂に楽しませてもらっていたがね──っと」


 話もだんだんと盛り上がりを見せ始めた頃、二人残された部屋にノックの音が響く。


「入りなさい」

「失礼します……こんにちは。今日はエクレールからお客さんがお見えになっていると……り、リアムくん!?」

「僕のことをご存知で?」

「ご存知も何も何回か会ってるんだけど……」

「す、すみませんが思い出せなくて」


 ……ヤバい。


「ほら! あなたよくウチのクラスに出入りしてたじゃない!! お姉さんのカリナがいたから」

「姉さんの?」

「そうよ。そうね……初めて私が君と会ったのはマルコがカリナに礫をけしかけられた時かしら」


 カリナ、マルコ……そういえば、コロネは今年スクールを卒業したとアストルが言っていた。


「あっ!! グットラックマルコの人と逃げ回っていた内の一人だった!!」

「そーうそれ! ……うん、多分それよ! 思い出してくれた?」

「そういえば、魔法演習の時にも顔は見ていたような気がします」

「演習中は君がいつ魔法暴発させるかわからないからってケイト先生たちに私たちは遠ざけさせられていたから……」

「……なんかすみません」

「なんだ二人とも、面識はあったのかい?」

「面識はあったんですが、名前を知らなくて」

「私はまあ、リアム君は有名人だったし、スクールにいた時はよく見ていました」

「なら話は早いかな。リアムくん、彼女が君の尋ね人のコロネ君だよ」

「ああっ! 今日はエクレアさんの代理できました、よろしくお願いします!」

「こ、こちらこそ! よ、よろしくお願いします!」

「ハハハッ。まあ、コロネもそちらに座りなさい。リアム君から大切な話があるようだ」

「はい! し、失礼します!」


 アストルの勧めで、コロネが正面に腰掛ける。


「というわけでして、エクレアさんはコロネさんをパン職人の後継として育てたいようですが、コロネさんはどうでしょうか?」

「はい! もちろん私はケーキでもパンでも、エクレールのお手伝いをして、行く行くは後継になれれば嬉しいです」

「それはなぜでしょうか? コロネさんがエクレールに弟子入りしたいと思う理由は?」

「それは……わ、私は司祭様のお手伝いで教会のお客様用のお菓子を買いによくエクレールに行くんですが、その時、いつも笑顔で出迎えてくれるリゲスさんやエクレアさんたちのことが好きで……それによくおまけでくれるお菓子も美味しくて」


 質問に顔を真っ赤にしながら応える姿は、社会人として初々しい。


「私も! 私に笑顔をくれたエクレールの二人みたいに誰かを笑顔にできる仕事がしたいと思ったからで、それが私にとってはエクレールだったからで!──です!」

「そうですか。それは素晴らしい理由ですね。ところで、実はコロネさんにはエクレアさんの後継に加えて、こんなパンを作って欲しくてですね」


 さて、エクレアの気持ちを確かめる過程は終わった。

 今度は僕の用を済ませよう。


「これは先日、僕が持ち込んだ天然酵母というものを使って焼き上げた食パンです。この他にもいくつか孤児院への差し入れに持ってきていますので、ぜひ一口ちぎって食べてみてください」

「は、はい!……これはッ!?」

「アストル様と子供たちにもお土産として持参しているので、後でご賞味ください」

「ありがとう」


 差し出した食パンの端っこをちぎり取り、食べたコロネは、手で口を隠しながら一生懸命モグモグしてる。


「コロネさんには、是非、エクレアさんの技術を学び、天然酵母を使って僕の監修したパンを更に色々作って欲しいと思っています。もちろんコロネさん自身での開発も大歓迎ですよ」

「私でよければ是非やらせてください!! こんな柔くて香りのいいパンは初めてです!!」

「そうですか、それは良かった」


 彼女の第一印象は決して悪くなかった。

 言葉遣いも悪くなかったし、そもそもエクレアさんが見込んだ子に初めからどうこうケチをつけるつもりがなかったというのもあるけど、きっと素直そうなこの子なら、切磋琢磨してエクレアさんの願いもきっと叶えてくれるだろうと、僕は感じた。


「僕からのお話は以上です。エクレアさんたちには良い報告をさせていただきますので、またその時はよろしくお願いします」

「ありがとうございました!よろしくお願いします!!」

「はい。……というわけで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。アストル様」

「なんのこちらこそ。ウチの子がこうして好きな職業につけるというのは素晴らしいことだし、新しい家族ができることは喜ばしい。お話しする機会を頂いたこと、お礼を言わせていただきたい。ありがとう。……ところでね?」

「なんでしょう?」

「私もその食パン?とやらを試食させてもらっても良いかな。 先ほどから良い香りが部屋中を満たしていて、どうやら愛子らも気になっているようだ」


 アストルは、ソファから静かに立ち上がり、出口の扉の横まで近寄ってドアノブに手をかける。


「「「うわーッ!!!」」」


「いってーッ!……ゲッ!アメリアの腹がうるさくて見つかっちまった!!」

「んな!それはあなたたちのでしょう!? だいたい後ろからグイグイ押すからこうなったの!」

「こらこら、まずはもっと先に言うことがあるでしょう?」


「「「ひぃッ!? ご、ごめんなさい!!」」」


 ニコニコと優しいアストルの笑顔が、アメリア含め、先ほど玄関を走り回っていた子供達にプレッシャーを与える。


「すまないリアム君。盗み聞きをする悪い子には仕置きが必要だが、しかし、その腹は正直らしい。事実、さっきからコソコソとしていたようだが腹の音は隠せていなかった。リアム君、どうかこの子たちの腹の正直さに免じてその悪行を許し、ほどこしをいただけないだろうか」


 アストルがお土産をダシに悪ノリしてる。

 これは躾の一環だろうか。


「そうですね。盗み聞きは悪いことですが、その分腹は正直なようなので相殺ですね。では、お土産に持ってきた食パンやアイスクリームをみんなで食べましょうか」


 アストルの意を汲み取って話を合わせる。


「「「やったー!!」」」


 一斉に飛び跳ね喜び出す子供達。

 その時のアルトルと僕の表情は、仕方なさ半分、そして微笑ましさを含んだ苦笑いが半分だった。



──孤児院の庭──


「こうして半斤にした食パンに四角が九つになるように切れ目を入れて──ウィンドカッター」


 取り出した一斤の食パンを半分に、更にその内相を九つに切り分ける。


「なあ兄ちゃん、机まで切れちまってるぞ……」

「これはちょっとしたパフォーマンスだよ」

「そうなのか? すげぇな兄ちゃん!!」


 隣で調理の様子を見ていた少年のライトから指摘があったが、シレッと訳のわからない嘘をついて場を乗り切る。

 ライトは僕より幼くて元気が有り余っているようだが、僕のことを兄ちゃんと呼んでくれる可愛いやつだ。

 ハムを一切れ多く挟んであげよう。


「焦がさないよう焼き色をつけるように優しい火で ── ファイア」


「「「あーッ!!!」」」


 トーストするため、火の基本魔法であるファイアを唱えるが、炎が轟々と燃え盛る。


「何で真っ黒にしちゃうんだよ兄ちゃん!!」


 残った食パンを見た子供達から必至のブーイングを受ける。


『半斤丸焦げにしてしまった……そう、丸焦げに──』

『これは焦げとはいいません。炭です』

『……察してくれ』

『私はとても高度な知能を有しており、空気を読む能力も絶妙です。ただリアムを弄る能力がそれを凌駕しているだけで』

『それって結局あっても意味ないじゃん』

『リアム限定です』


 バッググラウンドにてイデアからもダメ出しをされてしまう始末。


「アーッ! 魔力コントロールが上手くなったと思ってたのに!!」


 タイトル、苦悩。

 まさにその残骸は僕の苦悩を見事に表すトーストになりたかったなにかであった。


「あのー。良かったら私がやってみてもいいですか?」

「も、もちろんまだパンはいっぱい焼いてもらったからあるし、僕の残りぐらいだったら……」

「ありがとうリアム君!」


 コロネが僕の代わりを買って出る。

 心の中で、失敗して欲しいという気持ちを洗いきれない僕は、薄汚れている。


「大丈夫。落ち着いて〜……ウィンドカッター」


 そびえ立つ半斤の食パンの前で深呼吸をすると、まずは食パンの内相を九つの正方形に切り分けられる。

 この役割を買って出たと言うことは、コロネは少なくとも火と風の属性を扱えるのか。

 釜がないついでに今は直接魔法を当てているが、パン職人になろうものなら、この2属性の才能はとても頼もしい追い風となる。

 その辺も見込んでエクレアはきっと、彼女をスカウトすることに決めたのだろう。


「凍ったクラスメイトを解凍するイメージ……焦がさないようにじっくりと……」


 おいおい……あえて、どうやって魔法の修練を重ねてきたのかは訊かないでおこう。


「ファイア」


 零れたように唱えられた魔法鍵で ──”ボッ”っと、食パンの周りを一回り大きく優しい火が包み込んだ。


「よし……じゃあこれにバター塗ってバニラのアイスを乗せて、はちみつをかけて──」

「う、うまそう」


 パンからは香ばしい匂いが立ち上り、周りでは腹の虫の大合唱が始まる。


「ハニートーストの出来上がりでーす」


 絶妙な火加減……く、悔しい。

 だが、エクレアの眼は確かだ。

 この子はいい職人になる。


「俺がいちばーん!!」

「こら! 一人一個ずつ、小さい子から順番って最初に言ってたでしょ!!」

「だって我慢できねーよッ!!!」


 王冠のように煌めくハニートースト目掛けて、大乱戦が始まってしまった。


「コロネさん!トッピングは僕がするのでどんどん焼き上げてもらってもいいですか!」

「もちろん!! ──パン職人見習いコロネの物語第0話ってところね。頑張らなくちゃ!!」


 押し寄せる子供達に潰されて悲鳴が上がる。

 小さなパン職人コロネは綺麗な薄紫色のバンダナをキュッと結び、もう一つの家族たちのために腕を奮う。



──エクレール──


「ということがあって、ハニートーストやサンドイッチは大盛況でした。僕はコロネさんについては何も言うことはありません」

「そう。ありがとうねリアムちゃん」


 報告を聞いたエクレアがにこやかに微笑む。

 数日後、ケーキ屋エクレールのお客さんを迎える声に、新しい声が一つ増えた。

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