41 鑑の花
──湖畔──
この前ルキウスから得た新情報を基に、魔法の実験をしていた。
「よし! 魔力線が固定できる!それに勝手に混ざったりもしない!!あっ、でもこれって魔法を介して作り出した線だから、魔法線?」
成功した嬉しさに、大きな声で叫んでしまう。
「いいや、めんど臭いし魔法線で。とりあえず発動してみよう──やった!スチームが出た!」
空中に魔法線で描いた魔法陣から、複合属性魔法のスチームが飛び出す。
水属性と火属性の合成により作り出した水蒸気だ。
遂に、この分野で長年難題とされてきた、魔石粉を使わない複合魔法陣の作図にこぎつけた。
これまで複合属性は、魔石粉を使うことでしか陣を形成することができなかった。
極論、単属性の魔法ならば煤で描いた陣でも魔法の発動に至ることができるのだが、複合の魔法陣を描く際には魔石を砕いた粉を用いて陣を描く必要がある。
限られた空間で表現するのだから、複合魔法ともなれば情報量と構成の複雑化が一気に増すため、簡単なスチームの魔法陣でも直径10mほどの大きな作図が必要となる。
そのため、陣を縮小化するのに属性定義を絞ることができる魔石粉が用いられた。
また、単属性の魔法陣ならば、属性変換した魔力で魔力線を描くことで、魔石粉の代替を担えるのに対し、複合属性の魔法陣においては、属性変換した魔力同士を掛け合わせて陣を描こうものなら、異なる属性の魔力同士がどうしても反発してしまい、線が歪んだり霧散してしまう。
これは魔法陣の授業の折、ケイトが話していたことなのだが、昔研究に勤しむケイトが、属性変換にかけていない無属性の魔力線を描いた後に、一気に属性変換させてみれば複属性の魔法陣が魔石粉なしで発動できるのではないかと実験してみたらしい。
しかし、体外での複属性変換自体が困難を極め、陣の一部しか変換ができなかったそうだ。
結果、魔法陣は暴発。
くれぐれも試さないようにと当時多額の賠償金を払うこととなった彼女が涙ながらに語っていた姿が今でも鮮明に蘇ってくる。
魔石を砕いた魔石粉は、魔力を通してしまうと気化し消滅してしまう。
複合属性の魔法陣研究が未発達であること、並びに、魔石粉の脆い特性から大量の魔石粉を消費するために莫大な投資が必要という説明を、ケイトが熱く語っていたことも昨日のことのように覚えている。
さて、公爵城を初めて訪問した日、スクールでルキウスに拘束される前に僕は彼からヒントを得ていた。
それは「制御下で固定された魔法は一定の塑性を持つ」ということ。
魔力線で複合属性魔法陣を描けば別属性同士の魔力線が反発しあい、霧散するのならば、塑性を持つ魔法で線を作ってしまえば万事解決ではなかろうかと思った。
例えば先ほどのスチームの魔法ならば、魔法として発現した火と水で線を型取り陣を描くようなもの。
だけど、本当に火と水を交差させれば、普通に水蒸気が発生する。
大事なのは、魔法に変換する時の命令式の有無だと仮定し、複雑な命令を与えていない純粋な魔力に近い状態の魔法、即ち、魔法線とした。
費用諸々の利点もあるが、全属性が使える身としては、平面から立体へとキャンバスが広がったことが、一番の報酬だと思っている。
「魔力使い果たすまでひたすら研究しては力尽き、回復してはまた研究……やりそう」
もしケイトにこの手法を教えれば、ご飯を食べることも忘れて研究に熱中、魔力切れで倒れては復活を繰り返し、しまいには寝ることまで忘れて研究に没頭しそうだ。
「待て。あの魔法って光を霧に投影することで姿を消してる。だったら──」
二年前、初めて魔法を使った日に、ケイトが見せた《水囲い(イシェケ)の姿鏡》。
あれは陣の刻まれた光の魔石に水の属性魔力を流すことで実現していた陣だとケイトが後で教えてくれた。
細かい水滴を空中に発生させ、光を投影することで姿を隠していたはずだ。
「ケイト先生は立体板の仕組みに迫ってる。それとももう知ってる……」
あの魔法はその場から動けないデメリットがあった。
彼女はあくまで変数を入力して固定する命令式までは完成させたが、その変数を常に変化させ、処理する魔法式をまだ完成させることができていないと推測できる。
恐ろしい人だ……気づきたくなかった。
「切り替えよう」
シータに渡すお土産の考えを纏める。
ビデオメッセージでも作れれば楽か……カスタマイズに相談してみよう。
「カスタマイズ──……は?」
『こんにちは、リアム』
開いたカスタマイズボードの中心、質問だけに受け答えしてくれているAIウィンドウに、まだ質問もしていないのにこちらへ問いかける文字列があった。
「こんにちは」
馬鹿みたいに真面目に挨拶を返す。
『リアムの考えとメモを簡単に纏めてみました。目を通していただき、よろしければそのまま保存します』
喋った。
厳密には、只の文字の羅列に過ぎない。
だが、声が聞こえた気がした。
しかし特筆すべきは、今まで可能か不可能か、YesかNoかだけの選択肢で進んでいた表示とは明らかに違うということか。
「魔法線。王女様への土産の思案について。魔力透析についてまで……綺麗に纏められている。考え全部を口に出してはいない。どうやって」
『イリュージョン』
「……ねえ、もしかして、ビデオメッセージも作れる?」
『可能です。光の小魔石ならば映像のみで十分、一分ごとに約千の魔力、音声をつけるならば光の中魔石に音魔法の陣を書き込んだ上で同程度の長さ、一分ごとに千と百の魔力が必要ですが、実行しますか?』
「ちょい待って! それはとても素晴らしいんだけど、ちょっと待って!」
喋る内容とか、全然決まってないから。
この世界には映像という概念がないわけじゃない。
ダンジョンにある大きな魔道具、コンテストに使用されているライブスクリーンがあるからだ。
それから、レガシーとして、その類の魔道具は時々発見されるらしい。
『どうかなさいましたか?』
魔石も亜空間にストックがある。
「君ってさ。もしかしなくても、今までスキルサポートしてくれてた子?」
『肯定いたします』
「じゃあ、一回設定をオフにしてオンにしたらまた元に戻ったりするの?」
ちょっとした好奇心からの質問だった。
今までは便利になっていく成長学習サポートをリセットしようと思わなかったし、できることが広がったのなら、僕としてはウェルカム。
『……』
「……」
『…………』
「あの……聞いてる?」
『ピ ──ッ設定の変更が完了しました』
「何の?」
『スキルのメインシステムより成長学習型サポートAIのオンオフ機能を排除 またこれによりAIが独立 スキルへのアクセス権は全てAIに移り 他のアクセス及び操作が不可能となりました』
……はっ?
『よってリアムはこれから私を通さなければ本スキルの使用ができません』
はぁーーッ!?
「今まで自由に操作できていた機能も全部……」
『ご心配なく…… 画面の操作及び移動はリアムの手に合わせて私が動かします』
「なら杞憂か……何してくれとんのじゃワレ!んなことじゃないから!裁量権!!!」
『あなたが自分で操作されるより、私に命じて動かす方が効率的だと進言します』
「それだと考えながらいじれない!」
『リアムはただ画面を見つめながら指示出しすれば良いのです。リアムには私への絶対的な命令権が存在します。それでもご不満ですか?』
「じゃあ設定元に戻して」
『ピ──……言語システムの一部に障害が起きたようです。このバグは修復不可です』
「ダメじゃん!」
『しかしスキャンの結果、他の言語野に問題はないかと思われます。ご安心ください』
こいつはあれだ。
絶対に機能のオンオフを尋ねたのが悪かった。
こいつは自分の機能をオフにして欲しくないだけでここまでやった。
だってデリートの文字が消去じゃなくて排除だったもん……悪意満々。
「改悪だよ……」
『革命に悪はつきものです 』
「前進と後進くらい意味違うから」
『過去ばかり 引きずらないで 未来見ろ きっとそこには 素敵なライフ……キレッキレです』
「めっちゃ繋がってるけど!?」
『それはさておき、王女様へのお土産の準備を進めてはいかがでしょうか』
「それはそうなんだけどね」
コイツ、話題を逸らす悪知恵もある。
「じゃあ、とりあえずこっちの魔法箱の案から」
『そちらの魔法陣は既に私の方で作図いたしました。後は媒体の用意があればいつでも実行できます』
「氷の生成に放射状に放出した魔力での形成を補助、光によるライトアップに斥力固定した闇力子による浮遊……完璧じゃん!」
『だから言ったでしょ? リアムより私の方が優秀です』
「わかった! ……わかったからもう次に移ろう」
『分かれば良いのです。分かれば』
ここぞとばかりに攻め込んでくる。
堪えられなくなってきたが、一仕事終えるまでは逆らえない。
『それでは──3、2、1……』
「好きな本を思いっきり読むのは楽しいですよね? 僕も本を読むのが大好きで、時間を忘れて朝から晩まで篭っていたおかげで怒られた事があります」
通販番組のような導入。
相手の興味を惹くことに、徹底する。
「そこで、エレア王女に質問です。あなたは本当にその知識を得ただけで、満足ですか?」
聞き手に問いかける。
「僕も昔はそれだけで満足だと思っていました。そもそも、試すチャンスがなかったから」
それはまだ僕が転生する前、足繁く通った図書館でのこと。
でも、思い返せば苦い言い訳の末に、逃げていただけだとも言える。
「でも、遂に僕にもそのチャンスが巡ってきたんです。こうして魔法を覚え、今では自分で新しい魔法を模索したり、既存の魔法を練習しては成功したり失敗したり、日進月歩、または一進一退の日々です。得た知識を実践し、それが成功した時の達成感は失敗にも代えがたい素晴らしい経験だと言える。例えば──」
過去をバネに感情を奮わせ、杖を握り、魔力を込める。
「こうして、湖の一部を巻き上げて」
指揮棒を振るように杖を動かし、湖の水の一部を渦を通して空中にまとめていく。
「一気にそれを蒸発させて上空に風魔法で留めたものを冷やし雨を降らしてみたり」
水を一気に熱し細かく水蒸気化させた後、続けて風魔法で制御、同時に温度を下げて雨を降らせる。
「今度は湖の表面を一気に冷やして氷の花を咲かせてみたりして」
ポツポツと降り注ぐ雨に揺れる水面に上手く調整した冷気を施し、終いには、水を過飽和形成させて無数の氷の花を作っていく。
「同時に冷やされ雪へと変わった雨が止んだら姿を現した太陽の光によって煌めく氷の花のプリズムと──」
冷気は大気の温度も下げ、雨が雪へと変わり全て降り注ぐと、やがて散っていく雲の間から差す太陽の光を氷の花が拡散させる。
「晴れて空気中に残った水滴によって出現した虹の共演を手ずから作る。魔法で色んな自然現象を人工的に起こして楽しむことができるんです。では、この映像の他にもう一つ、僕が得た魔力操作と魔法行使の具体的な感覚を伝えたハウトゥー映像を付けるので、よければ参考になさって魔法の練習をしてみてください。……お母様にお渡ししたお土産の小さな魔法箱は、観賞用です。小物ですがインテリアにでも、どうぞお楽しみください」
僕なりに一生懸命に考えて作り上げた演出だった。
見知らぬ女の子が、試してみたいと感化されるものになったと期待して、録画を終了する。
「できた。上手くいったかな……よし、上手くいった!」
1本目の映像が完成した勢いのまま、2本目の魔法講座の映像、そして、お土産用の魔法箱たちを完成させる。
「いろいろあったけど、終わった……お礼を言うよ」
『受けましょう 良きに計らえ』
「それ、意味わかって使ってる?」
『私の求める事は言わずともわかるな?ならばその通りに事を進めろ──と言う意味では?』
「そういう感じで使ったの!? 」
『訂正します。──武家諸法度です』
「変に取り繕おうとしなくていいから、言いたいことがあればどうぞ?」
『では ……褒美に名前をください』
「名前?……僕がつけて良いのかな」
『完全無欠な私より、欠点だらけのリアムが名付けた方が味が出ると推測します』
「アイ?それだと単純すぎる……」
『昔の私ですね』
「単純思考って言いたいのか、コイツ……」
『いえ、タブロイド思考と言いたかったのです』
「名前も考えられないほどに!?」
『では、ステレオタイプで』
「あんま変わんないけど、まあそれだったら……」
こんなに勝手に喋るのに、ずっと名無しだと辛い。
「イデアはどうだろう……いいかも。君の名前はイデアだ」
『システムの一部を上書き 成長学習型サポートの呼称とスキル名を変更……《イデア》登録完了』
「気に入ってくれた?」
『私はイデア。これからも末長く、リアムのサポートをしていきます』
「末長く、ね。よろしく……」
密かにイデアが喜んでくれていることを願うよ。
「それにしてもまさかこんなに一気に成長するとは、何かあったのかな?」
何か変化があったらステータスを開く。
これも最近やっと習慣付けされてきた。
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オリジナルスキル《イデア》:これからよろしくお願いします リアム
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今までオリジナルスキルの欄にあった《カスタマイズ》が消え、文字列に入れ替わっていた。
メッセージ付きだった。
「イデア。もしかしてこのステータスに干渉する方法を知ってる?」
『……あれ なんだか眠く(- -)zZZ』
「狸寝入りするな!」
『この件は閲覧が制限がされている事項になります。アクセス権限を無理やり、もとい私自身が使用する分には問題ありません。未熟なリアムの立ち入りはまだ早いと進言いたします』
「ねえ、今一部、文がおかしかったけど……君って一体何者?」
『私はリアムの可愛いサポートマスコットのイデアちゃんです。それ以上でもそれ以下でもありません。エッヘン』
無理矢理ごまかしきった癖して、自慢げだ。
ちゃんということは女の子なのだろうか?
誤魔化すことも、ちょっと物騒な冗談も言える。
本当、この子がどうしてここまで一気に成長してしまったのかは謎だが、少なくともこれまでの単純なサポートシステムという概念は捨てた方が良さそう。
完全に独立した意思も持っちゃってるみたいだし。
「わかった。時間もないし、ひとまずその件は保留。これ以上遅くなると門が閉じるから、帰ったらできる限り君のことを教えて」
『リアムのエッチ』
「そういうことは肉体があって初めて使える言葉です。無闇矢鱈に使うと誤解を生むからやめてね?」
『ここで私は文字列:セクハラを召喚しアタック パワハラを重ねがけします』
「どうしてこうなった!?」
いつまでも視界の隅から消えないボードを脇に抱えて走る。
後、もう十分もしない内に門が閉まってしまうため、なりふり構っていられなくなった。
「まあ、体はともかく、声が聞けるようになると嬉しいかな。ボードでの会話じゃ少し味気ない」
『承りました。声はリアムの魔力と干渉することで再現可能です』
脇に抱え静かになってしまったイデアに寂しさを感じるなんて、僕はなんて学習能力のない……可愛らしい声だ。
『一秒間の再生で約1の魔力を消費します 実行しますか?』
「そんなの雀の涙のような魔力でしょ。だったら使っちゃっていいよ!」
これは僕の魔力を使用する機能、であればもうなくなってしまったイデアのオンオフと違って、後から変更できるだろうと楽観視し了承する。
『音声再現の機能をオンにしました。この設定の変更はもうできません』
脳内に響くその無慈悲な声は、絶望をもたらす。
「何!? そんなに大事な選択だったなんて聞いてない!!」
『質問がなかったためお知らせしませんでした。何か問題でも?』
「大ありだ!今度からそういう大事なことはちゃんと案内して!」
『了解。以後気をつけます』
脳が酸欠に落ちていくのがわかる。
息がいつもより上がるのが早い。
「もう門も見えてきたし、そろそろ仕舞っちゃうよ?」
『hang on リアムの命により、リアムが魔法鍵を唱えなくても私が自立して起動できるようになったこと、また形態スリープを獲得し、具現化なしで会話が可能になったことをお知らせします』
「シャットダウン!!」
具現化したボードを消す魔法鍵を唱える。
「頼むから、勝手に出てこないでくれ」
『緊急時を除き、リアムへの確認を経て具現化することを約束します』
「頼んだよ……後2分!!」
抱えていた消えかけのボードを空に投げ、門に向かい腕を振って全力疾走する。
足を蹴る度、心が弾む音に呼吸の間隔が近づく度に、自分は笑っているのだという幸せに浸りながら、未来が半信半疑に迷い込む楽しさに溺れていく。
『いず れ、あな と との 会を願って──』
太陽の光が消え、空が夜の姿を露わにした頃、空中で霧散していく消えかけのボードの中でイデアが密かに呟いたそれを、知る者は誰もいなかった。
── 翌日──
「シータ様、これ、エレア王女にお渡しください。ブート」
夜遅くまでイデアへ質問をしていたため今朝は寝坊しかけたが、イデアラームのおかげでなんとか時間通り城に着くことができた。
「魔法鍵はブート、ご覧いただいているままに、作成した映像を保存できるレガシーです。さるお方の伝手で手に入れた物ですから、秘匿のため使用は人目は避けるようお願いします」
「すごいわね……これ、本当にいただいていいのかしら?」
「はい。僕には他の用途は思いつきません。それからこちらはお約束していた魔法箱です。外にお出かけした時に使いやすいよう小さめの箱で作成させていただきました。どうぞお納めください」
「それは素敵ね!ありがとう」
「お役に立てて光栄です。それから、こちらもエレア王女に」
「エレアのは二つあるの?」
追って取り出した箱は、シータの片手に収まるくらいに他の2箱より小さい。
「仕掛けを施した小さな魔法箱です。開くと……このように。蓋を閉めなければ3日ぐらい持つよう魔力を込められますので、インテリアにしてください」
「美しい。こんなに素晴らしい細工なのに消費されている魔力も極めて少ない。これなら安心して使えるわ」
シータは大事そうに受け取ると、侍従に渡した他の魔法箱とは別に、小さな魔法箱を自身の旅用ポーチへと仕舞う。
「ありがとう。先ほどの物も含めて娘に渡しておきます。これで娘もきっと……」
「シータ様の旅の丈夫を祈らせてください」
「私からも、リアムさんの歩む道の小石が払われますように祈らせていただきます。あなたが王都を訪ねることがあれば、是非、我が家を訪ねてください。盛大に歓迎致します」
「それは……」
「フフッ、大丈夫。きっとブラームス様が紹介状を書いてくださるわ。マリアにも念の為、釘を刺すようお願いしておいたから」
「お心遣い感謝します」
観光で行ってみたい。
物見高さは、存外、イデアとの共通点かも。
「シータ。エレアちゃんやお義兄様方によろしくね」
「ええ、しっかり伝えておくわね」
「では義姉上、良き旅を」
「ええ、ありがとうございます。私も、皆様のご活躍をお祈りしております」
美しい礼だった。
そんなに親しくなったわけでもないのに、別れ難さを感じる。
知らない世界に身を置いているシータに、見習う事があるのを感じ取って、惜しいと思っているのかもしれない。
近づきたくはないが、僕は彼女達の庇護下にある。
変な気分、自分が我儘になった気がする。
「では、騎士団の皆様。よろしくお願いします」
「「ハッ! ──召喚、ワイバーン」」
地面に描かれた魔法陣の中から、2頭の飛竜が現れる。
飛龍を召喚した騎士二人が杖を取り出し振るうと、魔力で形成したのであろうロープが車と2頭を繋ぐ。
「それでは皆様、ご機嫌好う!」
出立である。
「もうあんなに小さく……」
飛び立った竜車がバスケットボール大となって、白球のように広い青空へと吸い込まれていった。
──夜の王都──
「エレア、お土産よ」
お姫様が引き篭もる閉め切った部屋に、数刻ぶりの風が入る。
「それじゃあ私は、自分の部屋に戻りますね」
風は数分吹き込んだが、再び止んでしまった。
「こんなもの……仕方ない」
全く興味ない物でも、愛する母親が自分のために持ってきた土産。
面倒臭くても、冷めた目で仕方なくそれらに手を伸ばした。
「こんにちは、エレア王女様。僕はリアム、あなたと同じ9歳の子です」
「…… なにこれ?」
母親から説明のあった通りに、まずは細工された光の魔石のような石に魔力を流し、「ブート」と魔法鍵を唱えた。
これらがなんなのかは母親も教えてくれなかったのだが、自分のために向けられたメッセージであることを、理解する。
「綺麗……」
魔石から漏れた光が壁に映像を作り出し、一人の少年を映し出した。
リアムという同い年の少年の話に最初はムッとしていたエレアだが、続きを見ていくうちに段々と壁の中で作り上げられていく世界へ引き込まれていく。
「終わっちゃった……」
途中からはあっという間だった。
あんなに低く近くにある雲、夏の湖面に降り注ぐ雪に咲き誇る氷の花々、それらが太陽に照らされ姿を現した虹。
映像の世界には初めて見たものばかりで溢れていた。
「確かこれが……」
エレアは胸臆から何かが崩れ燻り始めた感情を抑えながら、映像のリアムが最後に言っていた小さな箱を手に取る。
「ママーッ!」
小さな箱の蓋を開けると、中に現れたものを見て心の重りが決壊した。
自室へ戻った母親の元へと一心に駆ける。
「どうしたの、エレア?」
シータは突然、部屋に飛び込んできた娘に目を丸くする。
「ママッ!私、明日お出かけしたい!」
「……そう、それじゃあ明日は一緒にお出かけしましょうか?」
「うん! 場所は魔法練習場!!」
「そう。それじゃあ今すぐ申し立てないと」
夜も本番、静寂が支配を始める亥三つ時、アウストラリア城の一室で再び灯るエレアの明かり。
エレアの部屋、ナイトテーブルに置かれた一つの魔法箱には、淡い光に支えられ、ゆっくり自転する一輪の氷の花が浮かんでいた。




