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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
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「私、もう一つ食べたい」

「冷たいものを食べ過ぎるとお腹壊しますよ?」

「そうなの?…でも食べたいの!! だってこんな美味しいお菓子食べたの初めてなんだもん!!」

「ミリア、その辺でやめておきなさい。でもミリアが強請るのもわかるわ〜」

「そうね。このお菓子はこの時期にぴったり、更に上品な口当たりと甘さがまた、たまらないわ」

「このミント味は疲れた頭をスゥーっと晴らしてくれるな。気に入った」

「これは僕も虜になりそうだ」


 各々、舌鼓を打っている。

 女性陣にはバニラやクリームチーズを混ぜてあるストロベリーが、日頃、考えることが山ほどある男性陣からはミントが評判だった。


「このアイスクリームが保温されている容器は先日、君がブラド商会から提出した魔法箱だよね?」

「これは素晴らしいです。流通に革命を起こす一品ではないでしょうか」

「そうだな。申請書類に目を通した限り、物が凍らない程度から凍るまで温度を自由に調節でき、かつ魔力のみならず魔石による蓄積駆動にも対応している。……憎らしいほど見事な一品だ」


 現在の流通にも凍らせて品を運ぶという概念はあるが、氷魔法の担い手がそう多くはない上に、一度箱詰めすれば、はい終わりとはならない。

 冷蔵・冷凍輸送は安定しない上に非常にコストがかかる。


「まあ、ブラームス様が憎らしいほどと仰るなんて。……リアムさん、是非帰るまでに一つこの箱を融通してくれないかしら?」

「あら、もしかしてエレアへのお土産?」

「そう。リアムさん、実は私にもあなたと同じ齢の子がいるの。ほら、さっきブラームス様が仰ってたエレアよ。元々優しくて大人しい子だったのだけれど、最近は更に大人しくなっちゃって、なんと言うか図書館にこもってばかり」


 勉強嫌いよりは、よっぽどいいことだろう。

 でも、親として心配なところがあるのだろう。


「だから、これはあなたと同じ齢の子が作ったのよ、って娘に渡せば、いい刺激になると思ってね」

「でも、それで外に出てくれるようになるでしょうか?」

「試して少しマイナスに動いてしまっても、それは何もしないでゼロがゼロのままなのとあまり変わらないわ」

「では、シータ様がお帰りになるまで僕の方でも少し考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?……約束はできませんが、もちろん魔法箱の方は別でお土産としてご用意いたします。どうでしょう?」


 前世では外での自由が制限されていた僕が、外でしか得られない経験の大切さを、十二分に噛み締めている。

 図書館の中に大抵を見出しているという彼女に、少しだけ、体験が齎す感情の変化を知ってもらいたいと思った。


「まぁ、リアムさんはミリアちゃんの家庭教師様ですもの。願ってもない申し出ですわ。私は今日から3日間公爵城に滞在する予定です。また明後日の午前の十時にここを発つこととなっていますので、どうぞよろしくお願いいたしますね」

「はい、ではお帰りの1時間前、午前の九時までには城に顔を出します。公爵様、よろしいでしょうか?」

「よかろう。門番には伝えておくからそうしなさい」

「リアム、そのあとはみっちり夜まで私に付き合いなさい。今日みたいにそそくさと帰ったら許さないから」

「い、いやぁ、それはどうかな……」

「……我が愛しの娘の要望だ。聞いてやれ」

「あなた。強要してはダメよ」

「わかっている。……ではな」

「あの人ったら。リアムくん、これからもミリアと仲良くしてあげてくださいね」

「大丈夫よお母様。ちゃんと私がリアムの面倒を見てあげるから」

「ではまた明後日に──」


 次のブースへと向かうブラームスを皮切りに、嵐のように一行が去っていく。


「リアム君、父はああ言っているがあれで君のことをそれなりに考えている」

「そう願います」

「……実際、商品に関わる特許申請を出せば、力を持つ家にはある程度の情報が入る。貴族が経営する商家もあるし、君みたいな平民の子供を取り込もうとする家も、今夜の事でおそらく動き出す。そして、ハワードのことも……」

「ハワード?」

「こちらの話さ。兎に角、我々の訪問も終わったし、この後は自由に会場を歩き楽しみなさい。きっと、良い牽制になったはずだ」

「……ありがとうございます。パトリック様」

「ノーフォーク中から様々な商品が集まっている。楽しみなさい」

「はい」


 先行く公爵一行の後を彼は早足で追いかけ去っていく。


「ピッグさん、エクレアさん。僕は少し、会場の中を見て回ってきても良いですか?」

「是非、行ってらしてください……若」

「気をつけてね……」


 過ぎ去った嵐に、未だ二人は放心状態。


「ではいってきますね」


 二人に申し訳ない気持ちになるが、そそくさとこの場を去る。

 きっと僕がいては、皆が畏まってテーゼ商会の商品を見にこれないであろうから。


 ・

 ・

 ・


「さてと、パッと見……鈴屋?……この匂いはもしかして、醤油?」


 社交的なこの場において、一切人が寄り付いていないホールの角が目に入った。


「こっちは味噌に干物、海苔や鰹節まで!!」


 西洋風のホールに並ぶ異質な食材の数々。


「ん? 僕ちゃん、若いのにこれを知ってるとは中々通だね!」

「こんばんは」

「こんばんは!私は鈴屋のアオイ! 鈴屋ウチは東のルートからアウストラリアに商品を仕入れる貿易商で、一部商品は現地で培った技術を生かして生産・加工して商売している店だよ!」


 粋が良い女性店員はカリナより少し年上か、黒髪黒目の顔立ちをしていた。


「東……それってまさか小さな島国とか?」

日雅ひゅうが国から仕入れてるよ。 それに蝶華ちょうか国なんからもね」

「もしかしてアオイお姉さんは日雅の出身ですか?」

「お姉さんは照れるから良してくれ。アオイで良いよ!私はアウストラリアの出身。祖母が日雅の出身なんだ」


 この世界にも日本と同じような国があったらしい。

 こんなんところで懐かしの文化に再会できるとは。


「僕はリアムです。自己紹介が遅れてすいません」

「知ってるよ。さっきあんなに目立っていたからね」

「やっぱり目立ってましたか……」


 自己紹介を済ませ、早速色々と質問を始める。


「でな、最近、南のリヴァプール領の港町から内部に向け進出してこのノーフォークに拠点を置いたんだけど、現状は見ての通り閑古鳥が鳴くほどすっからかん。まだまだ受け入れがたい品が多いらしくてね」


 出された緑茶を口に少しずつ含みながら話を聞く。

 久しぶりの緑茶からは緑の香りがスゥーっと香り、少し暑い夏の夜を涼ませてくれた。


 アオイの話から、鈴屋の情報をある程度纏める。

 鈴屋は最近ここノーフォークに拠点を構え、主に和物を販売している店。

 他領の港町にある本店では食事処もやっており、今日は献上品としてそれを模した料理を、見本としてこの並べられた食品を持参した。

 しかし状況は厳しく、目新しい商品は客の好奇心を誘うものの、繊細な和食には好奇心を購買欲に変化させる起爆剤が少し足りていないようだ。

 舌の肥えた一部の貴族にはようやく受け入れられ始めたが、大衆はまだまだ。

 アオイの目標は、賑わう本店に負けないほどに、この支店を成長させることらしい。


「それじゃあ……買い込んでも迷惑になりませんか?」

「そりゃあ普通だったらお断りだけど。なに、 そんなにウチの商品が欲しいの?」

「はい! それはもう買い占めたいほどに!!」

「ははは! そりゃあありがたい!そうだ、今日持ってきた見本、展示品で悪いけど良かったら持って帰る?」

「良いんですか!?」

「良いよ」


 アオイは気前がいいというか男前というか、接客は向いてそうだが、経営はどうなんだろう。


「すみません。本当なら僕も交換して出せるものがあれば良いんですが」

「気にする必要はないさ。リアムの考案した商品は大人気だし、私もさっき試食させてもらったよ。あれは本当にいいものだった……」


 恍惚とした表情で、食感や味を思い出しているのだろうか。

 甘いデザートには目が無いようだ。


「だったら、今度お店にお邪魔すると思うので、その時にでも差し入れますよ」

「本当!?」

「ええ、今日のお礼で」

「それは嬉しいね! 楽しみにしてる!」


 それからも、僕は彼女と和食談義を交わし、鈴屋への来店を約束して場を離れる。

 離れた頃にはもうパーティーも終盤で、他の店を回る時間はなかったが、この会場の誰よりも一番の収穫を得た自負がある。

 亜空間に仕舞った食品達を思い出しながら、ホクホク顔でテーゼ商会のブースへと戻った。


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