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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
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「エリシアの事と違って、僕に責任が生じますから」

「そんなことにはならない。エリシアの事だって、何も、全てを運命任せにしたのではない。私が、君なら大丈夫だと……信じていたからだ」


 ヴィンセントは、僕に悲願の思いを告白する。


「父に勧められて、ノーフォークに来て漸く、君の症状の原因に診断がついた。しかし、治すことは叶わなかった」

「それでも、予後は穏やかになった」

「……君が希望を抱くことを恐がるのなら、私は君の気持ちを尊重したい。だが、君が診察を断る理由が、治らないことが怖いのではなく、リアム君を巻き込むことが怖いというのなら、私は待つよ……いつまでも」


 ……もう、巻き込んでる。


「やれることは同じです。症状がわかっても、原因まではわからなかった」

「結果が同じでも、私は受け止める覚悟だ。だが、可能性が僅かにでもあるのなら、諦めることだけはしたくない。お願いします、リアム君。力を貸して欲しい」

「いいですよ」

「……ありがとう」


 ノータイムで、返事した。 

 話し合いで時間を潰して、誰かが納得する時間を作るために自分の時間を費やすのは好きじゃない。


「それで、僕は何を診ればいいのでしょうか。昨日わかったのは、リンシアさんが魔力変異に侵されているということだけでした。昨日と同じように診ればいいですか?」

「いや、昨日と同じようにしただけでは、結局、同じ結果が得られるだけだと思う」

「では、どうしましょう」

「君は昨日、リンシアをどのようにして診たのだろうか」

「リンシアさんの体に巡っている魔力が示す体の兆候を診ようとしました」

「というと、全体的に?」

「ええ……その聞き方だと、どこか集中的に診て欲しいところでもあるんでしょうか」

「ああ。リンシアの魔力契約の印を診てほしい」

「求めているのは、生物医学的な見地ではなく、魔法学的な見地ということでしょうか」

「そうだ、私が望むのは正にそれだ」


 専門家というわけでもないし、好奇心半分、前世の知識が助けになればという気持ち半分で、昨日は当たり障りない検査をしたが、僕が診たところで治療法が見つかるとは、イマイチ。

 ケイトとか、ルキウスを連れてきた方がいいのではないだろうか。


「リンシアの魔力契約の印にはエリシアを出産してからというもの、ヒビのような亀裂が刻まれている。昔は、因果関係を断ずることができなかったが、ノーフォークに来て、その手の道の人物に診断をしてもらった結果、確信を得た。だからリアム君にも、リンシアの体というより、魔力契約について診て欲しい」

「しかし、それはどうしてまた……魔力契約の印が壊れるということになったのか、比較のしようもないですよ」

「曰く、エリシアを身籠ったことで、魔族の魔力が多く供給されたことで、印にも影響が出たのではないかということだ。だから、治せとは言わない。診断データが少しでも多く欲しいんだ。頼む」


 言わんとしていることは、分かる。

 しかし、原因がわかっているとなると、ちょっと怖くなってきた。

 自分の手に余るのか、希望があるのか、断ずることになる。


「これからリンシアには私との魔力契約の印をだしてもらう。リアム君には、速やかにその印を診てもらって、意見を頂戴したい」

「……わかりました。いいですよ」

「ありがとう。先ほども言ったが、私は信じている。エリシアの契約相手に君を選んだのも君なら大丈夫だと、信じていたからだ……私は私の判断を信じる」


 僕は、ガッカリされるのが怖いくらいで、試さない選択はしない。

 力には、なりたいと思っている。



──リンシアの療養所──


「準備はいいかな、 二人とも」

「ええ」

「はい。──カスタマイズ」


 場所をリンシアの療養所へと移して、緊急時に備える。


「リンシア、頼む」


 苦痛に顔を歪ませながら、左手の薬指へと魔力が掻き集められる。

 彼女の左手薬指に、ヒビが入った魔力契約印が浮かび上がった。


「分析──……出た。魔力契約:ヴィンセント《損傷:魔力変換の制約損傷及び制御不可》」

「よし!いいぞ!」


 ヴィンセントが歓喜の声をあげる。


「リアム君!そのまま解析も頼む──」

「うぅ……」

「リンシア!……中止だ! 魔力を止めなさい!」

「うぅ、止まらない、ヴィンス!止めようとしても印に魔力が吸われていく。このままじゃ!」

「落ち着きなさい!魔力回復のポーションを!!──ほら、これで君の魔力量が上がったはずだ」


 ……左手に流れていくリンシアの魔力が止まらない。


「ヴィンス……私、今変な気分よ」

「何?」

「真っ赤な液体が……血が欲しいって衝動が脳裏をよぎり始めて……」


 魔族の種族癖を思わせるかのような一言を口にした後、 ──リンシアは失神した。


「このままでは……なんとかしなければ」

「解析開始」

「リアム君……」


 なんとかしないとならない。

 衰弱していくのに、施せる処置術がないのなら、試したっていいよね。 


「分析で得た魔法情報を言語化してインポート。魔力変換に関わるフォルダは、所々テキストが欠損、制約の崩壊がこの鍵の破損で、もしこれが不調の原因だとしたら、式の崩壊度の大きいところを洗い出してピックアップ。自動修復で壊れた部分の再建を開始……ヴィンセントさん、 僕の魔眼、発動していませんか?」

「ああ、発動はしていない」

「良かった。そのまま、僕の魔眼が発動していないかどうか見ていてください」


 毒蛇に噛まれた傷口から血を吸い出し、吐き捨てるようなイメージ。

 少し違うのは、魔力を体内に流してそれを絡め取っていること。

 瀉血に近いだろうか。

 

『魔力を押し流して絡めて、引っ張り出して捨てて次……』


 5分程、応急処置を繰り返していた。


 ──対象魔法式の修復完了。 


 一か八かで命じた自動修復がうまくいったようで、カスタマイズからの通知が脳裏に浮かぶ。


「終わった。印を修復してリブート!」


 修復された魔力契約式を傷ついた印へとデプロイし、諸々リセットするために強制的に、印に流れ込む魔力を押さえつけた。

 

「……止まった? 止まったぞリアム君!」

「め、めまいが……」


 急激なフラつきと眠気に襲われる。

 僕の、魔力不足だ。

 一か八か無理やり、やらせてみたけど……こんなに魔力を消費するなんて、これは参った。


「ヴィンセントさん、僕は少しお休みさせていただきます……おや、すみな……」


 抵抗することもなく、近くのソファに倒れこんだ。

 誘われるがままに眠りへと落ちていく。


 ・

 ・

 ・


「目覚めたか、リアム君」


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 目覚め体を起こすと、リンシアの眠るベットの横で看病していたのであろうヴィンセントが、こちらを見ていた。


「君のおかげで妻は救われた。ありがとう」

「ヴィンセントさん。あなたの魔力契約印も解析させていただけませんか?」

「ん?……それは構わないが、君は魔力不足で倒れたのだろう。大丈夫なのか?」

「元々の量が多いせいか、時間1単位に対する回復量も多いんです。それより、どうやらリンシアさんの魔力契約印はヴィンセントさんの契約印と中身は同じもの。契約式に魔力登録した契約者の魔力へ己の魔力を変換する力があるみたいです。リンシアさんの契約印にも同じ式が組み込まれていました」


 魔力の質を読み取り、己の魔力と互換性を持たせる形で変換する。

 この発見は、棚からぼたもちかも。

 

「人と魔族の魔力では根本から質が違ってくる。ヴィンセントさんのお母様のように魔力量の多い人にとって取るに足らない異質な魔力でも、リンシアさんにとっては中毒を引き起こしてしまうほど重大な量の異質な魔力となってしまう。それでも、最初は問題ないバランスが保たれていた。だけど、エリシアをお腹に宿したことで、魔族の質へ傾いた」

「リンシアの魔力が圧され、印にも影響が及んだ。それなら、多くの魔力の才が必要とされる後魔眼の所有者が、契約を魔眼に組み刻み、生み出した魔族の魔力を調伏して操れることにも納得がいく」


 魔力不全、病名がつくのかはわからないが、大雑把に理解するならそんな感じ。


「きっとこの儀式は微妙なバランスの下に成り立っているのだろうな。本当に、煩わしいやら愛おしいやら」


 そうして、再びベットで眠るリンシアの方に体を戻し、布団の間から覗いていた彼女の左手を、両手で包み込む。


「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね」

「ありがとう、リアム君……」


 扉が閉まるまでにもう一度垣間見た光景は、なんとも形容しがたい人の情に溢れていた。

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