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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
36/71

36 so help me god


── 拝啓 カリナ。


 夏も本番となり、連日の猛暑ではございますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。


 こちらは変わりなく、氷魔法を応用して暑さを凌ぐ今日この頃です。

 こうして暑さを避け、快適に過ごせるのも姉さんが氷魔法を熱心に教えてくれたおかげですね。


 さて、これは私事ではありますが、実は先日ある出来事がありまして、この度スクールの友人と魔力契約を結ぶ運びとなりました。

 魔族の血を引く友人に悪さをする種族癖の影響を緩和するためです。

 姉さんには、応援してもらえると心強いです。

 なにより、僕は姉さんにも、健康でいて欲しいと願っています。


 では、カリナ姉さんの益々のご健勝とお活躍を願っております。


── リアム。


「かなり畏まった文章になったけどこんなところか」


 エクレールに訪れて四日後のこと、王立学院にいる姉さんに向けた手紙を書いている。


「リアム〜ッ! そろそろ行くよ〜ッ!」

「は〜いッ! 今行く〜!」


 一旦、内容を認めたところで、手紙を畳んだ。




──ブラッドフォード邸──


「おはようございますリアム様。そちらはお父様にお母様であらせられましょうか?

「どうも、リアムの父のウィリアムです。本日はお日柄もよく」

「リアムの母のアイナです。本日はご招待いただきありがとうございます」

「ようこそいらっしゃいました」


 屋敷の玄関前で、執事のバットに迎えられる。


「エリシア・ブラッドフォードの父、ヴィンセント・ブラッドフォードです。本日は、ご足労いただきありがとうございます」

「リアムッ!」

「エリシア……」

「さて、今日は我が家で存分にもてなさせてもらう。こちらへ」


 大人たちの横で、無邪気に飛びついてこられると、ちょっぴりたまらない。


「此度は急な話で、お二人もさぞ驚かれたことだろう。ご両親には、こちらの方からご説明差し上げますし、どうぞなんでも質問して欲しいと言いたいところですが、保護者として込み入った大切な話もあるので、できれば二人に席を外してもらいたい」

「わかりました」

「感謝します。エリシア、リアム君、これから少し大事な話をするので、別室で暇を潰すか、それとも庭にでも出て散歩してくるといい」

「わかりましたお父様!だったら一緒に庭を散歩しましょ!!」


 有無も言わさぬスピードで手を引かれて、その場を後にしてしまった。


「それでは、話をしましょうか。まずは、娘の置かれている状況について、ご説明させてください」


 最後に、微かに聞こえたヴィンセントの言葉。

 後ろ髪引かれる思いであったが、無邪気に手を引くエリシアには勝つことができなかった。

 

「これがガリカ、こっちがアルバやモスで……」


 庭園を歩きながら、エリシアが植えられているものを説明してくれる。


「でももう花は散っちゃった。もう少し早ければ見頃だった……リアム、これから行くところは内緒にして」


 花をつける季節は既に過ぎ去ってしまった。

 そう小さな声でエリシアが僕の耳元で囁くと、ついてきてと言わんばかりに、また僕の手を引いていく。



──リンシアの療養所──


 庭園の隅に建つ小さな赤いレンガの家。

 所々には薔薇のつたが張っており、白や赤の花をつけている。


「ここよ」

「薔薇が咲いてる」


 建物を綺麗に飾る薔薇の色彩に目を奪われる。

 赤いレンガの上に張った茶のつるについた緑の葉と赤や白の花びらが織りなす色彩は、まさに丁度良い量のバランスで保たれていた。

 おとぎ話にでも出てきそうな家である。


「この建物に巻きついている薔薇はね、土属性の魔石を肥料にあげているの」


 薔薇と建物に見とれていると、エリシアが自慢するように今も薔薇の咲いている理由を教えてくれる。


「そしてね。ここには今、お母様がいる……」

「それって、療養中っていうお母さん?」

「そう。お母様は5年前から身体が弱っていて……屋敷の方では来客もあるし広くて移動も大変だから、普段はこの小さな家で療養していて。無闇にここに近づかないようお父様に言われているけど、時々こうして、お母様に会いに来てるのは内緒ね」


 巣で休む小鳥を驚かせないように、小さな声で、コッソリと、寂しげに。


「お母様〜ッ!」


 扉を開くと、まっしぐらだった。


「エリシアったら、また来ちゃったの?」


 その人は、綺麗な人だった。

 長い金髪に黄色の目、優しそうで病床ながらも包容力のような安心を感じさせる。


「そちらはお友達かしら。もしかして話に聞いていた……リアム君?」

「リアムです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。私はリンシア・ブラットフォード。エリシアの母です」


 こちらもよろしくと、優しく迎えられた。

 一先ずホッと、一安心。


「ごめんなさいね、ベットの上から。体が弱いもので……」


 療養のためにベットの上で安静にしているリンシアを見ていると、こう……グッと込み上げてくるものを感じる。


「それは先天的なもので?」

「いいえ、八年前にね。どうやら魔力に問題があるようなのだけれど」

「原因は、わかっているんですか?」

「それがわかっていなくて……」


 つい好奇心で、病状を尋ねてしまう。

 後天的な魔力障害だと、力になれそうなことはなさそうだ。

 でも、何も調べないというのも、性分に合わない。


「あの、もし差し支えなければ診てみてもいいですか?」

「えっ?……それは構わないのだけれど、大丈夫かしら?」


 戸惑いを見せるも、子供のすることだと割り切られたのか診察の許しをもらった。

 こういう時、拗れた先入観を持たれにくい点は、便利かな。


「リンシアさん、お手を拝借しても」

「どうぞ」

「ありがとうございます。では、魔力を解析……魔力変異?」


 カスタマイズと分析・解析を併用し、整理された情報を総合的に判断した。


「そんな……エリシア。少し、席を外してくれない?」

「えっ、でも」

「大丈夫。リアム君とあなたの吸血について少し話しておくことがあるだけだから。そうそう、 実はブラッティローズの大苗がようやく植え替えできそうなの! よければその子達のお世話をしてくれる?」

「でも……」

「エリシア、僕は大丈夫だから」

「……はい」

「ありがとう、エリシア」

「リアム、少し行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 リンシアに諭されて、エリシアは退席する。


「……凄いね。まさか私の病気を言い当てるなんて。もしかすると……いいえ、殆ど可能性はゼロに近いでしょうが、いい機会だから話しておくわね」


 その口ぶりは、まるで、自身の病状がわかっていたようだった。


「私のこの病気が発症したのはそう、今から十一年前のことです」

「十一年前? でもさっきは八年前って……あっ!」

「あなたは本当に聡い子なのね」


 リンシアは窓の外を眺める。

 視線の先には、並べられた鉢に根付く薔薇の世話をしているエリシアがいた。


「そう、それは私がエリシアを身籠った時」

「……やっぱり」


 窓の外から目を離して、自分のお腹をさすりながら、思い出に血を通わせる。


「主人のお義母様は魔力も豊富、気丈で誇り高い立派な人だったそうよ。でも私は……私も人、主人は魔族の血を引いたハーフ。魔族の血が特殊なことはあなたも聞いたのでしょ?」

「はい」

「自分の変化に気づいたのはエリシアが生まれる5ヶ月ほど前、本当に小さな違和感だった」


 苦悩、劣等……しかし悲壮、表情からは様々な感情が見て取れた。


「その時にはもう、エリシアを身籠ったことも分かっていた。そして少しずつ膨らんでくるお腹にやがて自分が一つの命を宿していると実感してきた頃、突然、自分の中に妙な自分以外の魔力が流れ込んできて、留まったのを感じた。さも、主人と魔力契約をして主人の魔力をこの身に宿した時のような感覚だった」


 エリシアがある程度お腹の中で育って安定期に入った頃、症状が現れた。


「だからやっぱり最初はそれが大した問題だとは思わなかった。魔法も問題なく使えたし、体がこうして弱っていくこともなかったから。だけど変異は、急に私の体を蝕み始めた。エリシアを産んだ後に。元々私の目の色はね、緑だった。けど今は見ての通り黄色」


 リンシアの目からは、やはりこれまでの苦しみが滲むが、満足そうだ。


「それにほら。私の犬歯は元々、もう少し丸みを帯びていたのだけれど、今はこうして尖ってきている」


 下唇を指で押さえながら、口をいの形にして歯を見せられる。


「私の中に存在している魔力はおそらく主人の魔族のもの。そしてエリシアを宿した時に一緒に私の中に根付き、人と魔族の血を引くあの子が私のお腹にいたことで、抑えられていた魔族の魔力が出産を引き金に完全に覚醒して暴れ始めた」

「やっぱりリンシアさんはエリシアを身籠ったことをきっかけに……」


 痛ましい過去に思わず、自身の闘病の記憶から引き起こされた同情を抱いた。

 やるせなさに堪らなくなる。


「フフフッ……でもね、別に私はそれを不幸とも運がなかったとも思っていない」

 

 リンシアは曇りを晴らすように笑いかけてくれた。

 笑みからは、溢れ出る幸せを十分に感じられる。


「今日みたいに、エリシアは主人の目を盗んでは私にこうして会いにきてくれるし、主人も実は毎日そこの窓の外にきては顔を見せて色々お土産を持ってきてくれているのよ。こうして家族との接触が制限されているからこそ気づける幸せがある。だから私は寂しくない」


 皮肉な話だ。

 病にかかったことで気づく幸せ。

 僕はそれを身体的な自由という形で知っているが、リンシアは家族との繋がりを通して幸せを知った。

 この家族ならばきっと、彼女が病にかからなくても 必然と実感できたはずの幸せであったはずだ。


 なんとか治す方法はないのか。

 頭をフル回転させて考える。

 

 魔力を特定してそれだけを引き剥がす?

 異種魔力が体に混在し始めて時間も経っている。

 きっと魔族の魔力はもう満遍なく、細かくリンシアの体に散布してしまっていることだろう。


 丁寧に、散在する魔力を感知した上で引き剥がしていく。

 魔力は生命エネルギーに準ずるものだ。 

 魔力供給に類似性を持つものは、循環、吸気呼気、血管、──血液。

 気体や水のような魔力が持つ性質について詰めていく過程で、魔力と血液の近似性を見出していく。


 同質の魔力を培養できれば、いや、ヴィンセントかエリシアの魔力とリンシアのものを比べることで純粋な彼女の魔力を探知し、それと同質の魔力を培養してそっくり入れ替える方法を考えてみるが、変質をもたらしている原因を駆逐しなければ、意味がない。

 原因療法の目処が立たず根治が見込めないとすれば、対症療法を続けていくしかない。

 癒着してしまった魔族魔力を探知して引き剥がすような、魔力を循環させる魔法か陣、道具を作れればあるいは──。


「魔力の透析」


 透析は、腎臓の不全などから自然にろ過できなくなった老廃物などの血中有毒物質、または水分を、人工的に血液をろ過することで取り除く療法。


「消費した魔力を還元した場合に消費分の魔力が回復するのか、それとも補填した分の自然回復がないかを調べる必要がある」


 魔力は消費すれば自然と回復するもの。

 もし外に出した魔力を還元した場合、魔力飽和を通り越して余剰が発生しないか、またそれが発生した場合に状態に異常が引き起こされないかを研究する必要性がある。

 だけど、ポーション等の魔力回復手段があるのだから、調べる価値は十分にあると思う。


「混じった魔族の魔力を希釈することで影響を低減、長期的に実践することであるいは……」


 傷ついた魔力の供給機構が修復される可能性を否定しきれない。


「大丈夫、 リアム君?」

「なんでもありません。ありがとうございました。お話ししてくださって。僕は大丈夫だと思います」

「そう。それじゃあ……」


 リンシアが一番心配しているのは、僕が提血を辞退することなのではないだろうか。

 ……ないな。

 理由がない。

 いつか、リンシアの病気も治せる日が来ればいいと思う。


「エリシア!…… 今日は調子も良いし、本邸まで一緒に行きましょうか。リアムさんの親御さんもいらっしゃってるようだし」

「本当!?お母様!!」

「ええ、だからその汚れた手を洗っていらっしゃい」

「うん!」


 足をベットの淵に下ろして側の窓を開けて、はしゃぐ娘を、なんと愛おしそうに見守るのだろう。 


「あっ、それとリアム君。いました話はエリシアには内緒にしてください。お願いします」

「はい、内緒にしておきます。僕もエリシアが自分を責める姿をこれ以上見るのは嫌です」

「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」


 立ち上がったリンシアの横顔は、病人とは思えない凛々しさを感じさせる。


「エリシア、また無断でリンシアのところに行ったのか」

「ヴィンス、エリシアを責めないであげて。今日は私も調子がいいし、自分からここに来るって言ったんだから」


 初めリンシアのところへ遊びに行ったことは内緒だとエリシアに口止めをされたものの、結局、リンシア本人が一緒に本邸にきたことでそれがバレてしまったわけだ。


「ウィリアムさんとアイナさん、でよろしかったでしょうか。 私はエリシアの母のリンシア・ブラッドフォードです」

「リアムの母のアイナです。これから末長いお付き合いとなりますが、よろしくお願いします」

「リアムの父のウィリアムです。私の名は息子とも被りますし、どうぞウィルと呼んでください」

  

 互いに握手を交わし、大人たちが挨拶を済ませる。


「まあ、では……」

「本人たちも互いに信頼しあっているようですし、今回のお話、重要なことはご主人のヴィンセントさんと話し合いました。私たちとしましてもこれ以上、口を出すことはありません」


 アイナの温かな手が、僕の頭を撫でる。


「さて、その様子だと、リンシアのことを聞いたのかな」

「はい。障害になり得ないと、僕は判断しました。父さんと母さんは、リンシアさんのことを……」

「ヴィンセントさんから聞いた。俺は大丈夫だと思う」

「私も、大丈夫だと思う。迷いなく、手を差し伸べられるあなたが誇らしい」

「先に君に話さなかったことを許して欲しい。私の意見ではなく、事実を話し、保護者であるお二人から忌憚のない意見を聞きたかった……私がエリシアのことを思っているからこその選択だった。私の思った通り、君はご両親に愛されていた」

「他に隠し事はありませんか?」

「ない。我が家の名に、愛する家族に誓って、嘘偽りないと宣誓しよう」


 こんな風に重大な決断を目前とすると、生涯の誓いでも立てているような気分になる。


「リアム、エリシアちゃんを守ってあげるのよ?」

「エリシア、あなたも支えられるだけでなく、しっかりとリアム君を支えてあげなさい」


 二人の母親は、それぞれの子供に向かって激励を送る。


 急激に熱を帯びていくのを感じる。

 こしょばゆい。

 僕たちは親の手から離れて、大海に一掻き漕ぎ出す。


 リンシアから同じように激励をもらったエリシアの方をみると、エリシアも僕の方を同時にみた。

 目のあった彼女の顔色をパッと窺うと、頬はピンク色に染まり、どこかに泳ぎだしてしまいそうな目を、必死に逸らすまいと震わせていた。


『僕の顔色はもっと真っ赤なのだろうな』


 いじらしいエリシアを見て、冷静さを取り戻す。

 客観性を取り戻し、己の決意が再確認されていく。


「「はい」」


 僕たちは二人、まっすぐ両親たちに向き合うと、二人息を揃えて決意を表明する。


「それじゃあ今夜は、うちで食事でもいかがかしら」

「それはいいアイデアだが、君の体が心配だ」

「ヴィンス、お祝いよ? それに元気の源は楽しいこと楽しいと楽しめること。ねっ! どうかしらウィリアムさん、アイナさん?」

「それはいい! やっぱ祝いは大勢でパァーッとやらないとぉぅ!!?」

「すみませんね、ウチの主人が。リンシアさんの提案はとても魅力的ですが、お身体の具合の方はよろしいのですか?」

「お客様に心配をおかけするとは褒められるものではありませんが、今回は私もどうか、会食に参加させてください」

「では、私共もお言葉に甘えることにしますわ。ね、ウィル?」

「あ、ああ。もちろん喜んで!」


 ウィルは足背を素早く、かつ的確に踏みつけられて鶏の首を締めたような声を出したが、リンシアの食事のお誘いには、両親とも喜んで招待を受けた。


「だったら……」

「それは?」

「これは昨日、エクレアさんと完成させたアイスクリームです。今週末に、公爵様への披露が控えておりまして、よかったら食後のデザートに。感想を聞かせてください」


 亜空間から取り出したのは、昨日、エクレアと完成させたアイスクリームの完成品が入った箱、試作段階で余分に作ったアイスクリームを保温していた冷凍の魔法箱(マジックボックス)である。


「まあ、それはありがとう。楽しみだわ」

「これがとても冷たくて美味しんですよ」

「リアム君は、話に聞いていた以上に多才なようだ」

「私も機会を逸しまして、まだ食べられていなかったから、楽しみですよ」


 味はバニラ、ミント、ストロベリーの3種。

 今日は披露前の試食会とでもいったところだろうか。

 より多くの意見が聞けるのはありがたい。


 ジーッ……。


「エリシア、おやつに少しだけ食べる?」

「はっ!で、でも……す、少しだけ」

「じゃあ、お楽しみは後にとって、こっちのシャーベットをつまみ食いしよう」


 こちらも、初日と違って口当たりの良い滑らかなものを開発したばかりだった。


  その後、再び庭に出てお茶とシャーベットを楽しんだ。

 そして夜は、ブラッドフォード家のもてなしで食事をいただき、一泊することになった。


「えっちぃのはダメだぞ〜……ひッ」

「ウィルの言ったことは気にしないで二人ともゆっくりとお休みなさい。さぁ、行こうね、ウィル」

「は、はい」


 一晩、エリシアの部屋に泊まることになった僕を見届けて、二人は先に客用の寝室へと向かう。


「エリシア、手順はわかっているな」

「うん」

「少しぼーっとするだろうけど、頑張ってね。リアムくん」

「はい」


 ヴィンセントとリンシアも、お休みの挨拶をかけてそれぞれ部屋を後にした。


「それじゃあ始めよう」

「はい」

「それで、吸血ってどうすればいいのかな?」


 吸血というと、ヴァンパイアを思い出す。 

 エリシアから聞いた吸血の手順は、首筋近くに形態を変化させた歯を突き立てて血を吸う方法だった。


「私はまだ成長が未熟で歯を変化させられないから、最初はこの針で刺して傷を作らなくちゃいけないの」


 エリシアの体はまだ未熟だ。

 魔族としても未成熟な彼女は、これからも場合に応じて色々と工夫していくことが、今後も求められるだろう。


「わかった。刺してくれる?」

「ごめんね。……ありがとう」


 申し訳なさそうに針を見せるエリシアに、笑顔で対応する。

 こんな針くらい、何回も刺してきたし、今更どうってことはない。


「吸血を始めたら痛みは直ぐに治るらしいから」


 左の首筋に刺された針が抜き取られる。


「あの……向かい合って吸うの?」

「いや……?」

「嫌じゃない」


 針で刺された痛みなんかよりも、目の前から抱きつくように迫ってくる彼女が気になって、臆病さが僅かに躊躇わせた。 


「どうぞ」


 エリシアが顔を近づけやすいように頭を左に傾ける。


「……ちゅ」


 ゆっくり顔を近づけたエリシアの唇が、首筋へ触れる。


「ちうゅ……んっ、ちうゅ……」


 小さな舌が傷から滲み出す血液とともに皮膚を舐める。

 傷口から血液を吸い出そうとする音や、時々彼女から上がるそれを飲み込もうと漏れる声が、免疫を刺激する。


 血を失う脱力感より……あったかい。


 エリシアが血を吸い始めてから、体の中から温かい熱が吸い出されていくのを感じる。

 こんなに胸が締め付けられる想いをするのは、いつぶりだろう。


 気持ちいい。

 なんだか安心する。


 温かい熱が吸い出されていくのを感じると同時に、入れ替わりに入ってくる温かさは留まることなく、じわじわと身体中に広がっていく。


 なんだか眠くなってきた。

 これってやばいやつじゃ……。


 充足感か、はたまた体からの危険信号かはわからないが、急激な眠気が襲ってきた。


 ベットの上に横たわり、僕は静かな眠りへと落ちていた。

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