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ファウスト -Terminus Flores-  作者: Blackliszt
第1章Neighborhood
35/71

35 午前と午後のエクレール


──翌朝──


「おはようリアム」

「おはよう」


 キッチンに立ち、朝食を準備するアイナといつもの挨拶を交わす。


「父さん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。まあ献血の話は相手方の親御さんとあってからという話に着地したが、とりあえず、今日はアイナの機嫌取りついでに剣術指南の件も進めるために出かけるから、準備しておけ」


 なんと穏やかで、精悍な顔つきであろう。

 暁日ぎょうじつのテーブルには、先に、一夜に及ぶ難しい戦を戦い抜いた充実感に満たされる爽やかな戦士が、次の戦に向けて装備品の点検をしていた。

 

「朝食ができましたよー!」

「はいただいま!今、運びま……」

「ウィル?」

「ね、寝てませんよ!」


 睡眠時間、尊い犠牲を払ったものだ……。



──午前──


「ここだ、入るぞ」


 エクレール。

 リアムとウィルとアイナは、貴族街に近く、比較的商人や役人といった高給取りの人々が暮らす住宅地にも近い区画に店を構える、とても雰囲気の良い焼き菓子屋を訪ねる。

 剣術でケーキ屋とは……。

 朝の営業時間も終わっている。

 次は昼から、今は休憩時間らしい。


「さぁ、食べるわよ!」


 アイナの機嫌取りのためか。

 またもや、予定外の出費コストだ。

 ありがとう、ウィル。


「ウィルにアイナじゃない!ちょっとどうしたの二人揃って!」


 ケーキの焼きあがったいい匂いが広がる落ち着いた雰囲気の店内に、甲高い声が響く。


「リアム、紹介しよう。リゲスだ。俺とアイナがパーティーを組んでた時の仲間だ」

「あらやだッリアムちゃん!? 随分大きくなったわね〜!やだもうかわいーわ〜」


 お店の扉をくぐるとそこにいたのは ……ちょび髭の筋肉マッチョ。

 頼もしい肉体に纏う、ピンクのエプロンがどことなく可哀想に見え……偏見はダメだ。


「初めまして、ではないんですよね。リアムです。よろしくお願いします、リゲスさん」

「そうよ。リアムちゃんがまだちっちゃい赤ちゃんの頃に一度会ってるの。リゲスよ、よろしくね❤︎」


 見覚えはある。

 0歳頃に一度、家を訪ねてきたと思う。

 この筋肉に抱き抱えられた時の潰されそうな恐怖といったら……こんなにインパクトがある人、忘れられないって。


「……ウィルに似てるけど、礼儀の良さだけはまったく似てないのね。アイナ、良い子育てしてるのね」

「ありがとう。私も鼻が高いんだよね〜。ところで、エクレアは?」

「奥でミートパイ用の肉処理をしてるわ。今から準備しないとお昼時に間に合わないから──っと、話の途中でごめんなさいね。あなたのお母さん、結構やんちゃさんだから意外でね」

「ちょっと!? リアムに変なこと吹き込まないで!私のお淑やかなイメージが崩れちゃう!」

「アイナはいいお母さんしてるのね。いつもリアムちゃんの話は聞いてたけど、飛び級するくらい頭が良いとか、大人の面目丸潰れにするくらい礼儀正しいとか、現実離れしたことばかり話すから。でもこうしてリアムちゃんの利発さ目の当たりにして、納得した。カリナちゃんもすごい子なのに、負けじ劣らず将来が楽しみね」

「お前だって学院生の頃は色々と化け物じみててただろうが……こう見えてな」

「もう!こう見えてってなに!?こう見えてって!!」


 頬を赤く染めながら、ウィルの背中をバシバシ叩く。


「イタイイタイって!……お前のつっぱりはシャレにならん!せめてもう少し手加減しろっていつもいってるだろ!!」

「あら、これでも手加減しているのだけれど。どう、カリナちゃんは学院で元気してそう?」

「手紙ではとても元気そうよ」

「そう、よかったわ。あの子、なんだか会うたびに無口になっていたから心配してたのよ」


 ウィルとアイナとリゲスは、学生時代からの知り合いらしい。


「さあ入って入って!折角リアムちゃんがきてくれたんだし、お茶でもしましょ♪」


 立ち話もなんだからと窓際の席に案内され、リゲスのお茶会へと、ご招待。

 ユニークなお茶会になりそうだ。


 ・

 ・

 ・


「なるほどね〜。大体の事情はわかったわ。でもそれだったらカミラかあなたの方が……」

「ダーッ!俺はもう剣を握らなくなって長いからなッ!」

「そっか、そうよね……ま、いいわよ、別に引き受けても」

「ホ、ホントですか!?」

「おっとリアムちゃん、慌てちゃダーメよ❤︎」


 机から身を乗り出し食いかかった鼻先を、指で押し返される。


「フフッやっぱりまだウブね〜。でもそこが可愛いんだけど。相手を誘いたいんならまずは相手が嬉しい〜❤︎って思うようなプレゼントなんかで魅了しなくちゃ〜」


 ……理にかなってる。


「リゲス。いくらリアムが優秀たってまだまだ子供だ。払えるものだって多くは……」

「あらウィル、なんか勘違いしてなーい? 私は友人の子供の面倒を少し頼まれたくらいでお金を取る強欲じゃないの!リアムちゃんならまだしも、昔の私を知ってるあなたがどうして勘違いすんのよ、んも〜!!」

「ぎ、ッギブ! 助けてくれ… …アイナ〜……ッ!」

「こんなデリカシーのかけらもない男は一回逝っちゃえばいいのよっ! ねっ、アイナ♪」

「ね〜、リゲスッ♪」


 ウィルの首根っこに太い腕が回されると、んも〜!ッと締め上げられる。

 アイナは旦那が締め上げられる姿を茶請けに、紅茶の入ったカップに手をつけて上品に口に含む。

 

「私たち、そんな関係じゃないでしょう、もう」

「この紅茶美味しい。どこの茶葉?」

「茶葉はヴィアー産ね。ロマンスから取り寄せた花の香りを移してあるの」

「リゲス、ミートパイ焼けた……あっ、アイナと……ウィル?」

「こんにちはエクレア。お邪魔してまーす」

「……」

「なんだか懐かしい状況……でもない。もしかして、リアムちゃん?」

「リアムです。初めまして」

「リゲスの妻でエクレールの店主のエクレアです。今、焼きたてのミートパイ持ってくるね。ウィルもそれ食べて力つけてね」

「ぁ、ぁりがと……ェクレァ」


 恐ろしい。

 僕の今の感想はこの一言に尽きる……しかし、リゲスと長い付き合いをしていて、もしさっきの発言が飛び出したって、今のはウィルは悪くな……ウィルが悪い。

 ミートパイと身の平穏のため、心の中でウィルを売った。


「失礼。私はテーゼ商会のピッグと申す者です。突然の訪問、不躾を許してほしい」


 店の入り口のドアベルが鳴った。

 声が聞こえたかとそちらを振り返れば、扉の側で体格が良く身なりも良い男がお辞儀をしていた。


「店の閉店中の看板を拝見したのだが、片や開店時間は過ぎていた。この場合、商人としては店側に、何か商売以上に優先することが起こっていると憂慮すべきなのだろうが、私も火急の要件があるため、失礼させてもらった次第。本当に申し訳ない」


 丁寧に口上を述べた後、顔を上げる。


「あら、看板裏返すの忘れてたわ」


 昼からの営業開始時刻は過ぎていた。

 リゲスは看板をcloseからopenにするのを忘れていたらしい。


「すまないが、店主はどちらであろうか」

「店主は私の妻。今は昼の焼き上げが終わって奥で準備中だから、私が代理で聞くけど?」

「そ、そうであったか。ご歓談中本当に申し訳ない」


 ピッグは丁寧であるが、ずいぶんと腰の低い人だ。

 商人だから?

 それとも種族的なものに関係があるのかな?

 もしそのピッグが、普通の人種の商人であればこんな考察はしなかったのかもしれない。

 自分の中に差別的価値観が存在しているのだろうか、いや、単なる興味本意か。


 ピッグは獣人だ。

 種はまさに名前そのまま、豚に属する何かであろう。

 大きな鼻とズボンの後ろから確認できるくるくる巻いた尻尾が特徴的、ボテッとまではしないいい具合の体格、穏やかな表情が安心さえ誘ってくる。

 頭にかぶるハット、片目についてる片眼鏡モノクル、それに口の上にちょんと生やしたちょび髭も象徴的で、実に和やかだ。


「それで、ご要件はなんでしょう?」

「それがですな、少々込み入っておりまして」


 それからピッグは、リゲスに用件を話した。


「なるほどね。たま〜にだけど、そういう要望もあるのよね〜。やっぱり突然だしそもそも貴族様、それも公爵様への献上品でしょ?それは無理ね〜」


 リゲスは頬に手を当てて首を傾げ、ピッグの依頼に難色を示す。

 横聞きした話によれば1週間後、ピッグは新進気鋭期待の商家として、ノーフォークを支える商家を招いたパーティーにブラームスから招待されたらしい。

 今日リゲスの元に訪れたのは、ケーキ屋として評判であるエクレールにブラームスへの土産、つまり献上品の相談をするためだった。


「やはり厳しいですか。私はまだ起業して5年ほどの新人、他の名家の皆様と比べるとツテもまだ浅く、何か記憶に残るような品を模索していたのですが」


 ピッグはなんとか食い下がる。


「でもね〜……そうね……あ、リアムちゃん!」


 悩んでいたリゲスが僕の名を呼ぶ。

 なんだろう。


「ねえリアムちゃん。あなた、何かこういうお菓子が食べてみた〜いとか無い?」

「食べたいもの?」

「そう。実はさっきあなたに頼もうと思っていたのも、それなのね。ケーキみたいなお菓子が好きでも、嫌いでも、意見がもらえると新しい商品を作る発想が捗る。色んな角度からの意見を貰うために、たまにアイナにも試作品を食べてもらっては感想をもらってるのよ」

「母さんが?」

「えっと、エクレアの頼みだし、お土産にベリーパイを……」

「火の入り方の研究とか、釜のメンテナンスとかも手伝ってもらって、助かってるのよ」

「そうそう、だから決して、食べてるだけではないから」

「リアムちゃんは利発さに子供の感性を持ち合わせている。それに、アリスの司書なんでしょ? 普通とはまた違った視点からお菓子のアイデアをくれると思ったのよ〜」


 剣術を教わる交換条件は、モニターとして、試作品や商品の感想、意見やアイデアが欲しいということらしい。

 僕は内心複雑だ。

 その辺の子供ほど純粋ではない。

 だけど、純粋ではないからこそ、他の人たちが知らない知識が頭に詰まってる。


「……アイスクリームが食べたい」


 最近は、暑い日が続いている。

 食べたいとは思っていたけど、開発に取り掛かるまでには至らなかった。 

 焼き菓子屋のプレーンに近いケーキに合うし、まだまだ続く暑い季節にアイスはぴったりだと思う。


「アイスクリーム!?なにそれやだッ素敵なひびき!!」

「と、とりあえず試作してみないとなんとも言えないですし、今から厨房で試してみてもいいですか?」

「それなら、多分エクレアが手伝ってくれると思うわ」


 飛びつき迫るリゲスに気圧されながらも、試作を提案する。


──厨房──


「材料と器具は……冷やす手段以外は一通りある」

「あら〜リアムちゃん、まだ何か足りない?」


 エクレアの印象はほんわかおっとりした優しいお姉さんのような感じで、とてもリゲスの奥さんとは思えないが、想像の中で二人を並べてみればこの人以外にリゲスのお嫁さんはあり得ないような不思議なパラドックスに襲われる。

 

「エクレアさん、このデザートは冷やして作るものなんですが、よくよく考えてみると冷やすための装置がありません」

「冷やす? うーん……今は夏だしそれは無理ね〜」


 案内された店の厨房で、テーブルに並べられた材料と道具を見て確認する。

 もしかしたら自分の知らない食べ物を冷やすための装置があるかもしれないと思ったが、やはりそのような装置はなかった。


「わかりました。では、何かこのくらいの大きさの金属でできた箱は無いでしょうか」

「それなら使ってないやつがあるわね〜……待っててねー」


 そこで、エクレアに金属製の長方形の金型がないか尋ねる。

 ないなら作ろう。


「これね〜。うちはもうパドックを作ってないから同じようなのが何個かあるけど、何に使うのかしら?」

「パドック?」

「パドックは昔から流行っている馬を競わせて楽しむ娯楽に勤しんでいた貴族たちの間で食べられていたお菓子で、その時の茶会に持ち行ったお菓子を力の象徴のために大きくしていったのが起源。私たち菓子職人はこのパドックを綺麗に焼き上げることができて一人前で〜、私も昔はこれを作っては火の調整法を学んで勉強していたのよ〜」


 大きな長方形の金型。

 辺は縦が30cm、横が40cm、高さが20cmといったところだ。

 この大きさだと生焼けしたり焦がしたり何かと大変そう。

 

「そうなんですね。ではこれらをリサイクルして別のものにしてしまっても大丈夫ですか?」

「ええ。念の為に一つだけ残してもらえば、あとは大丈夫ですよ〜」

「ありがとうございます」


 エクレアに改造の許可を得た。

 カスタマイズを唱えてスキルのUIを呼び出す。


「魔石を魔力タンクに転用、氷魔法を応用して出力調整で温度を調整。大体10度からマイナス18℃以下にできる様に陣をなぞって供給魔力を絞れる回路を付け加える。ついでに内部まで均等に冷気が伝わるように時短モード。冬場を想定して少し大きな箱を重ねるようにして隙間に薄い空間の壁が発動するように……できた」


 冷蔵庫を模して同じような働きができるよう設定していき、都度、魔法陣に適用する。

 立体版上のUIに表示された魔法陣に魔力を流して型取り、それを固定して剥がし、金型に凹凸として刻み込む。


「すごいわねリアムちゃん。アイナから話には聞いていたけど、いいえ、話に聞いてた以上にすごい……」

「では、早速これを使って試作品を、といきたいのですが何せこのデザート、できるまでにそこそこ時間がかかってしまうんですよねー」

「そうなの?」

「はい。ピッグさんをそんなにお待たせするわけにもいかないですし、今日はそのアイスクリームに似たシャーベットという果実を使ったデザートで代用したいと思います。アイスクリームは後日、エクレアさんが都合の良い時にお訪ねしますので、その時にでも」


 滑らかなアイスを作るにはじっくり凍らせながらかき混ぜたりとその工程に結構手間をかけないといけないため時間がかかるのだが、シャーベットなら一気に果汁やピューレなどを凍らせて細かく砕くだけ。


「ピッグさん、こちら試作ですがいかがでしょうか?」


 闇魔法で果汁を絞り、氷魔法で一気に凍らせて砕いたミカンとレモンとリンゴでできた3種類を試作し、みんなに振る舞う。


「これは美味しい。冷やされた果実の甘い風味と酸味が口に入ると同時に溶け出し広がる。さらに滑らかな中にもシャリッとした食感が混ざり暑さ増す今日この頃には最適です」

「今回はピッグさんのお時間の都合も考えまして、アイスクリームと類似点が多いシャーベットと呼ばれるこのデザートを作りましたが、当日はクリーミーなミルク風味のもので、食感を更に滑らかさをました上品な一品をご用意できればと思います。完成品ができましたら再度お試しください」

「ご配慮痛み入ります……ですが、もう一つ我儘を聞いていただきたい。私はこの味で丁度よく感じるのですが、何せ今度は公爵様をはじめとする貴族様もいらっしゃいます。もう少し味が甘ければ私のお気持ちといいますか、熱を見せれると思うのです」

「僕はこのままで大丈夫だと思いますよ? ピッグさん。あなたは今までにこのように冷たい食べ物を食べたことがありますか?」

「……お恥ずかしながら、ありませんな」

「でしょうとも。冷やし菓子は冷たいこともさることながら、性質は氷そのもの。常温では溶けてしまい、適切な保温しなければ保存がきかない食べ物なのです」

「んな!それでは、お土産として持ち運ぶことは難しい……」

「大丈夫です。僕が冷菓を保温するためのケースを作ります。ただし、魔法陣に込める魔力、または吸収させた魔石の経費をご負担いただく必要があります。それから、現地で盛り付けさせていただけるとこちらとしても助かります。エクレールの宣伝にもなる」

「リアムちゃん、これをエクレールで作らせてもらえるの?」

「価値を決められる。そこが、開発者の特権です。もし、販売をしていただくのであれば、マージンはもらいます。ライセンス契約です。特許申請はこの後にでもしておきます」 

「特許ですか……新しさには、それだけで価値がある……そして、アイスクリームは新しい」

「新規性があり、進歩性がある。武器になる。他の方々とは一線を画す存在感を示せると思いますよ」

「既製品にどれだけのお金をかけたのかを評価するのではなく、てずから価値を決められる幸せを献上できる。素晴らしい」


 この世界では、だけどね……少し心が痛むが、楽して稼ぎたい気持ちが勝つ。


「決めました。献上品はアイスクリームにいたします」

「ありがとうございます」

「そうですな……同行が許されている人員の枠が一人余っておりますのでどなたか一人、私とご同行いただけないでしょうか」

「そうね〜。できれば私もついていきたいけど、ここは考案者のリアムちゃんかデザートを作るエクレアが妥当よね〜」

「今回はエクレールの宣伝も兼ねてますから、エクレアさんにお願いしましょう」


 今回はエクレールへの依頼だし、態々城に出向いてブラームスにいい顔したいとは思わない。


「えっ、でも、折角の機会だし……」

「だったら僕は別で公爵様にパーティーに招待してもらえるよう頼んでみます。ダメだったら、今回は縁がなかったということですね」

「「「えっ?」」」


 そりゃあ、僕とブラームスの繋がりを知らないリゲス、エクレア、ピッグは驚くよね。


「実は先日、公爵様の長女であらせられるミリア様の家庭教師を仰せつかりました。考案したデザートのお披露目に立会いたいとでも言えばもしくは」

「これは失礼した!まさか公爵家と縁のある坊ちゃまとはいざ知らず!」

「あら、リアムちゃんったらそんな凄いことをやってたの?」

「昨日決まったばかりの案件でして、約束はできませんがそれならそれで、考案者として先に顔見せもできますし、万事オーケーかと。だからピッグさんもそんなに畏まらないでください」


 折角、繋がりを持ったのだ。

 早速、利用させてもらおう。


「それは恩情をかけていただきこちらとしては誠にありがたいことですが……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 無理そうならミリアに一曲、餌にしてでも勝ち取ってみるか。


「リゲスさん」

「何かしら?」

「僕には他にいくつもの新しい料理やデザートのレシピ案がありまして、けどその先は、リゲスさんが引き受けてくれたら少しずつ教えていこうかと」

「やだ〜もうこの焦らし上手!私、ますますあなたが気に入っちゃった❤︎」


 リゲスのぶりっ子が爆発する。

 両手を頬に当てながら飛んできたウィンク姿に吹き出しそうになったが、表情が崩れなかったのは、少し彼との距離感を掴んできた証拠だと思う。

 もう少し時間をかければ、自然に受け入れられるようになるだろう。


「おいしいわね〜、バルサ?」

「キュルル〜ッ♪」


 精霊の食事は魔力や魔石だが、人間が口にする食べ物も好き嫌いして食べる。

 バルサに甘いデザートは別腹らしい。


「ここは僕が払うよ。元々の原因は僕だし、昨日正式に、大金が入ったばかりだから」

「子供が妙な気を遣うな。もし俺の持ち金で足りなくても、皿洗いでもして払ってみせる……モグリ?」

「リュー?」

「モ、モグリ? なんでお前が出てきてるんだ?」

「リューリュ?」


 精霊界から顕現したモグリが、ジッとアイナたちの独占するケーキを見つめていた。 

 なんと美しく潤んだ鼻先だろう。


「お、おいモグリ。まさかお前まで、ないよな?」

「リュリュ〜♪」

「この裏切り者〜ッ!」


 モグラまっしぐら。

 ダラダラと汗をかきつつも、にこやかな顔でダラダラと 汗が、一気に吹き出した。 


『精霊と精霊界……そういえばあれから、アストルさんに会ってないな』


 精霊といえば、教会司祭であるアストルのことを思い出す。

 最後の精霊契約に失敗してからというもの、彼とは一度も会っていない。

 アストルにはとてもお世話になった。


『お礼もまだしてないし、お詫びも兼ねてお菓子を差し入れにでも行こうかな』


 この街の教会には孤児院も併設しており司祭であるアストルはそこの院長もしている。

 それこそ今回試作したアイスを作って土産にするのも悪くない。



──午後──


「母さん、昨日言ったことで話がしたい」

「なあに?」


 午後、夏という季節のおかげで日差しがピークに達し徐々に弱まり始めた頃、僕と母さんは活気ある露店並ぶ路地を一緒に歩いていた。

 ウィルはリゲスのところで皿洗い中である。


「母さんは怒ってる?」

「そう。怒ってる。でもね、懐かしくなった」

「懐かしく?」 

「実はね、父さんと母さんの結婚は周り、特に父さんの実家から良く思われていなかった」


 目尻を下げながら、懐かしそうに昔に思いを馳せている。


「でも、私たちはそれを踏まえた上でお互いに好きだった。それで反対する彼の家に縛られないため、ウィルと一緒にこの街に来た」


 下がっていた目尻は元に戻り、その細まった目からは哀情が消えていた。


 ウィルとアイナは結ばれるために障害があった様子を微塵たりとも感じさせないほど、幸せな家庭を築いていると思う。

 でも、驚いた。

 確かに、祖父母に会ったことはない。

 でも、この世界と前世は文化も文明も違うし、それなりの事情があるのだろうと、「お爺ちゃんとお婆ちゃんは?」なんて、突っ込んだ質問はしてこなかった。 

 僕には重要ではなかった。


「けどこれ以上は秘密。あなたがもう少し大きくなったら、父さんと母さんの口から話すことがある。だから、その時までリアムも待っていてね……だから、母さんは許します」


 アイナはこちらに微笑みかけると、僕の頭を撫でて、全てを許してくれた。


「今度、先方に一緒に挨拶にいきましょう。今日リアムが作ってくれたシャーベットはかなり美味しかったし、お土産にでもして。私にも、作り方を教えてね!」

「うん。もしよかったら別の料理のアイデアもたくさんあるから、今度一緒に作ろう」

「まあ、嬉しい♪」


 アイナの作る料理も好きだが、アイスクリームの件もあったし、そろそろ料理レパートリーの充実を図っていっても良い頃だろう。


「ただし、次の手紙でもいいから、カリナにはちゃんと伝えるのよ?」

「えっ、でも」

「隠し事はダメ。一大事なんだから、隠して悲しませるようなことをしてはダメ。お姉ちゃんに隠さないといけないようなことなら、私は許していません。頑張ってね」


 からかうように笑う表情に頭を抱えつつも、変わらないアイナの優しさに僕は、しばし密かに浸った。

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