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契約譚・新月

 何かが違う。

 漠然とした恐怖心と共にそれ(・・)は私との距離を詰める。


 恐ろしいくらいに美しい。だけど醜い。それでいて高潔で無様だ。

 その視線は肌が焼き切れてしまうのではないかと錯覚するほどの激情を込めた苛烈で冷酷、そしてその二つを優に凌駕するように感じてしまうほどの‟同情″


 あらゆる矛盾と恐怖、そして感情を内包し、身に纏い、その身に背負うような理解不能の何かが私の目の前にいる。


「…死にかけの人間よ。先の無き人間よ。夜は好きか?」


 そう言われてはじめて私は気付く。

 自分の体から手足が切り離されていることに。


 それに気付き、いや、気付かなくても出せないであろう声を必死に意味のある単語として紡ごうとする。

その試みは喉がやられているときのような風切り音にも似た呼吸音を出すだけで終わる。


 夜。


 私の思考が深海に沈んでいく。そんな感覚と共に一つの情景が幻覚として目の前に現れる。


 夜が好き。


 無人と化した街の真ん中。


 夜が待ち遠しい。


 そこに一人の人影が何かを待つように佇んでいる。


 夜だけは平等に降り注ぐ。


 沈む思考の中で言葉だけが鮮明に脳に焼き付く。


 夜、それは一度しかない最期の時間。


 『おやすみ。世界』


 ああ、夜明けだ。


「…好きだよ。なにも、見なくていいから」


 浮き上がる意識は、その言葉を驚くぐらい綺麗に、鮮明に紡いだ。

 目の前の何かは、その答えに満足したらしく、これまた格別に美しく冷酷な笑みを浮かべている。


「先の無き人間よ。ここからは儂の身勝手、だからこそ拒否権なぞ存在せぬ」

「儂と共に、夜を生きろ」


 残念なことに、その後私が何をしたか、何を言ったか、そもそも目の前の者の名前は何なのか、それを記憶に残すことはできていない。

 特別知りたいことでもないし、恐らく永遠に知る機会はない。


 それでも、私が何を言ったかはなんとなくわかるのだ。

『それは悪くない提案ですね』と、そう言った気がする。それが私と言う人間なのだから、そして今同じことを言われてもこう言うだろうと確信に近い何かがある。


 だから、私は彼女に助けられたのだろう。

 実際に会ったことはなくても身近に感じる化け物。ネタとして既に掘りつくされているような伝説の生物。吸血鬼。


 この新月の夜に私たちは契約を交わした。

片方は共に夜を生きることを

もう片方は自分に救いをもたらすことを

 私たちはそれぞれ求め、それぞれを承諾した。


 今日もまた、夜が始まる。


「起きろ人間。今日は美しい三日月じゃ」


 そしてまた、一人の吸血鬼と一匹の人間の奇妙な話が幕を開ける。

 最後まで読んで下さりありがとうございます。

 皆さんは、ひとりぼっちとひとりぼっちが出会ったら何になると思いますか?

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