少年達はバーガーショップで真の人類愛を知る
今回もまた大変他愛ない話ですが、一部大変下品ですので一応R15ということで。
僕の街の名物を教えよう。郊外のショッピングモールに入っている『イアンバーガー』というハンバーガー屋だ。ここの親父はヤバイ奴なんだ。
ハンバーガーの味?普通だよ。フツー!それよりとにかく何でも挟んじゃうことで有名っていうか、どっちかっていうとネガティブな意味で名を知られてる。
僕はこの間、マンガを買いにリョータとそのショッピングモールに行ったんだ。で、『イアンバーガー』の前を通りかかったんだよね。リョータが店の前で僕に話しかけたんだ。
「知ってるか、タロー。ここの『イアンバーガー』ってどういう意味か」
「確か、自分のおじいさんがロシア人でイワンって名前だったって、ここの親父が」
リョータは外人がやるような人差し指を左右に振る動作で「チッチッチッ」って言う。
「どうやら親父が店の名前を考えてる時、奥さんのお尻を触って『いやん、バーカ』って言われたのを店名にしたらしいぞ」
「んな、バカな」
「いいや。あの親父ならあり得る。とにかく怪しい。外見から言葉遣いから表情から、あのメニューもおかしいだろう」
「もうちょい小声で話せよ。店の中に聞こえるだろ」
そしたら店内のカウンターから、いきなりその親父が僕たちに声をかけてきたんだ。
「そこな少年達よ」
リョータは結構高めに飛び上がったさ。親父の噂してたからビビったんだろうね。それはそうとビックリして飛び上がる人を僕は初めて見たよ。ホントに飛び上がるんだね。アレは運動神経いいと高く飛び上がるものかね。
「は、はい!」
僕とリョータは少年らしい笑顔でいい返事をした。
「まず、こちらへ来なサイ」
親父が僕らを手招きする。僕は逃げようとしてとどまった。変に睨まれて、しばらくこの辺を歩くときビクビクするのも嫌だからね。でも嫌な予感はビンビンしてたよ。ヤバイ親父がヤバイ笑顔でこっちを見ているから、当然だ。
「少年達よ。今、私の噂をしていなかったかネ」
「いいえ」とリョータ。「はい」と僕。
顔を見合わせる。リョータの「裏切ったな」という表情。僕の「お前のせいだからな」という無言の訴え。
「少年達よ。ダイジョーブだ。君タチが言ったことは特に間違いはない。ケッケッケ」
「あの、言ったのはこいつだけっス」と僕。「この人でなし」とリョータ。
「少年ズ、今日はヒマなのだ」
親父がちょび髭を人差し指と中指の2本で撫ぜながら、またケッケッケと笑う。僕はおしっこをちびりそうだ。リョータも青い顔をしている。
「君タチに今日は新製品のモニターをやらせてアゲル。特別だゾヨ」
でっぷり太った腹をさすって、親父はリョータの肩をポンポン、僕の肩を何故かポンポンポンと三回叩いた。この時リョータには言わなかったけど、僕は2滴ほど漏らした。
そう、この店のバーガーは変なのだ。もちろん普通のハンバーガーもあって、それはさっき言ったように普通のハンバーグと普通のレタス、普通のトマトを普通のパンで挟んで、多分普通の調理方法でこしらえたものだ。となると…出来上がったものはホント、普通のハンバーガーさ。
でもこの店の特徴はそれより、時々親父が(多分)気まぐれで作る『今週のハンバーガー』ってやつだ。中には「美味しいかも…」って思えるのもあったよ。例えば2年前の冬に売られたさつま揚げとチャーシューを挟んだ『薩長同盟バーガー』とかね。何だ、それ?とか聞かないでほしい。僕らは去年中学校に入るまで、これが親父の文字通り「親父ギャグ」だってことも本当に知らなかったんだ。
2年前って、じゃあそれから美味しいメニューなかったのかって聞く人いるかもね。簡単に言うと「多分なかった」だ。一応味見してマズかったのと、どちらかというとマズそうだから食べていないものと、こんなもの食う奴の顔が見たいくらいの極悪メニューがここ2年続いてる。
例えば先週は『ジャムカツバーガー』だ。中身の説明はしないよ。名前の通りだからね。でもこんなのは全然マシだ。なにせ、普通に食べられるものと普通に食べられるものがはさまってるからさ。組み合わせは地獄だけどね。
先月の最悪はやっぱり『モサモサ雑草バーガー』だろうな。冗談だと思うじゃん、違うんだよ。ホントにあのちょび髭デブ親父がショッピングモールの隅っこの方に生えてた雑草をむしってきて、どうやって作ったのかわからない緑色のハンバーグといっしょに緑色のマヨネーズで味付けして、はさんだやつだ。食べてはいないよ。マズいに決まってんじゃん。いやホント、食べていいものなのか?
それから先々月の『ピクピク生んバーガー』も衝撃的だった。白魚っていうの?あのまだ生きてるやつをパンにはさむか、ふつー?
物好きのおっさんが注文してるのを見たけど、本当に端っこからピクピク動いてる尾びれを見たときは戦慄したよね。頼んだおっさんも青い顔で口に入れるの躊躇してた。食べるとこ見たくないので、さっさと通り過ぎたけどどうなったのやら。
でも本当のサイアクは1年前の『ゴメンネバーガー』だ。何を思ったか親父は蝋細工のハンバーグをはさんで店に出しやがった。僕とリョータはメニューの写真が普通に見えたから、うっかり注文しちゃったよ。リョータは歯に硬い蝋があたって「ぎゃっ」と叫び、僕もその感触に「ぐえっ」ともどしそうになった。すぐに親父がうれしそうに謝りにきたよね。
「ゴメンネー。ケッケッケ。これがゴメンネバーガー、代金はお返しネー」
よく見るとパンの裏側にはソースで「ゴメンネー」と書いてある。
ただのドッキリじゃねーか!
でもこれはこれで話題になって店は潰れないし、ショッピングモールもテナントを追い出さないらしい。大人の世界って甘いよな、ってリョータと話したものさ。
で。…本日ここで親父に嫌な笑顔で呼び止められ、新製品のモニターに選ばれたということが、どっちかといえば嬉しいことではないというのが判ってもらえたと思う。マズいぐらいならまだしも、腹を壊したくない、虫や爬虫類を食いたくない、救急車で運ばれたくない。
「少年タチ。これが新作ダ。『チン○ンバーガー』」
うわ、直球の下ネタだ。そしてリアルだ。中学生にこういう冗談はやめてほしい。リョータも顔面蒼白で震えている。先っちょがナニしてるソーセージはまだしも、多分ひじきで作られた陰毛がホント嫌だ。だいたい売り出せないだろう、こんなもん。
「店長さん、これはさすがに店頭に出せないでしょう。下手したら警察が来ます」
「フフン、これくらいのインパクトが欲しいかと思ったンだけどネ。まあ、いいネ」
親父はそのハンバーガーを試食させるのはあっさり諦め、カウンターの中にいたバイトの女の子に渡す。女の子が「ヒッ」と小さな悲鳴をあげ、まるでこの世の終わりのような顔で皿の端っこをつまむとキッチンの奥にしまいこんだ。よくこの店でバイトしてるよな。何か親父に弱みでも握られてんじゃねえの。
「ホントの本命はこっちダ!ジャーン!」
…あんまり大人はジャーンとか大声で言わないもんだと思う、というか思いたい中学生の僕だ。
皿の上には何だか大げさなスチロール製容器が置いてある。僕には見覚えがあった。父親とネット動画を見た時に昔のハンバーガーの容器がこんな感じだった。父からは「過剰包装とかいうことでどんどんシンプルになったんだ」と解説があった。レトロ路線なのかな?
リョータがこわごわ容器を開ける。
「えっ?」
「すげえ、うまそう」
意外にもいい匂い、というか嗅いだことのない感じの香ばしい、いい匂いだ。
パンは大きくこんがり焼けた色、ハンバーグも大きい。レタス、トマト、ピクルス、玉ねぎ…いろいろ入っている。バターとチーズもこれでもか、と仕込まれメチャメチャうまそうだ。
「食べて見るといいネ」
親父が言うので僕がまず一口、リョータも一口。
「めちゃ旨い」とリョータ。「すごい、贅沢な感じだ」と僕。
「ケケケッケッ。うまいか、少年タチヨ。これは名付けて『SDGs とか誰も彼もバカのひとつ覚えみたいに言ってんじゃネーヨーバーガー』略して『SDGsバーガー』であるんス」
「げっ、略して本音と逆になってる」
「どういうこと?」
僕とリョータが言うと、親父はまたちょび髭と腹を触って説明する。
「この肉はアマゾンの焼き畑の跡地で、一番ゲップをよく出す牛から取った肉。レタスもトマトも野菜は全部、生産調整前にその畑で作った奴。マヨもチーズもすんごく脂を環境に悪そうな感じに作ってみましタ。パンに使った小麦粉は一番いいとこだけ残して削って残りを捨てたのデス」
「もったいない…」
僕が言うと、親父が真っ黒な笑顔を浮かべる。
「グッヒヒ。ケッケッ。要するにこのバーガーはめっちゃフードロスだらけで化石燃料バリバリ使って作られてマス。ついでにもちろん包装は過剰包装しまくりマース」
僕たちは呆れて親父を見た。美味しいといえばめちゃくちゃ旨いけど、これじゃあコストがあわないだろう。僕はハッとした。
「店長さん。もしかしてこれは世の中に警鐘を鳴らすというか、逆にSDGsを訴えようという深い意味があるのでは…?」
親父はゲラゲラと笑う。
「そんなんないネ。まったくないデス。ただただSDGsだのフードロスだの、そればっかり言ってうるさい奴を嫌な気分にさせたいネー。フエッフエッフエッ」
フエッフエッフエッじゃねえよなあ。美味しいから売れる可能性もあるけど、儲からないし、世間からは白い目で見られるんじゃないのかなあ。でも僕には関係ないからいいけど。旨いもの食べられたしね。
さて、結果的にこのハンバーガーは大変な話題になった。マスコミからも取材依頼が相次ぎ、僕と同じようにいい方向で誤解してくれたマスコミの皆さんが「あえて贅沢バーガーを作り、環境問題を訴える店主!」みたいな持ち上げをしたのだった。親父は不満顔で時々「SDGsなんてく○くらえだ」とか「フードロスとかちゃんちゃらおかしいワイ。うちは失敗作全部廃棄して裏の川に捨てとるモンネ」とか発言したが、また「あえての憎まれ口」などと言われて評判を高める始末だ。
今時こんなこと言う人いないからね。誰も本音とは思わないよ。だって儲けのでない贅沢バーガー作って環境問題にうるさい人への嫌がらせって、普通の大人は考えないからね。アレが普通じゃない大人だって知らない人はだけど。
その後のイアンバーガーの親父が作り出す新作バーガーはその度にテレビやネットで話題になった。そして取り上げられるたびに、親父の狂気じみた発想はヒートアップというかエスカレートというか、僕に言わせれば、親父の悪ノリはどんどん極悪ノリになっていったんだ。
先々週、自分のアゴと頭の上にパンをくっつけた状態で出てきた時はさすがに取材の女子アナも引いているように見えたよ。よく見ると頭の上にはパンだけでなく、亀の子タワシを乗っけている。親父は(こういう時に限って)真面目な顔で「ワタシの顔とタワシをはさんだ『ワタシタワシバーガー』デース」と言った後、ご機嫌な顔でケッケッケッケと笑った。…なんてキモいんだ。
さらに先週何を思ったか、『ジェンダーフリーバーガー』という僕たちに見せたあの18禁のバーガーにちょっとここでは言うに憚られるような改悪というか、増築みたいなことをし、更に破廉恥極まりない製品にして『新性品!食べる?いやん、食べられちゃう。一口でエクスタシー!』などと下品な貼り紙をしたが、一日でこのセールは終了した。どうやらショッピングモールの責任者からさすがに怒られたらしい。中学生の僕が言うことじゃないけど、大人のやることとは思えないよね。本人は「どいつもこいつもジェンダーだ何だとうるさいんジャーデス!儲けはジェンジェンダー」と言ったらしいけど意味不明だよ。
で、最後のエピソードだよ。そんな騒動が一段落して、僕とリョータはまたショッピングモールへマンガを買いに行ったのさ。リョータが『イアンバーガー』を遠くから見て、僕に教えてくれた。
「なあ、知ってる?『イアンバーガー』しばらく休業してるんだって」
知らなかった。潰れたのかなあ。そのまま僕は口にした。
「潰れたのかなあ」
いきなり背後から聞き覚えのある声がして僕は飛び上がった。やっぱり僕も飛び上がるんだ。
「潰れてないヨー、少年タチ」
イアンバーガーの親父が以前より少しだけ痩せて、ちょび髭は両側に伸ばされ、つまりインチキな手品師や占い師みたいって言うか、ほらダリっているじゃん、画家の。あんな鬚になってリョータの肩を2回と僕の肩を3回叩きながらニヤリと笑ったんだ。例によって僕は2滴だけ漏らしたさ。
「今から回転…いや、開店するんデ、寄ってくネ。新しいバーガー試すヨイ」
2周半ほどクルクル回ってから、また試食を勧められ僕はまたさらに1滴だけちびった。
「いや結構です。遠慮します」と僕。「お腹いっぱいなんです。許してください」と涙目のリョータ。
「ダイジョーブ。ワタシの新作、お腹にたまらないもたれないうまくない」
うまくないんじゃダメじゃないか。
結局連行されて、僕たちはバーガーショップにいる。親父がなぜか大きなテレビモニターを持ち出してきた。何を見せる気だ。ここまでの流れだとホントにエロ動画とかいうこともあり得る。僕らは健康な中学生男子だから見たくないこともなくもないこともないけれど、こんなところで変な親父と中学生2人が堂々とエロ動画とか見てたら、何を言われるかわからない。
「店長さん、本当にやめてください。僕らにも世間体というものがあるんです」
「タローは何言ってるノカ。今から見るのはワタシが新しいバーガーを開発する努力と汗と涙と小便と、とにかくすべての体液を絞り出す感動の記録ナリ」
…やっぱりいかがわしいやつなんじゃないのかな。
記録動画はまず親父が航空機に搭乗するところから始まった。何回か食事と眠っているシーンが交互に映る。乗り換えもあったようだ。ずいぶん遠くに行ったみたいなんだが、このシーンが長い。これはつまらない動画だな。
僕の顔に「退屈」と書いてあるのが読めたのか、親父が早送りする。目的地の空港に着いたようだ。『Aeroporto Internacional de Guarulhos』…読めん。エアロポルト・インテル…どこだよ。
「グアルーリョス国際空港だナ。ブラジルサンパウロにあるノダ」
この親父ブラジルまで行ったのか。まさか新しい食材の仕入れ?牛肉とか調味料とか…。
違うな。この親父はそういう前向きなことはしないタイプだ。きっと僕たちはすごくしょうもない壮大な冗談に付き合わされているんだ。これは間違いないと思う。
親父が画面の中でどこかの公園にいる。バッグから何か取り出した。パンだ。大きめのハンバーガーに使う上下に切れてるあのパンだな。そして上下の下の部分を公園の地面に置いた。切り口が下だ。意味がわからない。
次にそのパンの前で(多分)現地の人に何か言っている。ブラジルの人は笑いながら、パンを指さし頷いた。そこで唐突に動画は終了した。
「全然わからないッス」とリョータ。「帰っていいですか」と僕。
「ケッケッケッケ。まあ、待つネ。今からバーガー完成させるネ」
親父はそう告げると店の床にトマトとレタスを置き、さらに先ほどの動画と同じパン、その上の部分をまた切り口を下に野菜と重ねて置いた。意味がわからない。店の床に直に置かれた野菜とパン…見ようによってはシュールだ。
「これで地球をはさんだことになるネ」
…?
「先ほどのパンが地球のちょうど真裏ネ。さっきのブラジル人、バイトに雇ったネ。今週中はあのパンを動かすなイウタヨ」
壮大な冗談にも程がある。リョータを見ると…あれ、何でウルウルしてるんだ。
「店長!僕は感動しました!地球をはさんだハンバーガーだなんて!この前のSDGsといい、店長は本当の意味で地球を救おうと活動されてるんですね!」
…おい、リョータ。そんなはず無いじゃないか。絶対ただの悪ふざけだ。
「店長さん!この感動的なバーガーの名前を教えてください!」
親父はいよいよどす黒い顔となって、ケケケケケと怪鳥のような笑い声というか鳴き声をあげた。
「これはね。『地球はひとつ 人類皆兄弟バーガー』というんダヨ」
リョータが感涙を流しながら親父を称えた。
「素晴らしい。店長さん、僕は今まで誤解してました。店長さんは人類愛の人だったんですね」
絶対違う。人類愛の人が18禁の『チン○ンバーガー』なんてつくるわけないだろが。
親父が付け加えた。
「そう。人類皆兄弟バーガー、略して『人類皆バーカー』ダヨ」
バーガーじゃねえのかよ。リョータが憤然とし、今までの感動を返せとばかりに叫んだ。
「いやん、バーガー!」
今日某バーガーショップに出かけて、そこで妄想したことをダラダラと書き綴りました。読み直すとホント、ダラダラしてるなあ、と思います。