1-08【姉妹】異星の景色、異星の少女。
◇異星の景色、異星の少女。
薄暗い石の階段を虫を踏まないよう細心の注意を払いつつ登っていく。先頭は魄騎士アザレア、次いで私、姿を消したユピーちゃんと手を繋いだ凪恋、最後尾が凪恋の魄騎士シロだ。
パキッ…、パキィッ…グチィ…。
あっ、ぅあぁぁ…、アザレアは虫とか気にせず登って行くんだね…。
あんまり考えないようにして出口のほうを見上げると。外界から差し込む光はオレンジがかっていて、ティータさんが言っていた通りに日が傾いている事を知らせてくれていた。
チョット急いだほうが良いのかな?
そんな事を考えているとアザレアが手を挙げて進行を止め。単独で外に駆け上がっていくと、左右を見回してから出口の横で槍を立てて待機の姿勢を取るのが見えた。
安全って事なのかな?、あの子達自分からは話さないっぽいね。
「大丈夫みたい、行こう」
「やっと出られるね」
出口近くになり足元も良く見えるようになってきたので。コロコロ付き旅行鞄を持ち上げて虫を避けつつ足早に階段を上り、眩しい外界へと歩み出ると。私と凪恋は二人揃って息を呑んだ…。
「っ……、これは…、私達……とんでもない所に来てしまったね、凪恋…」
「うん…、映画見たい……」
思わず立ち尽くす私達を撫でるように薄桃の花弁を纏った冷たい風が通り過ぎた。信じられないくらい澄んだ空気の中を桜の花びらが踊るように舞い、周囲360度どの角度を切り取っても奇跡の一枚になるであろう美しい異界の絶景が目の前に広がっていた。
「姉さん見てっ、後ろにすっごい大きな桜の木があるよ」
「凄い、こんな大木見たことないね…」
ここは小高い山の頂上から少し降った場所のようで、背後には山頂全てに根を張っている満開の桜の巨木がそびえていた。ソメイヨシノと違って葉桜のようで、殆ど白色な薄桃色の花弁に若葉が見え隠れしていて。その背後にはアルプスかヒマラヤかといったような標高の高い鋭角な雪山が連なっていた。
あの山標高どれくらいなんだろうか…ここも結構高そうなんだけど。
前面には写真で見た富士の樹海のような原生林の大パノラマが広がり、地面も見えないほど密に繁った木々が傾き始めた日を受けて黄金色に染まっている…。その向こうは平原と幾つかの小山に、霞むほど遠くに高い塔の様な物が見える程度で他にはなにもない。
「姉さん…、綺麗だけど此処で生活なんてできるのかな?」
不安を感じたのか凪恋が手を繋いできたので、そっと握り返してあげる。
『凪恋を傷つけさせない』、『不安にさせない』、『泣かせない』、これらの目標をこの旅の最重要課題にしよう。
「大丈夫っ、私が貰った力はこの程度は何でもないってくらいに滅茶苦茶だからねっ、凪恋は安心して付いてきて」
「うんっ、頼りにしてるっ」
嬉しそうに笑う凪恋を見て、私は『笑顔を絶やさない』という新たな目標を課題に加えた。
「姉さん、あそこっ、煙が上がってるよ」
凪恋が指を刺した正面に確かに煙が見えた。洞窟の入り口から手を繋いだまま少し前に歩み出て、山の麓に視線を下ろすと、そこにはポッカリと森を切り開いた場所があり、中央の一際大きなテントを中心にした集落ができていた。大テントの周りにはパッと数えて30張りの布を張った大きな屋根のテントがあり、その周りにはその半分程度の大きさの、運動会の時なんかに使われている布屋根四つ足テントっぽい物が幾つか建っている。それ以外だと少し離れた所に3軒ほど木造のロッジみたいな家と、後はもう小さなテントと呼べるかも怪しい布を被せただけのモノが数えきれないほど乱立していた。
ここにずっと住んでいる原住民って感じじゃないね…。
先ほどの煙の発生源は何箇所かの布屋根四つ足テントからで。どうやらで炊き出しの時間らしく、そこには人だかりが出来ていて。それ以外にもあちこちの小さなテントや、ロッジからも湯気が上がり始めていた。
「…凪恋、あの集落はきっと難民キャンプだ…」
「うん、何か助けてあげられることはあるかな…、っていうか日本語通じないよね?」
「大丈夫、私達は他の国の言葉理解できるようになるスキルついてたから」
「え?わたしにも?」
「さっき凪恋にも能力付いてるの確認したから安心していいよ、まぁ姉さんも試したわけじゃないけどね」
「凄い、ホントに異世界転移だぁ」
「ふふっ異世界ね、異星って気もするけど。どちらにせよ…これは大変な事になりそうだね…、ハァ…」
凪恋はなんだかご機嫌だけど、私はため息をついた…。皇帝になってくれと言われ、この世界で休暇をなんて言っていたから、もしかしたら宮廷で歓待を受けたりするのかな?なんて、少しだけ考えていたんだけど…。
…甘い考えだったね。
「ユピーちゃんも言ってたけど、この世界は本当に滅びてしまう一歩手前みたい」
「うん…、姉さんならなんとかできる?」
「あはは…、まだ言ってなかったけど、実はこの世界を救うかは保留中なんだ」
「え?そうなの?」
『ええッ!?ゆのねいちゃ!?』
妹の声に慌てた様子のユピーちゃんの声が被る。
「ごめんねユピーちゃん…もう少し考えたいの」
『そんなぁ…うぅゥゥ…』
「泣かないで…ユピーちゃん、今はどんなに頑張っても一ヵ月帰れないみたいだから、その後に決めるってティータさんとも約束してるの、だからその時までは待って欲しいんだ」
『ウゥ…うん…わかったぁ…グスッ…ン』
「一ヵ月!?、中学校始まっちゃうね、姉さんも会社っ…。…でもそうだよね、こんな状態の世界を救うなら一か月どころじゃ終わらないもんね」
ユピーちゃんは一応納得してくれたけれど、今度は凪恋が困惑顔だ。
「そう、なにもかもダメになっちゃうね…。でも救うと決めたならそのままこの世界で…、そしてもし帰るって決めた時は地球の記憶を都合よく弄ってくれるんだって」
「そんなことできるんだ…、それならなんとなかるのかな?」
「だから一ヵ月休暇だと思ってこの世界を二人で楽しんでくださいだって、凪恋のことも守ってくれるみたいだし…、楽しむ為の力は貰ってるしね」
「あはは、ティータさんて優しいんだね」
ホッとした様子で凪恋が微笑む。
「うん、基本的には優しい神様だったんだけど…なんかこう愉快犯的な雰囲気があるんだよねぇ、全部掌の上って言うか…、正直ちょっと苦手」
「姉さんが苦手って、…珍しいね」
『ティータはやさしいよぉ…グスッ』
まだ泣きべそのユピーちゃんがティータさんを擁護する。
「ごめんごめん、別に嫌いってわけじゃないよ、とっても優しいし、でも時々私のことからかって遊ぶんだもの」
『くふふっ、うん、ティータってよくイタズラするぅっ』
さっきまで泣いてたのにもう笑ってる、子供は可愛いなぁ。
「ふふふっ、困った管理者さんだねぇー。それじゃぁ困った管理者のティータさんにもお願いされたし、ユピーちゃんの星を見に行こうかなっ。この階段を下りて行けばいいんだよね」
『くふふふっ、こまったかんりしゃさんー♪』
この山の木は低木ばかりで良く麓を見渡せる。頂上の唯一の大きな木はストーンサークルみたいな大きな石で囲まれて祀られ、参道と思われる石段がジグザグに麓まで続いていた。
「うん、行こう姉さん夜になっちゃうもん」
「できるだけ陽のあるうちに誰かに会っておきたいね」
『あのね、ユピーはしずかにしてるね…、でもちゃんとうしろにいるからねっ』
人の話題が出たことでまたユピーちゃんは少し不安そうだ。でも付いてきてくれているだけで十分成長してると思う。
「ありがとう、ユピーちゃん、落ち着いたらユピーちゃんが出てきても大丈夫な所を作るからね」
『うん!』
「ユピーちゃん、私と一緒にいよ?、姉さんはきっと色々な人とお話ししたりすると思うけど、私は後ろ付いていくだけだし」
『ありがとうっ!なこねえちゃっ!』
一瞬姿を現したユピーちゃんはガバっと凪恋の背中に飛びつくと再び姿を消した。
今度は私が先頭、後ろに凪恋とユピーちゃん、その後ろに騎士達と続いて石段の参道を降りて行く。最初に出会う人…おそらく警備の人をあまり刺激したくなかったからだ。
話の分かる人だといいなぁ…。
もう日も暮れるというのに身分証明やら手続きやらで時間を取られるのはキツイ。
…あれ?、もしかして異星人とのファーストコンタクトになるのかなコレ?
そんな事を考えながら数段降りたところで…。
「クシュン…」
小さなクシャミが聞こえて振り向くと凪恋が鼻を押さえていた。
しまった…、確かに風は少し冷たいよね。よく知らない土地で風邪をひかせるなんて早速課題が失敗する所だった。
「凪恋、はいコレを着て」
私は外套を脱いで凪恋に掛けてあげた。
「ありがとう姉さん、標高高いからか日本より寒いね…。でもこの外套、凄く高そうなのに私には大きくて少し引きずっちゃうよ」
「あ、ホントだね、困ったなコレは」
「そうだ、シロに端を持ってもらおう…、お願いシロ」
凪恋が振り返って魄騎士にお願いすると、シロは槍を小脇に抱えるようにしてマントの端を持った。
「待って待って、シロは凪恋の護衛なんだから駄目、今から普通の魄兵出すからちょっと待って」
まだ沢山出せるんだから私のカバン持ちも作ってしまおう、コロコロ付き旅行鞄は階段降りるときは大変なんだよね。……さて二体同時に出せるかな?
「『魄兵製造』!っと」
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魄兵製造 4/983
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地面が光り大地を素材にして二体の魄兵が姿を現す、魄騎士と比べると随分シンプルなデザインだけれどちゃんと全身鎧で守りは堅そうだ、武装は槍で腰の後ろには弓と矢筒が下がっていた。
「えっと荷物の運搬をお願い、もう一人は凪恋の外套が地面に付かないように持ってあげて」
「「ハイ」」
アザレア達に輪をかけてロボっぽい返事をして二体はそれぞれの配置についた。
「ありがとう」
これで随分歩きやすくなったね。
私は手の空いた両手を見てから魄兵2体を眺める。
うーん…何かしら個体名称が欲しいけど…この子達1000体規模で作る事もあるんだよね、今は保留ってことでちょっと考えておこうかな。
メンバーが二人増え、凪恋の後ろに一体、最後尾に荷物持ちの個体が並び下山を再開する。
結構高い山なのに勾配が緩やかでつづら折りの石段は、膝上以上の木も無く見通しが良くて心地いい。低木の根元には桔梗に良く似た花弁をした可愛らしい青白い花や、ピンク色のイチゴの花っぽい小さな高山植物が所々に群生していて。それらを眺めながら桜の花びらが雪のように降り注いでいく参道を降るのは、夢のような気分だ。
多分地球にはない品種なんだろうなぁ…。
桜の花にしてもソメイヨシノとは全く違う白味の強い花で、一枚手ですくってみると地球の物より花弁の横幅が広くてハート型に見なくもない。
「姉さん、お花見出来たら最高だね」
「そうだね、落ち着けるところを作ったらお弁当作って今度一緒に登ろっか」
「うん、絶対だよ?」
「絶対ね、約束っ、ユピーちゃんと一緒に来よう」
そのユピーちゃんからは反応がない。人里に降りることにかなり警戒しているみたいだ。
キレイな景色を見ながら凪恋と雑談して、つづら折りの石段をドンドン降って行く。そうして右へ左へと7回程降った辺りでカサっという音と共に何かの気配を感じた。
「待って!、何かいるみたいっ、騎士たちは前に出なくてもいいからね」
凪恋を守るように音のする方向に注意を向けると。私の声が聞こえたのか低木の茂みからヒョッコリ女の子が起き上がった。
金髪の可愛い女の子だ…なんでこんなところに一人でいるんだろう?
どうやら木苺を集めていたようで、私に気が付くと大きく目を見開いて驚きの表情をし、急いで腰のカバンに木苺を片付けて、その後さっと茂みから参道へ…そして私達の前に急いで歩み寄ると、両手でスカートを摘まんで膝を軽く折って挨拶をした。
ええっと…確かカーテシーって言ったっけ?、凛聖でも昔はやってたって先生が言ってたな。ただあれはもう少し長いスカートでやるものだと思ってたけど…。多分上流階級の子なのかな?…乗馬服も少し汚れてるけど袖とか襟なんか豪華な作りだし良いモノだもんね。
「初めまして、アリスティア・エミリウス・クアティウスと申します。大変失礼な質問かと存じますが、異界よりユピティエル様がお連れになった新たな皇帝陛下でいらっしゃいますか?」
少女は顔を赤らめながらそのまま挨拶をし、こちらの素性を聞いてきた。その瞳には期待と不安以上に何か異様なほどの炎熱が含まれていて、その熱に中てられるように私はドキリと胸が高鳴るのを感じた。
五年生くらい…凪恋より一回り小さいかな?140cm以上はあると思うけど。
クリーム色の金の長髪を上げて後ろに編み込んで纏め、バレエダンサーの様な美しい所作で頭を少し下げ、上目遣いでエメラルドの緑が散りばめられた碧い瞳を揺らしながら、少女はこちらの回答を待っている。
なんて綺麗な子だろう…見惚れてしまうよこれは。そして聞き逃してはいけない、ユピティエルって言ったってことはユピーちゃんの事を知っているんだ。
「ユピーちゃんの事を知ってるんだね…っと失礼しました。私は八重垣祐乃、祐乃が名前ね、こっちは妹の凪恋。皇帝なのかは知らないけれど、異界からユピーちゃん、…ユピティエルちゃんに連れてこられたのは確かにそうだね」
「ッゥ……では本当に我らの為に世界樹に降り立たれたのですね…、ユノ陛下っ、…御皇妹もご一緒とは存じませんでした…。わたくしは陛下にこの身を捧げてお仕えすべくこの参道にてお待ちしておりました。どうか側仕えとしてお引き立て賜りますようお願い申し上げます」
感極まったように頬を染めた少女に見惚れていると、意識下で『臣民管理』が発動するのを感じたので、『思考加速』して確認してみる。
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臣民 +1
『臣民管理』2
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あれ?臣民が増えてる…、凪恋の時もそうだったけど私の許可とかはいらないんだね…。リストを見てみようかな。
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2 アリスティア・エミリウス・クアティウス 女性 11歳
◇所持因子:貴玉姫
◇魔力操作 Lv1
スキル
初級炎魔法
初級水魔法
初級風魔法
初級土魔法
◇召喚魔法 Lv1
スキル
伝令鳥[ヒースライヒィス]
〇状態 精霊の加護 最上位炎精[逆巻く炎獅子:ドォイニクス] 10年
上位睡精[水の微睡:ライラベリィ]永年
中位風精[疾風:ハーティ]永年
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おお魔法だ、私も覚えられるのかな?、凪恋と一緒に勉強してみるのも面白いかも…、っとまぁそういうのは後にしよう、因子とか…、精霊の加護とか気になることはあるんだけれど…。
こっちの人と対面してみて、ひとつ全く考えていなかった問題に直面してしまった。
…どうしようかな?、もう皇帝として見られてるんだよね、まだ保留中なんてとても言える雰囲気じゃないんだけど…。でもなぁ…同じような感じで流されて生徒会長になってしまったし、最初は大事だよね…。
私は『思考加速』を解いてアリスティアちゃんに向き合った。
「えっと、アリスティアちゃん、まず最初に言っておきたい事があるんだけど」
「はい、どのような事でも仰ってください…陛下っ」
ウっ…そんな可愛いくて純粋な目で見ないでほしい。それでも言わないとダメ、…絶対後で問題になる。
「私はまだ皇帝としてこの世界を救うかどうかを決めていません」
「それは…、あの…どういう…、…ッ、それでは…、ユノ陛下は…場合によってはこの世界をお見捨てになるという事なのでしょうか?、わたくしはっ…陛下にっ…ッ」
アリスティアちゃんの表情が固まったかと思うと、みるみる悲しげな表情へと変わっていき、瞳一杯に涙が貯まっていく。心情が手に取るように分かるその一連の動きに繋がるように、私はほぼ無意識に駆け寄り片膝をつくと頭を撫でていた。
「ああッ、泣かないでアリスティアちゃんっ…よく聞いて欲しいの」
「ぁぅ…ン、…なんで…しょうかへぃ…か?」
泣かないようにグッと我慢して質問すると、アリスティアちゃんは涙一杯の瞳で私の言葉を待つ。
「私はこの世界の事を何も知らされずに来ています。そんな状態で救うなどと軽々しく言えはしないでしょう?」
「そうなの…ですか?」
大きな瞳がどういうことなのかと私の瞳を覗き込んでくる。すごく可愛い。
「ええ、確かにユピティエルちゃんに世界を救う為の力を貰いましたけど…それはつい1時間ほど前で、何の知らせも無くいきなりこの世界に来てしまっての。だから私はこの世界で何が起きているのか、人々がどうして欲しいのか、そういった事を何も知らないの」
「ユピティエル様はお優しい神様ですが、とても幼く無垢なお方で、意思を伝えることが苦手だと星語りの巫女様に伺ったことがあります」
ユピーちゃんってば引っ込み思案なのにこの世界の人には正確に知られてるんだね…。ティータさんなんて神様地球では誰も知らなかったのになぁ…。
「ふふっ、ユピーちゃんはその星語りの巫女さま?の言っている通りの子だね」
「そうなのですねっ、教えていただき有難うございます陛下っ」
瞳に涙を貯めながらも興味深げにこちらの話を聞いてくれるアリスティアちゃんがとにかく可愛い。困ったどうしよう、本当にかわいい。
「そういう訳だから、アリスティアちゃんにはこちらの世界の事を何も知らない私に色々と教える係になって欲しいの、お願いできるかな?」
「あの…それは側仕えとしてお傍に控えていてもよいという事でしょうか?」
「ええ勿論、これからよろしくね」
「はい…、はい陛下ッ、わたくしアリスティア・エミリウス・クアティウスはユノ陛下にこの身を捧げ、生涯の忠誠と献身を誓います。例え陛下が元の世界に変えられたとしてもこの心は何時までも陛下の物でございますっ…」
にじむ涙を指ですくいながら頬を真っ赤に染めたアリスティアちゃんが胸に手を当てて誓いの言葉を紡いだ。その表情は可愛いさという次元を超えていて、心の底から愛しいと思えてしまうものだった。抱き着いてしまわなかっと自分を褒めたいレベルなんだけど、この感情はなんだろうか?
それにしてもおかしい、…おかしいぞ?、可愛さにやられていて反応遅れたけど、お手伝い頼んだら嫁入りに来ちゃったくらいの温度差なんだけど…?。勿論大歓迎ではあるんだけど…けどねっ…。
「う、うん…おねがいね」
「姉さん…まったく姉さんは…」
「ひェっ…」
なにか背中に冷たいものを感じた気がして振り向くと、凪恋が呆れた顔で立っていた。
「どっ、どしたの凪恋?」
「うん、アリスティアちゃんと二人で少しお話しがしたいんだけどいいかな?」
「わたくしに御用でしょうか?、ナコ殿下っ」
「でッ…でんか?、殿下はちょっと…呼び捨てで大丈夫だよっ」
「いえ、そのような無礼は許されませんっ…ナコ殿下っ」
「もぉ、殿下って呼んだら返事しないからっ」
「うぅ…それではナコ様で…、わたくしもこれより失礼に当たる呼称ではお呼びできません」
「凪恋、それぐらいで許してあげて、ここは日本じゃないんだから色々と相手に合わせていかないと…」
平行線飛越して仲たがいになりかねないので仲裁に入る。可愛い子同士の喧嘩なんて困る…。
「もぉ、姉さんは小さい子に弱いんだからっ、わかりましたっ『様』でいいですっ」
「ありがとうございますナコ様っ、わたくしにお話とはどのような事でしょうか?」
「ちょっとこっちに、姉さんはあっち向いててね、ユピーちゃんに貰った変な力も使っちゃだめだよ」
えぇ…、姉さん凪恋にそんなこと言われると寂しんだけど…。
『身体強化』で聴力も強化出来そうだけど、あそこまで言われては使えない、仕方がないのでションボリと後ろを向いた。
「わかった、もう何の話なの?」
「秘密ッ!」
そう言うと妹はアリスティアちゃんを連れて何段か階段を下りて行き、そこでこそこそと内緒話を始めた。しばらくして…。
「それは本当ですかナコ様ッ!?」
「しー!、静かにっ…多分そうな………」
「わか……した………」
風に乗って少しだけ聞き取れたものの何の事やらサッパリ解らない。ただ、帰ってきたアリスティアちゃんは少しだけ安心したような顔をしていた。
「姉さんに聞かれても話しちゃだめだからね!」
「はいナコ様っ、心得ています」
「気になる気になる…、ネェ、凪恋?」
「教えませんっ!」
ぷいっと、横を向く凪恋…。チラッとアリスティアちゃんに視線を移すと。
「申し訳ありません陛下…」
と本当に申し訳なさそうな顔でカウンターを喰らってしまい、聞き取りは終了を余儀なくされた。