1-04【姉妹】ユピティエルという少女。
◇ユピティエルという少女。
それからしばらく頭をポンポンして凪恋が落ち着くのを待った。こんな事は凪恋が低学年の頃以来じゃないだろうか?、父が亡くなった時でさえここまで泣き崩れることはなかったのに。
「……落ち着いた?」
「……うん、こんな時に……ごめんなさい…、何が起きてるのかもわかってないのに……、ホントに…ごめんなさいっ…」
「そんな事は後でいいよ、凪恋のほうが優先だからね」
「…ッ、本当に…ホントに姉さんは大丈夫?」
凪恋は埋めた胸から顔を上げると背伸びをし、顔を私に近づけてもう一度訊ねてきた。
「大丈夫、凪恋のお陰だよ、人工呼吸してくれたんでしょ?」
私に不調が無いか探るように不安げに揺れている瞳をまっすぐに見つめ返して微笑むと、凪恋の頭を少しでも安心できるように撫でてあげた。
「ッ…!、そっ…、それならいいのっ、わたっ、私なら平気だから…何が起きてるのか調べよっ」
凪恋はなんでか急に顔を赤らめるとグイと腕に力を入れて身体を引き離して顔をそらした。
あれ?なにか怒らせちゃったかな?。でもこういう時はあまり踏み込まないようにしないと、
頑なになって返事もしてくれない時があるしね……。まぁとにかく今は現状把握しようかな。
「そういえばそうだったね」
「そ、そうだよっ、スマホも圏外だし出口もないだからっ」
圏外なのかぁ…、さっきまで名古屋にいたのにね…。凪恋も助けを呼ぼうとして出来ることは一通り試したみたいだけど、本当に出口がなかったらどうしようかなぁ…。
「姉さん…ここ、何処なのかな……?」
本当に…どこだなんだろうか?
サッパリわからないけれど妹を不安にさせない為にも、その問いにそのまま答えてはいけないと思った。
「大丈夫、私がなんとかするから」
「うん……」
凪恋が落ち込まないように手を取ってぎゅと握ると、弱々しく握り返してくれた。
私が守らなくちゃね…、改めて現状を確認してみよう。
グッと眉間に力を込めて気合いを入れると。私は何一つ取りこぼさないように周囲を見回した。
ここは木の根に囲まれた地下の遺跡っぽい場所で…、出口らしき所は…やっぱり見当たらないね。光源はピンクに光る私だけ(一応携帯もある)で、キャリーバックにはすぐに荷解きしなくても良いように持ってきた着替え2種とタオルやパジャマ、歯磨きと他色々の生活用品が2セット、花束は……。
自分が寝ていた周辺を見回してみても花束はなく、微かに手から零れ落ちた記憶が蘇る。
あー、皆に貰ったものだったんだけど落としちゃったかぁ…。後は卒業証書に卒業アルバム、通じない携帯(時刻は15時半)にりんごの飴一袋……。
凪恋のトートバックには可愛いお財布と携帯に…これはミカンのアメだね。自習用中学数学1のドリルとキャンパスノート、筆記用具に文庫サイズの…これはファンタジー小説かな?
可愛い女の子のキャラクターが表紙に描かれたやたら長いタイトルの小説をバックに戻すと。私はふぅとため息をついた。
うーん…どれもこれもなんの役にも立たなそうだけど…兎に角なんとかしなくてはいけない。『現状』でここから私に出来そうなことは根っこの間から抜け出せそうな所を探すくらいしかないんだけど…。
薄暗い周囲を見回しながら考え込む私を、隣の凪恋の心配そうに見つめている。
こういう時は考えを変えないとね…。
私は安心させるようににっこりと微笑んだ。
『現状』でやれることが無くっても『状況』で考えるとそうでもないかもしれない…。謎の声と場所移動、私の格好に発光とてんこ盛りのありえない現象を合わせると…。もしかしたらあの地球じゃない星を見た不思議な夢も現実だったんじゃないだろうか?
光り輝く自分の手を見ていると、どんな有り得ないことが起きていたとしても不思議じゃないような気がする。
それなら…それだったら今やるべき事は出口探しではないと思う。勘だけど…そっちのほうが希望がある。
「多分ね、なんとかなるんじゃないかと思うの」
「ホントに?」
不思議そうに凪恋が此方を見る。
「うん、凪恋は覚えてるかな?。名古屋駅からこっちに来る直前に私ピカピカ光ってるとか変なこと言ってたでしょ?」
「言ってたね、私には見えなかったけど」
「私から出てる光はその時見た光と同じ色なの」
「え?、それって…」
「それだけじゃなくてね、あの時私には女の子の声が聞こえたんだけど…、凪恋には聞こえなかった?」
「うん聞こえなかったよ、姉さんどういうことなの?」
「アレも私だけに聞こえてたんだね、光も凪恋には見えてなかったし」
確証がある訳じゃないけれど段々と何とかなる気がしてきた。私はあの時見た光と同色に発光しているし、改めて思い出してみると私だけに聞こえた子供の声と夢で聞いた声も同じだった。という事はこの声の主は現状の訳の分からない事態の原因なんだと思う。
私は少し屈むと凪恋の耳にそっと囁く。
「その声の女の子はね、多分私達をここに飛ばした子なんだけど、随分気が弱いみたいなの」
周囲に目を配るそぶりをしつつ囁きを続ける。
「で…多分だけどね。今もこちらを見ていて話し掛けられずにいるんじゃないかって、私は思ってるんだけど…」
「でもここら辺り調べてみたけど誰もいなかったよ?、私には見えないのかな?」
「多分ね、でもちゃんといるから大丈夫っ、こっちから呼びかけてみましょう」
状況証拠だけを積み重ねた希薄な『大丈夫』だけれど、私は妙に自信があった。
「え?、呼ぶって?」
「こうするのっ…、すぅぅ……」
凪恋の耳から顔を離して私は大きく息を吸い……、誰もいない場所に向かって呼びかけた。
「こんにちはぁー、出てきても平気だよー、貴女とお友達になりたいのー。ほら、凪恋もっ」
「う、うんっ、えと…こんにちはぁ。私ともお友達になって欲しいなぁ、ねぇっお話しましょぉ?」
傍から見ればかなりおバカな事をしているけど。二人で一緒に虚空に向かって話しかけるとワンワンと声が洞窟内を乱反射した。コレで無反応だったらかなり恥ずかしいのだけれど、語り掛け続けて数分ほど経過した頃。
『こ…こ…にちはっ』
小さく、でもはっきりと聞こえたのはあの時の少女と同じ声だ。
「姉さんっ、声っ!」
今回のは凪恋にも聞こえたようだ、凪恋と目を合わせて私は小さく頷く。
「こんにちは、お姉さんは祐乃って言うの、この子は妹の凪恋、貴女のお名前を教えてくれないかな?」
『ユ、ユピーはね…、ユピーはっ……ユピティエルって……言うのっ』
吃りながらも決心したように力強い答えが返ってくる。
「ユピティエルちゃんっ、素敵なお名前だね、ユピーちゃんって呼んでも良いかな?」
『う、……うんっ!』
「ありがとうユピーちゃん、ねぇ、ユピーちゃんのお顔が見たいんだけど、出てこられるかな?」
『ひっ……、ひゃぃ…っ』
ダメだ、すんごい怯えてる…幼い子とお話するときは相手の声色から色々と察するのが大事。姿は見えないんだから尚更気を付けないとね。
私は膝立ちになり、出来る限り柔らかい所作で手を広げて害意が無いことをアピールしてみる。
「お姉さんユピーちゃんのお顔を見たいなぁ、お顔を見てお話しすれば直ぐにお友達になれると思うの」
相手の姿は見えないけれど、目の前にいる様に優しく気持ちを込めて語りかける。幼稚舎の休日イベントなんかの手伝いで園児に大人気だった私の懐かせ技術をフル活用するよ。
『あ、あの…っ、おねいちゃたちは…ホントに……ユピーとお友達になってくれるの?』
「うん、お友達になれたら嬉しいなぁ」
「私も友達になりたいっ」
『ホントにホント?』
「ホントにホントだよぉ」
「私もホントにホントだからねっ」
『ふわぁ…ホントなんだぁっ』
可愛いお返事と同時に私がそこにいると仮定した場所に何本もの桜色の光の糸が人の形に編み上がっていき、5歳児位の大きさになると強く発光して女の子が現れた。
少女の桜色の髪は地面に付きそうなほど長く、前髪も伸ばしっぱなしで鼻と口しか見えない。衣服は白のワンピースに、私も良く知っているキャラクターが描かれた子供用の可愛いサンダルを裸足で履いていて。体全体が私同様に薄っすらと発光して時折花びらのような光が髪のあちこちから浮かびあがって儚く消えていた。
「ぴゃ…なんで?、よく見えなぃ…」
長過ぎる前髪で前がよく見えないみたいで怯えるユピーちゃん。こちらからもホラー映画みたいでちょっと怖い。(黒髪じゃなくてよかった)
「ユピーちゃん、ちょぉっと髪に触るね」
「ふぇぇ?、…ぅ、ぅん」
鼻先に触れてからゆっくりと右頬に滑らせて髪を梳いて耳にかけてあげると、ぱっちりとした金色の瞳と目が合った。
「はじめまして、ユピーちゃん」
「わぁ、ユピーちゃん可愛いっ、はじめましてー」
面食らってパチクリとしている瞳があまりに可愛いらしくて頬が緩んでしまう。
「はじ……、まして……、ゆのおねぃ…ちゃっ、なこおねぃ…ちゃっ」
「ゥッ……、えらい…ねぇ、ちゃんとご挨拶できて」
なんという可愛さだろうか…。顔を真っ赤にして俯きながらも頑張ってお返事する姿にお姉さん変な声が出そうになったよ……。
「かわいぃ………」
左側の髪も耳にかけてあげていると後ろから溜息みたいな呟きが聞こえてきた。どうやら妹もやられたらしい。
「ここで立ってお話ししてたら疲れちゃうから、あそこの木の根っこに座ってお話ししよっか」
「ぅん…、あ、あのっ…、……あのねっ、…ててつないでもイイ?」
「ィっ……、いいよぉォ…」
「ふぁ…かわいぃ……」
これはまた凶悪な可愛さだ、凪恋はもう可愛いしか言えなくなっている。そういえばちょっと小さい頃の凪恋を思い出しちゃうなぁ…。
差し出された手に幼かった凪恋が重なって見えて、私は自然にその手を握り返していた。その手は小さくて熱っぽい子供そのもので、少し安心すると同時にこの子でこの状況が何とかなるのかという不安も湧いてきた。
「わぁァ、よかったぁ……、ティータがねっ、ててをつないでくれたらお友達だって言ってたのっ」
ユピーちゃんは友達になれたのが余程嬉しかったのか、イエローダイヤモンドのように煌めく瞳を一杯に見開いて真っ直ぐにこちらを見てくれるようになったのだけれど。
「そうだね、もうお友達っ、ほら凪恋お姉ちゃんとも手を繋いでユピーちゃんっ」
「ぅ、……うん、ゆのおねいちゃっ…ててはなさないでね、…ぁ、あの……なこおねいちゃも…ててつないでくれゆ?」
凪恋と手を繋ぐ事を提案するとまた顔を伏せて、私に半身を隠しながら顔を真っ赤に染めて小さな手を伸ばした。
「かわァ…、ありがとうユピーちゃん、お姉ちゃんもてて繋ぎたかったんだぁ」
妹の華奢な手が更に一回り小さい手を包んであげるとユピーちゃんはきゅうと握り返して眩しい程の笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
「わぁい、なこおねいちゃもユピーのお友達ぃっ」
「はい、ユピーちゃん、これ使って」
妹は自分がつけていた星のヘアピンを取ると、ユピーちゃんに見せてから左側だけだけれど留めてあげた。
「かぁいい…、なこねぃちゃ…、これ…ユピーにくれるの?」
「うん、とっても似合ってるよユピーちゃん」
「あ、ありがとぉ…なこねぃちゃ…優しいねっ、くふふ」
ヘアピンプレゼント作戦は大成功だ。手を繋げたこともあり、ユピーちゃんから凪恋への警戒心は完全になくなった。
「ユピーちゃんよかったね、とても素敵だよ」
と言ってから凪恋と視線を合わせて微笑み合った。
この可愛い不思議な子に出会えたことと、光源が二つになって周りが少し明るくなったのもあって気持ちは少し上向いてきた。私達は手を繋いだまま三人で丁度いい大きな木の根に座る。
ここまでは成功、とにかく色々お話ししてみよう…。
「ユピーちゃん、ユピーちゃんが私達をここに連れてきたの?」
「うんっ、ゆのおねいちゃ探すのすっごいたいへんだったんだよぉ」
「私?、私を探してたの?、どうして?」
「んとね、ユピーの星がたいへんだからね、ティータがねっ、ティータの星から『テンリンジョーオー』をつれていきなさいって言ってくれてねっ、がんばって探したらゆのおねいちゃだったのっ!」
自信たっぷりユピーちゃんは答えるとフンと鼻息を吹いた。
んん?…星っ?、今星って言った?、そしてさっきから何度か名前が出てくるティータって人に……てんりんなんたら?が……私?。というかさっきの夢で見た星は地球じゃなかったし、自分の星から連れて行くって…。
「ユピーちゃんっ、もしかしてここ地球じゃないの?」
情報量の多さに一瞬固まっていた私の代わりに凪恋が一番ヤバそうな所を直球で聞いてくれた。
「うん、ユピーの星なんだよぉ」
なんてことだ、ユピーちゃんの言っている事が本当ならここは地球じゃないらしい。
「それじゃあティータって言う人はユピーちゃんのお友達?」
「うんっ、ティータはユピーのお友達でねっ、おねいちゃ達の星の『かんりしゃ』なんだよ」
かんりしゃ?、星の管理者っ?地球を管理してる人って…もしかして神様的な?、そうだとするとユピーちゃんも神様なんだろうか?
「ユピーちゃんはこの星の管理者なの?」
「うんっ」
「ユピーちゃん凄い子だったんだねぇ、びっくりしちゃった」
「えへへぇー」
「ユピーちゃん凄い凄いっ」
ユピーちゃんは凪恋に頭を撫でてもらってご満悦、妹も気になっている事を聞き終えたみたいでにっこにこだけれどまだまだ聞かないといけない事が山積みだ。
「ユピーちゃん、大変な事ってなんなのかな?、お姉ちゃんに出来る事ってあるの?」
「んとね、ユピーの星の『かんそくしゃ』がね、どんどんへっちゃっててね、このままだと星が死んじゃうの…、だからね、ゆのおねいちゃにコウテーになってユピーの星を助けてほしいんだぁ」
星を……助ける、『コウテー』って校庭じゃないよね…てことは皇帝?、で『カンソクシャ』は観測者で…合ってると思うけど減らないようにしないといけないのね、うーん…まず観測者ってなんだろ?
「えっと、観測者っていうのはなんなのかな?、どんなお仕事してるの人かな?」
「『かんそくしゃ』はねぇ、なこおねいちゃみたいなフツーの人のことだよ、『かんそくしゃ』がいないとね…お星さまは死んじゃうの」
「普通の人っ?…つまり減っているのは人間っ?」
「うん、そうニンゲンっ、どんどんへってゆの…」
しょんぼりと項垂れて唇を尖らせたユピーちゃんの手に力が入る。
人間がどんどん減っている…、災害?戦争…とか感染症?、お使いレベルのお願いなら聞いてあげたいなぁなんて…、そしたら帰してもらおうとか考えていたけれど、一気に話しが大きくなってしまった。
「ど、どうして人が沢山死んでいるの?…病気とかかな?」
「んと…、まぞくがね…せめてきたの、それでね、『かんそくしゃ』の大きな国がどんどんこわされちゃって……、このままだとみんな死んじゃうの」
まぞく…漫画とかに出てくる魔族だよね、それと戦争して…国が滅んで壊滅状態なのね……なるほどなるほど、……ウーン……私にできる事なんてないんじゃないかなぁ……。
「ユピーちゃん、お姉ちゃんにはちょっと難しそうなんだけど…、お姉ちゃん戦った事とかないし…」
「だいじょぶっ、ゆのおねいちゃはユピーの星でいちばんつよいんだよっ」
「へ?…どゆこと?」
自身たっぷりに変な事言うもんで間抜けな受け答えになってしまった、星で一番強いってガリバー旅行記みたいにみんな小人でしたとか?
「ユピーの星の力ぜんぶと…それからそれから…ティータが星の力をたくさんくれてねっ、ぜんぶゆのおねいちゃに使ったから『かんりしゃ』と同じくらいつよいんだよっ」
管理者と…ユピーちゃんと同じくらいと言われても……うーむ良くわからない、同じくらいって姿消したり星を渡ったりできるのかな?。
「あ…、もしかしてこの体が光ってるのって?」
「ひかってるのはねっ、ユピーの星とおへそでつながってるからだよっ、だからゆのおねいちゃはずっと星の力とまりょくが使えるのっ」
まりょく?も気になる所けど、もっと分かりやすい問題から聞いておきたい。
「あの、ユピーちゃん…これってずっと光ってるの?出来ればあんまり光らないようにしたいんだけど……」
「ひからないって…こう?」
首を傾げながらユピーちゃんは体から光を消した。
「そうっ、それっ!、どうやって消したのかお姉さんに教えてっ?」
「んーと、んーと……ユピーよくわかんない……」
「そっかぁ…、わかんないならしかたないねぇ…」
私…これから発光人間として生きていくのか…、コンビニ行くのもキツそうだ…。
「あ!、でもねっ、ティータなら知ってるとおもうよっ、ちょっと聞いてみるねっ」
おお?、話しにだけ何度か出てきたティータさんが来てくれるのかな?
ユピーちゃんは瞼を閉じて上を向くと、すぐに瞳を開いて私に視線を合わせた。
「今からちょくせつ?ゆのおねいちゃにつなげるって」
「え?今お話ししてたの?、随分はや…んンっ??」
早かったねと言い終わる前に薄暗い洞窟だった景色が砂浜に変わっていた。
「んンンン…ッ!?」
…今日こういうの多くないかなぁ?